「襲撃者」

第26話 プロローグ 魔皇帝の娘と天変地異の少年

 小鳥が泣いても睡眠は途切れない。僕の朝起きは雷の音だった。

適当なことを言ってみたが、今、僕は講義を受けている。何やらめずらしくまた転入生が来たみたいだが、寝起きも悪いため、まだ挨拶もしていない。


『えー、奇術というのは人知を超えた超現象を引き起こすことだ。

よって、お前たちが奇術協会に入る場合、どこまでその奇術の能力を引き出せられるかを測られる。具体的には、『奇術の操作技術』と『奇術の持続時間』だ。

 またこれは基本的な扱い、試験内容であり、『身体強化系、治癒系、基礎四性』の奇術が顕現した者が対象である。』


「大丈夫?ノートをとれてないようだけど、見せてあげましょうか?」


不意に話しかけられる。誰かと思えば、さっきの転入生じゃないか。

名前、なんだっけ。

僕が何と言おうか迷っていると、続けて言う。


「あ、ごめんなさい。初対面でそんなこと言われても困るわね。さっきも言ったのだけれど、私の名前は声高こわだかルミ。気軽にルミって読んでいただいて結構よ。…で、ノート、見る?」


 銀髪に透き通るように真っ白な肌。目だけが深い臙脂で、人形のような美しさを出している。ハーフなのだろうか?本当に日本人の血が入っているのか怪しいが、その割に流暢な日本語だ。


「うん、初めまして、ルミさん。僕は時道ときみち奇等きら。僕も名前で構わないよ。申し訳ないけど、あとでお願いできないかな。今、ちょっと体調が悪くて。それどころじゃないんだ。」

「そうなの…、わかった。」


気づけば授業は終わりかけていた。

 

『他にも、天王寺家のような一族限定の古来の奇術や、一世代限定で発生する特別な奇術なんてのもある。これらは試験の仕方が変則的で、討伐依頼などで測定することが多いらしい。詳細は――――。』


「ねえ、今日ノートを見せるついでに、ちょっとした勉強会みたいなものをしない?

ちょっと教えてもらいたいことがあって…。」


何だいきなり、別に、暇だけど。


「…いいけど、どこでするの?君の家?」

「え、い、いやちょっと私の家はちょっとダメなの。あなたの家に伺わせていただけるかしら?」

「わかった。別に何もないけど、いいよ。それか一緒に帰る?そこまで遠くないから。」

「あ、うん。案内してもらえると助かるわ。じゃあ―――――」

「Zzz…」

「もう寝てるし。」


『――じゃあ、これから任意の者は、実戦の訓練を行う!」


はあ、とため息が聞こえて、そこで僕の意識は途切れた。




★★


 意味がわからない。彼が寝ると同時に雨が降り出す。さっきまで痛いぐらいの日差しだったのに、どんどん豪雨になる。と思ったら、突然霧が出て、中まで視界が悪くなる。雷が成れば、雪が降り出す。気づいた人は目を丸くする。やがて、先生も気づいて青ざめる。


この人、こんな顔するんだ…。


ともかく、これの原因を見つけなければならない。この世界にテロリストがいることは私も知っている。

…もし襲われているなら、かなり危険だ。この規模の魔術を起こせるなら、私でも厳しいかもしれない。というか、これなら国宝級だ。


『学園長を呼べ!急げ、こんなもの実践練習のレベルではない。

逃げれるかわからんが、できるだけ生き残るんだ。』


 まずい。他の教室の人の声も聞こえる。本格的に規模が広すぎる。クラスメイトも立ち上がって、右往左往する。窓を開けて、外に出ようとする人や、意味もなく震えだす人、恐怖から動けなくなる人も。


別に他の人間がどうなろうと知ったことではないが、これでは時道くんと話す間もないまま死んでしまう。


問題はこの人間たちだ。これほど力のある、いや、魔術の深い者は変人の中の変人。何を考えているかまったくわからない。ただ、この人間たちが勝手に術者の気に障るようなことをすれば、気紛れに殺しに来る可能性がある。


とりあえず…


「起きてください、時道くん、早く!」

「…嫌だよ、さき


揺さぶると、涙が零れ落ちる。涙は、机に落ちて、それから花を咲かす。氷がその場所から広がっていく。床へ、天井へ、机へ、一面に霜が降りる。


ああ、この人か。と納得する。彼の強い感情が魔術を無自覚に妹さんの名前を呟く姿は、胸が苦しくなる。これは、これだけは、私が償わなくてはいけない。


「…すいませんね。」


近寄り、頬に触れる。魔族の一番の得意分野であるのはだ。

頬を優しく撫でる。ゆっくりと赤い光を出しながら、氷は解けていく。


いつの間にか、生徒も先生も息を呑んでこちらを向いている。


「すいません。先生、彼、気分が悪いみたいなので、早退してもよろしいでしょうか。私も付添います。」


呆気に取られた様子の先生に、血の気が戻ってくる。


「わ、わかった。」


では、っと背中をさする。


「あ、う…ん。はあ。」

「お目覚めですか?おかえりなさい。」

「え、ルミさん?あ、僕、寝てたのか。」

「こちらに来てください。」


そういや、かなり騒々しかったけれど、大丈夫なのだろうか。まあ、いいだろう。これで彼と居られる時間が増える。


「え?どういうこと?」

「いいから来てください。家はどちらで?」

「校門から東に50メートルほど歩いたところだけど、それが?約束は放課後の筈じゃ―――」

「いいんです。話が変わったの。今すぐあなたの家に行くわ。」

「ええ!?」


いつの間にか、空は晴れていた。













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