第25話 エピローグ
帰ってきた時は、もうすでに夜中だった。
『今何時なんだろう。』
ビルの場所なんて覚えていなかったから、方角を頼りにして帰ってきた。
当然ものすごく迷った。日本に着くのにも苦労したし、そこから本部までも、かなり苦労した。
『それでさ、シュヴァルツは、どうするの?東京にお前が入れる場所なんてどこにもないよ?』
『ん、それはまずいな。』
『だからどうするんだよ!?』
『おそらく主の体を使うことになるだろうよ。』
『どういうこと?』
『儂らは最上級の契約を交わしておる。つまり、ほぼ主と儂は繋がっているのだ。
物理的にも、意識的にもな。』
『…?つまりいつもその姿でいる必要はないってこと?』
『まあ平たく言えばそうだ。儂が主に乗り移って、行動することもできるぞ?』
『なるほど…。やってみてくれる?』
『ああ。』
自分の体温が、数十度下がったと感じた。まだ夏だというのに、息が白く曇る。
【やはり、暑いな。日本は。主の体もそうだが…。】
口が勝手に動く、手足もそうだ。今までに全く感じたことのない感覚だが、不思議と違和感はない。
(変わってくれ。)
【ああ、いいぞ。】
『ふう、……これって、自由にできるものなのか?』
『そうだ。まあ、儂も、主が望むときにしか顔は出さんよ。暑いしな。』
体温はまだ少し寒い気がするが、ほとんどいつもの五感が戻ってきて、起きたばかりのような気分になる。
よし、これで、とりあえず帰るか。
深夜になって、誰もいないフロントを通り過ぎて、エレベータに乗る。
『このビル、誰も警備員がいないのに、いつまで空いてんだよ。』
そう、おかしいのだ。東京の高層ビルなんて、深夜なんかは閉めて当然。それに加えてかなり厳しいセキュリティがあって然るべきなのだ。もちろん入ったところで何もできないだろうが…。
20階のボタンを押す。瞬間にガタッとエレベーターが揺れ、またあのジェットコースターのような感覚に見舞われる。
『……ハア、ハア…そうか、すっかり忘れてた。ここってこんなバカげた施設だったな。どうにかなんないのかな、疲れてたりしたら吐くぞこれ。』
気分とは別にチンっと陽気な音を鳴らして、エレベーターは目的地に着く。
扉が開いて、人影が見え、思わず身構えてしまう。
「あれ?キラくんじゃないか!」
『ああ、酔京さんですか。びっくりした…。』
「あれ、英語の癖が付いちゃったかな?」
「あ!すいません。」
「いいよ全然。遠征お疲れ様。」
「そうですね、ただいま帰りました。」
「おかえりなさい。…で、随分なものを連れて来たんだねえ。」
「…さすがですね、やはり気づきますか…。」
「まあ、少なくとも1級の人は気づいちゃうんじゃないかな。」
【お主がここの“上層部”というやつか?】
「やっぱり期待した通り、面白いね。
…いや、私は違うかな。いろいろな決まりを作ってるのはごく少数だ。めったに人前には出ないよ。」
【なるほど、するとお前はなんだ。】
「んーん。なんか言葉にするのが難しいなー。…まあ、あっさり言うと本部の上位戦闘員てとこかな。精鋭でも特殊部隊でもなんでもいいけど。」
【ならいい。理解した。】
「ああ、寒い寒い。早く戻ってくれる?」
「すいません。僕も寒くて仕方がないんですよ。」
「これならだれか起きるかもしれないね。」
「まあ、その時は煮るなり焼くなりしてください。僕はもう眠いです。」
「はいはい。疲れたなら寝てしまいな。」
「はあ、すいま…せん。」
猛烈な眠気で僕はすぐに瞼を閉じる。
「学生の身分のうちは、とりあえず許される筈さ。」
そして、少年を抱えた男は、廊下で静かに呟いた。
「そういえば、この時間に何故起きてるか、聞かれないでよかったな。」
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