第19話 初めての依頼 in ロンドン④
「本当にきれいだな。」
聞いてはいたけれど、本当に青のじゅうたんだ。
まだ昼間なので、木々からまぶしい日差しがこぼれ落ち、小鳥の声も聞こえる。
まるで物語の中みたいだ。
そんな森の中を歩いていくと、この森には似合わない柵があった。
決まり文句の、『この先関係者以外立ち入り禁止』と書かれた看板も立てかけられていた。
『おい、兄ちゃん。その先はちょっとした…事件がおきててな、立ち入り禁止なんだ。いくら兄ちゃんでも通すわけにはいかない。』
門番をしているであろうおじいさんが中から出てきた。
『いえ、僕は関係者ですので。』
そういって僕は依頼書とライセンスを見せる。
『……そうか、兄ちゃんがエリーさんの言っていた…。
すまんな、今ヨーロッパ支部は大きな課題に取り組んでいてな。
誰も一級の人がいないんだ。兄ちゃんみたいな若い人にまで迷惑をかけてしまって申し訳ない。』
『いえいえ、僕は初めての外国でとても楽しみでしたし、実力には自信があるので!それにこの依頼を通して、僕も成長したいと思っています。』
『…君のような人がもっといればいいんだがの。儂はもう役を離れた身での。
この協会の前線を走れるような若者がおらんのじゃ。じゃが、安心した。君に頼んで本当に良かった。』
『そうですか、ありがとうございます。では!』
『ああ、頑張れ、少年。そして、頼んだぞ。』
この地をずっと守り続けたのであろう、その傷だらけの手を握って、
僕はさらなる森の奥に足をふみこんでいった。
『ここにいたんですね。≪ラムトンのワーム≫さん?』
『よくここがわかったな、少年。ここに自分の力だけでたどり着いたのはこの千年ほどで君が初めてだ。これは記念すべき日かもしれないな。』
『やはり、あなたがあの伝説の…。
貴方とは戦いたくないな。』
『ほう、そこまで我のことを知っている奴も初めてだ。
おもしろい、今までのとは比べ物にならんな。』
『僕が初めて見つけたのではないんですか?』
『…いや、ここに来るやつは以前にもいたが、
全員帰さなかったからな、みつからなかったと言えるだろう。』
そうだ、このドラゴンは、居場所を知ったものを全員殺していたんだ。
だから目撃情報もほとんどないのである。
『…やはり、戦うんですか?』
『君もその為に来たのではないのかい?』
『最初はそうでした。でも今は……、
いえ、愚考ですね、戦いましょう。…でももし僕が勝ったら、いくつか話を聞いていただけますか?』
『「何かをしろ」という命令ではないのか、わかった。本当に君はお人よしだな。』
『はは、よく言われます。』
『『では、始め(るか)(ますか)。』』
初手は向こうだ。一気に決めに来ている。
こういう敵には耐え続けてカウンターを狙うのがよく効くのだが、
今回はそんな悠長なことは言ってられない。
アリアさんの言っていた通り、
長い時を過ごしたドラゴンの吐息には強い毒性がある。
時間がたつほど毒が回っていくので、長期戦は圧倒的にこちらが不利なのである。
こちらも奇能を発動させる。
周りの湿度がぐっと上がり、真夏だというのに冷気で息が白くなる。
ドラゴンさんはビクッとと震え、すぐに炎を吐いて雄叫びをあげた。
ドラゴン特有の力であるその現象に僕は少しの間見とれていたが、
直前で【時空自在】を使って、ギリギリよける。
【水神】の力もフルに使って、炎を凍らせようとするが、炎は燃え盛るまま。
『しまった…。』
千年以上生きたドラゴンのブレスはそんな簡単には凍らないのだ。
僕は炎に焼かれて、一気に満身創痍になる。
毒も回ってくる。
『少年、最後に思い残すことはあるか?』
そうか、僕はここで死んでしまうのか。いいのかな、先。
(お兄ちゃん、お兄ちゃん、死なないで。
ほら、約束してくれたじゃない。私の分まで生きて、
たくさんの人を救うんでしょ。そのために、こんなところで死んではダメよ。あなたのことを待ってくれている人たちがたくさんいるじゃない。アリアさんだって、門番のおじいさんだって、花蓮さんだって待っているわよ。この人たちを泣かせるの?)
先の声が聞こえた。
ああ、そうだよね。なんでこんなところで諦めているんだろう、僕は。
バカだな、みんな僕に期待してくれているのに。申し訳ないだろ、ここで死ぬのは。
そう思うと、途端に生きる力が湧いてきた。
『いや、まだだ。』
立ち上がって、もう一度ドラゴンさんのほうを見る。
眼に少し違和感があるが、情景がこれまで以上に正確に、美しく見えた。
僕は微笑んでいたように見えたと思う。
『その眼は…。君は。』
ドラゴンさんが小さく呟くが、それは気にせずもう一度、僕は奇能を発動させる。
凄い、なぜか今までとは比べられないぐらいに自由な気持ちだ。影響範囲も広がっている。
そして、さっきと同じように炎を凍らせようとする。
今ならできる。空気中の一つ一つの水蒸気の粒の位置を固定し、状態変化を少しいじるのだ。そうすると、すべてが凍った、幻想的でとても綺麗な景色ができた。
『君は、この戦いの中で、ダブルアビリティマスターになったのだな。
…はは、負けるのは初めてだ。…最後に、君の名を聞きたい。』
ドラゴンさんが弱弱しく言う。
『僕はキラです。時道奇等といいます。』
『そうか、キラか。いい名だ。…極東の人なのだな。』
『はい、あなたの本当の名はなんですか?』
『そうだったな。我の名、は………。』
聞かぬまま、彼は目を閉じる。
『死なないでください、あなたの守ってきたこの地は、まだ生きています。
守護神がいなくなってどうするんですか?』
水というものは生物の体に深くかかわっている。
僕は人の蘇生が一番得意だが、爬虫類も例外ではない。
『………にわかには信じがたいが、君は生き物の蘇生ができるのだな?』
『はい。目の前で死んだ生き物なら、多分どんな状態でもいけるはずです。』
『そうか。』
『それより、本当の名を教えてくれませんか?』
『そうだったな。我は、我の名はシュヴァルツだ。
シュヴァルツ・ブルーベルという。だが、この名を教えたということは…。』
『はい。貴方は魔物が長い時を生きて、知を持ち力を得た精霊に近い存在なのでしょう?だから、僕と契約してほしいです。僕なら、このことを協会に言って、認めさせます。貴方が危険ではないことも僕が保証します。
ここ最近の事件も貴方がやったのではなく、別の魔物のせいでしょう?
その誤解も解きたいですし、……恥ずかしいのですが、僕もまだ協会に入ったばかりで、情報とかを相談する相手がほしいです。僕の話し相手になってくれませんか?』
『もし、我が暴れたら、キラも罰を受けるのだろう?』
『はい、それは覚悟を決めています。』
『ふむ、そこまで考えておるのなら、よかろう。
君と契約してやろう。我にふさわしいのもキラしかいないだろうしな。』
『ありがとうございます。』
『『では、コントラクト!!』』
これが僕の初めての契約だ。
伝説のドラゴンと少年が契約したこの情景は、これから幾千年語り継がれる。
世界が震えるように美しい、水滴が空中で光り輝く、最も青の深い森の中だった。
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