第8話 奇能協会日本支部本部ビルの隣人たち(前篇)

「あ、お隣さんとかに挨拶とかしなくちゃだめだよね。」


今はもうこの部屋に来てから何時間か経っているが、

それでも隣人への挨拶は常識である。行かなくていいものではないだろう。


何か買ってきたほうがいいのかな。重正さんも愉快な人っていっていたし、

気難しい人もいるかもしれない。ただなあ、何人分買ってきたらいいのかわからないし、かといって全員分も買ってきたら金持ちアピールみたいで嫌だしなあ。


とりあえず今回はどんな人なのかを知る機会にしよう。何も持ってこなかったのかって言われたら次から買ってきたらいいし。


小さな悩みと言われればそれまでだが、こういう悩みほどめんどくさいのだ。

さっさと割り切ってしまわないと悩むのに時間を取られすぎてしまう。


そうと決めるとすぐに僕は挨拶に行った。





結論を言おう、かなり過激な人たちだった。いろんな意味で。

どう過激だったのかはこれからの話を読めばわかると思う。

あ、変な想像しないで下さいよ、別になにもありませんでしたからね!?


まず1人目は左隣りの人だ。僕の部屋が19階のほぼ中心に近いので、右隣、左隣、お向かいさんのところにいこうと考えたのだ。


「トントントン、ごめんください。隣の部屋に引っ越してきた時道と申しま「やっときたな、奇等。」


「え、来斗なんでいるの?」


「そりゃ俺がお前が死んだなんてまったく信じてなかったからだよ。」


来斗とは小学校からの幼馴染だ。

強気だがその屈託ない笑い方はよく似合っていて、口は重いし相談にもよく乗ってくれるいいやつだ。ほとんど喧嘩なんてしたことがない。


「いやそういう問題じゃなくて「お前の事情は昔から聞いていたし、あのあと祖父さんも亡くなって引越したって聞いてな。俺もつい最近ここに引っ越してきたんだよ。」


「そうなんだ。ここにいるってことはやっぱり来斗も奇能力者なの?」


「ああ、俺は時道家と昔から関わりがあったからな。」


「俺の奇能は体の硬化だ。格闘家としては強すぎるからって大会にも出させてもらえなかったけどな。」


なるほど、来斗の苗字は石影だ。


「運動もできて、細かい機械の操作もできるって、最強かよ。」


「お前に言われたかねえなあ、剣道の大会十年連続連覇で、全国模試も1位な奇等くん?」


「いや、来斗のほうが絶対実用的じゃん、今度プログラミング教えてよ」


「やなこった。これ以上お前をハイスペックにしたらリア充神の出来上がりだ。」


「はいすぺっく?よくわかんないや。まあ来斗がとなりでよかったよ。気が楽だ。」


「そりゃよかった。…あ!それからな、俺も天王寺学園に行くことになったから、

おいて行かれないように勉強教えてくれよな。」


「わかったよ。また前みたいにやろう!」


そういって一人目は終わった。まさか来斗がいるとは思わなかったが、ここまではよかったんだ。ここまでは。



二人目の人は、女の子?だった。


「ごめんください。隣に引っ越してきた時道というものですが。」


「なんじゃ」


10秒ほどした後、勢いよくドアがあいて、頭を打った。

そこには、魔女のような恰好をした女の子?がいた。

身長は140センチメートルぐらいで、髪の毛は多分地毛でピンク色、眼も黄色をした完璧なる魔法少女だった。しかし部屋の奥からは禍々しい匂いが流れてきており、

玄関には大量のお札が所せましと貼られていた。


あまりの迫力に、「おじゃましましたー。」と言って帰りたい衝動に駆られたが、

さすがにそれは失礼であろう。何とか理性がたえた。


「あ、挨拶に伺いました。こ、今度親睦の印にケーキをお持ちしようと思うのですが、

好みなどはありますでしょうか。」


「うむ、ここに越してきてすぐに扉を閉めなかったのはお主がはじめてじゃ。」


ちょっと、やっぱりみんな逃げてるんじゃないですか。


「いいこころがけじゃ。しかしな、私は甘いものが嫌いじゃ。」


こんな見た目をして甘いものが嫌いというのには違和感がある。


「じゃ、じゃあどんなものが好みなんですか?」


「そうじゃなあ、じゃあ酒のつまみにカエルの足をかってきてくれるかね?」


「えっと、カエルの足ってどこで売ってるんですか。売ってないですよね売ってないといってください。それに……ゴホン、未成年飲酒は違法ですよ。」


「そんな目で人を見るでない。私はちゃんと20歳じゃぞ?……仕方ないわい、鳶の爪で許してやる。だから今すぐその目をやめろ。」


いやいや、20歳でもそのしゃべり方はおかしいでしょうよ。


「いや、あまりにもお若く見えたものですから見惚れてしまっただけですよ。

申し訳ございません。」


「いやお前まだ絶対信じてないだろ。失礼な。日本酒もつけようかの?」


「やめてくださいよ、金額はともかく僕はお酒買えませんよ。鳶の爪2袋で我慢してくれませんか?」


「…わかったわかった、まったく、お前と話しているととても疲れるのう。

ほれ、耳を貸してみい。」


そういわれしゃがむと、


不意に頬にキスをされた。それから


「見惚れたといわれて、少しうれしかったぞ。これは私なりの親睦のあかしじゃ。」


と甘く耳元でささやかれ、ビクッとなってしまった。


「初心じゃのう。それじゃあ花蓮をリードすることもできんぞ?」


「な、なにするんですかいきなり、それに花蓮さんと僕はそんな仲では…」


「なーに、そのうちわかることさ。…お前の頬はいい味じゃったのう。

また食べてみ、ガチャ」


さすがにたえきれなくなってドアを閉めた。なんだあの悪魔は。

確かに大人の魅力があった。じゃなくて怖さがあったが、あれは危険だ。ものすごく危険だ。


あー、あそこには近づきたくないな。でも約束してしまったしなあ。


また大きな悩みがもう一つ増えた。

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