第13話 異業種交流パーティー

 私は日々の仕事をこなしながら、家ではスープ作りに励んだ。はじめは、料理に全く興味のなかった娘が……、と不審がっていた両親も、花嫁修業に目覚めたのだと思い込んだようで、期待の眼差しを向けるようになった。

 それに、忙しいのはいい兆しだった。失恋の傷も紛れるし、落ち込んでいる暇もない。仕事をしているうちに、いつの間にか来店するお客様とも自然に話せるようになり、ひどかった人見知りが、いくらかマシになった気がする。自分を意図的に追い込むことで努力せざるを得ない環境をつくる、というジョゼフの計らいは、見事に狙い通りの結果を導いたというわけだ。

 私の変わりように、アラン家はすっかり、ウィルソン家様々さまさまムードである。まさか、隠れて婚活しているなんて、思いもよらないだろう。それを考えると、とてつもなく複雑な気分だ。家族からの期待が向けられる度に、私のプレッシャーも増す一方だった。

 しかし、肝心のクロードからの連絡は未だにない。やっぱり復縁は無理なのだと、私も半ば諦めかけていた。



「ねえ、ルー。異業種交流パーティー、何着ていくの?」


 お客様を見送った後、アナが突然聞いてきた。


「パーティー……?」

「あれ、まだ聞いてなかったの?」


 アナはしまった、というように口を手で覆った。それから顔の前で両手を合わせて、聞かなかったとこにしといて、と懇願されたので、私は戸惑いながらも頷く。


「後でボスから説明あると思うんだ」

「異業種交流パーティーって?」

「色んな業種のお偉いさん方が集まって、情報交換したり、人脈を広げるのが目的。毎年ボスの同伴で一人ついて行くんだけど、今年ルーはどうかな、って聞かれたから」

「そんな大層な役、私には無理だよ!」


 入社したばかりなのに、と胸の前で両手を振ると、アナは舌を出した。


「良いんじゃない?って、言っちゃった」

「なんで!? 絶対役に立たないよ!!」

「大丈夫だよ。やりとりするのはジョーだし、隣でニコニコしとけばいいから。そんなお堅い感じじゃないよ。立食だし、美味しいもの食べてきなよ」

「そ、そんなんでいいわけ……?」


 適当に言ってやしないかと、疑いの目を向けたところで、二階から「ルー!!」と呼び出しがかかった。見上げると、ジョセフが手招きしている。


「噂をすれば、じゃない?」


 意味ありげに笑うアナに、不安を露わに見返したが、励ましは肩を叩かれただけだった。


 二階の休憩室を素通りした事務室の一番奥に、ジョセフのデスクがある。しかし、さっき見かけたはずのジョセフの姿がない。人を呼びつけておいてどこへ消えたのか、と見回した拍子にデスクにぶつかってしまい、そこに置かれていてた郵便物の束が崩れた。元に戻そうと手に取ると、仕事関係のもののほかに、個人的な手紙が何通か混ざっている。全て、送り主は女性の名前だ。


──……見なかったことにしよう。


 サッと、郵便の束を元に戻したところで、背後に気配を感じ、振り返るとジョセフが戻ってきたところだった。手にはマグカップ、ど真ん中にへんちくりんな動物が描かれている。ダサッ、という感想は胸のうちにしまっておこう。珈琲の香りがする。どうやら休憩室に寄っていたらしい。


「……なに?」


 ジョセフが、不審そうに聞く。

 複数の女とのやりとりが発覚した直後だ。私の眼には、軽蔑の念が浮かんでいることだろう。


「そんなに待たせたか?」


 待たせたことを怒っていると勘違いしているようで、ジョセフが不思議そうに眉を寄せた。


「いいえ、全然」

「あ、そう……? お前も欲しかった?」


 軽く珈琲を持ち上げて訊ねるのを、冷めた目で「結構です」と断った。


「そのよそよそしい喋り方は、なんなんだよ?」

「別に。仕事中はいつも敬語じゃないですか」


 しれっとして答えると、ジョセフは「そうだっけ?」と記憶を思い返しながら呟いた。

 私の言う言葉に嘘はない。本当に仕事中は敬語を心掛けている。だが今は、いつもよりも言い方が少し、ほんの少しだけ、冷めているというだけのこと。

 釈然としない様子のジョセフに、本題を投げかける。


「それで、なんのご用ですか?」

「──あ、そうそう。来週の日曜、空けといてよ」

「いいですけど、なぜですか?」


 きたー、と身のうちで声をあげた。アナの言うとおり、内容は筒抜けだったが、しらを切った。上司よりも先に、部下から内容を聞いてしまうということは、通常あってはならない。そんな裏でのやりとりを知らないジョセフは、丁寧にイチから説明をした。


「──っていうわけで、気合い入れてお洒落してこいよ」

「仕事なのに、お洒落する必要あるんですか?」

「ばっか、お前……! 自分を売り込むチャンスだろ。これをきっかけに婚約した奴らを、俺は何組も知ってるぞ」


 成長しねーな、と相も変わらず見下してくる。

 自分を売り込む、ということは、新しい相手を見つけろということなのだろうか。途端に、胃がズンと重くなったような気がした。


「やっぱり、諦めるべきなんですか? クロードから連絡ないし……」

「おまえな、待ってるだけじゃダメなんだよ。時間の無駄」

「でも、連絡とるなって言ったじゃないですか」


 ジョセフは、やれやれ、と首を横に振った。


「クロード一人に囚われるな。それは一途とはいわない」

「一途じゃなきゃ、なんなんですか」

「執着だ」


 あまりの言いようにショックを受ける。

 これには即座に反論した。


「そ、そんなことない!!」

「いいや、そうだ。クロードに囚われるあまり、おまえは周りを見ることもせず、自分を見失い、感情のコントロールがきかなくなる。余裕がないのは、好きな男を遠ざける原因になる」

「でも、そう簡単に他の人を好きになれません!!」

「おまえはなんでそう、頭が固いんだ?」


 ぐっ、と口を閉ざした私に、ジョセフは「もっと柔軟に考えろよ」と諭すように言う。

 

「何人かいる知り合いのなかで、クロードかな、っていうスタンスでいるんだ。おまえは、なんだということを忘れるなよ!」

「そんなこと言われても……」

「一途になるのは付き合ってからにしろ。相思相愛でもないのに執着されると、重いだけだ。普通に引く」


 太い矢が、私の頭を貫通する。

 そんな容赦ない言い方しなくてもいいのに。

 私の心情を無視して、ジョセフは自論を続けた。


「男が途絶えない女は、日頃から他の男とも交流があるんだよ。みんな平等にアプローチして、その中で一番可能性がある奴と付き合う。モテる奴は効率がいいんだ」

「それって……、そんなことしていいんですか?」

「ただの友達なんだ。いいに決まってる」

「友達、ですか……」


 それは〝ものは言いよう〟というやつではないのか。なんだか、尻軽に思われそうで嫌だ。


「パーティー会場に行ったら、最低五人に声をかけろ」

「わ、私から!?」


 驚いていると、当たり前だろ、と呆れたように言われてしまった。


「自分から売り込む。そう教えただろ」

「そうですけど……」

「パーティーに来てみたものの、なかなか声をかけられずに孤立しているやつらが少なからずいる。それを狙うんだ。見た目は地味だが、良い奴も多い」

「それこそ軽い目でみられませんか? いろんな人に声掛けてるんだから」

「パーティーだぞ? いろんな人と話すのは、ごく自然だろ。それに、女のほうから来てくれるなんてラッキーだ。感謝しかない。同時に、大人としての余裕も見せつけられる。会話の内容に困ったら、仕事の話でもして名刺を渡せ。愛想良くな。人脈を広げるのは、その積み重ねだ」


 確かに、人が集まる場にきておいて、誰とも話さないほうが不自然だ。納得したところで、ふと、素朴な疑問がわいた。


「仕事している人でも、話しかけられないものなんですか?」

「そりゃそうさ。プライベートで他人に話しかけるなんて、誰だって抵抗がある。無視されたり冷たくあしらわれたら、と思うとめちゃくちゃ怖い。とくに女は容赦ないからな。勇気をだして声をかけても、平気でツンケンする。男だって根は繊細なんだ、傷つきたくない」

「それはだって、軟派な人だと思っちゃうから……」

「恐怖に耐えながら声を掛けてるんだぞ? もっとお手柔らかにお願い申し上げるよ」

「ずいぶん、下手に出たわね」

「気持ちはよくわかるからな。俺でも、まあまあ勇気がいる」

「そうなの!? ……意外!!」


 ジョセフでもそう思うくらいなのだ、他の人はもっと怖いと思っているに違いない。思えば、私もおつかいの時、人に道を訪ねるのにも、かなりの勇気が必要だった。恋愛目的ともなれば、その何倍もハードルが上がってしまう。そういう目的じゃなくても、異性に声をかけられた時点で、警戒されることもあるだろう。


──ナンパするのも、なかなか大変なのね……。


 ジョセフのように、男女どちらにも気楽に接することが出来ればいいものの、私にはまだできそうにない。だいいち、今まで男友達がいたことがないので、いまいちその感覚がわからない。だが、友人が多い人は、サラッとした付き合い方も自然と身についているのだろう。

 私もいつか、そうなりたいものだ。


「異性の知り合いが多いのには、ほかにも利点がある」


 そう言って、ジョセフは話を戻した。


「本人たちにその気がなくても、周りからみたらモテてるように見えるんだ。男に囲まれているお前を見たら、クロードはこう思うはずだ。もしかしたら自分は、でかい魚を逃したんじゃないか、ってね。そうやって勝手に価値があがっていく。最高だろ?」

「それ、同性に嫌われがちなやつじゃないですか」

「将来がかかってんだよ。同性票なんか気にすんな」

「気にしますよ!! 友達、欲しい!!」

「なら、結婚してから作れよ」

「そんなの寂しい!!」


 面倒くさい奴だな、とぼやかれた。

 しかしこれは断固譲れない。噂のせいで、昔は仲が良かった友人達とも、なんとなく疎遠になってしまったのだ。切実に、友達が欲しい。


「そもそも、そんな理由で嫌われる奴は、無意識に同性を見下してる節がある。そういうのは顔や態度に出やすい。とくに女子は空気に敏感だから、すぐに察知する。結局、人付き合いが下手なんだよ。でも、おまえは他人を見下したりできないだろうから、余計な心配するな」

「勿論、そんなことしませんよ、絶対に!!」

「そりゃあ、おまえほど、底辺を味わっている奴はいないだろうからな」

「はい! ……はああ!?」


 素直に頷いたものの、よく考えたらド失礼なことを言われていることに遅れて気が付く。ケタケタと笑うジョセフに、すぐさま抗議した。


「だ、誰が底辺だっ!!」

「事実だろ」

「だとしても、ひどすぎます!! 謝ってください!!」

「い・や・だ。 ──話は以上。仕事にもどれ」

「ひどっ、謝れ!! 謝れ、謝れー!!」

「うるさい。それ以上喋ったら減給するぞ」


 しっしっ、と虫でも追い払うような仕草をされ、ムカッと頭に血が上る。呼びつけておいてそれはないんじゃないか。


──やっぱりこいつ、性格悪い!!


 ふんっ、と顔を逸らして、さっさと立ち去ろうとした──が、無理だった。立ち止まって、振り返り、叫んだ。


「何よ、このチャランポラン!!」


 べー、と舌を出して、急いでその場を走り去る。


「はい減給ー!! 減給、減給!! たった今から減らしてやるからな!!」


 小学生のように煽る声が追ってきたが、私は無視して階段を駆け下りた。

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