第7話 戦闘服
「見違えたじゃないか。ほらな、俺の言ったとおりだろ?」
様変わりした私を見るなり、ジョセフは得意げな顔をしながらやけにゆったりした拍手を送った。拍手の送り先は、私や従業員でもなく、おそらく自分へだろう。
なぜあんたが威張るんだ、と心の中でつっこむ。
それにしても、垢抜けて見える。自分でも鏡の前に立った瞬間に「誰?」と言ってしまったくらいだ。
「姿勢が悪い。背筋を伸ばせ。うちの服が台無しじゃないか」
「恥ずかしいの!! こんなの着たことないし、体型にも自信ないし……」
「胸を張れば、ない胸もあるように見える!!」
この男にはデリカシーというものはないのか。
腹立たしいが、強く否定できないのが悲しい。
「スタイルの善し悪しはともかく、肌を出せ。男は女の肌に自然と目がいくようにできてるんだ。光り物に目がないカラスと一緒さ。視線を惹きつける格好の餌だ。餌を上手く使え」
「な、なんか例えが……」
突如、人差し指を突き立てられ、私は僅かに身を引く。その勢いは〝ビシッ!!〟という効果音の幻聴すら聞こえてくる。
「だが気をつけろ。出しすぎると、逆に候補から外される可能性が高くなる」
「どうして?」
「結婚相手として相応しくないからさ。露出が高けりゃどうしたってビッチに見える。大半は、彼女がビッチだと思われたくないはずだ」
「びっ──!?」
前々から感じてはいたが、貴族のくせに言葉遣いが悪いし、言うことが下品じゃないか。それに私に対しての罵詈雑言の数々、本当に失礼だ。
──この人本当に貴族なの!?
これでは〝中流成り上がり〟と陰口を叩かれても仕方がないではないか。
「そっちの候補になら、大歓迎なんだけどな」
「そっち?」
その問いかけに対しては答えず、笑みで誤魔化された。言わずともわかるだろ、とでも言いたげな顔に、ようやく察しがついた私は、気まずくなって口を噤んだ。構わずジョセフは続ける。
「ギャップっていうのもあるが、一見ではわからない。初対面から会話するとか、何度か会う機会があるなら通用するかもしれないが、そうじゃないなら望みは薄い。なぜなら、結婚となると〝妻〟としてどうかを意識するからだ。そうなれば必然的に、親や友人、職場の人間に紹介しても恥ずかしくない、それに相応しいかどうか、という基準になる」
ひどく現実的な話だけに、否定もできない。
「ターゲットは結婚向きの男だ。遊び人じゃない。だったら何もあちこち出す必要ないんだ。いい
「む、難しいな。いい塩梅ってどの程度なの?」
「腕か脚か鎖骨、どれか見せるくらいでいい。人によって趣味嗜好はあれど、ほとんどの男はデコルテに女性らしさを感じる。──ちなみに俺が好きなのは背中だよ」
「それは聞いてない」
笑顔を浮かべながら片手で拒絶を示す。
言っていることはわかるが、なんとも言えない抵抗感がある。自分を曲げてまで、気を引く必要があるだろうか。
「わからなくもないけど、なんだか媚びてるみたいで嫌だな。男の人の気を引くために着る服を選びたくない。それに、ありのままの──普段の自分を受け入れてくれる人じゃなきゃ、結婚したって長続きしないよ」
「一理ある。だが、順序が違う」
順序とはどういうことかわからずに首を傾げると、ジョセフは強い口調で断言した。
「〝ありのままを受け入れて欲しい〟という要求は、ある程度の信頼関係を築いてからだ!!」
言われてみればそうかもしれないが、なんとなく腑に落ちない。頭に浮かんだ疑問を素直にぶつけてみることにした。
「──だけど、本当の自分を見せてないのに、そんなの信頼関係って言える?」
「よく知りもしないのに「自分を受け入れてください」なんて、図々しいんじゃないか?」
「っ!? ……で、でも、こっちだって受け入れようと思うし──」
「知り合ったばかりの人間の何がわかるっていうんだ? たとえ古くからの友人だったとしても、知らないことは沢山あるってのに、最初から本音なんて、もっとありえない」
完全に論破されてしまった。さすが商売人、議論では勝てそうにない。黙り込んだ私に、ジョセフは諭す口調で言い聞かせた。
「いいか、人に受け入れてもらうまでには段階がある」
「段階?」
私が頷くと、またお得意の自説を持ち出した。
「人間関係は商売みたいなものさ。恋愛も然り」
「はあ?」
「商品を売るためには、客に入店してもらう必要がある。どちらにしろ、まずは店の存在が認識されなければ、商品を見てもらえない。だから広告を出したり、ショーケースを飾ったりして、店の〝色〟をアピールする。それを見た客が興味を持てば、ようやく入店してくれるってのが、通常の流れだ」
「それとこれとどう関係あるのよ」
「そのアピールの為に、着替えさせたんだ。
大改造、と言われて納得してしまった自分が悲しい。ジョセフは大真面目な顔で演説を続けた。
「例えば街を歩いている時、顔も身なりもそこそこの男とすれ違ったとする。興味をそそるか? 印象にすら残らないだろ?」
「そりゃあ、歩いてる人の顔なんていちいち見ないもの」
「肩がぶつかるとか、何らかのアクシデントでも起こらない限り、印象に残らない。それでも時間が経てば顔なんてすぐに忘れる。知り合ったとしても、頻繁に交流する仲になるまでは、わりとどうでもいい存在なんだ」
「まあ、確かに……」
実際、普通に生活していて、顔見知り程度の人のことまで気にかけたりしない。好き嫌いの話ではなく、単にその必要がないからだ。だいたいの人は自分のことで精一杯なのだ。
納得する私に、ジョセフは「話を戻すが──」と、トドメを刺しにかかる。
「つまり、どうでもいい奴のありのままなんて、心底どうでもいい!!」
「うっ……!!」
思わず胸をおさえる。
痛いところを突かれた。自分に置き換えて考えればわかることなのに、焦りや不安から、すっかり自分の要求ばかりに焦点を当ててしまっていた。
「商品は、買ってから実際に使ってみないとわからないもんだ。結婚において本当の意味で受け入れてもらうっていうのは、実はそこからなんだよ」
「それって最後でしょう? じゃあもう引き返せないじゃない」
「そう最後だ。それに一度買ったものは返品できない。だからお互いによく吟味して選ぶんだろ」
ジョセフと出会ってから、結婚に抱いていた夢が容赦なく破壊されていっている気がする。遠い目になった私を見て、夢の破壊神は愉快そうに笑った。この男、本当にいい性格をしている。
「でも、こうも考えられないか? 一生ものを買うとしたら、デザインが良い、新しいだけじゃ説得力にかける」
「あ……」
「人によってはデザインよりも機能性、新品よりも手に馴染んだもの。それから、愛着のあるもの……色々ある。──だが俺が思うに大多数は
なんだろう、ものすごく気になる。前のめりになって、自ずと顔が近くなる。ジョセフも合わせるように顔を寄せた。そして言った答えは、以外なものだった。
「〝安心〟だよ」
それは考えたことがなかった。結婚のために必要なことといえば、礼儀作法や家事などが真っ先に思いつくが、安心というのは頭になかった。それに安心といっても、その定義は人によって違う為、どうしようもない。
「誰だって、ホッとするような家に帰りたいだろ?」
私は強く頷いた。それに関しては、婚約破棄になってから家に居ずらい日々が続いているせいか、激しく同感である。
ジョセフは私の両肩を掴むと、愛称ではなく「ルーシー」と名前で呼んだ。
「〝安心〟を提供できる女になれ。それができれば、お前と結婚したがる男は腐るほど現れるぞ!!」
さすがに大袈裟だとは思ったが、不思議な説得力があった。その熱意に押されたように、私はもう一度頷いた。
「──が、頑張る!!」
「いい返事だ」
無造作に頭を撫でられた。
なんだか教師と教え子のようなやり取りで、少し笑えてくる。
「まずやることは、商品を売り込むために、客を呼び込むところからだ」
「どうしたらいいの?」
「そこでさっきの例え話の続きだ」
すれ違った人をいちいち覚えない、というやつか。
「もしすれ違ったのが自分好みの人間だったなら、印象に残るし興味を惹くことができる。人によっては、頭の中で勝手に美化して好感を抱いたりするだろ?」
「──まあ、確かに……」
ジョセフは私の肩に手を置くと、「いいか──」と言い聞かせるように続けた。
「男の好みで服を選びたくない、という気持ちはよくわかる。だけど、これは媚びでもなんでもない。〝イメージ戦略〟なんだ」
「イメージ戦略?」
「お前というブランドを認識してもらう為の手段なんだ。身につけるもので第一印象の大半が決まる。イメージを目視で伝えられるからだ。好印象さえ抱かせれば、後でいくらでも売り込める」
「──そこまで考えたことなかった」
「服が与える力ってのはすごいんだぞ」
普段よりも少しばかりテンションが高い様子に、ジョセフの服を愛してやまない気持ちが伝わってくる。そこまで夢中になれるものがあることを、羨ましいとさえ思った。
「言いたいことはわかった。──ただ、すごく綺麗にしてもらって言うのもなんだけど、相手の印象に残るほどのものでもないと思うの。もとが普通だし……」
「そりゃあ有名人でもない限り、普通はそんなこと無理だ。だけど売り方はひとつじゃない」
私は商売の例えから予想した答えを口にした。
「──こっちから売り込むの?」
「ルー!! わかってきたじゃないか!! いい感じだ、すごくいい!!」
肩を揺らされながら激励される。とくに大したことじゃなくてもそこまで褒められると、少しばかり照れてしまう。
しかし喜んではいられない。それには致命的な問題があるのだ。
「あの、実は……私、ものすごく人見知りなの」
「わかるよ」
すんなりと頷かれた。
自分の噂が広まってからは他人と話すことも減り、クロードの裏切りと婚約破棄というダブルパンチをくらって以来、すっかり対人恐怖症に拍車がかかってしまった。
私の人見知りは人並み程度ではないことを、本当にわかっているのだろうか。
「その……人の目を見るのだって怖いくらい。最初は、もう少しマシだったんだけど……」
声が尻すぼみに消えていった。自分の気持ちを伝えるのは、本当に苦手だ。だからこそ、マリーを泣かせてしまい、あんなことになってしまったのだ。
「──ひとつ、提案がある」
なんだろうと思い、ジョセフをおずおずと見上げた。
「それがどうした」とか「言い訳するな」などと言われるかもしれない。それか、腫れ物に触るような態度であしらわれるかも、と予想していた。
しかし実際は、そのどれにも当てはまらないものだった。
「ここで働いてみないか?」
予想外のことに呆然と見上げると、ジョセフは「是非そうして欲しい」と付け加えて
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