第4話 恋愛指南
後日、正式な婚約の挨拶と称して、アラン家に訪れたジョセフを、家族総出で出迎えた。
商売人の家系ということもあってか、ジョセフは非常に弁が立ち、家に来たのは初めてだというのにすっかり打ち解けてしまい、謎の一体感さえうまれている。うだつの上がらない父に至っては、普段あまり褒められることがないせいか、ジョセフの絶妙なおだてにすっかり気を良くしたようで、滅多にしないハグまでしていた。その光景を複雑な気持ちで見守っているのは、私だけだろう。
──父よ、そいつはとんでもない不倫男なのに……。
すっかり歓迎ムードの我が家に、ひとり疎外感を感じずにはいられなかった。
***
「ほらよ」
私の部屋で二人きりになるなり、ジョセフが
これは婚約指輪だ。
「ふ、普通投げて寄越す!?」
「片膝ついて、くっさい台詞でも吐くと思ったか? 誰がそんな寒いことするかよ、小っ恥ずかしい。死んでも嫌だね」
「うわー……」
すごいな、この男の人間性……。
別にそこまでしろとは言わないが、普通に手渡しでもいいだろうに。
「どうせ形だけの婚約なんだ、小道具みたいなもんだろ。といっても、それなりにするもんだから粗末にするなよ」
「──さ、最低!!」
「どーこーが、だ!! お望み通り時間を稼いでやったし、こうして健気に婚約者のフリだってしてる。お前にとっては得しかないが、こっちは大損害だよ」
「だったら、不倫なんかしなきゃいいじゃない。私の口が堅くて助かったでしょう」
「助かったんだか、助かってないんだか……〝半殺し〟ってとこだな」
ジョセフはおどけるように肩をすくめてみせた。
自分のしている事がどんなに悪いことなのか、わかっているのだろうか。私はなんとか彼の行いを正そうと、諭すように訴えかけた。
「でも、やっぱり
つい最近身をもって経験したので、浮気をされた側の気持ちはよく分かる。心に負った傷は、未だ癒えることはない。
「もう会ってない」
「──え?」
驚いて顔を上げると、ジョセフは本棚を物色していて、その表情は見えない。
「距離を置こうって言われたんだ。人に見られたから」
「あ……」
「とっくに終わっているのでご心配なく」
私に見つかったのがきっかけか。自分のせいとなると、なんだか少しばかり罪悪感がある。きっと私は、さぞかし恨まれていることだろう。自分でも、間の悪いところがつくづく嫌になる。
「ごめん……」
「謝るなよ。おまえには関係ないことだ」
「だ、だって──」
「そんなことより、今は目の前の問題だろう」
振り返ったジョセフは落ち込んでいる様子もなく、普段となんら変わらない。それが逆に怖いのだが……。
だが確かに、ジョセフが不倫していようが、私には直接関係のないことだ、と思い直した。
──この人が何をしようが、破滅するのは自分自身なわけだし。
うんうん、と身のうちで納得する。
が、すぐにその考えは間違いであることに気がついた。
──つまり、半年のうちになんとかしなければ、自滅男と結婚しなきゃならないってこと!?
それに加えて、夫人との縁は切れたとしても、女性との噂が絶えない人が、結婚後も女遊びをやめられるとは考えにくい。それは私にとって最も避けなければならない相手である。浮気だけは、もう本当に懲り懲りなのに。
不幸な人生へ真っ逆さまではないか。
──全然、関係なくないじゃん!!
一気に血の気が引いていく。そうなれば、勘当を選択するしかないのか。
「──ど、どうしよう……!!」
「まあ、そんなに不安がるな」
真っ青になっている私に、満面の笑みを向けてくるあたり、自分が悩みの元凶であるという自覚はないのだろう。
「おまえはツイてるよ」
「どこが!!」
「この俺と出会ったんだ!! ラッキー以外の何でもないだろう!?」
それがわからないなんて信じられない、とでも言いたげな眼を向けられる。
──もうどこからつっこんだらいいんだろう。
遥か遠くの方向を見ていると、ジョセフは私の目の前で、指をパチンと鳴らした。その音で遠くに行っていた意識が戻ってきた。
「俺が、おまえを結婚をさせてやるよ」
「──いや、あなたとは絶対に一緒になりたくないです。断じて!!」
「俺とじゃない!! それ以前に、こっちから願い下げだ」
なぜそんな言い方されなくちゃならないのだろう、という不満は
「この半年のうちに、おまえにとって理想的な相手と結婚させてやるって言ってるんだ」
「……はい?」
「任せろ、俺はやると言ったら必ずやる男だ」
ジョセフは自信満々に胸を張り、呆然とする私に、こう断言した。
「俺の言うとおりにすれば、必ず結婚できる!!」
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