第4話 恋愛指南

 後日、正式な婚約の挨拶と称して、アラン家に訪れたジョセフを、家族総出で出迎えた。

 商売人の家系ということもあってか、ジョセフは非常に弁が立ち、家に来たのは初めてだというのにすっかり打ち解けてしまい、謎の一体感さえうまれている。うだつの上がらない父に至っては、普段あまり褒められることがないせいか、ジョセフの絶妙なおだてにすっかり気を良くしたようで、滅多にしないハグまでしていた。その光景を複雑な気持ちで見守っているのは、私だけだろう。


──父よ、そいつはとんでもない不倫男なのに……。


 よわい十二の妹に至ってはすでに「お義兄にい様」呼びだし、あの母でさえテンションが高い。

 すっかり歓迎ムードの我が家に、ひとり疎外感を感じずにはいられなかった。



***



「ほらよ」


 私の部屋で二人きりになるなり、ジョセフがを投げて寄越した。なんとかキャッチしたそれは、手のひらサイズの小さな小箱で、中を開くと小さな指輪が入っていた。中央に埋め込まれたダイヤモンドが上品な輝きを放っている。粗雑な渡し方ゆえに、すぐにはわからなかったが、落ち着いて考えてようやく察した。

 これは婚約指輪だ。


「ふ、普通投げて寄越す!?」

「片膝ついて、くっさい台詞でも吐くと思ったか? 誰がそんな寒いことするかよ、小っ恥ずかしい。死んでも嫌だね」

「うわー……」


 すごいな、この男の人間性……。

 別にそこまでしろとは言わないが、普通に手渡しでもいいだろうに。


「どうせ形だけの婚約なんだ、小道具みたいなもんだろ。といっても、それなりにするもんだから粗末にするなよ」

「──さ、最低!!」

「どーこーが、だ!! お望み通り時間を稼いでやったし、こうして健気に婚約者のフリだってしてる。お前にとっては得しかないが、こっちは大損害だよ」

「だったら、不倫なんかしなきゃいいじゃない。私の口が堅くて助かったでしょう」

「助かったんだか、助かってないんだか……〝半殺し〟ってとこだな」


 ジョセフはおどけるように肩をすくめてみせた。

 自分のしている事がどんなに悪いことなのか、わかっているのだろうか。私はなんとか彼の行いを正そうと、諭すように訴えかけた。

 

「でも、やっぱりはよくないよ。裏切られた方は本当にショックだし、悲しいもの」


 つい最近身をもって経験したので、浮気をされた側の気持ちはよく分かる。心に負った傷は、未だ癒えることはない。


「もう会ってない」

「──え?」


 驚いて顔を上げると、ジョセフは本棚を物色していて、その表情は見えない。


「距離を置こうって言われたんだ。人に見られたから」

「あ……」

「とっくに終わっているのでご心配なく」


 私に見つかったのがきっかけか。自分のせいとなると、なんだか少しばかり罪悪感がある。きっと私は、さぞかし恨まれていることだろう。自分でも、間の悪いところがつくづく嫌になる。


「ごめん……」

「謝るなよ。おまえには関係ないことだ」

「だ、だって──」

「そんなことより、今は目の前の問題だろう」


 振り返ったジョセフは落ち込んでいる様子もなく、普段となんら変わらない。それが逆に怖いのだが……。

 だが確かに、ジョセフが不倫していようが、私には直接関係のないことだ、と思い直した。


──この人が何をしようが、破滅するのは自分自身なわけだし。


 うんうん、と身のうちで納得する。

 が、すぐにその考えは間違いであることに気がついた。


──つまり、半年のうちになんとかしなければ、自滅男と結婚しなきゃならないってこと!?


 それに加えて、夫人との縁は切れたとしても、女性との噂が絶えない人が、結婚後も女遊びをやめられるとは考えにくい。それは私にとって最も避けなければならない相手である。浮気だけは、もう本当に懲り懲りなのに。

 不幸な人生へ真っ逆さまではないか。


──全然、関係なくないじゃん!!


 一気に血の気が引いていく。そうなれば、勘当を選択するしかないのか。


「──ど、どうしよう……!!」

「まあ、そんなに不安がるな」


 真っ青になっている私に、満面の笑みを向けてくるあたり、自分が悩みの元凶であるという自覚はないのだろう。


「おまえはツイてるよ」

「どこが!!」

「この俺と出会ったんだ!! ラッキー以外の何でもないだろう!?」


 それがわからないなんて信じられない、とでも言いたげな眼を向けられる。


──もうどこからつっこんだらいいんだろう。


 遥か遠くの方向を見ていると、ジョセフは私の目の前で、指をパチンと鳴らした。その音で遠くに行っていた意識が戻ってきた。


「俺が、おまえを結婚をさせてやるよ」

「──いや、あなたとは絶対に一緒になりたくないです。断じて!!」

「俺とじゃない!! それ以前に、こっちから願い下げだ」


 なぜそんな言い方されなくちゃならないのだろう、という不満は表情かおに出すだけにしておく。


「この半年のうちに、おまえにとって理想的な相手と結婚させてやるって言ってるんだ」

「……はい?」

「任せろ、俺はやると言ったら必ずやる男だ」


 ジョセフは自信満々に胸を張り、呆然とする私に、こう断言した。



「俺の言うとおりにすれば、必ず結婚できる!!」

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