第9話

 一月の第二月曜日。

 愛理沙は関東の実家に帰省していた。


「どうでしょうか?」

 

 着替えを終えた愛理沙は家族を前にそう尋ねた。

 真っ先に答えたのは芽衣だった。


「凄い! すごく綺麗です!!」


 芽衣の素直な感想に愛理沙は思わず微笑んだ。

 愛理沙が身に纏っているのは、華やかな赤色の振袖だった。


 そう、今日は成人式。

 愛理沙にとって、晴れの日だ。

 ……厳密には成人年齢は十八歳になっているのだが、「成人式」自体は例年通り、該当年度に二十歳を迎える者を対象に行われていた。


「うん、良く似合っている」


 直樹も満足そうな表情でそう言った。

 一仕事終えた、そんな顔をしている。


「すごく綺麗だよ」

「そうですか」


 大翔の言葉に愛理沙は淡泊な声音で答えると、まだ唯一感想を口にしていない義母――天城絵美に向き直った。


「どうですか?」

「……似合っているわね」


 絵美は少し悔しそうな表情を浮かべながらそう答えた。

 彼女の回答に愛理沙は口角を上げる。


「高かっただけはあるわ」


 絵美は付け加えるようにそう言った。

 そんな絵美の態度に愛理沙は苦笑した。


「それは良かったです」




 家族から感想を聞いてから、愛理沙は家の外に出た。

 しばらく待っていると、一台の車がやってきて、愛理沙の家の前で止まった。


 扉が開く。


 すると中から和装に身を包んだ婚約者が現れた。


「おはよう、愛理沙。とても素敵な衣装だね。普段も可愛いけど、今日は一段と綺麗に見えるよ」

「ふふっ……ありがとうございます」


 由弦に褒められ、愛理沙は今日一番の笑顔を浮かべた。


「由弦さんもとってもよくお似合いです。カッコいいですよ」


 由弦は黒紋付羽織袴を見に纏っていた。

 紋章は当然、高瀬川家の家紋だ。

 

「ありがとう」

 

 由弦は嬉しそうに微笑んだ。

 それから愛理沙の隣にいた直樹に向き直った。


「では由弦君。愛理沙を……娘を頼む」

「はい、もちろん」


 由弦はそう答えると、愛理沙の手を取った。


「さあ、乗って」

「はい!」


 愛理沙は車に乗り込んだ。

 向かう先は成人式の会場だ。


 車は真っ直ぐ成人式の会場……には向かわず、少し離れた場所で止まった。


「ここからは歩いていこうか」

「そうですね」


 愛理沙は由弦のエスコートを受けながら、五分ほど歩き、成人式の会場へと向かった。

 早い時間帯でありながら、成人式の会場は混み合っていた。


「うーん……ちょっと、浮いてるかな?」


 愛理沙の隣で由弦は少しだけ落ち込んだ声でそう言った。

 浮いている?

 愛理沙は思わず首を傾げた。


「どういうことでしょうか? カッコよすぎて浮いているとか?」


 確かに愛理沙の婚約者は誰よりもカッコいい。

 その青い瞳も相まって、浮いていないと言えないこともないが、それはいつものことだ。

 それに誇るべきことであって、恥ずかしく思うようなことでもない。


「いや、みんな洋装じゃん? 俺だけ和装はさ……」

「……? あぁ」


 由弦の言葉に愛理沙は少し考えてから、ようやく合点がいった。

 成人式会場の男性はみんな洋装、スーツを着ている。


 その中で羽織袴は少し浮いているかもしれない。

 

 女性はみんな和装……振袖なわけだから、その真逆。

 つまり愛理沙が一人だけ洋装、ドレスを着ている姿を想像すれば分かりやすい。


 確かに居心地が悪く感じる。


「でも、変な目立ち方をしている人よりはいいんじゃないですか?」


 愛理沙は奇抜な恰好、奇抜な髪の男性や女性に視線を向けながらそう言った。

 本人はカッコいい、イケてると思っているかもしれないが、はっきり言って品性のない姿だ。

 悪目立ちしている。


 比較して由弦は日本の伝統的な衣装を着ている。

 良い意味で目立っていると言えるだろう。


「しかし女性が着物ばかりで、男性はスーツが多いのは何ででしょうか?」

「うーん、性差なのか文化的差異なのか。難しいな」


 由弦とそんな議論を交わしていると、ふと愛理沙の視界に和装の男性が写った。

 由弦の仲間だ。


「由弦さん。和装の人、いましたよ。やぱり、全然珍しくないですよ」

「仲間がいると心強いな。……って、あれ、宗一郎じゃないか?」

「……あら、本当ですね」


 由弦の仲間だと思った人は本当に由弦の仲間……友人の佐竹宗一郎だった。

 よく見るとその隣には青い鮮やかな振袖を着た、美人な女性もいる。

 橘亜夜香だ。


「あれ? ゆづるんに愛理沙ちゃん! おーい、こっち、こっち!!」


 亜夜香たちも愛理沙たちに気付いたらしい。

 亜夜香は大きく手を振りながら、名前を呼んだ。


 ちょっと恥ずかしいからやめて欲しい。

 二人はそう思いながら、小走りで亜夜香たちの元へと駆け寄った。


「二人とも、久しぶり! 元気にしてた?」


 数年ぶりに再会した。

 というようなノリで亜夜香は二人に挨拶をした。

 愛理沙と由弦は揃って苦笑する。


「あぁ、久しぶり、亜夜香ちゃん。十日ぶりかな?」

「私は二週間ぶりですね」


 由弦は十日ほど前、新年の挨拶で亜夜香と再会していた。

 そして愛理沙は二週間ほど前、大学の講義で亜夜香と顔を合わせていた。


 亜夜香も宗一郎も、愛理沙たちと同じ大学に通っているのだ。

 全然、久しぶりでも何でもない。


「あ、ゆづるん。やっぱり、和装なんだ。よかったね、宗一郎君」

「やっぱり、日本人なら和装だよな!?」


 羽織袴を着た宗一郎は嬉しそうに、同意を求めるように由弦にそう話しかけた。

 どうやら、亜夜香たちも愛理沙たちと同じことを話していたようだ。


「だよな?」


 由弦と宗一郎が友情を確かめ合っていると、愛理沙は声を上げた。


「あの人……聖さんじゃないですか?」

「あ、本当だ! ひじりーん! こっち、こっち!!」


 亜夜香は再び大きな声を上げた。

 亜夜香に呼びかけられた青年は驚いた様子でキョロキョロと辺りを見渡す。

 そしてようやくこちらを見つけると、小走りで駆けてきた。


「声がでかい」


 開口一番、恥ずかしそうに文句を言った。

 文句を言われた亜夜香はニコニコと笑顔を浮かべる。

 全く答えていない。


「……お前、その恰好、なんだ!」

「そうだ! 舐めてるのか!?」


 由弦と宗一郎は眉を顰め、口々に聖を批難した。 

 いきなり批難された聖は驚いた様子で目を見開き、自分の恰好を確認する。


「え? ……何か、おかしいか?」


 聖の恰好は全くおかしくない。

 普通のお洒落なスーツだった。


「どうして和装じゃないんだ!」

「それでも日本男児か!?」

「……お揃いの約束なんか、したか?」


 聖が困惑気味に尋ねると、由弦と宗一郎は揃って頷いた。


「してないが、俺たちは親友だろ?」

「なら、言わなくとも通じるはずだ」

「俺はお前らの彼氏じゃねぇ」


 聖は眉を顰めて、そう答えた。

 それから男三人で揃って大笑いした。


 そんな仲睦まじい男たちの姿を前に、愛理沙と亜夜香は顔を見合わせた。


「千春ちゃんと天香ちゃんもいればねぇ」

「仕方がないですよ。……京都ですし」


 千春と天香の実家にある。

 そのため京都で成人式に参加していた。


 会えないのが残念だ。 

 と、思っていると五人の携帯が一斉に鳴った。


 四人は揃って携帯を確認する。

 千春からのメールだった。


『いえーい、彼氏君、見てる!? 凪梨天香ちゃんは今、私の腕の中にいまーす!!』


 そんな文面と共に、千春と天香の二人のツーショット写真が送られてきた。

 千春はノリノリの笑顔、天香は少し気恥ずかしそうな表情を浮かべている。

 二人とも美しい振袖を着ていた。


「……相変わらずで安心しました」


 愛理沙は笑いながら言った。

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