第8話

「そろそろ見えるはずだけど……」

「うーん……あ! あれですか? あのお城!」


 愛理沙の視線の先には、派手にライトアップされた西洋風のお城……に見える建物があった。

 一目で目的地だと分かった。


「多分、そうだね。駐車場は……あそこかな?」


 特にトラブルもなく、愛理沙は駐車場に車を止めた。

 二人は車から降りて、入口へと向かう。


「……由弦さん、あれ、見てください」


 途中、愛理沙は由弦の耳元に顔を近づけ、囁いた。

 愛理沙が指さした方を見ると、そこには若い女の子と年配の男性がいた。

 年齢差は少なく見積もって二十歳以上離れているように見える。


「あれって……アレですよね?」 

「……純愛かもしれないじゃないか」


 見かけだけでは関係性まで分からない。

 もっとも、由弦も愛理沙と同意見ではあったが。


 由弦と愛理沙は二人組の後を追うように、ホテルの中へと入った。

 二人組は一切の迷いを見せることなく、フロントに設置された機械へと向かう。

 機械を操作し、お金を払う。

 そしてエレベータの中へと消えて行った。


「あれが精算機なのかな?」

「そう……みたいですね」


 二人はドキドキした気持ちで精算機に向かった。

 タッチパネルに表示される案内に従い、部屋を選ぶ。


 お金を払い終えると、機械からレシートと部屋番号が記載された紙が出て来た。


「鍵はどうなっているんですかね?」

「うーん……まあ、行ってみれば分かるんじゃないかな?」


 一先ず、二人は予約した部屋へと向かった。

 部屋には鍵は掛かっておらず、問題なく入室できた。


「内側からは鍵を開け閉めできそうだけど……外鍵はなさそうだね」

「二人揃って出るのはやめた方が良さそうですね」


 ドアロックの仕様を確認し終えた二人は、あらためて部屋の内装を確認する。

 色合いはややピンクっぽいが、それを除けば普通のホテルのように見える。


「トイレも綺麗だね」

「お風呂もです。入浴剤とか……アメニティも良いのが揃ってますね」


 衛生的にもサービス的にも普通のホテルと遜色ない。

 二人は内心でホッと胸を撫で下ろした。

 ……汚かったらどうしようかと、少しだけ警戒していたのだ。


「飲み物は自動販売機で買えるのか。愛理沙、何か飲む? ……愛理沙?」


 返事がない。

 由弦は何かを見ながら固まっている愛理沙の方へと向かった。


「愛理沙、どうした?」

「わわっ!? な、何ですか!?」

 

 由弦が肩を叩くと、愛理沙はビクっと体を震わせた。

 由弦は愛理沙が見ていたものを覗き込む。


「ふーん……」

「あ、え、えっと、こ、これは……」


 それはいわゆる“大人の玩具”だった。

 無料で貸し出されているらしい。

 由弦も愛理沙もまだそういった物は使ったことがなかったが……。


「個人的には、こういう場所にあるのは、衛生面で問題がありそうだし、やめた方が……」

「わ、分かっていますよ! き、気になっただけです」

「……気にはなったんだ」

「わ、悪いですか!?」


 愛理沙は低い声で眉を吊り上げながら、由弦を睨みつけた。

 美人は怒ると怖い……が、怒り顔に“照れ”が混じってしまっているため、迫力に欠けている。


「いや、気になるなら、家に帰ってから買ってもいいかなって……」

「……か、考えておきます」


 愛理沙は恥ずかしそうに頬を背けながらそう言った。


「一先ず、愛理沙。シャワー、浴びないか?」

「そうですね。……ちょっと臭いますし」


 愛理沙はそう言いながら自分の服に鼻を当てた。

 つい数時間前まで、動物と触れ合いしてきたばかりだ。

 お互い、体から動物の臭いがしている。


「どっち、先入る?」


 由弦が何気ない調子でそう尋ねると、愛理沙は不満そうな表情を浮かべた。


「……どっち?」

「一緒が良い?」


 由弦が尋ねると、愛理沙は慌てた様子で首を左右に振った。


「どっちでもいいです。……由弦さんが好きな方で」

「じゃあ、一緒に入ろうか」

「……揶揄いました?」


 愛理沙はそう言って由弦をジト目で睨みつけた。

 由弦は肩を竦めてから、服を脱ぎ始めた。

 愛理沙はそんな由弦の様子をじっと見つめる。


 由弦が服を全て脱ぎ終えても、愛理沙はボーっと立っているだけだった。

 そんな愛理沙に由弦は尋ねた。


「脱がして欲しい?」

「……お願いします」

「仰せのままに」


 由弦は愛理沙の希望通り、丁寧に愛理沙の服を脱がしてあげた。

 お互い、一糸まとわぬ姿になる。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 恥ずかしそうに局部を隠す愛理沙の肩を押しながら、二人は浴室へと向かった。





 それから三十分後。

 シャワーで体を洗い終えた二人は、ベッドに腰を掛けた。

 二人ともタオルを体に巻きつけて、大事な場所を隠している。


「喉、乾きましたね」

「そうだね。飲み物、買おうか。何が良い?」

「寝る前ですので……ミネラルウォーターで」


 由弦は愛理沙の希望通り、ミネラルウォーターを購入し、手渡した。

 愛理沙はミネラルウォーターを三分の一ほど飲み終えてから、由弦に手渡した。


「どうぞ」

「ありがとう」


 由弦もミネラルウォーターが入ったペットボトルに口を付けた。

 今更、間接キスなどと騒ぐような間柄ではない。


「えっと……由弦さん」

「うん? どうした?」

「えっと……」


 ペットボトルの蓋を閉めながら由弦が尋ねると、愛理沙はモジモジとし始めた。

 それから宙に視線を泳がせる。

 そしてわざとらしく手を打った。


「そ、そうだ。テレビ、見ませんか?」


 愛理沙はそう言うと手元にあったリモコンを操作した。

 同時にテレビ画面に絡み合う裸の男女が映る。


「わわ!!」


 愛理沙は慌てた様子でテレビを消した。

 そしてはにかんだ表情を浮かべた。


「い、今のは別に特別な意図があったわけじゃ……」

「愛理沙」


 由弦は愛理沙の名前を呼び、彼女の顎に手を当てた。

 

「え、あっ……ん!」

 

 そして強引に唇を奪う。

 愛理沙は驚いた様子で目を見開いたが、すぐにされるままになった。


 お互いに舌を絡め合う。


「続き、する?」


 由弦は愛理沙のタオルに指を掛けながら、そう尋ねた。

 由弦の問いに愛理沙は小さく頷く。


「……はい」

「じゃあ、遠慮なく」


 由弦は愛理沙のタオルを剥ぎ取り、押し倒した。

 そして愛理沙の胸に手を置き、耳元で囁く。


「昼間の約束、覚えてる?」

「……知りません」


 愛理沙は真っ赤に染まった顔を背けながらそう言った。

 嘘をついている時の顔だった。


「じゃあ、思い出させてあげる」

「……お願いします」


 由弦の言葉に愛理沙は上目遣いでそう言った。



 長くて甘い夜が始まった。


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