第7話

 夕方。

 日が落ちる前に由弦と愛理沙は車に乗り込み、帰路に着いた。


「愛理沙、もうすぐ高速だけど……交代しなくて大丈夫?」

「ええ、大丈夫です」


 由弦の問いに愛理沙は元気よく答えた。

 行きとは異なり、帰りの車内でハンドルを握っているのは愛理沙だった。


「私も運転しないと、乗れなくなってしまいますから」


 迷いなく愛理沙は高速道路へと入っていく。

 そして隙を見て右側の追い越し車線へと移動していく。

 速度もどんどん上がっていく。


「……安全運転でね」

「大船に乗ったつもりでいてください」

 

 愛理沙は調子よく答えた。

 さらに速度が上がる。


「寝ててもいいですよ? 着いたら起こします」

「いや、そこまで眠くないから」


 愛理沙の運転は決して下手ではない。

 むしろ上手な方だ。

 しかしスピードを上げ過ぎるところがある。


 一般道であればそこまで上がらない(上げない)のだが、高速道路、特に車の数が少ない時は、由弦の想像を超える勢いで飛ばす。

 

 だから怖くて眠れない。


 由弦は周囲の車の速度と、そして速度メーターを逐一確認する。


「……愛理沙、ちょっと速度落として」

「え!? ……まあ、由弦さんがそう言うなら」


 渋々という調子で愛理沙は速度を落す。

 徐々に速度が落ちていく車内で、由弦は内心で胸を撫でおろした。


 そのまま二人は順調に高速道路を進んでいく。

 この調子なら予定よりも早く家に着けそうだと由弦が思った……その時だった。


 ――この先、渋滞が発生しています。


 ナビが不穏なことを言い始めた。

 

 そしてしばらく進むと、徐々に車間距離が縮まっていき……


「むむっ……」

「これは酷い」


 本当に渋滞に嵌ってしまった。

 それから三十分。

 車は殆ど前に進むことができなかった。


「……これなら歩いた方が早いですね」

「うーん、これは着くのは深夜になりそうだ」


 インターネットを使い、渋滞情報を確かめた由弦はため息混じりにそう言った。

 由弦の言葉に愛理沙も嫌そうに眉を顰めた。

 渋滞が好きな人はそうそういないだろう。


「一般道の方が早かったりしませんか?」

「うーん、あまり変わらなそうだけど……」


 由弦はインターネットでルート検索しながらそう答えた。

 まだまだ先は長い。


「うーん……動きがないと眠くなりますね」


 愛理沙はそう言って大きく欠伸をした。

 眠気覚まし用のガムを取り出し、噛み始める。


 そんな愛理沙を見ていたら、由弦も眠気を感じ始めた。


「サービスエリアで……」


 仮眠でも取ろうか。

 と、そう提案しようとしたその時、由弦の脳裏に妙案が浮かんだ。


 インターネットを使い、“妙案”が実現可能か、確認する。

 幸いにも、次のインターチェンジを降りた近くに、“数軒”あるようだった。

 

「愛理沙は明日、授業は……午後からだっけ?」

「はい、そうです。……それが?」

「車の中で過ごすのも疲れるし、泊まるのはどうかなって」

「泊まる? 朝までということですか?」

「そうだね」


 さすがに一晩経てば、渋滞も緩和されている。

 授業は午後からだから、朝にホテルを出れば十分間に合う。

 体もしっかりと休める。


 ……というのが由弦が考えた“妙案の半分”である。


「泊まるとなると、ビジネスホテルとかですか?」

「近くにありますか?」

「うーん、まあ、ビジネスホテルでもいいと思うけどさ」


 愛理沙は首を傾げた。

 由弦は小恥ずかしい気持ちになりながらも、提案する。


「ラブホテルって、行ってみたくない?」

「ら、ラブホテル!?」


 愛理沙の声が僅かに赤く染まった。

 由弦も愛理沙もそれなりに関係は長いが、未だに“ラブホテル”に行ったことがなかった。

 同棲しているため、わざわざそんなところに泊まる動機が薄かったためである。


「興味ない?」

「興味は……ないことは、ないですけど……」


 愛理沙は前を見ながらも、ほんのりと顔を赤くしながら言った。


「それって、する……前提じゃないですか」

「別にしなきゃいけないというルールもないと思うけど?」

「泊まるのに……しないんですか?」

「愛理沙が気乗りしないなら、別に」


 ラブホテルに泊まってみたい。

 それは行為をしたい、したくないとはまた別の興味だった。


 由弦の返答に愛理沙は安心したような、同時に少しだけ残念そうな、複雑な表情を浮かべた。


「それなら……行ってみましょう。経験は大事ですし、一度くらいは」

「じゃあ、決まりだね。……次のインターチェンジで降りてくれ」

「分かりました」


 こうして二人は人生初のラブホテルへと向かった。

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