第6話
「どうですか、由弦さん。お味の方は」
唐揚げを食べる由弦に対して愛理沙はそう尋ねた。
由弦は唐揚げを咀嚼してから答える。
「いつも通り、美味しいよ」
「それは良かったです」
愛理沙はそう言って微笑んだ。
そして自身は卵焼きに箸を伸ばす。
その卵焼きは妙に形が崩れており、おかずの中では一際悪目立ちしていた。
「……そっちはどうかな?」
愛理沙が卵焼きを飲み込んだタイミングで由弦はそう尋ねた。
というのも、その卵焼きは由弦が焼いたものだからだ。
「美味しいですよ。ちゃんと上手に焼けてます」
「それは良かった」
由弦はホッと胸を撫で下ろした。
形は悪くとも、味は決して悪くはなかったようだ。
「ちゃんと成長してて偉いです」
「君のご指導ご鞭撻のおかげだ」
「そうですね、ふふ……」
由弦の仰々しい言葉に愛理沙は楽しそうに笑った。
それからおにぎりを一つ、手に取る。
「ふと、思ったのですが……」
「どうしたんだ?」
「子供向けだと、こういうのは小さめの、一口サイズにした方が良いのでしょうか?」
子供向け。
一瞬、何のことだか分からなかった由弦だが、すぐに“由弦と愛理沙の間に生まれる子供”の話をしていることに気付く。
「う、うーん、そうだね。そうかもしれないけど……」
「……けど?」
「気が早すぎるんじゃないかな……?」
二人とも、まだ大学二年生だ。
卒業後に結婚して、子供を作ると考えてもまだ先の話だ。
「でも、あと二年後くらいじゃないですか?」
「仮に二年後に生まれたとして、乳離れするのはもう少し先だろう?」
「それもそうですね。……それでもすぐだと思いますが」
「……」
由弦としては結婚してから、もう少しだけ二人きりの時間を満喫したかった。
もっとも、愛理沙の前向きな気持ちに水を差すのも良くないので口には出さないが。
「ううーん、しかし……」
愛理沙は自分の胸に手を当て――というよりは手で軽く掴みながら、首を傾げていた。
何か、自分の胸について考え事をしているらしい。
とはいえ、それは由弦が愛理沙との付き合いが長いから分かることである。
傍目から見ると、野外で自分の胸を自分で揉み始めた……“変な人”である。
「愛理沙。何か、気になることがあるのか? ……胸に」
「あー、えっと……」
愛理沙は顔を仄かに赤らめながら手を離した。
そして取り繕うように、服装を正す。
「少し考え事を」
「……何を?」
「本当に出るのかな……って。どう思います?」
「えぇ……」
そんなこと言われても。
と、由弦は苦笑した。
「……たくさん出そうには見えるけど」
「……えっち」
「聞いたのは君だろ!?」
両手で胸を隠し、自分を睨みつける愛理沙に由弦は抗議の声を上げる。
先にそういう話をしてきたのは愛理沙だ。
「どう思います?」と聞かれたから、思ったままの印象を口にしただけだ。
「あはは!」
由弦の反応に愛理沙は楽しそうに笑った。
愛理沙なりのジョークだったようだ。
「でも、大きさは関係ないと思いますよ? 多分」
「それは俺も知ってる。……出なくても粉ミルクとかあるし、心配しなくていいんじゃないか?」
「そうですね。心配はしてないです」
「あぁ、そうなの?」
「ただ、私の体からそんな物が出るようになるなんて……不思議だなという、会話のネタです」
取り留めのない雑談だったようだ。
「なるほど」と由弦は相槌を打ちながらも、内心で胸を撫でおろす。
愛理沙が不安を抱いているわけではないことに安心したのだ。
この手の話題については男である由弦は体験しようがないので、どうしても慎重になってしまう。
「ふふっ……」
「……愛理沙?」
勝手に心配し、一人で安心している由弦に対して、愛理沙は楽しそうに笑う。
そして愛理沙は由弦の腕に自分の腕を絡めてきた。
柔らかい胸が由弦の腕に当たる。
「由弦さんの子供ですからね。きっと、おっぱい大好きなんでしょうね」
「やめてくれ。人を赤ちゃんみたいに言うのは」
「さっきから、ずっと私の胸を見てたくせに」
「そ、それは……」
愛理沙の指摘に由弦は思わず言葉を詰まらせた。
確かに自然と愛理沙の胸を見て会話をしてしまったが、しかし由弦にも言い分がある。
「胸の話をしていたんだから、仕方がないだろ。そもそも胸の話を先に始めたのは君だ」
「言い訳しちゃって」
「別に言い訳じゃ……」
「大丈夫ですよ。ダメとは言ってないです」
クスクスと愛理沙は楽しそうに笑った。
一方、揶揄われた由弦はほんの少しだけ腹が立った。
仕返ししてやりたい気持ちに駆られる。
「……そういう君だってさ」
「え、あ、ちょっと……」
由弦は愛理沙の背中に手を回した。
普段なら肩や腕で止めるところだが、敢えてその先に、胸に触れる。
「んっ……!」
胸に指を沈み込ませながら、そのまま引き寄せる。
愛理沙の唇から小さな声が漏れた。
「ここ、好きだろ?」
由弦は愛理沙の耳元でそう囁いた。
愛理沙の耳がみるみるうちに赤く染まる。
「やめてください。セクハラですよ、セクハラ……!」
「ダメとは言ってない……って、さっき言っただろ?」
「それは見る分です。触るのはダメです」
「先に押し当てて来たのはそっちだろ?」
「べ、別に押し当てたわけじゃ……」
そんな意図は無かったと主張する愛理沙。
高校生の時であればその言い分も通ったかもしれないが、今の愛理沙はそこまで初心ではないことを由弦は知っている。
「今晩、どう?」
由弦は愛理沙の耳元でそう囁いた。
愛理沙は首を縦にも横にも振らず、答えた。
「……その時、考えます」
「そうか」
由弦は愛理沙の背中に回していた手を降ろした。
緊張で強張っていた愛理沙の体から、力が抜ける。
その瞬間。
「ふっ……!」
「ひゃん!」
由弦は愛理沙の耳に息を吹きかけた。
ビクっと、愛理沙は体を震わせ、唇から可愛らしい声を漏らした。
「ちょ、ちょっと!」
「期待しておく」
由弦がそう言うと愛理沙は顔を背けた。
「……勝手にしてください」
そして呟くようにそう言った。
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