第5話

 入場して真っ先に二人が訪れたのは“ふれあいひろば”という名称のコーナーだ。

 名前の通り、動物――主に小動物――と触れ合うことができる場所になっている。

 また、名称がひらがなで示されていることから察せられるが、どちらかと言えば子供向けだ。


「ここはひよことか、モルモットと触れ合えるみたいですね!」

「ひよことモルモットかぁ……」(うーむ、ちょっとあそこには入り辛い……)


 子供たちが群がっている場所を遠巻きに眺めながら、由弦は内心で呟いた。

 年齢層は主に幼稚園児から小学生程度。

 もちろん中学生以上の子供、成人した大人の姿もあるが……幼い弟妹や子供の付き添いという雰囲気だ。


 二十歳を超えている由弦と愛理沙の姿は浮くかもしれない。

 もちろん、白い目で見られることはないだろうが。


「……愛理沙。少し混んでるし、ここは後回しにしないか?」


 由弦は隣にいるはずの愛理沙にそう話しかけた。

 しかし愛理沙から返答が返ってこない。


「……愛理沙?」

「由弦さん! 早く来てください!」


 気が付くと愛理沙はすでに“ふれあいひろば”に入っており、“ひよこ”の触れ合いコーナーのところで、子供たちと共に順番待ちをしていた。

 由弦は苦笑しながらも慌てて愛理沙の後を追う。


 順番はすぐにやってきた。

 大きな箱の中でたくさんのひよこがピヨピヨと鳴きながら動いている。

 この中から好きなひよこを選んで、抱っこする。

 楽しんだら箱に戻す……というシステムのようだ。


「う、うーん……」


 つい先ほどまでワクワクとしていた愛理沙だが、いざひよこを目の前にすると困った表情を浮かべた。

 ひよこに手を伸ばし、躊躇し、チラチラと周囲を見渡してから、再びひよこに視線を戻す……という仕草を繰り返している。


「どうした? 愛理沙」

「どうやって抱っこすれば良いのでしょうか?」

「やったことない?」

「初めてです。……経験、あるんですか?」

「まあ、小さい頃にね」


 幼い頃、由弦は動物園で――もちろん、ここではないが――ひよこの触れ合いをした経験があった。

 さほど苦労した経験はないが、注意点がいくつかあったことを覚えていた。


「こういう風に……下から包み込むようにするといいよ」


 由弦はそう言いながらひよこを両手で包み込み、掬いあげた。

 ひよこの足だけを、両手の隙間から出す。

 こうすればひよこが足を動かして暴れることで、両手から落ちるような事態を防ぐことができる。


「なるほど」

「ほら、やってごらん」


 由弦は抱いたばかりのひよこを解放してから、愛理沙にそう促した。

 愛理沙は緊張した面持ちで、ひよこに手を伸ばす。

 壊れやすい文化財を取り扱うように、愛理沙はひよこを抱き上げた。


「おぉ……温かいですね。ふわふわしてます」


 愛理沙はそう言って嬉しそうに微笑んだ。

 親指を器用に扱い、ひよこの頭を優しく撫でる。


 一方のひよこは呑気な性格のか、それとも愛理沙の手の中が暖かかったのか……瞼を開いたり閉じたりと、ウトウトし始めた。


「愛理沙。ひよこが寝始めたよ」

「あら、本当。ふふ、可愛いですね」


 愛理沙はそう言って目を細めた。

 そんな愛理沙(と、ついでにひよこ)はあまりにも可愛かった。

 これを保存しないのは勿体ない。


「愛理沙。そのまま笑顔でお願い」

「え?」


 由弦は携帯のカメラ機能をオンにして構えた。

 最初は少し驚いていた様子の愛理沙だが、すぐに満面の笑顔を浮かべてくれた。

 フラッシュはひよこに配慮して炊かずに、写真を三枚ほど撮影する。


「さて、愛理沙。……そろそろ、次の場所に映らないか?」


 由弦は後ろで順番待ちをしている子供に視線をチラっと向けてから、そう言った。

 もう少しこの場にいてもルール違反にはならないが……

 二十歳を超えている大人は早めに切り上げた方が良いだろうという判断からだ。


「そうですね。次はモルモットを触りに行きましょう」


 愛理沙は名残惜しそうにしながらも、ひよこを箱の中に戻した。

 戻されるまで寝ていたひよこだが、地面に足が付いた瞬間に我に返ったように瞼をパチパチとさせた。


「……寝起きの由弦さんみたいですね」

「こんなに可愛くないだろう」

「それもそうですね」

「……」

「冗談ですよ」


 愛理沙は楽しそうに笑った。



 

「うーん、可愛いですけれど……」

「散歩するには微妙だね」


 由弦と愛理沙は目の前で草を食むうさぎを前にしながら苦笑した。

 “ふれあいひろば”を後にした二人は、動物の散歩ができるサービスを利用してみることにした。


 その中で愛理沙が選んだ動物はうさぎだった。

 ウサギには首輪とリードが付けられている。

 動物園内にある公園の中でなら、借りたウサギと自由に触れ合ったり、散歩できるわけだが……


「食べてばっかりで、全然動いてくれないですね」


 愛理沙はウサギの頭を撫でながら苦笑した。

 “犬の散歩”をイメージしていた二人だが、ウサギは犬ほど積極的に歩いてくれなかった。


 どうやら、そこまで散歩は好きではないらしい。

 先ほどからずっと、公園に生えている草を食べている。


 さりとてのんびりできるかというと、急に走り出すことがあるので気は抜けない。


「まあ、動物だからね。仕方がない」


 動物にはそれぞれ固有の生態がある。

 ウサギに犬のような動きを求めるのは筋違いだろう。


「でも、子供にはちょっと退屈かもしれないですね。ヤギの方が面白さは上かもしれません」

「あれはあれで大変そうだけど……」


 二人は遠くでヤギに引っ張られている人を見ながら苦笑いする。


 ウサギの他に選べる動物として、ヤギがいた。

 可愛さは(一般的には)ウサギの方が評価は高いだろうが、ヤギの方が動きは活発で面白そうに見える。

 もっともヤギの方がウサギよりも遥かに力が強い。

 これはこれで子供向けとは言い難い。


「この子、見てたらお腹が空いてきちゃいました」


 唐突に愛理沙がそんなことを言い出した。


「さすがにウサギ肉は売ってないと思うけど……」

「そういう意味じゃないです!」

「分かってる、分かってる」


 美味しそうに草を食べているウサギを見ていたら、自分も昼食を食べたくなった。

 そういう意味であることは由弦も重々承知だ。


「分かったら揶揄わないでください。……お昼、抜きにしますよ?」

「ごめんなさい」

「仕方がないですね」


 サービスの終了まで、まだまだ時間はあるが、二人はウサギを返して昼食を食べることにした。

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