第4話

「せっかくの休みだし、明日、遊びに行かないか?」


 由弦は洗った皿を愛理沙に手渡しながら言った。

 

「……どこか行きたいところ、あるんですか?」


 愛理沙は由弦から受け取った皿を、布巾で拭きながら尋ねた。

 愛理沙の問いに由弦は首を左右に振った。


「いや、特にないけど……」

「ふーん」


 由弦の返答に愛理沙は何かを察した様子だった。

 そんな愛理沙に由弦は遠慮がちに尋ねる。


「えっと……いや?」

「まさか。……場所は私が選んでいいですか?」

「もちろん」


 愛理沙の問いに由弦は頷いた。

 

「じゃあ、考えておきますね」


 愛理沙は笑みを浮かべてそう言った。




 翌朝。


「君とのデートは久しぶりだから、楽しみだよ」


 由弦は車を運転しながら機嫌良く言った。

 一方で助手席に座る愛理沙は苦笑した。


「久しぶりって……一週間前もしたじゃないですか」


 一週間ほど前は近所の美術館に出掛けたばかりだ。

 愛理沙の指摘に由弦は誤魔化すように言い繕った。


「あぁ、いや、遠出するのがって意味でね……」

「正確にはドライブするのが、じゃないですか?」


 愛理沙はジト目になりながら由弦にそう言った。


「車なんて要らないって言ってた割には……楽しそうですね」


 由弦が運転している車は、父親から貰ったものだ。

 もっとも、買ってもらったわけではない。

 半ば押し付けられるような形で、おさがりを貰ったのだ。


 由弦の父が息子に車を与えたのは、息子を思ってのこと……

 ではなく、自分が車を新調したかったからである。

 

 お金に余裕があったとしても、妻の目がある以上、易々とは買えないのだ。


「い、いや、貰ったからには使わないと損だろう?」


 由弦は言い訳するように愛理沙にそう言った。 

 由弦の家の周辺は公共交通機関が発達している。

 道路も混みやすいので、自家用車よりは電車やバスを利用した方が便利だ。

 何より車はメンテナンスや保管にも気を遣う。


 故に渋々という形で車を受け取った由弦だが……

 乗り始めたら乗り始めたで、楽しくなってしまったのは否めない。


「ふーん?」

「それに定期的に運転しないと、できなくなっちゃうだろ?」

「それは一理ありますね」


 愛理沙も由弦と同じ時期に免許を取得している。

 愛理沙の腕前は苦手というわけではないが、得意と言えるほどではない。

 だから由弦が車を使う機会を作ってくれていることはありがたいと感じていた。


「ただ、私とデートするよりも車を運転する方がメインになっていないかなと、思っただけです」

「まさか」


 由弦は首を大きく左右に振った。


「俺はドライブが好きなんじゃない。君とドライブをするのが好きなんだ。……信じてくれ」

「分かっています。揶揄っただけです」


 愛理沙はそう言って笑った。

 一方の由弦は愛理沙が不機嫌ではないことに胸を撫で下ろした。


 それから一時間後、目的地に到着した。

 車から降りると同時に独特の香りがした。


 良い匂いか臭いかと問われれば、どちらかと言えば後者だ。


「この動物園は触れ合いで有名なんです」


 愛理沙は興奮を隠しきれない様子でそう言った。

 そう、愛理沙がデート先に選んだのは動物園だ。


 日帰りかつ車を使う距離(というのも由弦がドライブをしたがっていたのは明白であるため)という縛りの中で選んでくれた形になる。


 今日は目いっぱい、動物を触り、できればモフモフしたい!

 と、口には出さなかったが、態度と服装(汚れても良い古い服やジーンズのズボンなど)から現れている。


「じゃあ、早く入園しようか」

「はい!」


 由弦と愛理沙は早速、入園ゲートへと向かった。

 休日ということもあり、チケット売場では順番待ちの列が作られる程の人が集まっていた。


「子供の数が多いですね」

「そうだね。どちらかと言えば……家族連れ向けみたいだからね」


 言ってしまえば“子供向け”だ。

 元々、動物園は子供も楽しめる作りになっていることが多いが、この動物園は特にターゲット層を子供……要するに家族連れに絞っているようだ。


「じゃあ、今日は下見ですね」

「……下見?」


 愛理沙の言葉に由弦は思わず首を傾げた。

 すると愛理沙は冗談めかした調子で答えた。


「子供が出来た時のことです」

「あぁ……なるほど」


 “子供が出来たら、またここに来よう”という話だ。

 気の長い話ではあるが、決して遠い未来の話ではない。


「そうだね。その時のために、しっかり楽しもうか」

「はい!」


 そんなやり取りをしながら二人はチケットを購入し、動物園に入場した。


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