第8話 愛理沙ちゃんの気持ち

 それは体力テストの休憩時間のことだった。


「愛理沙さんって、高瀬川君ともう寝たの?」

「けほっ」


 友人の凪梨天香の問いに、愛理沙は水筒の中身を噴き出した。

 ゲホゲホと咳き込みながら、天香を睨みつける。


 白い肌は僅かに赤く染まっていた。


「きゅ、急に変なことを聞かないでください!」

「それで寝たの?」


 興味津々という調子で聞かれる。

 愛理沙は目を逸らし、少し言い淀みながら答える。


「いや、その……まだ、ですけど……」

「泊るまでしておいて、まだしてないの?」

「いや、まあ……その、高校生としては、しばらくプラトニックな関係を維持するべきかなって……」


 それから愛理沙は僅かに胸を張った。


「でも、キスはしましたよ?」

「……そんなこと、自慢気に言われても」


 (愛理沙としては)誇るべき一歩を否定され、愛理沙はムッとした。

 そして小さく鼻で笑った。


「そういう天香さんは、したことあるんですか?」

「いや、まあ、ないけど……」

「なら、私の方が“上”ですね」

「いや、そんなことで上とか下とか……」

「“上”で待ってますから」


 愛理沙のドヤ顔に、天香はイラっとした。

 なので、無言で愛理沙の脇腹を小さく小突いた。


「ちょ、やめてください……ひゃ……こ、このぉ……」


 擽られた愛理沙は天香の腕を掴み、逆に圧し掛かる。

 あっさりと天香は押し倒された。


「っく、この腕力ゴリラ……ひゃ、っひゃははは……」

「天香さんが被弱なだけです。ほら、何か言ったらどうで……ひゃん!」


 物理的に天香にマウントを取る愛理沙の体が止まる。

 何者かに首根っこを掴まれたからだ。


 愛理沙は割と敏感な方なので、これだけで動けなくなる。


「面白そうなことをしてるねー」

「私たちも混ぜてください!」


 愛理沙の背後からそう言ったのは、亜夜香と千春の二人だ。

 ちなみに愛理沙の首を掴んでいるのは亜夜香だ。


「い、いや……別に何も……うん、今回はこのくらいにしておいてあげます」


 このままだと、天香に亜夜香と千春の二人を加えた三人がかりで襲われそうだと思った愛理沙は、早々に退却することにした。

 愛理沙は勝てない相手とは戦わず、そして勝てない戦はしない主義だ。


「それで何の話をしていたの?」


 千春の問いに愛理沙と天香はそれぞれ答える。


「愛理沙さんが高瀬川君と、どれくらいまでしているのかという話」

「キスまで進んだと言ったら、馬鹿にしてきたんです。……したことないくせに」

「最初にしょうもないことでマウントを取ったのは愛理沙さんだから」

「被害妄想です」

「ドヤ顔してたじゃない。ニチャって、笑ってたわよ」

「していません」

「してた」

「していません」

「していました」

「していません」

「していました」

「していません」

「していました(いません)」

「こだまでしょうか」

「いいえ、ひかりです」


 天香と愛理沙の言い分を聞いた亜夜香と千春はなるほどと、頷いた。

 そして呆れた様子でため息をついた。


「どんぐりの背比べかぁ……」

「私はつらい……耐えられないです……」


 しくしくと泣いたふりをする二人。

 天香と愛理沙はムカついたので何か言い返してやろうと思ったが、やめた。


 二人は勝てない相手とは戦わない、勝てない戦はしない主義なのだ。


「というか、キスしかしてないんだ」

「てっきり、もう、ずっこんばっこんしちゃっているのかと」

「ず、ずっこんばっこんって……」


 行為を想像し、愛理沙は赤面した。

 由弦とそういうことをする自分を想像することは……できるし、したことはあるが、あまり現実感はなかった。


「キスって、深い方はした?」

「い、いや……浅い方、までですけど……」


 愛理沙としては大きな一歩のつもりだった。

 しかし冷静に考えてみると、あまりに小さな一歩だった。


 軽い接吻くらいならば、ちょっと進んだ小学生ならしていておかしくない。

 高校生にもなって、それを誇るのは確かに……情けない話だ。


 ……それでも天香には勝っていると、愛理沙は思っていたが。


「ちなみに二人はどこまでしたの……というか、してるの?」


 天香は亜夜香に尋ねる。

 亜夜香と千春がいわゆるレズカップルであり、ついでに宗一郎とアレな関係であることは、もはや改めて確認するまでもない事実だ。


「えー、恥ずかしくて言えないですー」


 天香の問いに千春は科を作って答えた。

 二人は察した。


 二人は殿上人けいけんしゃだと。


「つい先日は私と千春ちゃんが絡んでいる動画を宗一郎君に送り付ける、寝取られビデオレター風ごっこをしたよ」

「お前の幼馴染、よく馴染むぜ」


 恥ずかしそうなふりをして言う亜夜香。

 そんな彼女の顎を掴みながら、千春は何故か男言葉でそんなことを言った。


 あまりにレベルの高さに天香と愛理沙は口をあんぐりと開けた。


「……真面目な話すると、さすがに記録媒体に裸体は写さないから」

「冗談ですよ、冗談」


 中身はあれでも良家の子女である。

 第三者に見られて不味い映像は残していないと、二人は慌てて弁明した。


「そんなことしたら、宗一郎君に脅されちゃうからね……」

「この動画を親に送り付けられたくなかったら、分かってるよなぁ?」

「っく……」


 再び、アホな三文芝居を始める亜夜香と千春。

 少し面白かったので、天香と愛理沙は思わず笑ってしまった。


 笑ってから、こんなくだらないことで笑ったことを後悔した。

 悔しい……でも、笑っちゃう……


「……ところで、やっぱり、私は、奥手過ぎるんでしょうか?」


 そこそこ真剣なトーンで愛理沙は亜夜香と千春に尋ねた。

 それに対し、亜夜香と千春は少し考えたそぶりを見せてから、答えた。


「別に……普通じゃない?」

「付き合って数か月と考えると、別に遅くはないんじゃないですか?」


 一般的に考えて、平均的な部類だろう。

 亜夜香と千春はそう答えた。


「まあ……そもそも高瀬川君は、そういうことで怒ったりはしないでしょ? 彼、紳士だし」


 少し煽ったのは良くなかったなと反省した天香は、そう言って愛理沙を励ます。

 しかし愛理沙の表情は優れない。


「いや、まあ……そうなんですけど……」

「何? もしかしてゆづるんが、無理強いするようなことを言ったの?」

「これは問題ですね。ゆづるんママにチクりましょう」

「高瀬川君、最低……見損なったわ。もう、〇△社のシャーペンは買うのやめる」


 亜夜香、千春、天香の言葉に愛理沙は慌てて首を横に振る。


「ま、まさか! 違うんです……むしろ、逆というか……」

「……逆?」


 亜夜香が聞き返した。

 愛理沙は小さく頷く。


「何と言うか、最近、由弦さんの方が……ちょっと、今の状態に満足しているんじゃないかなと……」


 愛理沙の懸念に対し、天香は首を傾げる。


「……それって、何が問題なの? 満足してくれているなら、いいじゃない」

「いや、まあ、そうなんですけど。そうなんですけど……」


 天香の言葉に愛理沙は言い淀む。

 が、愛理沙の本意を察した亜夜香と千春はニヤリと笑った。


「ははーん、愛理沙ちゃん……意外とムッツリだね」

「おっぱい大きいだけはありますね」


 愛理沙は思わず胸を隠した。


「胸の大きさは関係ないです」 


 さすがにこのやり取りを聞けば、天香も愛理沙の悩みを理解できる。

 そしてニヤっと笑った。


「へぇー、ムッツリは否定しないんだ」

「……ムッツリでもないです」


 そう言って愛理沙は拗ねた様子を見せ、頬を背けた。

 そんな愛理沙の横へ、亜夜香と千春は座り直す。


「まあまあ……愛理沙ちゃんの方が不満なら、愛理沙ちゃんから積極的にアピールすれば良いんじゃない?」

「いや、でも……恥ずかしいですし、はしたないと思われたら……」

「ちょっと隙を見せるだけで、軽く誘ってみるだけで良いんです。後は男の方が勝手にやろうとするものです」

「……そういうものですか?」

「これ以上はダメと思ったら、殴ればいいのよ。ゆづるんはそれで引くから」

「そうですか。……そうですか、なるほど」


 特に根拠はないが、愛理沙はイケる気がしてきた。




______________________________________

愛理沙ちゃんのジレジレ度:15%


二巻の口絵が公開可能になりましたので、近況ノートに張り付けてあります。

また、少し前に表紙イラストも公開しています。

以下近況ノートURL


https://kakuyomu.jp/users/sakuragisakura/news/16816700426383157712

https://kakuyomu.jp/users/sakuragisakura/news/16816700426383165226

https://kakuyomu.jp/users/sakuragisakura/news/16816700426383168208



もし宜しければご覧ください。



愛理沙ちゃん可愛いと言う方は、9月1日発売の二巻をよろしくお願いします。


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