第7話 スキンシップ 前
「ちょっと、疲れましたね」
「まあ、変な筋肉使った感はある」
その日、体力テストを終えた由弦と愛理沙の二人は、由弦の部屋で寛いでいた。
会場となった競技場から愛理沙の帰宅ルートの間には、丁度、由弦のマンションがある。
帰りに寄るには丁度良いのだ。
「分かります。そんなに運動したわけでもないと思うんですけどね……変に疲れますよね」
そんなことを言いながら、愛理沙は少し肩を回して見せた。
それから少し首を回し……
そして自分の肩を少し叩く。
「……」
「……」
「……揉んで欲しいの?」
しばらくの沈黙の後、見かねた由弦がそう尋ねると、愛理沙は少しバツが悪そうな表情を浮かべた。
「えっと、いや……はい」
そして何とも言えなさそうな顔で、素直にそう頷いた。
僅かに耳が赤くなっている。
「素直に言ってくれれば、肩を叩くくらい、いつでもするよ」
由弦はそう言って愛理沙の背後に回り、トントンと軽く愛理沙の肩を叩く。
すると愛理沙は気持ちよさそうな声を上げた。
「あぁ……いいです。由弦さん、マッサージ師になっても食べていけるんじゃないんですか?」
「我が家が没落したら、その時、考えよう」
そんな軽口を叩きながら、少し強めに愛理沙の肩を押す。
心地よさそうな、僅かに艶っぽい声が愛理沙の口から漏れ出た。
「やっぱり、肩は凝りやすいんだね」
「ええ、まあ……運動した後とか、勉強した後は、なんか、ちょっと張ってるなって感じが……」
確かに愛理沙の肩は少し硬い。
もちろん、カチカチとまでは言わないが……
「そんなに凝るなら、マッサージ機でも取り寄せようか」
「マッサージ機?」
何気ない由弦の言葉に、愛理沙はきょとんと首を傾げた。
慌てて由弦は弁明する。
「あ、いや、もちろん、如何わしいものではなくて、真面目なもので……」
「……? 真面目じゃないマッサージ機があるんですか?」
純粋無垢な問いが返ってくる。
墓穴を掘ったと、由弦は思わず視線を泳がせた。
「い、いや、ないない。マッサージ機……というか、マッサージチェアだな。うん」
「連休中に行った、プールにあったようなやつですよね? あれ、高いんじゃないんですか?」
「家に古いのが何台かある」
「へぇ……」
由弦の祖父や父が愛用しているものだ。
といっても、そう頻繁に使っているわけではない。
そのくせに最新機種が出るたびに新しい物を買ったりするため、物置になった古い物が数台あるのだ。
「使えるなら、使いたいです……あー、でも、毎日、由弦さんの部屋に入り浸りになってしまうかもしれませんね」
「俺は大歓迎だけ。暮らしてくれてもいい」
愛理沙ホイホイ。
そんな単語が何故か、由弦の脳裏に浮かんだ。
「……ふふふ、それはありがとうございます。考えておきます」
小さく愛理沙は笑った。
実際のところ、由弦はバイトがあったりするので必ずしも毎日、愛理沙を歓迎できるわけではない。
つまり、リップサービス、冗談の一つだ。
そして愛理沙もまた、それをそう受け取った。
「でも……どうして、こんなに凝るんですかね?」
「そりゃあ……大きいからじゃないか?」
「……何が?」
「え、いや……」
愛理沙は振り返り、ジト目で由弦を見た。
翡翠色の瞳が由弦に突き刺さる。
由弦は頬を掻きながら、観念するように答えた。
「……胸が?」
すると愛理沙はため息をついた。
「まあ、私も、そう思いますけどね」
そう言って愛理沙は自分の胸部へと、視線を向けた。
体操服のためか、普段よりもその凹凸はくっきりと見えるような気がした。
「……やっぱり、不便なものなのか?」
「それは、うーん、まあ、大きくなって長いのと、気が付いたら大きくなっていたので、劇的に不便になった感じはありませんけど……やっぱり邪魔に思うことはありますし。ない方が確実に楽ですね」
「もう少し小さい方が良かったとか、思ったり?」
由弦がそう尋ねると、愛理沙は「うーん」と小さく唸る。
「どう、ですかね? 小さい方が楽かもしれませんけど、小さかったら小さかったらで、もっと大きければと思うかもしれません」
「自分のは満足と?」
「まあ……悪くないと、思ってます」
愛理沙としては、総合的に見ればプラスのようだった。
それから愛理沙は頬を掻いてから由弦に尋ねる。
「由弦さんは……どうですか?」
「……君の胸について?」
「そ、そうですよ。……それ以外にないじゃないですか」
恥ずかしそうに愛理沙は目を伏せた。
一方、由弦は愛理沙の胸部へと視線を向ける。
そこには大きく布地を押し上げる膨らみがある。
僅かに白いキャミソールが透けて見えている。
「大変、素晴らしい物をお持ちだと思います」
「そ、そうですか……そうですよね。好き、なんですもんね。大きいの……」
由弦は愛理沙に対し、明確に「大きいのが好き」と明言したことはない。
とはいえ、婚約の条件として「巨乳etc」と出したことはすでに愛理沙に知られている。
「ま、まあ……人並みには?」
「……私のは、ご満足いただけるものですか?」
「それは……もちろん。俺には勿体ないくらい」
「そ、それは、よ、良かったです……」
そう言う愛理沙の白い肌は、真っ赤に染まっていた。
耳の先から、うなじまで、薔薇色に色付いている。
しかしあまりに恥ずかしかったためか、それから愛理沙は黙ってしまった。
由弦は何度か愛理沙の名前を口にするが、返事はない。
仕方がないので由弦は黙々と愛理沙の肩を揉む。
「……あ、あの」
そしてしばらくの沈黙の後、愛理沙は口を開いた。
「……どうした」
「私の……胸、好き、なんですよね?」
そんな質問だった。
「それは……まあ、うん……」
愛理沙の胸が好きというよりは、愛理沙が好きというのが正確だが。
好きなのは間違いない。
「じゃ、じゃあ……」
愛理沙は視線を僅かに泳がせてから……
少し震えた声で言った。
「触ってみたかったり、します?」
由弦の手が止まった。
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「お見合い」二巻のカバーイラスト、および特典(一部)の情報が解禁されたので、近況ノートにあげました
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