第32話 天は自ら助くる者を助く

「嫌、です……」

 

 その言葉を振り絞ると、家族の視線が愛理沙に突き刺さった。

 愛理沙は思わず身を竦ませ、恐怖したが……


(由弦さん……!)


 ギュッと、婚約指輪を握りしめる。

 形として存在する、由弦からの確かな愛情を確かめる。


「嫌……そうだよね、愛理沙。結婚なんて……」

「そっちじゃないです」


 愛理沙は大翔の言葉を遮った。

 そしてはっきりとした声で愛理沙は言った。


「由弦さんとの婚約を白紙にするのは、嫌です!!」


 その言葉に対する各々の反応は様々だった。

  

 絵美は苛立たし気に表情を歪め、芽衣は小さな笑みを浮かべ、直樹は驚きで目を見開き、大翔は……


「あ、愛理沙? 何を言うんだ……別に君が無理をする必要は……」

「うるさい! ……外野は黙っていてください」

「が、外……」


 愛理沙からの思わぬ暴言にたじろぐ大翔を無視し、愛理沙は直樹に向き直った。

 その翡翠色の瞳に涙を溜めながら、愛理沙は強い口調で直樹に言った。


「私は由弦さんと、結婚したいです。……あなたがダメと言っても、私は絶対に、由弦さんと結婚します!!」


 恐怖を堪えながら、愛理沙は直樹にはっきりと自分の気持ちを伝えた。

 直樹に意見を口にするのは、怖かった。

 しかしそれ以上に……由弦との関係を引き裂かれる方が怖かった。


「この子は、この後に及んでまだ我儘を!」


 怒りに声を震わせながら、絵美が愛理沙に近づいていく。

 一方の愛理沙は……涙目で絵美を睨みつけた。


 愛理沙の思わぬ反抗に絵美の足が止まる。 

 普段の愛理沙ならば、無言で顔を下に向け、されるがままになっているはずだからだ。


「こ、この子は……その目は……」

「やめろ」


 そこで我に返ったのか、直樹が慌てて絵美を止めた。

 強い手で絵美の腕を強引に掴む。

 そして絵美を睨みつけた。


「愛理沙に当たるなと、何度も言ってきたはずだが……分からないか?」

「……いえ、すみません」

「それは愛理沙に言え」


 直樹の言葉に絵美は不快そうに表情を歪めた。

 しかし夫の言葉には逆らえないのか、愛理沙の方へ向き直った。


「……ついカッとなったわ。ごめんなさい」

「……いえ、構いません」


 全く気持ちの籠っていない謝罪を、愛理沙は軽く流した。

 今は彼女の相手をしている暇はないからだ。


「直樹さん……私は、由弦さんのことが好きです。愛しています。結婚したいと、心の底から思っています」


 そう言って愛理沙は自分の左手を見せた。 

 薬指に光る、婚約指輪を。


 直樹は再び、あまりの驚きからか目を見開いた。

 直樹だけではない。

 絵美もまた口元を抑えた。


 そして大翔は……ショックからか、体を石のように硬直させた。


「由弦さんが、今日、くれました。正式に婚約をしようと、プロポーズをしてくれました。私はそれを……受け入れました」


 愛理沙はそう言って僅かに頬を赤らめた。

 思わず口元が緩み、ニヤけそうになるが……しかし今は惚気ている場合ではない。


「確かに……お見合いは嫌でした。それは本当です。……断り切れなくて、嫌々受けました。由弦さんとの婚約も、最初はそうです。でも、今は違います。彼と一緒にいるうちに……彼に惹かれて、恋をしました。私は由弦さんと結婚したいと思っています。……どうか、お願いします。私と由弦さんの結婚を認めてください」


 そう言って愛理沙は直樹に深々と頭を下げた。

 直樹は……無言だった。


 ダメと言われたらどうしよう。

 怒られたらどうしよう。


 言いようもない不安が愛理沙を襲う。

 破裂するのではないかと思うほど、心臓が激しく高鳴る。


「……久しぶり、だな」


 愛理沙は顔を上げた。

 直樹は……愛理沙の想像とは異なり、非常に穏やかな表情を浮かべていた。


 どこか、嬉しそうに見える。


「えっと、それは……」

「いや、すまない。……お前がはっきりと、意見を口にしたのは久しぶりだなと、少し驚いただけだ」


 直樹はそう言ってから……ゆっくりと腰を折った。


 愛理沙は最初、直樹が何をしているのか分からなかった。

 そう、直樹は……

 愛理沙に対して頭を下げたのだ。


「すまない。お前に見合いを強要させていることに、気付かなかった」

「え、ええ!? えっと……そ、その、や、やめてください……あ、頭をあげてください!」


 普段とはまるで異なる直樹の態度に愛理沙は困惑した。

 愛理沙の中での直樹は……良くも悪くも威厳のある、家では絶対の力を持った“父親”なのだ。


「もっと、話し合うべきだったな。俺が愚かだった。許してくれ」

「わ、分かりました……その、許しますから……」


 頭を上げてください。

 と、愛理沙が言うと直樹はゆっくりと、頭を上げた。


「私としてはお前に結婚を強要するのは、本意ではない。その上で聞くが……お前は由弦君との結婚を、望んでいるんだな?」

「はい」


 直樹の問いに愛理沙ははっきりと答えた。

 じっと、直樹を正面から見つめる。


 なるほど、と直樹は静かに頷いた。


「分かった。ならば……父親として、お前の恋を応援しよう」


 直樹の言葉に愛理沙は思わず頬を赤らめ、目を反らした。

 由弦への愛を大きな声で語ってしまったことを、今更ながら恥ずかしく思えてきたのだ。


「こ、恋だなんて……」

「ん? ……違うのか?」

「ち、違いません!」

 

 首を傾げる直樹に対し、愛理沙は顔を真っ赤にしながら大声で言った。

 それから直樹に対し、はっきりと自分の意思を伝える。


「高瀬川家に、高瀬川さんに、私と由弦さんの婚約を本格的に進めて欲しいと、伝えてください」


 愛理沙の言葉に、直樹は大きく頷いた。


 斯くして……愛理沙と由弦の婚約は、正式に天城家に認められたのだった。








「ふーん、やっぱりラブラブじゃん。愛理沙さん。全く、最初からそう言えば良いのに。……末永く爆発してね」

「や、やめてください、芽衣ちゃん! 揶揄わないで!」




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権利の上に眠る者は守るに値せず

天は自ら助くる者を助く

ならば自ら助けられる気のない者は、差し伸べられた手を握ることすらできない者には

助かる権利も助けられる価値もないと思いませんか?


というわけで愛理沙ちゃんには自分のお尻は自分で拭いてもらいました。

これで少しは高瀬川家の嫁に相応しい女になったんじゃないでしょうか。

愛理沙ちゃんの成長に感動した、全カクヨムが泣いたという方はフォロー、レビュー(☆☆☆を★★★に)をしてついでに一巻を買い、宣伝していただけると励みになります。


次回はゆづるんとゆづるんパパです

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