第3話 “婚約者”と新年挨拶

 正月は由弦にとって、そして高瀬川家にとっても、あまりゆっくりできない時期だ。

 というのも、親戚や高瀬川家と取引がある人々が大勢、挨拶に訪れるからだ。


 勿論、宴会もあるし、お年玉も貰えるので決して嫌なことばかりではないのだが。


 さて……

 当然のことではあるが。


 将来的に家族になる可能性がある人も、高瀬川家を訪れる。


「新年、あけましておめでとうございます。高瀬川さん。今年も、どうぞよろしくお願い致します」

「こちらこそ、天城さん。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します」


 高瀬川和弥。

 高瀬川由弦。


 天城直樹。

 雪城愛理沙。


 それぞれ向かい合い、正座をして挨拶を交わす。

 

 古臭い高瀬川邸の雰囲気も手伝い、とても厳かな雰囲気だ。

 とはいえ……


 格式張ったやり取りと雰囲気は、すぐに終わった。


「さて……愛理沙さん。これはほんの気持ちということで」


 穏やかな笑みを浮かべた和弥が、お年玉袋を愛理沙へと渡した。

 愛理沙は深く、頭を下げる。


「ありがとうございます」


 愛理沙がお年玉を受け取ると、今度は直樹の方が鞄からお年玉袋を取り出した。

 そして由弦へと、差し出す。


「では、由弦君。私からも……どうぞ」

「ありがとうございます」


 由弦もまた、お年玉を受け取った。

 それから和弥と直樹は軽く目配せをした。


「では……由弦。愛理沙さんを案内してあげなさい」

「愛理沙、くれぐれも失礼がないように」


 双方、父親からそう命じられ、揃って頷いた。


「「はい」」





 さて、退室して障子を閉めると……早々に由弦は大きなため息をついた。


「はぁ……」


 すると愛理沙が心配そうな表情で、由弦に尋ねる。


「お疲れの様子ですね。……やはり大勢の方が挨拶に来るんですか?」

「……うん、まあね」


 由弦は頭を抑えながら頷いた。

 ……実は昨日、高瀬川家の親戚同士で宴会があり、調子に乗って酒を飲み過ぎてしまったのだ。


 そのせいで、やや二日酔い気味になっている。

 由弦が疲れている原因のおよそ半分はそのせいだ。


「さて……取り敢えず、愛理沙のお年玉の回収に向かうか」

「あはは……」


 愛理沙は苦笑した。

 お年玉の回収、ということはつまり由弦の(和弥以外の)家族に挨拶をしに行くということだ。


「それでその後なんだけど……散歩に行かないかな?」


 由弦としては少し外の冷たい空気に当たりたかった。

 それに……愛理沙と二人で近所を散歩したいという気持ちがあった。


 夏祭りの時は人混みでごった返していたので、落ち着いて近所を案内できたとは言えない。

 それに……


(愛理沙を好きだと、明確に意識してから……初めてのデート、ということになるな)


 少し前まではデートを提案するくらい、どうということなかったのに。

 今は散歩をしようと提案するだけで、心臓がドキドキする。


「分かりました。良いですよ」


 愛理沙は小さく微笑んだ。

 それはとても、美しい表情だった。




 さて愛理沙のお年玉の回収を終え、二人は邸宅の外に出た。

 愛理沙は目を細め、しみじみと呟く。


「由弦さんのお家のお庭、綺麗ですよね。冬になると、また雰囲気が変わりますね」

「まあね……」


 庭の整備はとても重要だ。

 高瀬川家を訪れた人々に対し、高瀬川家の力を誇示し、威圧するための道具が庭なのだから。


 だから相応のお金が掛かっている。

 美しいのは当然だ。


 だが……


「……君の方が、綺麗だと思うよ」

「ちょ、な、何を言うんですか!」


 由弦がポツリとそう呟くと、愛理沙は白い肌を薔薇色に染めた。

 それから由弦を軽く睨む。


「お、お庭の話を、しているんですよ? わ、私の……その、容姿は関係ないですよ!」

「い、いや……悪い。ちょっと、脈絡がなかったね。でも……君が綺麗だと思ったのは、本当だ。……着物もよく、似合っている」


 美しい亜麻色の髪。

 翡翠色に輝く双眸。

 長い睫毛に、パッチリと開いた瞳。

 通った鼻筋と、ふっくらと艶やかな唇。 

 白磁のように白く、滑らかで、そしてマシュマロのように柔らかそうな肌。


 身に纏っているのは、縁起物の柄の、真紅の着物。

 美しい髪を結い上げ、簪で止めている。

 

 本当に綺麗だった。

 彼女を自分の物にしたいと、由弦は心の底からそう思った。


 すると愛理沙は恥ずかしそうに目を伏せた。

 そして頬を赤らめながら、小さく頷く。


「ありがとう、ございます。……この着物は、母の形見でして。由弦さんに褒めて頂いて、とても嬉しいです」

「なるほど。通りで、君に良く似合うわけだ」


 愛理沙と正式に婚約を交わした折には、彼女の血縁上のご両親に挨拶をしなければと思いつつ。

 由弦はゆっくりと、愛理沙に手を伸ばした。


「……由弦さん?」

「いや、その……草履だと、歩きにくいだろう? 手を握ろうかと、思って」


 由弦の心臓が、バクバクと鳴った。

 自然と顔が熱くなる。


 一方の愛理沙も由弦に釣られたのか、耳まで顔を真っ赤にしていた。


 そしておずおずと、手を伸ばす。


「で、では……その、お願いします」

「あぁ……任された」


 由弦は愛理沙の白い手を取った。

 その手はとても柔らかく、そして暖かかった。

 

 絶対に離さないと、由弦は自分の指を愛理沙の指に絡めるようにして握り直す。

 恋人繋ぎという形だ。

 そして互いの肩が触れ合うほど、距離を詰める。


「あ、あの……由弦さん?」


 愛理沙は戸惑いの声を上げ、すぐ隣の由弦を見上げた。

 由弦はそんな愛理沙に対し……


 何気ない表情と声音で返答する。


「どうした?」

「……い、いえ、何でも、ないです」


 恥ずかしそうに愛理沙は顔を伏せた。


 由弦は互いに握った手をポケットに入れたかったが……

 残念ながら双方着物で、ポケットがなかったので断念した。



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新デレ度(結婚“したい”という気持ち):0%→5%

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