第26話 ハロウィンとお菓子

 無事に模試を終え……

 そして数日後の金曜日。

 十月の末。


 朝っぱらから、由弦は二人組に絡まれた。


「ゆづるん! お菓子をくれないと!!」

「悪戯しちゃうぞ! ガオー!!」


 吸血鬼の仮装をした亜夜香と、狐耳と尻尾を付けた千春に襲われた。

 ガオーと言っている辺り、設定上、千春はもしかしたら狼男なのかもしれない。彼女は女だが。


 勿論、どちらも本格的なものではない。

 亜夜香は不審者が身に纏うような黒いマントにコウモリの翼を模したヘアバンドを、千春も飾りの耳と尻尾を付けているだけだ。


 控え目な仮装だが……

 校則的に大丈夫なのだろうか? と由弦は首を傾げた。


「宗一郎のところに行って来たらどうだ?」


 由弦は二人の飼い主の名前を口にする。

 もし宗一郎が二人のこの行動を知っていれば、首根っこを掴んで連行するだろう。

 だからおそらく彼はまだ登校してきていないか、それとも二人が宗一郎から隠れてやっているだけと推察できる。


「私たち、宗一郎君には悪戯されて良いからさ」

「むしろ望むところというか。あ、由弦さんにされると困ります」

「ああ、そうかい。俺が悪かった」


 あいつ、いつか刺されて死なないかな?

 早く、Nice boatしろ。

 と由弦は内心で宗一郎への呪詛を口にする。


 とはいえ、亜夜香と千春のこういう行動は今に始まったことではない。

 この二人とは長い付き合いだ。


 なので、ちゃんとお菓子を用意してある。


「ほら、餌だ」


 由弦はバックから綺麗にラッピングされたクッキーを投げ渡した。

 二人はそれをキャッチする。


「あ、良いところのじゃん。さすがゆづるん」

「何だかんだで、気配りができる男ですね」


 そう言うと二人もまたバックからお菓子を取り出した。

 亜夜香はマドレーヌ、千春はカップケーキのようだ。


 どちらも僅かに黄色いのは、おそらくハロウィンに合わせてカボチャを入れているからだろう。


「手作りだから」

「味わって食べてくださいね」

「はいはい」


 知らない人から手作りを受け取ると「うーん」という気持ちになるが、そういう点では亜夜香と千春は信用できる。 

 二人ともああ見えて料理が上手なので、味も期待できる。





 さて、早朝のイベントはこうして過ぎ去った。

 そして昼食時。


「ほれ、お前ら。これやるよ」


 由弦と宗一郎は聖から、お菓子の詰め合わせセットを貰った。

 お菓子、と言っても亜夜香や千春がくれたようなお洒落なものではない。

 市販のスナック菓子やチョコレートが、袋詰めになっているようなものだ。


 とはいえ、袋の包装そのものはカボチャやコウモリの絵が描かれ、リボンで飾りつけられているなど……中々、可愛らしく、女子力が高い。


 思わず由弦と宗一郎は顔を見合わせた。


「悪い。お返しを用意していない」

「お前、こういうことするタイプだったとは思っていなかった」


 由弦と宗一郎はお互いに「お返しを用意するのが面倒」という理由で、誕生日やクリスマスのプレゼントを贈り合ったりしない。

 当然、ハロウィンもだ。


 聖も自分たちと似たようなタイプだろうと。


 というよりも、素行の悪そうな不良面のこの男が、まさかハロウィンのお菓子を用意するほどメルヘンチックな、お祭り好きな人間だとは思っていなかった。

 むしろ「日本人のくせにハロウィンとかバッカじゃねぇの?」と馬鹿にするタイプのイメージがある。

 

「いや、お返しなんていらねぇ。気持ち悪いしな。……うちは毎年、ハロウィンには菓子を配るから。まあ、そのお裾分けみたいな感じだな」


 すぐに由弦と宗一郎は合点が言った。

 二人の脳裏に「ヤクザはハロウィンにお菓子を配ったりする」というどうでも良い知識が浮かび上がる。


「なるほど。……ところで、このチョコレートとかは普通のチョコレート? 何かの隠語とかのチョコレートじゃないよな?」

「ヤクとか入ってないだろうな?」

「おめぇらは人のことを何だと思ってんだ?」

「「ヤクザ」」


 由弦と宗一郎は揃って答えた。




 さて、放課後。

 下校時、由弦は一人の女の子に呼び止められた。


「待って、高瀬川君」

「凪梨さんか」


 黒髪に長身、スレンダーな体型の美少女。 

 凪梨天香だ。


 彼女は綺麗にラッピングされたクッキーを持っていた。

 

「もしかして……」

「そう、ハロウィン。あぁ、お返しは要らないわよ。付き合いのある人に対して、不平等にならないように配っているだけだからね」


 由弦は天香からクッキーを受け取る。

 どうやらこれは市販品らしい。


「市販のだから。聖君みたいに危険なものは入っていないわ」

「それは安心だ」


 勿論、聖のお菓子も市販品なのだが。

 由弦は細かいことは突っ込まず、鞄にクッキーを詰めた。


 そして天香に尋ねる。


「ところで……非常に気になるんだが、教義的に良いのか? ハロウィン」

「千春さんだって、配っているでしょ? あの人、現人神なのに」

「……いや、まあ……上西はかなり世俗に塗れているから特殊例だと思うが」


 上西千春。

 上西、またの名を『神西』。

 関西のとある大神社の跡取り娘だ。


 極めて異例な母系相続の一族であり、そして非常に独特な信仰を神代より守り続けている。

 教義的には千春は現人神であり、それ故に彼女は堂々と鳥居の真ん中を通る。

 

 と言っても、上西は相当に世俗に塗れている。

 神社としての収入よりは、西日本における最大の地主として、そして関西地域の観光業や工業、そして地方政界の支配者としての収入の方が多く、そしてそちらの方の経営に熱心だ。


 今は儀式よりも外国人の「おもてなし」に忙しい様子だ。


 実際のところ、凪梨の方が真面目に“宗教”をやっているだろう。


(まあ、上西の事情はあまり詳しくないのだが……)


 実は高瀬川と上西はかつて絶縁状態になった。

 およそ百五十年前、新政府の先兵であった高瀬川と上西は大規模な紛争を起こしたのだ。


 以来、高瀬川家の人間は上西神社の鳥居をくぐることが許されていない、『出禁』状態になっている。


 と言っても現在では関係改善の方向で話が進んでいる。

 由弦と千春が幼馴染なのはそういう背景がある。


 一時期には由弦と千春の“婚約”の話まであったのだから、すでに両者の関係は良好となっている。


 もっとも、今のところ由弦は上西神社の鳥居をくぐったことはないのだが。



「ああ、勿論……絶対に大麻とか大麻とか、入れてないわよ?」

「念押しすると逆に怪しいぞ」


 もっとも、もし本当に大麻入りのお菓子を配っていれば、とっくに彼女の家は潰れているだろう。

 だから冗談だ。

 ……冗談だと信じたい。


「高瀬川君もうちに入信しない? 結構、楽しいわよ」 

「うちは一応、プロテスタントなんだ」


 葬式仏教ならぬ葬式プロテスタントであり、付き合いで入信しているようなものだが。

 なので別に思い入れはなく、絶対に嫌というわけではないが……

 しかし改宗する意味もない。


「あら、残念」


 天香の方も冗談で言っただけのようなので、話はそれで終わった。

 腐りやすそうな亜夜香と千春のお菓子は今日中に食べてしまおうと、由弦は決めた。


 そして道中、ふと思ったのだった。



(明日、愛理沙から何か貰えたりするのだろうか? と)

 

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