第23話 友人とお勉強会

「私、思うんだよね。模試の前に勉強をするって、おかしいと思うんだよ」


 勉強を始めて一時間半。

 唐突に亜夜香がそんなことを言い始めた。


「なぁ、亜夜香。今日、この会を主催したのは誰だ?」


 宗一郎がやや呆れ声で亜夜香に尋ねる。

 亜夜香は首を傾げた。


「私だけど?」

「この会は何の会だっけ?」

「勉強会だね」

「自分で自分の主催した会の開催理由を否定するな」


 尤もな突っ込みを宗一郎は入れた。

 それに対し、亜夜香は「まあまあ、私の言い分を聞いてよ」と手で制した。


「模試って、自分の立ち位置を測るためにやるわけじゃん? だからさ、重要なのは日頃の勉強なわけよ。直前にチョロってやって、数点分の点数を上げたとしても、何の意味もないと思うんだよね」


「そういうのは普段から勉強を積み重ねている子が言う台詞で、君のように普段は何もしていない……どころか授業中に睡眠をしているような子がいうような台詞ではないと思うけどね」


 由弦がそう言うと、亜夜香はにんまりと笑った。


「でも、私、前回も校外模試、校内順位はトップだし」

「……まあ、それについては何も言い返せないが」


 実際のところ、由弦も普段から真面目に勉強をしているということはなく、授業内容の理解だけに務めている程度なので、人のことをとやかく言えない。


「さすが亜夜香さん! その通りです。今更足掻いても無駄ですよ! もう、やめましょう!」

「千春、お前は勉強しろ。……親に怒られたんだろ」


 亜夜香に賛同するかのように立ち上がる千春の肩を、宗一郎が強引に掴み、座らせる。

 少し集中力が途切れたのか、今まで口数もそこそこでちゃんと勉強をしていた愛理沙はペンを置いた。

 そして疑問を口にする。


「でも、今回の模試って前回の模試よりも、重要でしたよね? 名前も『高難易度模試』ですし」

「前回のやつよりも、難易度の高い問題が出る……って、触れ込みだったな」


 愛理沙の言葉に由弦は同意した。

 それに続き、千春の横に座り直した宗一郎が続ける。


「偏差値も上がり難いらしいな。受ける層が高くなるから、差がつきにくいと聞いている」


 すると紅茶を飲んでいた天香が眉を上げた。


「それは出題される問題次第だと、思うけれどね。出題側が手加減を間違えて、誰も解けないような問題ばかり出せば、人によっては偏差値が上がるんじゃない?」


 そのタイミングで、誰かが大きなため息をついた。

 それは聖のものだった。


「お前ら、偏差値、偏差値って……偏差値人間か? こんな時によくもまあ、そんなつまらない話ができるな」

「それは聖君だけでしょう。私は楽しいわよ? 偏差値。前回の模試、良かったから。大変ねぇ、同情するわ」

「あのぉー、天香さん。それ、私にもクリティカルなので、やめてもらえませんかぁー」


 聖を煽る天香に、そして流れ弾で負傷する千春。

 一方、聖の方は天香に毒づく。


「うるせぇよ。配慮しろ、配慮。世の中にはな、偏差値なんて言葉が嫌いな奴や、そもそも無縁な人間もいるんだよ」


 それに対し、千春も同意の言葉を口にする。


「そうですよ。学校はつまらないのに、学園恋愛物がどうして面白いか、分かりますか? 授業シーンはカットされているからです」


 しかし、残念ながら千春や聖は偏差値という言葉と無縁な人間ではない。

 というより、むしろ前回の模試の結果を考えると、しっかりと意識しなければいけない人間だ。

 

「まあ、今回の会合は“勉強会”なんだけどな。特に君たち二人は、真剣にやらなければ不味いんじゃないか?」


 由弦がそう言うと、二人は大きなため息をついた。

 そしてジト目で由弦を睨む。


「正論ばかり言ってると嫌われるぞ」

「ロジハラはやめてください」


 すると愛理沙が、くいくいと可愛らしい動作で由弦の服を引っ張った。

 そしてその蠱惑的な唇を由弦の耳元に近づける。


「……正論だと思っているなら、どうしてやらないでしょうか?」

「それ以上に面倒くさいからだろう。……俺が掃除をしなかったことと、理由は同じだね」


 由弦自身も「掃除をしないと……」と思いながらも、愛理沙に迷惑を掛けるまで本腰を入れてやらなかった。

 要するに危機意識や切っ掛けの問題だ。


「まあ、落ちれば本気を出すだろ」

「……落ちてからでは遅くないですか?」

「でもうちの高校の半数以上は浪人するらしいぞ?」

「え? ……そうなんですか?」

「明らかに落ちそうでも、教師の方が止めないらしい」

「へぇ……」

「まあ、今のままだと聖と千春はそのコースだな。俺たちはあれを反面教師にして……」

「聞こえてるぞ」「聞こえてます」


 千春と聖は今日が実質、初対面のはずだが……

 知らないうちに仲良くなったらしい。


 由弦は肩を竦めた。


「何か話が逸れたけどさ、要するに私が何を言いたいのかというと、遊びたい。せっかく、こんなに集まってるのに!」

「なら模試の後に召集しろよ……」


 由弦がそう突っ込むと、亜夜香は頬を赤らめてもじもじとし始めた。


「えー、だって天香ちゃんと私とか、全然接点ないし? いきなり遊びたいって言っても来てくれないかなぁーって。ねぇー、天香ちゃん」 


 そう言って亜夜香は天香の肩に自分の頭を寄せた。


「え、えぇ……そうね」


 亜夜香にウザ絡みされ、困惑の表情を浮かべる天香。 

 クールな彼女も亜夜香にはやや振り回されがちのようだった。


 由弦は紅茶を飲みながら、この面子の組み合わせについて少し考える。


 この中には間接的には面識はあるものの、それほど普段は接点がない者が何人かいる。

 また顔を合わせたことはあるものの、それほど親しくない者同士もいる。


 由弦にとってあまり接点がないのは天香。

 愛理沙にとっては聖と天香、宗一郎。

 宗一郎にとっては天香と愛理沙。

 亜夜香にとっては聖と天香。

 千春にとっては聖。

 聖にとっては亜夜香と千春と愛理沙。

 天香にとっては、由弦、愛理沙、宗一郎、亜夜香。


 という具合だ。


 なので親睦を深めるために遊ぶというのは、悪くない選択肢ではある。

 ……この時期にやることかと言われると、少し話は変わるが。


「遊ぶかどうかはともかくとして、そろそろお昼時ではありますね。一度、休憩をするというのはどうですか?」


 そう提案したのは愛理沙だった。

 全員の集中力が切れてきたので、このタイミングで昼休憩を入れるのは悪くないかもしれない。


「それは良いね! じゃあ、何か出前でも、頼もうか」


 亜夜香の賛同により、一度昼休憩を入れることになった。






 問題は何の出前を頼むかだが……

 ピザの出前を頼んだことがない、という愛理沙の発言により、ピザの宅配を頼むことになった。


「どうだ? 愛理沙」


 チーズを垂らさないように慎重にピザを食べている愛理沙に、由弦は尋ねた。

 一見するといつものクールで平静な態度を保っているため、その感情は読みにくい。


「んっ……美味しいです」


 その声音は僅かに蕩けているように聞こえた。

 いつもは闇が広がり、生気が感じられないその翡翠色の瞳も、今は光が灯っている。


 こういう時の愛理沙は……少し、いや、かなり可愛い。


「……愛理沙さん、可愛いですよね」

「はい?」


 唐突に千春にそんなことを言われ、愛理沙は戸惑いの表情を浮かべた。

 丁度、愛理沙の前に座っていた千春はやや危険な香りのする笑みを浮かべ、彼女をじっと見つめる。


「いつもはクール系って感じなのに、急に可愛いところを見せるんですよね。たまらないです」

「そ、そう……ですか。それは……ありがとう、ございます」


 何と答えれば良いのか分からなかったのか。

 愛理沙は千春にお礼を言った。


 すると、亜夜香が会話に割り込んできた。


「クール系と言えば、天香ちゃんも可愛いよね!」

「はい?」


 我関せずという態度でピザを食べていたところで、唐突に自分の名前が出てきたことで天香は困惑の声を上げた。

 天香の側に座っていた亜夜香は、彼女との距離を詰める。


「天香ちゃんはツンツンしてるけど、たまにデレるよね。あと、恥ずかしがり屋。あ、顔が赤くなった。可愛い!」

「い、いや……ちょっと、やめて。橘さん」

「私のことは亜夜香で良いって言ったじゃん。ねぇー、天香ちゃん」


 グイグイと来る亜夜香に対し、天香は恥ずかしそうに顔を赤らめながら、距離を取ろうとする。

 そんな態度がますます、亜夜香の嗜虐心を煽るらしい。

 さらに距離を詰めようとするが……


「やめんか」

「痛い、痛いよ! 宗一郎君!!」


 宗一郎に首を掴まれ、亜夜香は引き剥がされた。

 それから宗一郎は愛理沙に近づこうとする千春を軽く睨む。

 びくりと、千春は引き攣った表情を浮かべて、大人しくソファーに座り直した。


「……何? 聖君。その顔は」

「いやー、泣く子も黙る天香様にも苦手な物があるとはね。可愛い可愛い天香ちゃん……痛い!! 蹴りやがったな、この女(あま)!」

「黙れ、ヤクザ」

「あぁ!? 潰すぞ、詐欺師!」


 痴話喧嘩をし始める聖と天香。

 それを残りの五人で生暖かい目で見守る。


 仲の良いカップルだ。


「そう言えば、食べ終わった後、何して遊ぶ?」


 遊ぶ前提で話を勧める亜夜香。

 とはいえ、由弦としても今から勉強をする気分にはなれない。

 食後には眠くなってしまうことを考えると、息抜きも兼ねて遊びたい。


「大乱闘とか、どうですか?」


 千春がそう提案するが、亜夜香は首を左右に振る。


「私もそういうのやりたいけど、七人分のコントローラーがないんだよねぇ」

「なら、トランプとか無難で良いんじゃないか? ババ抜きとか大富豪なら、最低限のルールはみんな知っているだろうし」


 由弦はそう提案するが……

 しかし亜夜香は眉を顰めた。


「えぇー、無難過ぎてつまんない」

「そうかい……」


 もっとも、確かに七人集まってババ抜きをするのは少しつまらないと言えばつまらないが。

 どうせなら、人数を生かせるようなゲームが良い。


「王様ゲームはどうだ?」


 と、そこでまともな案が出てきた。

 親睦を深めることができ、かつ大人数であることを生かすということを考えると最適なゲームだ。


「王様ゲームか……うん、良いね」

「王様ゲーム! 良いですね!!」


 亜夜香と千春は宗一郎の意見に賛同し……そして何故か愛理沙と天香の方を見た。

 二人はきょとんと首を傾げる。


「言っておくが、亜夜香、千春。君たちも命令される可能性があることを念頭に入れておけよ」


 由弦は亜夜香と千春が無茶な命令をしないように釘を刺した。

 一方、聖は愉快そうに笑う。


「良いじゃないか。報復の可能性も含めて、王様ゲームだ」


 一応、全員が乗り気になったらしい。

 早速、亜夜香が全員分のクジを作成する。


 そして……


「「「王様だーれだ!!!」」」


 良識とノリの良さが試される、人間性が如実に表れるゲームが始まった。

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