第22話 “婚約者”とお勉強会

 ところでその日の土曜日は由弦の誕生日ではあるが……

 実は次の全国模試まで、あと四日を切った日でもあった。


 そのため楽しいお誕生日気分はそこそこ。

 由弦と愛理沙は勉強道具を広げ、復習をしていた。


 国語の現代文などは今更やってもどうしようもないので、取り敢えずは古漢や英語の文法や単語の確認、数学の演習などを行う。


「由弦さん、今回は張り切ってますね」

「今回は打倒、亜夜香ちゃんを狙おうかなと真剣に考えている。“高瀬川”として、いつまでも“橘”に負けるのは癪だからね」


 勿論、愛理沙のやる気や勉強の姿勢に触発されてというのも、理由のうちの一つだが。

 

「由弦さんが打倒、亜夜香さんを狙うなら……私は打倒、由弦さんですね」

「なら、君が一位で俺が二位になるな。お互い、頑張ろうか」


 と、由弦と愛理沙がやる気を出していると……

 それを妨害するかのように、由弦のスマートフォンが鳴った。


「噂をすれば、亜夜香ちゃんからだ」


 送られてきたメッセージ。

 その内容は『明日、デートしよう』だった。


「デートって……なんだよ。勉強会か?」


 そう思った由弦は『勉強会?』と打ち返した。

 すると亜夜香からは、それを肯定するような内容のスタンプが撃ち返された。


『私と宗一郎君と千春ちゃんは内定』

『宗一郎君は、良善寺さんを、千春ちゃんは凪梨さんを誘ってる』

『ゆづるん、愛理沙ちゃんと一緒に、来て♥』


 由弦はその画面を愛理沙に見せた。

 そして尋ねる。


「どうする? ちなみに言っておくと……多分、まともに勉強はできないぞ。勉強会を名目に、遊ぶ気満々だろうし」


 勿論、勉強会と言う以上は勉強はするのだろう。

 亜夜香は少しやるだけでも何とかなってしまうタイプで、また宗一郎はああ見えて要領が良い男なので、最低限のことはやる。

 ……千春は弾けて遊んでしまうようなタイプだが。


 とはいえ、一人でやるよりは身に入らないだろう。 


「お勉強会、ですか。……行ってみたいです」

「大丈夫か?」

「はい。……まあ、それに三日前に少しやったくらいで、そう大きく、試験結果が変わるわけでもないと思います」

「まあ、それもそうだね」


 由弦も愛理沙もまだ高校一年生。

 そこまで模試の結果に固執する必要はない。

 “紙”よりも人付き合いの方が大切だ。


「じゃあ、行くと返答しよう」

「よろしくお願いします」


 由弦は亜夜香に対し、『愛理沙と一緒に行く』と返事を出した。

 尚、その後すぐに『随分と早い返答だね。愛理沙ちゃん、そこにいる?』と返ってきて、由弦は亜夜香の勘の鋭さに舌を巻いた。




 日曜日の朝。

 勉強会の会場となる亜夜香の家から最寄り駅で、由弦と愛理沙は待ち合わせた。


「お待たせしてしまいましたか?」

「いや、今、俺も来たばかりだから。じゃあ、行こうか」


 愛理沙は亜夜香の家を知らない。

 だから由弦が案内することになったのだ。


「まあ、目立つからすぐに分かるよ」

「……亜夜香さんのお家も、やっぱり大きいんですか?」

「それなりにね」


 そうこうしているうちに、亜夜香の家――橘邸――に到着した。

 愛理沙は驚きで目を見開く。


「これはまた、お洒落ですね」

「明治時代に建てられた、擬洋風建築だ。ちょっとした文化遺産だよ」


 亜夜香の家は由弦の家とは全く異なる。

 美しい赤煉瓦で作られている、洋風建築だ。


 もっとも……厳密には『擬洋風建築』と呼ばれているもので、要するに“なんちゃって”ヨーロッパ風である。

 洋風をベースにしつつ、日本風・中国風のデザインや意匠が取り込まれている。


「そう言えば、由弦さんのお家も古いんですよね?」

「まあ……何度も建て替えてるし、リフォームは重ねてはいるが……基盤が出来たのは、この屋敷と同じくらいだろうな」


 勿論、厳密には年代は微妙に異なるのかもしれないが。

 

 立ち話もそこそこ、由弦はインターフォンを鳴らした。

 

「もしもし、お招きいただいた高瀬川由弦です」

『合言葉は?』

「そんなものはない」

『よろしい』


 しばらくすると、外門が開いた。

 ニコニコと笑顔の亜夜香が立っていた。


「ようこそ。まあ、入ってよ」


 招かれるままに外門を潜り、邸宅の中に入る。

 石畳の上を歩き、そして屋敷の玄関へと上がった。


「お邪魔します」

「失礼します」


 玄関に上がると、壮年の男性が由弦と愛理沙を出迎えた。

 由弦は軽く頭を下げる。

 続けて愛理沙も頭を下げた。


「本日はお世話になります。橘さん」

「お招きいただき、ありがとうございます。雪城愛理沙です」


 由弦と愛理沙が挨拶をすると、壮年の男性はどこか冷めた表情で、冷淡な声で返答する。


「いつも姪がお世話になっている……由弦君。そして初めまして、雪城さん。あなたの御父上……天城さんのご噂は、かねがね伺っている」


 それから男性――亜夜香の叔父――は短く、「ゆっくりしていってくれ」と言うと屋敷の奥へと立ち去っていってしまった。

 愛理沙は不安そうに亜夜香と由弦に尋ねる。


「……何か、粗相をしてしまったでしょうか?」


 愛理沙を安心させるために由弦は答えた。


「あの人はいつも、あんなんだろう」


 亜夜香の叔父。

 橘家現当主(自称当主“代行”)、橘虎之助は非常に寡黙で、無口で、常に不機嫌そうに見える。

 が、実際は人付き合いが苦手なだけだ。


「実はあれで、今日は機嫌良いから。叔父さんはね、クーデレなんだよ」


 ケラケラと笑う亜夜香。

 叔父と姪の関係にあるにもかかわらず、二人の性格はあまり似ていない。


「そう、ですか。……あ! あの、これ、お土産……渡し忘れちゃいました」


 愛理沙はそう言って亜夜香に紙袋を手渡した。

 彼女が養父から手土産として持たされたお菓子だ。

 

「あら、ありがとう。別に気を遣わなくても良いのに。まあ、あとで開けさせて貰うよ」


 そう言って亜夜香は愛理沙から紙袋を受け取った。

 そして軽く手招きする。


「じゃあ、上がって」

「ああ」

「改めて、お邪魔します」


 由弦と愛理沙は靴を脱ぎ、スリッパに履き替えて長い廊下を歩く。

 外観も赤かったが……廊下には真っ赤な絨毯が敷かれているので、中もいろいろと赤い。


「相変わらず、吸血鬼でも住んでそうな家だな」

「カッコよくて良いでしょ?」


 由弦にとっては、何度も訪れたことがある家なので、別に珍しくはない。

 だが愛理沙にとっては、いろいろと興味深いらしい。

 キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いている。


「ゆづるん、愛理沙さんの二名、ご到着でーす!」


 そう言って亜夜香は部屋の扉を開けた。

 美しい大理石のテーブルに、それを取り囲む革張りのソファー。

 そこに座るのは四名。


 佐竹宗一郎、上西千春、良善寺聖、凪梨天香だ。

 どうやら由弦たちが最後だったようだ。


「遅刻だな」

「罰ゲームが必要じゃないですか?」

「待ってたぜ、由弦、雪城さん」

「お久しぶりね。高瀬川君、雪城さん」


 ちょっと胸焼けがするほどの濃さだな。

 と、由弦は内心で一人、思った。


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