第15話 “婚約者”とマッサージ(肩コース)

 体育祭後。


「少し、疲れましたね」

「そうだね」


 由弦と愛理沙は、由弦のマンションの部屋にいた。


 競技場から愛理沙の自宅までは、途中で由弦のマンションの前を通る。

 

 折角なので、部屋で一休みをしてから帰らないか? 

 と由弦が彼女を誘ったのだ。


 愛理沙はそれを二つ返事で受けた。


「少し走っただけなんだが……どうしてか、疲れるな」


 精々、二百メートルを走っただけ。

 にも関わらず、由弦は若干の疲労を感じていた。


 もっとも、理由は分かっている。

 少し本気になって走ってしまったからだ。


 愛理沙に手を振って貰えたのが嬉しくて、限界以上の力を出してしまったのだろう。

 我ながら、少し恥ずかしい話だ。


「そう言えば、愛理沙。……俺に手を振ってくれたよね?」

「あ、はい。……止めた方が良かったですか?」

「いいや、嬉しかったよ」


 愛理沙が自分に手を振ってくれたことを確認し、由弦は少しだけ安心した。

 もし愛理沙が手を振った対象が自分でなければ。

 もしくは自分を含めたクラスメイトたち、全員がその対象だったら。


 少しだけ……妬いてしまっただろう。


(……いかんな。恋人でもないのに)


 妙な独占欲と嫉妬心を、由弦は強引に抑え込んだ。


「由弦さんも……私を応援してくれましたよね?」

「ああ、活躍してたね」


 確かに由弦は愛理沙が走る姿をしっかりと見ていた。

 宗一郎たちに揶揄われるのが嫌で、手は振らなかったが。


「まあ……君も疲れているだろうし。少し休んでいくと良いよ。珈琲でも、淹れようか」

「はい、お願いします」


 由弦は台所に行き、珈琲を用意する。

 今回は茶請けはなく、そして由弦も少し疲れていたので自分の分にもミルクと砂糖を入れた。


 珈琲を持ってリビングに戻ると……


「うん……」


 愛理沙は若干、気怠そうな様子で首を回していた。

 拳で肩を叩いたりしている。


「愛理沙、珈琲を淹れたよ」

「あぁ……ありがとうございます」


 由弦からカップを受け取った愛理沙は、息を吹きかけて珈琲を冷ましてから、その桃色の唇にカップを押し当てた。

 一口、二口ほど珈琲を飲んでからカップをテーブルに置き、ホッと息をついた。


 そして再び、首を回した。


「愛理沙」

「どうしましたか?」

「肩、凝っているのか?」

「え?」


 愛理沙は「どうしてわかるんですか?」と言いたげな反応をした。

 どうやら首を回したり、肩を叩いたりは半分、無意識の行動だったようだ。


「すみません。出ていましたか?」

「まあ、そうだね。……凝りやすいのか?」


 由弦が尋ねると、愛理沙は小さく頷いた。 

 そして肩を触りながら答える。


「私、元々肩こりがあるタイプで……特に運動後とか、長時間勉強した後は酷くなるんですよね。……姿勢のせいでしょうか?」


「……さあ、君の姿勢はそんなに悪くはないと思うけど」


 敢えて指摘はしなかったが。

 答えは明白だった。


 由弦は愛理沙のたわわに実った、果実へと視線を移した。 

 上にジャージを羽織ってはいるが、前のファスナーは閉めていない。

 薄い体操服越しだからか、普段よりも大きく見える。


 胸部にこんな錘を身に着けて運動をすれば、肩も凝るだろう。


「良かったら……マッサージしようか?」


 何気なく、由弦はそう言った。

 言ってから……少し後悔した。


(いや……でも男に肩を触られるのは、嫌か? 変な風に取られないと良いけど……)


 愛理沙に引かれないか、少し心配になる。

 だがそれは杞憂だった。


「良いんですか?」

「まあ、辛いようなら……そう上手ではないかもしれないけど」

「……では、お言葉に甘えます」


 愛理沙はそう言って、羽織っていたジャージを脱いだ。

 そして後ろを向いて、小さな肩を由弦に向けた。

 

「……では失礼する。痛かったり、変だったりしたら言ってくれ」

 

 由弦はそう言うと、愛理沙の両肩に掌を乗せた。

 掴んでみると分かるが、やはり愛理沙はとてもほっそりとしている。


 だがそれは肉がないというわけではない。

 しっかりと、柔らかい、女の子らしい柔らかさがあることが触れているとよく分かる。


「押すぞ」


 由弦はそう言うと、愛理沙の肩に親指を食い込ませた。

 すると思っていたよりも、強い抵抗があった。

 筋肉が硬直しているのが分かる。


「んっ……」


 愛理沙がどことなく、艶っぽい声を上げた。

 掌からは愛理沙の柔らかさと、暖かさが伝わってくる。

 そして……少しだけ、甘酸っぱい、汗の香りがした。

 

「もう少し、強くしても大丈夫です」

「ああ、分かった」

「ぁン……それくらいで……ぁッ……」


 ただ肩を揉んでいるだけなのに。

 何故か由弦は変な気持ちになってきた。


 真っ白い、愛理沙のうなじが妙に気になる。

 少し指を伸ばせば、柔らかい脂肪に触れることができると考えると体が熱くなる。

 視線を愛理沙の肩から、少し前へと伸ばすと……


 愛理沙の真っ白い、足が見えた。


 いわゆる、アヒル座り、もしくは女の子座りと言われる座り方をしているのだが……体操服の丈から、真っ白い足が伸びている。

 触ったら、とても柔らかいだろう。


「っ……んっ……はぁ……っぁ……あン……」

「あ、愛理沙。……肩以外に、揉んで欲しい場所はあるかな?」


 由弦は気分を誤魔化すために、愛理沙にそう尋ねた。

 すると愛理沙は少し艶っぽい声で答える。


「そう、ですね……んっ……首とか、お願いできますか? あと、肩との付け根のところとか」

「……あぁ、分かった」


 由弦は愛理沙の白い首に手を伸ばした。

 すると……


「ひゃぁン!」


 由弦の心臓が跳ねた。


「ど、どうした?」 

「す、すみません。ちょっと、くすぐったかったので」

「そ、そうか」


 改めて、由弦は手に力を込めた。

 優しく、そして少しずつ力を込めて、凝りを解していく。


 そして指圧するたびに、くすぐったいのか、気持ち良いのか……愛理沙が嬌声を上げる。

 

 由弦は飼い犬を思い浮かべながら、黙々と、作業をするような気持ちで愛理沙のマッサージを続けた。 

 十五分ほど、揉み続けただろうか。


「んぁ……もう、大丈夫です」


 由弦が手を離すと、愛理沙は大きく伸びをした。

 それから肩を回す。


 そして振り返った。


「ありがとうございます。肩が軽くなりました……お礼に私も、お揉みしましょうか?」


 ありがたい提案をしてくれた。

 由弦も愛理沙ほどではないが、少し肩が凝っている。


 だからお言葉に甘えたい……

 ところだが、しかし由弦は今、それどころではなかった。


「俺は……良いよ。というか、トイレが近い」

「そうでしたか。引き留めてしまって、すみません」


 幸いにも愛理沙はトイレへ向かう由弦に疑問を抱かなかったようだ。

 由弦は若干、前傾姿勢になりながらトイレに入り……


「はぁ……」


 由弦は大きく、ため息をつく。

 落ち着くまで、数分の時間を要した。



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