第16話 幼馴染と試験結果

 体育祭後の登校日。

 その日の早朝、夏季休暇中に行われた(第二回)全国模試が返却された。


 試験返却後の生徒たちの様子は……阿鼻叫喚と言ったところか。

 嬉しそうな表情を浮かべている者は少ない。


 由弦たちの高校は一応、“進学校”に分類される。

 そのためこの高校に集まる生徒たちは、中学の頃はそれなりに勉強のできる、優等生たちで構成されているのだが……


 中学と高校では勉強の難易度が一段階、違う。


 加えてこの高校は校則が非常に緩く、そして課題も殆ど出ない。


 夏季休暇中の課題なんて、由弦の体感では中学の頃の十分の一以下だった。


 早い話……

 サボる人間はとことん、サボる。


 模試の母数の違いもあり、想定していたよりも悪い結果が出てしまった生徒が殆どのようだ。


 ところで由弦の方はどの程度なのかと言うと……


(……まあ、そこそこ良いな)


 由弦はあまり真面目ではないが……しかし学業に関してはそれなりに力を入れている。

 つまり授業にはちゃんと付いてこれるように、心掛けている。


 決してベストではないにせよ、ベターな成績は取れたと、そんな感じだ。


 ところで、愛理沙はどうだったか?

 と由弦は少しだけ振り返り、彼女の顔を確認した。


 彼女はすでに結果を見終わったようで、個表の紙を畳み、ファイルへ保存していた。

 その表情はいつもの平静で、クールな、無表情。


 周囲は「雪城さん、余裕そうだ」「きっと良かったんだろう」などと噂をしている。


 だが……


(あれは多分、落ち込んでいるな)


 丁度、明日は土曜日。

 少し慰めてあげようと、決めた。





 さて、その日の放課後。

 帰ろうとした由弦は、後ろから何者かに体を強く、体当たりされた。


 誰かと思って振り向くと……

 非常に機嫌が良さそうな幼馴染の少女がいた。


「やあ、ゆづるん。模試、どうだった?」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべている黒髪セミロングの美少女。

 橘亜夜香だった。

 やや赤色の強い琥珀色の瞳を爛々と輝かせていた。


「君に言わなければいけない、道理はあるか?」

「連れないなぁ。幼馴染でしょ? というか、私に教えちゃいけない道理があるの?」

「まあ、ないね」


 別に隠すことでもない。

 由弦は鞄からファイルを取り出す。

 すると亜夜香は目を丸くした。


「ゆづるんが模試の個表をファイリングしてる!? 明日は雨だね」

「君は失礼にも程があるな」


 とはいえ、中学の頃は杜撰な管理をしていたので、亜夜香が驚くのも無理はない。

 そもそも由弦がファイルに模試を整理しようと考えたのは、愛理沙がそうやって試験結果などを保存していると聞いたからだ。


 今は少しの手間かもしれませんが、後々楽ですよ?


 と、言われたので試しにやってみているというわけだ。


「へぇー、さすがゆづるん。やっぱり、こういう校外模試だとゆづるんは強いね」


 それから彼女は少しだけ、感心の声を上げた。


「あ、二位なんだ。校内順位」

「みたいだね」

「あまり嬉しくなさそうだね」

「校内順位なんて、大した価値はないだろう?」


 大学受験は全国レベルの戦いだ。

 校内での立ち位置は良いに越したことはないが、しかしそれで喜んでも仕方がない。


 それに……

 どうせ、目の前の女には負けている。

 

「ちなみに私は……」

「どうせ、一位だろう?」


 由弦が尋ねると、亜夜香は目を細めた。


「よく分かったね」

「君は校外模試だと強い。というか、君が俺よりも成績が悪いということはあり得ないからな」


 由弦はこの橘亜夜香という少女の脳味噌の出来の良さに関しては、ある種の信頼を抱いていた。

 彼女は非常に頭が良いのだ。


 由弦は人生で一度たりとも、こういう試験関係で亜夜香に勝ったことがない。


「あは、まあ……私はこういう“紙”は得意だからね」


 試験なんて所詮は“紙”だよ。

 などと謙遜しながらも、しかしその言葉とは裏腹に、彼女は自分の結果を自慢気に由弦に見せてきた。


「……流石だな」


 亜夜香の個表を見て、思わず呟いた。

 由弦が亜夜香に勝てているのは、三科目のうち、一つだけだった。


「でも、悔しいなぁ。英語の成績では負けちゃったね」

「全科目で“橘”に敗北したら、“高瀬川”として立つ瀬がないだろう。……少しは手を抜いてくれて良いんだぞ?」


 また、“橘”に負けました。

 と、実家に報告しなければならない自分の身になって考えて貰いたいものだと、由弦は思った。


 明確に対立しているわけではないが、高瀬川家は橘家に対し、ちょっとしたライバル心を抱いているのだ。

 

「手は抜けないね。私は叔父さんに、また“高瀬川”に勝ちましたって、報告したいし」


 亜夜香は両親を亡くしている。

 だから彼女の保護者は父方の叔父だ。

 

 そういう点では愛理沙と少し境遇が似ている。

 もっとも……亜夜香と叔父の関係は非常に良好なのでそこは全く異なるが。


「まあ、でも、ゆづるん。所詮は“紙”だよ」


 ポンポンと由弦の肩を叩いてくる亜夜香。

 勝者の余裕というやつだろう。


「俺もいつか、その言葉を亜夜香ちゃんに掛けてやりたいものだな」


 亜夜香に勝つために、本気で努力してみるのも良いかもしれない。

 由弦はふと、そんなことを思うのだった。





 さて、その日の夕方。

 珍しく、実家の方から荷物が届いた。


 要冷蔵、と書かれている。

 どうやら食べ物らしい。


 段ボールを開けると、発泡スチロールと手紙が入っていた。

 手紙には「知り合いの方から貰ったから、お裾分けね。愛理沙ちゃんに料理してもらいなさい」というような短い文面が書かれていた。

 送り主は母親のようだ。


 発泡スチロールを開けると……


「んっ……」


 強烈な匂いが由弦の鼻孔を刺激した。

 その匂いの正体は……


「なるほど。これだけ数が揃うと、臭くなるんだな」


 大量の松茸だった。

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