第14話 “婚約者”と体育祭

 十月初旬。

 その日は体育祭だった。


 由弦の高校では、体育祭は学校ではなく、陸上競技場を借り切って行われる。

 観客席等が存在するので、観戦する分は楽だ。





「しかし……うちの高校の体育祭はつまらねぇな」

「同感だ」

「まあ……面白くはないね」


 聖の言葉に、宗一郎と由弦は同意した。


 一般的な高校では、体育祭で何が行われるのだろうか?


 組体操?

 騎馬戦?

 玉入れ?


 まあ……

 運動が好きではなくても、それなりに楽しむことができる。


 そんな競技が主ではないか。

 少なくとも由弦の中学時代、小学校時代はそんな競技が体育祭で行われていた。


 しかしこの高校は異なる。


 個人競技は百メートル走や二百メートル走、もしくは走り高跳びなどの、走ったり飛んだりするだけ。

 集団競技は……リレーが精々だ。


 組体操?

 騎馬戦?

 玉入れ?


 そんな面白そうな競技はない。


「これじゃあ、体育祭じゃなくて記録大会じゃねぇか」


 聖が毒を吐いた。

 由弦も同感だ。


 由弦は運動が嫌いではないし、部活はバスケットボール部に所属している(と言っても週に一度しか通わないエンジョイ勢だ)が……

 この体育祭はあまり面白くない。 


「なら、女子でも見て楽しむか?」


 宗一郎が真面目な顔で言った。

 この男は一見真面目そうだが、内面は割とクズ寄りで、ついでに言えばそこそこ変態だ。


「……それくらいしか、楽しみはないか」


 ちなみに由弦もそれは同じである。

 だって、男の子なんだもの。


 そういうわけで由弦たちは女子の活躍を応援することにした。

 

「体操服ってさ……ちょっとエロいよな」

「分かる」

「確かに」


 何気ない、聖の言葉に宗一郎と由弦は同意した。


 体操服はその機能上、半袖・半ズボンだ。

 故に意外と肌が見える。

 加えて生地が薄いので、体の凹凸がはっきりと見え……たまにその内側は浮き出て見える。


 勿論、普通の女子は透けても問題ないようにキャミソールを着ているので、ブラジャーが見えるようなことはほぼほぼないのだが……

 それでも十分にエロい。


「多分、エロい目的のためではない……それどころか極めて健全で、健康的な目的のための衣服なのにどことなくエロいって部分が、良いんだろうな」


 宗一郎は極めて真面目な顔でそんな真理を口にした。

 由弦と聖は何度も首を縦に振る。


「あと、高校の日常というか……青春の一ページというところが重要じゃないか? ノスタルジーというか……まあ、俺たちはそんな年ではないけど」


「汗を掻く、運動のための服ってのも、重要じゃね? 健康的というか……不健康そうな物には興奮できねぇよな。やっぱり、本能なのかもしれねぇ」


 由弦と聖もまた持論を展開する。

 勿論、声を低くし……周囲に聞こえないようにしながら、だが。


 こんな猥談をクラスの女子に聞かれれば、明日からの居場所がなくなる。


「そう言えば……昔はブルマってのがあったらしいじゃん?」


 由弦はネットや両親から得た情報を思い出す。

 当然だが、今はお目に掛かれない。


「……おっさんたちはさ、ああいうの好きみたいだけど、ぶっちゃけそうでもない気がしないか?」

「いや……まあ、エロいはエロいんじゃないか? 違和感を覚えるのは、分かるが」

「分かるぜ。正直、コスプレ感強すぎるよな。俺たちには」


 由弦の意見に宗一郎と聖が同意した。

 三人にとってブルマというのは過去の遺物、古典である……ただのコスプレだ。


 別に嫌とは思わないが、何かが違う。


「そう言えば、ブルマと言えば」


 そう言う宗一郎の視線の先には、二人の幼馴染。

 亜夜香と千春がいた。


 二人とも、素晴らしいプロポーションの持ち主なため……体操服になるとその体の凹凸がくっきりと浮き出る。

 宗一郎の視線に気付いたのか、二人はぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振った。


 宗一郎は軽く手を振りながら、続きを言った。


「うちの学校の女子用のズボン、ちょっと短めだよな」

「……言われてみると」

「そうだな……」


 男子は普通だが、女子の物はやや短いように感じられる。

 長さはおよそ、膝上十センチ程度だろうか。

 卓球のユニフォーム程度の短さだ。


「まあ、カッコよくて良いじゃねぇか」

「そうだな」

「カッコいいよな、うん」


 聖の言葉に、宗一郎と由弦は過剰なまでに頷いた。

 ……本音のところはカッコよいかどうかは割とどうでも良いのだが。


 大事なのは足がどれくらい、見えるかだ。


「おい、聖」

「どうした? 由弦」

「あそこで走ってるの、凪梨さんじゃないか?」


 由弦はリレーで必死に走っている様子の女子を指さした。

 長い黒髪をポニーテールにしている、スレンダーな女子だ。

 遠目なので見難いが……おそらくは凪梨天香だ。


「ああ、天香だな」

「意外だな……彼女、あまり運動が得意じゃないのか」


 やや驚いた様子で宗一郎は言った。

 言われてみると……あまり足が速いとは言えなかった。


「まあ……筋肉のなさそうな、ほっそい足してるからな」


 聖は鼻を鳴らしながら言った。

 天香は足が長く、そしてとても細い。


「だが……不健康なほど、細くはねぇな。あいつは顔と足だけは良い。顔と足だけはな」


 天香の足はいわゆる美脚に分類されるようなものだ。

 ほっそりとしているため、体操服を着ると良く映える。

 もっとも……運動は苦手な様子だが。

 運動があまり得意ではないのに体操服が似合うというのも変な話……な気がするが、もしかするとだからこそ映えているのかもしれない。


「俺、そろそろだ」


 時計を確認した由弦は立ち上がった。

 そろそろ、由弦の選択した競技の時間だった。


「おお、そうか」

「何だっけ? お前」

「二百メートル×6のリレーだな。応援、よろしく」

「気が向いたらな」

「まあ、女子を見る合間に見てやる」

「お前ら、それでも友人か?」


 軽口を叩きながら由弦はその場を離れた。





 由弦はリレーを一緒に走るクラスメイトと合流すると、始まるまでの時間を利用して軽い準備体操とバトン渡しの練習をした。

 実際のところ、由弦を含めてクラスメイトたちの大半は優勝に興味はないが……


 しかし恥は掻きたくない。

 バトンを取り落として、“戦犯”になると少し気まずいので、そのあたりは真面目にやる。


(あいつら、見てるかな?)

 

 リレーが始まるまで、あと数分というタイミングで。

 由弦は観客席を確認した。


 宗一郎と聖の二人は……

 女子の百メートル走を見学していた。


 おそらく、胸か足でも見ているのだろう。

 女子の胸や足と由弦の活躍。

 二人にとっては前者の方が大切なようだ。


「薄情者め」


 もっとも、由弦も似たようなことをするので人の事を言えないのだが。

 次に由弦は別の人物を探す。


 美しい亜麻色の髪のその少女は、じっと由弦たちの方を見ていた。

 由弦と、彼女の視線が合う。

 すると彼女は……


 軽く手を振った。


 ドキっと心臓が高鳴った。 


「なあ、今……雪城さんがこっちに手を振らなかったか?」

「マジか。……ちょっと頑張ろうかな」


 クラスメイトたちが若干、騒ぎ始める。

 そして俺を応援してくれたんだ、いいや俺だと……醜い争いを始めた。


(……ちょっと、頑張るか)


 少しだけ、由弦は優越感を覚えた。

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