第23話 女子side

 五人で遊び始めてから、数時間後。

 亜夜香と千春がこんなことを言い始めた。


「ねぇ、私、お腹が空いたんだけど」

「私も空きましたぁー!」


 由弦と宗一郎に向かって、二人はそう主張した。

 思わず、由弦と宗一郎は顔を合わせる。


「そうか」

「大変だね」


 すると亜夜香と千春は露骨に不満そうな表情を浮かべた。

 そしてぽかん、としていた愛理沙の手を二人で引く。


「ねぇねぇ、愛理沙ちゃん。愛理沙ちゃんも、ちょっと小腹が空いたでしょ?」

「しょっぱい物が食べたいなと、思いません?」

「え? まあ、確かに体を動かしたのでそういうのは否めませんけど……」


 愛理沙はイマイチ、亜夜香と千春の意図が分からない様子だった。

 しかし二人にとって、愛理沙が自分たちの意図を理解しているかは、それほど重要なことではないようだ。


 二人は大袈裟に大きく、何度も頭を縦に振る。


「だよね」

「お腹が空きましたよね」


 チラチラ。

 と、由弦と宗一郎の方を見た。


「やっぱり、素敵な男性の条件の一つに、気が利くかどうかがあると思うんだよね」

「分かります。女の子がお腹を空かせていたら、何も言わずに買ってきてくれるような方って、素敵ですよね。……愛理沙さんも、そう思いますよね?」

「え? い、いや……でも、それは申し訳……」


 ようやく亜夜香と千春の意図を察した愛理沙は、首を横に振り、否定しようとする。

 が、しかし二人はそれを遮るように大きな声で、わざとらしく言った。


「あー、可愛い幼馴染がお腹を空かせているのになぁー」

「婚約者様もお腹を空かせている様子なのに、何をしているんですかねー」


 由弦と宗一郎はため息をついた。

 まず、宗一郎が亜夜香と千春に尋ねた。


「はぁ……何を買って来ればいい?」

「私、焼きそばで」

「たこ焼きが良いです」


 宗一郎が買ってくる以上、由弦も同行せざるを得ない。

 由弦は困惑した様子の婚約者様に尋ねる。


「雪城は?」

「え、えっと……その……」

「俺も空いてるからさ」


 由弦がそう言うと、愛理沙は白いほっそりとしたお腹に手を当てた。

 そして僅かに頬を赤らめ、ハニカミながらピンク色の唇を動かす。


「では、フライドポテトをお願いします」

「分かった」


 由弦と宗一郎が踵を返すと……


「あ、飲み物もお願いね!」

「私たちはあっちの方で待っているので!」


 幼馴染様の声が背後から聞こえた。

 由弦と宗一郎は互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。






「よーし、行ったね」

「行きましたね」


 由弦と宗一郎を見送った亜夜香と千春は……

 愛理沙に詰め寄った。


「え、えっと……何でしょう?」

「ちょっと、ガールズトークをしようよ」

「いろいろ、愛理沙さんには聞きたいです」


 愛理沙は二人に連行されるような形で、椅子に座らせられた。

 愛理沙を丁度挟み込むような配置で、亜夜香と千春が座る。


「それでさ、愛理沙ちゃん。……本音のところでは、ゆづるんのこと、どう思ってるの?」


 亜夜香は愛理沙にそう尋ねた。

 すると愛理沙は「え?」と驚きの声を上げる。


「ど、どうって……」

「男性として、好きなんですか?」


 具体的に千春は愛理沙に尋ねた。

 愛理沙の肌が仄かに紅潮した。


 首をブンブンと左右に振る。


「まさか! ……恋愛感情はありませんよ」


 愛理沙の答えに対し、亜夜香と千春は首を傾げた。


「ゆづるん、学校ではちょっとダラしないけど、お洒落すれば普通にカッコいいと思うけどなぁ」

「人格も優れていると思いますが、何かご不満な点が?」


 すると再び、愛理沙は首を左右に振る。


「い、いえ……確かに由弦さんは素敵な男性だと、思いますけど……」


 恥ずかしそうに愛理沙は目を伏せた。

 しばらく言い淀んでから、はっきりと口にする。


「でも、だからと言って恋愛感情は別じゃないですか」

「……ふーん」

「そうですか」


 由弦が男性として、素敵であったとしても……恋に落ちる理由にはならない。

 それは亜夜香と千春が、由弦に対してはあくまで異性の親友としての感情しか持っていないのと同じだ。


 だから二人はあっさりと、引き下がる。

 

 ……はずがない。


「じゃあ、ゆづるんに好きって言われたらどうする?」

「ふぇぇ!?」


 油断していたところへの唐突な質問に、愛理沙は驚きの声を上げた。

 真っ白い肌が真紅に染まる。


「そ、そんな……そんなことは、あり得ません」

「仮にの話ですよ。お試しで付き合ってみよう、とか、思わないんですか?」


 首を大きく何度も横に振る愛理沙に対し、ニヤニヤ笑いながら千春は尋ねる。


「そ、そんな、不誠実な真似はできません! それに……」

「「それに?」」


 愛理沙は小さく、ため息をついた。

 そして弱々しい声で言う。


「私なんかよりも……ずっと、高瀬川さんに相応しい女性はいます。あれだけ、立派な人なんですから」


 そう言って愛理沙は笑った。

 それは微笑みというよりは、自嘲気味な、自虐的な笑いだった。


「ふーむ」

「そういう感じですかぁー」


 亜夜香と千春は何かに納得した様子だった。

 愛理沙がきょとんとしている、二人は笑みを浮かべる。


「変なこと聞いて、ごめんね。愛理沙ちゃん」

「ご不快に思われたなら、すみません」

「い、いえ……別に大丈夫です。……高瀬川さんとは幼馴染、ですよね? 気になるのは当然だと思います」


 そんな話をしていると……


「おい、戻ったぞ」

「飲み物は適当に買ったから、好きなのを選んでくれ」


 宗一郎と由弦の二人が戻ってきた。

 女子三人は何事もなかったかのように、笑顔で男二人を迎えた。

 

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