第24話 “電車派”と“タクシー派”
散々に遊んだ五人は、私服に着替えてレジャー施設を出た。
それから少し早いが、近くにあったレストランで食事を済ませてしまった。
「あのさぁ、私、タクシー呼ぶつもりだけど……何台呼ぶ? ゆづるんと宗一郎君は“電車派”だったよね?」
要するに自宅まで電車などの公共交通機関を利用するか、タクシーを利用するかの問いだ。
由弦はソファーに凭れ掛かるようにして言う。
「俺は“電車派”だが……今日はさすがに疲れた。俺の分も呼んでくれ」
途中からはしゃぎ過ぎてしまったこともあり、全身が怠い。
特に途中で行ったプールでの遊泳競争が響いていた。
「右に同じく。……電車で帰る気力はない」
宗一郎はすでにダウンしかけなのか、肘をテーブルにつけて、うつらうつらしながら答えた。
千春はそんな宗一郎の髪を弄繰り回している。
「あの、私は電車で……」
「雪城はついでに俺が送っていくから、タクシーはワンセットで良いよ。金は俺が出すから心配しなくて良い」
愛理沙の言葉を遮るように由弦はそう告げた。
「えっと、私は全然、大丈夫ですけど」
「君だけ電車で帰したら、後で何を言われるのか分からん」
「……まあ、そういうことでしたら」
由弦と愛理沙のやり取りを聞いた亜夜香と千春は感心の声を上げた。
そして眠りかけていた宗一郎を二人で揺する。
「私も送って欲しいなぁ」
「私も送ってください」
「お前ら家逆方向じゃん……というか、俺はもう早く帰りたい。帰らせてくれ。眠いんだよ……むしろお前らが俺を送ってくれ」
本当に眠そうな顔をしてそういう宗一郎。
由弦は良い気味だと思ったが、心の優しい愛理沙は気の毒に思ったらしい。
助け船を出した。
「そうだ、亜夜香さん、千春さん。……連絡先、交換しませんか?」
「良いよ!」
「そう言えば、まだでしたね」
三人は連絡先を交換し合う。
見たところ、今日のプールで随分と仲良くなったようだ。
少しだけ由弦は嬉しい気持ちになった。
その日の帰り。
由弦と愛理沙はタクシーに並んで座っていた。
「今日は楽しかったです」
しみじみと愛理沙は言った。
普段はクールな彼女も、亜夜香や千春のテンションに乗せられてか、途中からはしゃぎ回っていたように見える。
由弦からすると珍しいモノを見れて、満足だ。
「亜夜香ちゃんと千春ちゃん……随分と仲良くなれたみたいだな」
「はい。……お友達になれた、と言っていいんでしょうか?」
「君がどう思おうが、彼女たちはそう思っているだろうよ」
あの様子だと、相当に愛理沙を気に入ったようだ。
こっそりと、「愛理沙ちゃんを泣かせたら死刑だから」「男なら責任を持って幸せにしてください」という厳命を受けた。
……偽物の婚約者と説明したはずなのだが。
「そう言えば、高瀬川さん」
「どうした?」
「あのお三方も……そこそこ裕福なお家なんですよね?」
「ん? まあ、裕福な部類なんじゃないかな」
もっとも、一口に“裕福”と言っても差は存在するが。
「皆さん、どこに住んでいるんですか? 普段から、タクシーとか利用されているんですか?」
気軽に亜夜香がタクシーを召喚したので、普段からどういう移動をしているのかが気になったのだろう。
由弦は三人の現在の住居と通学状況を記憶から引っ張り出す。
「亜夜香ちゃんは……車で一時間以内のところに住んでたかな。専属の運転手による送迎だったはずだ」
「そうなんですか? 見たこと、ないですけど」
「学校から徒歩三分くらい離れたところで降りているみたいだぞ。……まあ、目の前で降ろされるのは普通に恥ずかしいんだろう」
由弦の通っている高校は私立で、裕福な家の子が少なくない。
が、全体数で言えば一般家庭の子の方が過半数なのは言うまでもない。
彼女も年頃の女の子なので、相応の羞恥心はあるのだ。
「佐竹さんは?」
「あいつは……正確な距離は覚えていないが、普通に家から通ってたな。“電車派”だけど。……あいつは兄弟が多くてね」
「兄弟が多い? 何人ですか? 四人、とか?」
少子化が叫ばれる昨今。
四人程度であっても、十分に日本国の人口問題に貢献した夫婦と言えるだろう。
だが佐竹家はレベルが違う。
「野球チームが一つできるくらいはいたと記憶していた」
「それは……本当に多いですね」
これには愛理沙も驚いたのか、目を丸くしている。
由弦は頷いた。
「宗一郎は名前から分かる通り、長男だ。……幼稚園児、小中学生が何人いるかは覚えていないが、毎朝九人以上を車で送迎するには、運転手が相応の人数、必要になるな」
勿論、雇えないことはないのかもしれないが。
少なくともあの一族は不要だと考えているのだろう。
ある程度の年齢の男子はみんな、歩いて登校しているらしい。
尚、女子は車で送迎らしい。
「健康のためには歩いた方が良いとか、そういうことも言ってた。あとはまあ、口には出していないが、送られるのは恥ずかしいんだろう。男だしな」
「千春さんはどうですか?」
「あいつの実家は関西だ。流石に通えないから、一人暮らし中だな」
つまり由弦と同じと言えば、同じになる。
もっとも、一時間程度の通学時間を惜しんでいる由弦とは必要性に大きな違いがあるが。
「女の子が一人暮らしって、危なくないですか? 彼女も良いところの子なんですよね?」
「ああ、そうだよ。だから、マンションの両隣にSPだか使用人だか、分からないが、関係者が住んでいるようだ。……なんちゃって一人暮らしだな」
果たしてあれを一人暮らしと言っていいのか、怪しかった。
もっとも、妥当な判断ではある。
世の中には宅配業者を偽って、部屋に侵入してくるような悪人もいるのだから。
……千春はああ見えても“武闘派”なので、下手な男ならば撃退できてしまいそうだが。
「ということは……高瀬川さんの両隣も?」
「いや、両隣は普通の人だし、そんな大げさな警備を確認したことはない。……絶対にいないとは断言できないが」
もっとも、由弦はそれを積極的に見つけるつもりはなかった。
ウォーリーじゃないんだから、探さなくても良いのだ。
分からないなら、分からないで良いだろう。
「……ところで、雪城。天城の方は、どうなんだ?」
「養父は運転手を雇っています。でもまあ……基本的にはみんな電車です。……我が家は今、節約中なので」
「それはまた」
噂に聞く通り、天城の資金繰りは良くない様子だ。
その原因は先代の天城の当主、愛理沙の養父の父親が事業に失敗したことにあるようで、今代は立て直しに奔走しているという。
それを考えると、愛理沙を嫁に出してまで援助金が欲しいというのは……全くその気持ちは共感できはしないが、必死なのは理解できる。
そんな話をしていると、愛理沙の家の近くまで到着した。
まず先に由弦が下りてから、愛理沙に手を差し伸べる。
愛理沙は一瞬、戸惑いの表情を浮かべたが……すぐに由弦の手を取った。
「ありがとうございます」
「どう致しまして」
愛理沙を車から降ろしてあげる。
「じゃあな、雪城。もしかしたら、また夏休みに会うかもしれないけど」
「そうですね。その時は私の方からお誘いを……」
その時だった。
「愛理沙!」
若い男性の声が聞こえてきた。
キャリーバッグを引いている、二十代前後の青年がこちらへ歩いてきた。
顔立ちの整った、好青年だ。
「誰だ?」
由弦が小声で尋ねると、愛理沙もまた小声で返した。
「天城大翔(あまぎ はると)さんです。私の従兄で、義兄です」
そういう愛理沙の表情には、一見すると優しそうな、しかし実際には何の感情も浮かんでいない仮面のような笑顔が浮かんでいた。
一方で大翔は嬉しそうな表情だったが、愛理沙の隣にいた由弦に気付くと……その表情を曇らせた。
これはまた面倒なことになりそうだなと、由弦は内心でため息をついた。
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