第17話 “婚約者”と失恋
由弦と聖はまず相手連れである女の子へと、視線を向けた。
聖は愛理沙へ、由弦は天香へ。
それから自分の連れである女の子へと、視線を向けた。
由弦は愛理沙へ、聖は天香へ。
愛理沙はとても困った表情を浮かべる。
それからじっと、由弦の方を見つめ、小さく頷いた。
上手く誤魔化してください。
そんな声が聞こえた気がした。
「改めて、奇遇だな。聖、それと凪梨さん」
「そうだな」
「そうね、高瀬川君」
二人とも最初の動揺はどこへやら、落ち着いた表情でそう言った。
そのあたりはさすが、良善寺と凪梨の人間だ。
二人は由弦の隣に立っている愛理沙へと、視線を向ける。
「高瀬川さんと同じクラスの、雪城愛理沙です。初めまして、良善寺さん、凪梨さん」
愛理沙もまた、学校で普段浮かべている人工的な笑みを浮かべて小さく会釈した。
品行方正な優等生にしか見えない。
「こちらこそ、由弦の友人の良善寺聖です」
「良善寺君のクラスメイトの、凪梨天香です」
互いに挨拶を交わしたところで、本題に入る。
先に仕掛けてきたのは聖の方だった。
「……それで、由弦。お前は雪城さんと、何をしているんだ?」
「彼女とは……たまたま、ここで鉢合わせたんだ。そうだよな? 雪城」
「はい。高瀬川さんとは本当にたまたまで……それで、せっかくですから一緒にテニスをしようということになりました」
何の打ち合わせもなしのアドリブではあったが、愛理沙は合わせて来てくれた。
バッティングマシーンのような、一人で遊べる設備もあるので全くおかしなことではない。
もっとも、クラスメイトとたまたま鉢合わせをすることがあるのかと言われると少し怪しいが。
「……仲良いのか?」
「たまたま鉢合わせて、一緒にテニスをやろうかなと思うくらいには、な?」
「同じクラスですからね」
全く答えにはなっていないが、そもそも答えるつもりもないのでこれで良い。
聖の方も、由弦が答えたくないと察したのだろう。
特に何も言わなかった。
さて、今度は由弦が尋ねる番だ。
「聖と凪梨さんは?」
「俺たちもたまたま、ここで会ったんだ。そうだよな、凪梨」
「先ほどまでテニスをしていまして。今からボウリングをしに行こうかなと」
聖と天香は、由弦と愛理沙の嘘に乗っかる形でそう言った。
あー、これは嘘だなと。
間違いなくデートだなと由弦は察したが、深くは突っ込まなかった。
……大事なのは互いに、このことを隠したいという意思を、確認できた点である。
「そうか。……このことは他言無用で頼むよ。騒がれるのは苦手で」
「ああ、分かっているぜ。……こっちの方も、よろしく頼む」
由弦と聖は互いにこのことを隠しておこうと、約束し合った。
由弦は聖と天香の二人を見送ってから、愛理沙の方を見た。
彼女は整った眉を寄せ、由弦に尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「あいつは口は堅い方だから、大丈夫だろう。……もしあいつが何かしゃべったら、凪梨と良善寺がデキていると広めてやれば良い。まあ、それはあっちも嫌だろうから、多分俺たちのことは話さないでくれるとは思うけど」
「だと良いのですが」
愛理沙が心配するのも無理はない。
彼女は聖の人柄を知らない。チャラチャラした人、くらいの印象しかないだろう。
また由弦は(愛理沙もだが)天香の人柄が分からない。
外見と態度からの印象は御淑やかな大和撫子だが……中身はどうなのか。
聖曰く、「悪魔のような女」らしいが。
(しかし悪魔とデートをするのだろうか?)
あまり考えたくはないが、小学二年生が好きな女の子のことを悪く言うような感覚で、悪魔などと言ったのかもしれない。
だとしたら最高に面白いので、いつか揶揄ってやろうと由弦は思った。
「あのお二人、お付き合いをしているんですかね?」
「さあ……でも恋人同士じゃないにしろ、双方に多少の気はあるんじゃないか? そうでもなければ、こんなところに二人っきりで来ないだろうし」
と、そう言ってから由弦は気付く。
それは自分たちにも大きなブーメランだったと。
「あの、高瀬川さん。それは突っ込み待ちですか?」
案の定、気付いた愛理沙がやや呆れた声で言った。
少し冷たい目で由弦を見る。
「……俺たちは少し、事情が異なるだろ。恋人同士、という設定で演じないといけないし」
頬を掻きながら、言い訳をするように言った。
恋人同士、婚約者同士だからちゃんとデートをしてきたと双方の保護者に報告するためなのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、普通は相応に気持ちがない限りはデートなどやらないのだ。
「テニス、やりましょうか」
「そうだな」
微妙な気まずさを感じた二人は早急に話題を切り上げて、テニスを始めることにした。
「最初、トラブルはあったが楽しかったな」
帰り道。
愛理沙を家まで送り届ける途中、由弦はそう呟いた。
愛理沙もそれに同意するように頷く。
「はい。それにしても高瀬川さんも、運動神経が良いですね」
「君もね。体育で齧った程度、と言う割には上手だったじゃないか」
当初、二人はラリーだけを続けていたのだが……
お互い、そこそこテニスができると分かった後は、二戦ほど試合をした。
さすがに試合では筋力やスタミナで優る由弦が勝ったのだが、愛理沙も善戦した。
性差を除いた能力では互角か、もしくは愛理沙の方が少し上程度のようだ。
「次は他のゲームもしてみたいです。……ボウリングとか、ダーツもできるんですよね?」
「ああ、できるよ。今度、機会があったらまた来ようか」
自然と次に遊ぶ約束をしてしまった。
由弦は自分の隣を歩く愛理沙の横顔を見る。
夕日は彼女の亜麻色の髪を黄金に輝かせ、そしてその美しい容貌を明るく照らしていた。
その美術品のような容姿は、僅かに綻んでいる。
学校で見せるような人工的で無機質な表情とは異なる、自然で柔らかさを感じる、由弦の前でしか見せない表情だ。
「どうしましたか?」
「君とこういう関係になれて良かったなと、思ってね。……お見合いは面倒だったが、君と出会えたことは本当に良かったと思っているよ」
しみじみと由弦がそう言うと、愛理沙も小さく頷いた。
「そうですね。私も高瀬川さんと仲良くなれて、本当に良かったです。一人ではああいう場所にも行きませんから」
そう言って僅かな微笑を浮かべた。
一瞬だけ由弦の心臓が音を立てる。
恋をしてしまったんじゃないかと、好きになってしまったのではないかと、錯覚しそうになる。
(……まあ、気の所為か)
しかし改めて愛理沙の顔を見ると、別にそんな気持ちは浮かび上がって来ない。
ただ美しいなと、芸術品や花を見たような感想が浮かぶだけ。
そのことに少しだけ由弦は安堵する。
そんなやり取りをしているうちに、彼女の家の近くにまで辿り着いた。
少しだけ名残惜しい気持ちを抱きつつ、愛理沙に別れを告げようとする。
が、その時。
「雪城さん! ……ひ、久しぶり」
自分と同じくらいの年齢に見える少年がこちらに近づいてきた。
由弦は脳内の人物図鑑に彼と顔が一致する人物を探すが……見つからない。
おそらくは違う高校の生徒だろうと結論付ける。
「小林さんですか。お久しぶりです」
「知り合いか?」
「中学の頃の同級生です」
そういう愛理沙の表情は……学校で見せるような、いつもの能面のような表情になっていた。
もっとも、元々彼女は表情の変化が分かりにくいので、由弦のようにある程度親しくない限りは見分けも付かないのだが。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね。……高校はどう?」
「楽しいですよ。小林さんはどうですか?」
そう言って愛理沙はにっこりと微笑む。
いつもの作り笑いだ。
能面からの唐突な笑顔が、数々の男を勘違いさせているんだなと、由弦は再認識した。
「オレはまあ、普通だよ。えっと、そこの人は?」
小林は由弦の方へ視線を向けた。
何となく、彼の視線から嫉妬や敵意のようなものを由弦は感じた。
「雪城のクラスメイトの、高瀬川です。初めまして、小林君」
由弦は一歩前へと足を踏み出し、それから社交用の笑みを浮かべて、小林にそう返した。
すると彼は少しだけ、たじろいだ様子を見せた。
「あ、あぁ……初めまして」
そして彼は押し黙ってしまった。
小林と知り合いの愛理沙の方も、「どうします?」とでも言いたそうにこちらを見てくる。
もっとも、由弦と小林には何の接点もないわけで、愛理沙と小林が黙ってしまった以上、会話はこれで終わりだ。
そしてこの気まずい沈黙に耐えきれなくなったのか、小林は唐突に口を開いた。
「そうだ、オレはもう、行くから。また今度、雪城さん」
そう言って夕日の中、走り去っていく。
由弦は彼の後ろ姿を指さし、愛理沙に尋ねた。
「あれ、君のことが好きなんじゃ……」
「言われずとも分かります」
そして愛理沙は深いため息をついた。
とても疲れ切った表情を浮かべている。
「告白してくれれば、好きじゃないと、はっきりと伝えられて楽なんですけどね」
「まあ……何も言われていないのに、唐突にあなたのことは好きじゃないからとは言えないな」
好きでもない男から匂わせられ続けるとは。
美少女も大変なんだなと、由弦は少しだけ同情した。
ついでにすでに失恋が確定している小林君にも、哀悼の意を送った。
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