第16話 “婚約者”と運動

 期末試験は滞りなく終わった。

 由弦は手応えとして、中間試験以上のモノを感じていた。


「ふう……悪くないな」


 自己採点を終えた由弦は安堵の声を上げた。

 返ってくるまではまだ分からないが、少なくとも中間試験と同等かそれ以上の点数を採れたはずだ。

 

 おそらくは愛理沙との勉強会のおかげだろう。

 ……中間試験の時は宗一郎たちとふざけながら勉強をやったので、実はあまり捗らなかった。


「それで君はどんな調子だ?」

「……良い感じです。努力分の成果は出たかな、と」

「それは良かった」


 期末試験最終日。

 土曜日ではなく金曜日ではあるが、愛理沙は由弦のマンションにやってきていた。

 

 二人で自己採点をして、試験を振り返りをすることになったからだ。


「しかし新鮮だな。自己採点というのは」

「……したこと、ないんですか?」

「まあ、俺は基本的に過去は振り返らないから……それに過去は振り返らない奴ばかり、友人だからな」


 具体的には宗一郎、亜夜香、千春、聖である。

 悪い奴らばかりだなと、由弦は自分の交友関係の偏りに憂いを感じた。

 類は友を呼ぶというやつだろう。


「振り返り過ぎは良くないかもしれませんが、復習くらいはするべきかと」


 何故か開き直っている由弦に対し、愛理沙は冷たい目と口調で言った。

 由弦はそれに対し、肩を竦める。


「ふくしゅうは何も生まない、って言うだろう?」

「それは“ふくしゅう”違いです。……夏季休暇中の校外模試に備えて、頑張らないと」

「校外模試ね。……そっちは本腰入れないとな」


 中間・期末試験と校外模試。

 重要なのは圧倒的に後者である。


 推薦を狙わない限り、内申点は悪くても問題はない。

 中間・期末試験の問題は受験に対応しているとはとても言えないような内容なので、受験時に役に立つかと言われると疑問が残る。

 

「どちらも本腰を入れるべきだと思いますが。……推薦という選択肢はそもそも、ないんですか?」

「三年間も品行方正に過ごす自信がない。雪城は推薦を狙うつもりなのか?」

「まだ決めていません。ただ、選択肢は多い方が良いでしょう?」


 実に優等生らしい回答だ。

 宗一郎たちに爪の垢を煎じて飲ませてあげたいと、由弦は自分のことを棚に上げた。


「まあ、しかし受験は今からずっと先の話。そして期末試験はもう過ぎた話。もっと近い未来の話をしよう」

「全く考えないのはどうかと思いますが……もっと、近い未来というのは?」

「明日、どうする? いつも通り、ゲームでもする?」


 明日は土曜日。

 愛理沙が由弦の家に来る日だ。

 この二週間ほどはゲームではなく勉強をしていたので、もしゲームをするならば久しぶりになる。


「それについてなのですが、ご相談があります」


 愛理沙は改まった口調で由弦にそう言った。


「どうした?」

「……毎週、ケーキを用意してくださるじゃないですか」

「ああ、そうだね。まあ、先週はシュークリームだったけど」


 由弦が御用達にしている有名な洋菓子店。 

 ケーキだけでもいろいろな種類があるが、勿論シュークリームやプリンなどもある。

 その全てがとても美味しい。


 由弦は愛理沙のために、毎週異なる種類の物を購入していた。


「あれはとても美味しかったです。って、そうじゃなくて」

「そうじゃなくて?」

「来週は……お菓子はやめていただけると助かります」


 由弦は思わず首を傾げた。

 毎週、ケーキの箱を取り出すと愛理沙は目を輝かせてくれたし、その食べる姿はとても幸せそうだった。

 そしてたった今、シュークリームを美味しいと言ったばかりだ。


「どうして? 美味しかったんだろ?」

「美味しいです。美味しいですけど……それが問題なんです。……察してください」


 察しろ。

 そう言われた由弦は少し考え……その答えに行きついた。

 なるほど、女性としてはそれは気になるところだろう。

 

 だが……


「どちらかと言うと、君が珈琲に入れている砂糖の量の方が主要因の可能性が……」

「余計なお世話です。それと、まだ、増えてません。懸念の段階です」


 愛理沙はそう言って由弦を睨みつけた。

 頬を赤らめ、眉を寄せ、目を吊り上げている。


 少々、無神経だったようだ。


「まあ……でも、俺も増えたかもな。運動量は意識的に増やしてはいるけど」

「……男性は代謝が良いんじゃないですか?」

「ケーキよりも、君の料理の方が罪深いな。つい、食べ過ぎてしまう」

「それはまた……ありがとうございますと言えば良いのか、すみませんと謝るべきか」


 愛理沙は困惑した様子でそう言った。

 とはいえ……どちらかと言うと、彼女の気持ちは“ありがとう”に寄っているようだ。

 証拠に僅かに口元が緩んでいる。


「……実は最近、爺さんと婆さん、つまり祖父母から説教されてな」

「説教、ですか?」

「自宅でゲームばかりやるのは、お前は面白いかもしれないが、年頃の女の子はつまらないだろうと。まあ、そういう説教だ」


 愛理沙が由弦の家にやって来るのは彼女がゲームをしたいというのもあるが……仲睦まじい婚約者を演じるためでもある。

 要するに名目上は“おうちデート”なのだ。


 だが……“おうちデート”ばかりやるカップルがこの世のどこにいるだろうか?


「私は楽しいですけどね。……しかし、そうですね。私の養父母にも……まあ、野外へ……その、デートにはいかないのかと、今日の朝、聞かれました」


 デート、という言葉を出すのに少しだけ口籠る愛理沙。

 愛理沙にとっては異性の友人同士で遊んでいるだけという認識ではあるが、傍目から見れば恋人同士であり、そして保護者から見れば婚約者同士だ。

 そう見えるように演じているのだから当たり前であるが、自分で口に出すには気恥しいものがある。


 ……そういう態度は初々しい恋人同士感があり、それはそれで問題はないのだが。


「君も同じか。……そこで、物は提案なんだが、その、アレだ。明日はデートにでも、出掛けないか?」


 最近、勉強続きで体を動かせていない。

 だから野外で少し体を動かしたい。その方が健康にも良いだろう。

 それに折角、期末試験が終わったのだ。

 いつもとは少し違う場所で楽しく遊びたい。

 と、由弦はそう提案した。


「そうですね、良いと思います。恋人同士であることに信憑性を持たせるためにも、少し野外で遊んだ方が良いでしょうし」


「じゃあ、追って連絡しよう」


 斯くして二人は“デート”に挑むことになった。





 当日。

 軽い運動をするということで、動きやすい服装に着替えた二人が訪れた場所は……


「何ができるんですか? ここ」

「カラオケ、ダーツ、ビリヤード、ボウリング、卓球、テニス……この辺りはやったことがある」


 所謂、総合娯楽施設という場所である。

 家に閉じこもってゲームばかりするのも不健康だろう、という理由からのチョイスだ。


「来た事あるんですか?」

「まあ、友達と何度か。勿論、その友達ってのは佐竹宗一郎と良善寺聖だが」


 さすがに一度も行ったことがないような場所に愛理沙を案内する勇気は、由弦にはなかった。

 まあ、何でもできるので、全て外れということはないだろうという判断である。



 由弦は会員証を持っていたが、愛理沙は持っていなかったので、入場時に作って貰った。

 会員証を財布にしまった愛理沙は由弦に尋ねる。


「それで……どうしましょう?」

「雪城は何か、興味があるのはないのか?」


 ここは初心者の愛理沙を優先しようと、由弦はカウンターで貰ったパンフレットを開きながら言った。

 愛理沙は熟考の末に、施設の一つを指さした。


「テニスとか。授業でやった経験があります。試合……となると自信はありませんが、ラリーをするくらいなら。良い運動になって、楽しいかなって」


「テニスか、うん、良いね。そうしようか」


 男女でテニスをやる。とても恋人らしいイベントではないか。

 何かと五月蠅い祖父母も「テニスをやった」と言えば、納得するに違いない。




 早速、ラケットとボールを借りてテニスコートへ向かった二人だが……

 そこである問題が発生した。


「……聖か」

「……奇遇だな、由弦」


 ばったりと、鉢合わせをしてしまった。

 その上、どういうわけか、聖の隣には美しい黒髪の女の子がいた。


 ほっそりとした手足にスレンダーな体型、長身の女の子。

 凪梨天香(なぎり てんか)。

 由弦の高校では、愛理沙、亜夜香、千春に並んで可愛い女の子と評判になっている少女だ。


 由弦とはそう親しいわけではなく、廊下ですれ違えば挨拶をする程度だ。

 しかし千春と天香の二人は顔見知りらしく、そして聖と天香もまた多少の繋がりがあるらしい。


 と、そんな感じで間接的に関係がないわけではないが、ほぼ他人。

 それが由弦にとっての、凪梨天香である。


 彼女は聖と同じクラスだとは聞いていたが、まさかこんなところで“デート”するほど親密な関係だったとは思いも寄らなかった。


 あー、見つかっちゃった。

 どう言い訳しようかなぁ……


 と、そんな表情を聖は浮かべていた。







 そして由弦もそんな表情を浮かべた。 

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