第18話 “婚約者”と夏季休暇
夏季休暇が始まる前日、通知表の配布と共に学年順位の書かれた紙が生徒に配布された。
「五位か。前よりも上がったな」
校内模試の結果を見て、由弦は満足気に頷いた。
由弦の通っている高校の学年人数はおよそ三百人。
一応、“進学校”に分類される程度の高校なのでそこの五位は十分に誇れる順位だった。
(雪城は無事に一位だろうか?)
学年順位は原則として本人にしか知らされない。
が、十位以上の生徒は職員室の前に張り出されるので、それを見に行けば分かる。
普段は他人の順位なんてものはどうでも良いと思っている由弦だが、今回くらいは少し見に行ってみるかと、そんな気分になった。
というわけで、由弦は順位表を見に行った。
張り出された直後ということもあり、少し混んでいた。
「雪城は……今回も一位か」
ちゃんと努力の成果が出たようだ。
自分のことでもないにも関わらず、少し嬉しくなる。
「へぇー、雪城さん、今回も一位なんだ」
「みたいだな……って、亜夜香ちゃん!?」
「やあ、ゆづるん」
いつの間にか、橘亜夜香が由弦のすぐ側にいた。
何故か、ニヤニヤと笑っている。
由弦は何となく、嫌な予感がした。
「ねぇ、ゆづるん。どうして雪城愛理沙さんの順位なんて、気になったの?」
「同じクラスなんだから、別におかしくはないだろう?」
「えー、そうかなぁ? ゆづるん、親しい人の成績でもない限り、興味ないじゃん」
相変わらず、察しの良い女だと由弦はため息をつく。
そしてチラりと順位表に視線を送り……
「そうだ、亜夜香ちゃん。三位、おめでとう」
「うん。前回と同じだね。ちなみに宗一郎君は八位、凪梨さんは十位だね」
「凪梨天香(なぎり てんか)ね……頭良いんだな」
外見からの印象はとても真面目そうだったので、彼女の頭が良いことはそれほど意外なことではない。
「で、ゆづるん。凪梨さんはどうでも良いとして、どうして雪城さんの順位が気になったの? うわぁー、露骨に嫌そうな顔をした。詮索されたくないんだ。ということは、何か関係があるんだね?」
「嫌そうな顔をしたのは、たまたま目についたことを口に出しただけなのに、あれこれと聞いてくる幼馴染がウザいなと思っただけだ。クラスメイトなんだから、多少は気に掛けてもおかしくはないだろう」
もし由弦と愛理沙が全く違うクラスであればそれを気に掛けるのは少し違和感があるかもしれないが、同じクラスなのだ。
クラスメイトの成績がどれほどか、気に掛けるのはおかしなことではない。
由弦がそう答えると……亜夜香は顎に手を当てて、考え込み始める。
「そうなんだよねぇー。うん、冷静に考えてみると、私の勘繰り過ぎなんだよ。でもなぁ……何か、引っ掛かってるんだよなぁ。ゆづるんを疑う理由が、何か……思い出した!」
亜夜香はポンと手を打った。
そしてニヤリと、意地悪い笑みを浮かべる。
「誕生日プレゼントを贈った相手って、雪城さん?」
「さあ、どうだかなぁー」
由弦の心臓が痛いほど鳴る。
が、これでも由弦は高瀬川家の次期当主である。
感情を顔に出さないこと、白を切ること、嘘をつくことくらいはできる。
事実、勘の良い亜夜香でも由弦の表情から真偽を読み解くことはできなかったようだ。
「うーん、私の考え過ぎ?」
「君は俺の恋愛事情よりも、宗一郎との恋愛事情を進展させた方が良いんじゃないかな?」
「ゆづるんに心配されずとも、私と宗一郎はいちゃらぶだよ」
だと良いのだが。
由弦はもう一人の女の子の幼馴染の顔を思い出しながら、ため息をついた。
夏季休暇は一度帰って来い。
これは由弦が一人暮らしをするための条件の一つだった。
もっともバイトがあるので、実家に長居するつもりはなかった。
実家で過ごすのは、精々二週間ほどだ。
そういうわけでキャリーバッグに荷物を詰め、実家へ帰るために由弦は電車に乗り込んだ。
すると……
「あれ? 雪城」
「あら、高瀬川さん。奇遇ですね」
偶然にも、座席にかけていた愛理沙と鉢合わせた。
愛理沙は由弦が持っているキャリーバッグに視線を向ける。
「そう言えばご実家に帰るとおっしゃっていましたね」
「ああ、そうだ。……雪城は何を?」
「夏物の服を買いに行こうかと思いまして」
どうやら本当に偶然に居合わせただけのようだ。
とはいえ、ここで出会えたことは少し運が良い。
「改めて……二週間後、また会おう」
最後に顔を合わせた土曜日にもそう言って別れたのだが、その後に学校があったので厳密には本当の“最後”ではなかった。
そして学校では愛理沙と挨拶を交わすことはできなかったので、これは良い機会だった。
「そうですね。二週間後に会えるのを、楽しみにしています」
愛理沙は淡々と、そう返した。
別に今生の別れというわけでもなく、たった二週間後に会える上に、メールや電話をすれば連絡が取れることを考えると、そこまで悲しむことではない。
由弦と愛理沙は簡単な挨拶を交わし、二週間後での再会を約束した。
この時、二人は思いもしていなかった。
二週間
まさか、あんなことになるとは……
夏季休暇が始まって、三日後のこと。
愛理沙は黙々と夏季休暇の課題に取り組んでいた。
しかし愛理沙の集中を阻害するかのように、突然、電話が鳴った。
はて? 自分に電話をする人などそうはいないが……
と思い着信を確認すると、由弦だった。
「はい、もしもし」
『……雪城か』
「私の携帯ですからね」
『それもそうだな』
そういう由弦の声は少し、緊張していた。
彼が電話してくるとは、何かあったのだろうか?
と愛理沙は少しだけ心配になる。
緊急の用件でもない限りは、メールでもすれば良いのだから。
「どうしたんですか?」
『いや、少し君に頼みたいことがあって……今、良いかな?』
「大丈夫ですよ」
丁度、休憩を挟みたいと思っていたところだ。
息抜きには丁度良い。
『その、別に無理強いするつもりは全然ないからさ。断ってくれても良いんだ』
「はぁ……?」
『こんなお願いをするのは、本当に申し訳ないと思っている』
「それで、何でしょうか? ……あまり焦らされると、私も緊張します」
そんなに重大な相談事なのだろうか?
少しだけ心臓の鼓動が早くなるのを愛理沙は感じた。
『……一緒にデートをして貰いたいんだ』
「デート、ですか? 前の総合娯楽施設ですか?」
あそこは楽しかったなと愛理沙は思い出す。
が、しかし由弦はすぐさまそれを否定した。
『いや、違う。……爺さんがさ、二人分のチケットをもう用意しちゃってて』
「なるほど。……それはまた、お節介ですね」
『まあ、本人曰く貰ったらしいんだが……本当か嘘かは分からん。断ろうとしたんだけど……夏季休暇中に一度も遊びに行かないカップルがどこにいる! と言われたら、全く反論ができなくてね』
「それは……正論ですね。良いですよ、付き合います」
そもそも愛理沙の方が由弦にこの“婚約関係”を持ち掛けたのだ。
むしろ由弦の祖父が動く前に、愛理沙の方が彼にいろいろと提案しておくべきだった。
これは愛理沙の落ち度でもある。
『うん、そう言ってくれると嬉しいんだけど……』
「それで、どこですか? 場所は」
チケット、というからには遊園地や映画のような場所なのだろうか?
と愛理沙は思いながら由弦に尋ねる。
『……だ』
「すみません、もう一度お願いします」
一瞬、ノイズが走り彼の声は聞こえなかった。
もう一度、言って貰うように頼む。
『プールだ。……その、一緒にプールに行ってくれないかなぁって』
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