第7話 ゲーム初心者(弱いとは言っていない)
「また私の勝ちです」
流石の愛理沙もゲームに勝つのはやはり嬉しいのか。
いつものクールな表情は少しだけ緩んでいた。
口角が僅かに上がり、目尻が少し下がっている。
そのエメラルドの瞳には……相変わらず、光はなかったが。
由弦はちょっと悔しい気持ちに駆られたが……愛理沙の可愛らしい表情を見て、負けるのも悪くないなと思った。
別に好きなわけではないが、やはり美少女の笑顔は目の保養に良い。
「私の顔に、何かついています?」
「い、いや……初心者なのに上手だなと思って」
不思議そうに首を傾げる愛理沙に対し、由弦は慌ててそう言い、誤魔化した。
さすがに「可愛いなぁ」と思ってその表情を眺めてましたとは言えない。
「本当に普段、やらないのか? 家にはゲームないの?」
「やる機会は……あまりないです。養母はゲームには否定的な方ですし、それに……その、私がやると怒られてしまうので。遊ぶ暇があるなら、勉強をしろ、と」
「……なるほどね」
お見合いの時も感じたが、天城家での愛理沙の立場はあまり良くない様子だ。
もしかしたら家にもゲームはあるのかもしれないが、少なくとも天城家の子供たちと混ざって、愛理沙がゲームを遊ぶことはあまりない様子だ。
だからわざわざ、由弦の家にゲームをやりに来たのだろう。
「高瀬川さんは……その御下手ですけど」
「わざわざ御はつけなくても良いぞ」
「凄く下手ですけど」
「一々、頭に付けるな。……そういう冗談も言えるんだな」
「あなたは私が冗談一つも言えない人間だと、思っていたんですか?」
愛理沙は心外だと、そんな表情で由弦を軽く睨んだ。
由弦が肩を竦めると、愛理沙は改めて言い直す。
「あまりお上手ではありませんが、普段はやらないのですか? このゲームは」
「ん……そもそもゲームをあまりやらないなぁ」
「こんなにたくさん、持っているのに、ですか?」
愛理沙は由弦が用意したゲームを横目で見ながら言った。
最新の物も、古い物も含めて、五十はあるのだ。
傍目から見ればゲーム好きに見えるだろう。
「俺、飽き性だから……」
「やっぱり、買って満足するタイプですか?」
「やっぱり?」
「台所、無駄に設備は整っていましたから。……鉄鍋とか、圧力鍋とか」
由弦は料理をあまりやらない男が持つにしては、大仰な調理道具をいくつも持っている。
愛理沙はそこから、由弦が「買うだけ買って使わない」ような人間だと推測していたのだろう。
……間違っていないから、否定できない。
「確か居間には筋トレ器具もたくさんありましたよね」
「あぁ……まあ、たまに使っているよ。……筋トレそのものはやっているぞ? 友人と一緒にジムとかには行ったりしている」
「本当ですか?」
「……そんなくだらない嘘はつかないけど。確認するか?」
信じないようなら証拠でも見せてやるかと由弦がシャツを掴みながら言うと、愛理沙は肌を朱色に染めた。
そして慌てた様子で目を逸らす。
「い、いえ……け、結構です」
やはりあまり男性に対して免疫がないらしい。
彼女が可愛いと言われる所以はその容姿以外にも、こういう性格や仕草にあるのだろうと由弦は勝手に納得した。
「そうだ、雪城。喉は乾いていないか?」
可愛いには可愛いが、しかしいつまでも恥ずかしがられていると気まずくなる。
由弦は話題を転換するためにそう尋ねた。
時刻は二時半ほど。
間食を取るには丁度良い時間だ。
「あ、じゃあ頂きます」
「分かった。……珈琲で良いかな?」
「ミルクと砂糖があるなら」
「あるよ。じゃあ、今、淹れるから」
淹れると言っても、お湯を沸かして作るわけではない。
台所に設置してあるコーヒーメーカーにマグカップを置き、ボタンを押すだけだ。
二つのマグカップを両手で持ちながらリビングへと戻り、テーブルの上に置く。
愛理沙は僅かに眉を上げた。
「早いですね」
「コーヒーメーカーを持っているんだ」
「なるほど、あの機械音はそれですか」
「そういうことだ。……ミルクと砂糖を持ってくるよ」
由弦はそう言うと台所へ、ミルクと砂糖を取りに戻った。
それからついでに冷蔵庫から、買っておいたケーキの箱を取り出す。
「ただいま」
「おかえりなさい。……高瀬川さん、それって、近所で有名なところですよね?」
由弦がケーキを持ってきたことに気付いたらしい。
表情こそ取り繕ってはいるが……チラチラと視線を箱へと向けている。
「ああ、知っているのか。甘い物は食べれるよな?」
「はい。人並みに好きですよ、甘い物」
それは良かったと、由弦は安心して箱を開いた。
中にはショートケーキとチョコレートケーキが二つ、入っている。
「どっちが良い?」
「え、えっと……待ってください」
愛理沙は真剣な表情で、うんうんと唸りながら、悩み始めた。
翡翠色の視線が何度も左右に動く。
散々に悩んだ末に彼女はショートケーキを選択した。
消去法で由弦はチョコレートケーキだ。
皿の上に乗せて、早速食べ始める。
そこそこ名の通った店なだけあって、やはり美味しい。
ケーキの味を確認してから……愛理沙の表情を確認する。
感想は……聞くまでもなかった。
(喜んでくれて良かった)
表情を緩ませ、頬を僅かに赤く染めながらケーキを口に運ぶ。
口に含んだ途端にへにゃりと目を細め、口元が小さな弧を描く。
目尻は垂れ下がり、どこか夢心地……そんな表情だ。
それから珈琲を口に含み、途端に顔を顰める。
どうやらミルクと砂糖の量が足りなかったらしい。
「……何を笑っているんですか」
「いや、すまない。面白かったから」
「失礼な人ですね」
嫌そうに眉を寄せる。
そう言いながらもミルクと角砂糖を珈琲へと投入している様は、少し滑稽だった。
「悪い、悪い……いや、でも喜んでくれて良かったよ」
由弦が少しだけ笑いながらそう言うと、愛理沙は不服そうな表情を浮かべた。
もっとも、フォークを動かす手は止まらない。
そしてケーキを口に入れると、すぐに表情が柔らくなる。
「まあ、許してあげます。しかし……高瀬川さんも、こういうお店を知っているんですね」
「知っているも何も……割と良く行くぞ。友達と」
由弦がそう言うと、愛理沙は驚愕した! という様子で目を見開いた。
驚きのあまり、フォークを手に持ったまま固まっている。
「おいおい、いくら何でもそれはないだろ」
「あ、ああ……すみません。友達というのは、えっと、クラスの方ですか?」
「いいや。佐竹宗一郎と良善寺聖だ……分かるか?」
「名前は聞いたことがあります。顔と名前が一致するかと言われると、ちょっと怪しいですけれど」
まだ入学して二か月も経っていない。
同じクラスの人の顔は覚えられても、違うクラスの人の顔は覚えていないのが普通だ。
むしろ名前を知っていることだけでも、驚きだ。
「何だ、あいつら。有名なのか?」
「クラスの女の子たちの間で……たまに名前が挙がります。えっと、整った顔立ちの方たちだと」
「まあ、あいつら顔は良いからな」
もっとも、人間として、男性としてできているかと言われると由弦は首を傾げざるを得ないが。
特に宗一郎は。
「……――も、ですけれど」
ぽつりと愛理沙は何かを呟いた。
小さすぎる声だったので聴きとることができなかった。
「何か言ったか?」
「いえ、何も」
由弦が聞き返すも愛理沙は済ました表情でそう答えた。
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