第6話 “婚約者”とゲーム
十日が経過し、由弦は松葉杖を卒業した。
当然と言えば、当然のことだが……愛理沙が由弦の家に来ることはそれで無くなった。
さて、松葉杖を卒業してから一週間。
激しい運動をしない分は支障がない程度に回復した由弦は悪友たちと共に、食堂で食事をしていた。
由弦は弁当などあるはずがないので、学食。
切れ目の美男子である佐竹宗一郎は実家から登校しているため、弁当。
少しチャラチャラした雰囲気を感じさせる男、良善寺聖も実家からの登校だが……彼は由弦と同様に学食だ。
(雪城の料理は美味かったなぁ)
学食の味噌汁を飲みながら由弦は内心で呟いた。
普段、食べている日替わりランチは決して不味いわけではない……が愛理沙の作った料理と比較するとやはりどうしても味は落ちる。
「由弦、お前……最近、野菜を食べるようになったな」
唐突に宗一郎がそう指摘した。
由弦は決して野菜が嫌いなわけではないが……しかし積極的に食べたいとは思わないタイプだったので、普段はあまり口にしていなかった。
だが最近は意識的に食べるようにしている。
「まあ、怒られるからな」
「誰にだよ。お前の両親はそういうことに口を出すタイプでもないだろ。彼女でも、できたのか?」
「それはない。残念ながらね」
揶揄い半分という調子で尋ねてきた聖の言葉を由弦は否定した。
それから少し考えてから……二人に尋ねる。
「実は最近、少し世話になった女友達がいるんだ。その子にお礼がしたいんだが、どういうのが良いと思う?」
由弦の口から『女友達』という言葉が出てくるとは思わなかったようだ。
二人は驚いた様子で目を見開いた。
「亜夜香(あやか)と千春(ちはる)じゃないよな?」
まず宗一郎が由弦に尋ねる。
亜夜香と千春は同じ学校に通う女の子たちであり、由弦と宗一郎の幼馴染である。
由弦にとっての『女友達』と言えば、この二人以外にはいない。
「だったら、悩まない。違う子だ」
「何だよ……由弦。仲間だと思っていたのに、もう春が来たのか? 死ねよ」
「来てない。そういうのじゃないんだよ。あと、死ぬ気はない」
『婚約』しているのは間違いないので、一見すると春が来たように見えるかもしれないが……
それは張りぼてで、実際は冬真っ盛りである。
もっとも、由弦は冬でも全然、構わないと思っているのだが。
「宗一郎。お前、女の扱いには慣れているだろ?」
「別に俺と亜夜香と千春はそんなんじゃないが……」
名前がすんなりと出てくる辺りで半分肯定しているようなものである。
もっとも、それを指摘して宗一郎に臍を曲げられると困るので、由弦は口には出さなかった。
「言っておくが、俺は亜夜香と千春くらいしか親しい女友達はいない。付き合いで物を贈ったことはあるが、それはお前と似たような物だ。だから俺の
「そうか?」
「最近はティファニーのネックレスを買わされたが。お前はその子にそんな、明らかに“気があります”とでもいうようなものを送るのか?」
「……それはないな」
間違いなく愛理沙は気持ち悪がるだろうと由弦は思い至った。
女心には詳しくない由弦だが、それが気持ち悪いことくらいは分かる。
「聞けば良いじゃねぇか。恩返しがしたいんだろ? 驚かせる必要、ないだろ。カチコミに行くわけでもないんだから」
聖が呆れた表情でそう言った。
言われてみればその通りである。別に愛理沙をびっくりさせてあげる必要はない。
「確かに。さすがは良善寺の跡取り。お礼の達人なだけはあるな」
「おう、由弦。お前、うちの家について盛大な勘違いをしていないか?」
聖の声を無視し、今日のうちにでも聞こうかと決意した。
善は急げ。
由弦はその日のうちにスマートフォンで愛理沙に『以前のお礼をしたいのだが、何かして欲しいこと、欲しい物はあるか?』とメールを送った。
するとすぐに返信が返ってきた。
『高瀬川さんのお部屋にあったゲーム、少しやらせてもらえませんか?』
由弦にとっては少し意外な返答だったが、すぐにオーケーを出した。
話し合いの結果……愛理沙はその週の土曜日に、由弦の家に来ることになった。
時刻は昼過ぎ。
インターフォンの呼び出しに応じて、由弦は扉を開けた。
するとそこには亜麻色の髪に翡翠色の瞳の、色白の美少女が立っていた。
雪城愛理沙だ。
「本日はどうも、お世話になります」
白いブラウスにベージュのパンツを身に纏った愛理沙は、丁寧に由弦に頭を下げた。
彼女の私服姿を見るのは初めてなので、少し新鮮だ。
「まあ、上がってくれ」
由弦はそう言って愛理沙を家に招き入れる。
家に上がると、愛理沙は辺りを見渡してから一言。
「ちゃんとお掃除、しているんですね。結構なことです」
「まあ……さすがにね」
愛理沙に片づけて貰った部屋を汚すのは申し訳なかったため、由弦は毎日、部屋を掃除するようになった。
今日は愛理沙が来ることも分かっていたため、特に気合を入れて掃除をした。
「台所も綺麗ですね。……お料理はしていませんか」
「それは……うん、まあ、できないし。いや、でも、野菜は摂るようになった。コンビニのサラダだけど」
「少しは反省しているようで、良かったです」
生活習慣を改めたことにより、由弦が本気で愛理沙に感謝していることがちゃんと伝わったらしい。
感心感心、とでも言うように大きく頷いた。
「じゃあ、雪城の要望通りにゲームをやるか。で、何をやる? 見ての通り、いろいろあるぞ。この中にはないけど、パソコンゲームとかもやれる」
「うーん、そうですね」
愛理沙の翡翠色の瞳が、ゲームソフトのパッケージに吸い寄せられる。
複数のケースを手に取りながら、熟考し始める。
その後ろ姿はどこか生き生きと、そわそわしている様子だった。
どうやら本気で楽しみにしてくれているようなので、由弦は少しだけ安心する。
「じゃあ、これにします」
愛理沙が選んだのは、いろんなゲームのキャラクターがバトルロワイアルをするという、有名な格闘ゲームだった。
「良いよ。じゃあ、やろうか」
由弦はソフトを本体に入れて、ゲームを起動させる。
そしてコントローラーを愛理沙に持たせた。
すると愛理沙は……
「どうやって操作するんですか?」
少し困惑しながら尋ねてきた。
そもそも持ち方すらも覚束ない様子だった。
「あー、やったこと、ないか?」
「小学校の頃、一度だけ……同級生の家でやらせて貰ったことはありますが……」
「昔とは少し形が違うもんな」
由弦は愛理沙の手に触れながら、まず持ち方から教える。
愛理沙は真剣な表情でそれを聞く。
「と、まあ基礎的な操作方法はこんな感じ。あとはやっているうちに慣れるだろう」
「ありがとうございます」
早速、キャラクターを選択する画面に移行する。
すると再び、愛理沙が尋ねてきた。
「あの、高瀬川さん。使っちゃいけないキャラって、あります?」
「何だ、そりゃあ」
「小学校の頃の同級生は、その……そういう意地悪を……」
「小学生あるあるな感じだな。別に俺のモノだからって、そういう気は全然ないから」
「そうですか。……ところで、どれを選べば良いんですかね? 初心者向けとか、あります?」
「初心者向けかぁ……まあ、コイツとか?」
由弦も実はそんなにゲームをやる人種ではなく、このゲームは初心者だ。
そのため偉そうに愛理沙に教えられる身分ではない。
「そうだ。高瀬川さん」
「どうした?」
キャラクターを選択し終え、今にもゲームが始まりそうというその時。
愛理沙は真剣な表情で由弦に言った。
「手加減は無しですから。接待はしないでください」
「できるほど、俺も上手くないよ」
由弦は肩を竦めた。
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