第5話
部屋の石畳の上に転がる半死体。恐ろしいものを観るような片目。もう片方は腫れ上がって瞼など開かない状態。
「何をしに来たかなどは聞きませんけど、愚かな男ですねフローレ皇子」
パーティー会場にいた貴公子は私の部屋の石畳の上で無様に転がっている。
「馬鹿な男だ」
フローレ皇子は私の部屋へとやってきた。なにをする為にやってきたのかは、語る必要もない。
王妃の願いと自分の下種な趣味が合致して、周囲の召使いなどを遠ざけて部屋へと押し入った。
ベッドに押し倒して ”夫に相手にされなくて寂しいだろうからな” とか、素敵な台詞を吐いて下さった訳だが、部屋に私以外の人がいることに気付かなかったのは騎士として失格だろう。部屋には、少々訳ありの 《海の男》 が忍び込んでいた。
「全く。男が忍び込める隙のある部屋というシチュエーションを作るということは、逆もまたあり。本当に男がいる場合もあるでしょうに」
よく ”お腹の子は実は王の子ではない!” みたいな話が出るのは、この状況が原因。召使いや警備に金を握らせて遠ざけると、直ぐに忍び込めてしまう。
「あ……うぁ……お、おうひが……」
瞼は腫れて鼻の骨が折れてひん曲がって、腰骨を折られたフローレ皇子は瀕死者のような声を上げる。実際瀕死なのかもしれないけれど、同情してやる気にはなれない。
腰骨は真っ先に折られた。
ほら、私にのし掛かってる所に、鞘ごとクレイモアで殴られていい音したもの。
周囲に人が居たら覗きにくる位には、凄い音。
本当は周囲に人がいるはずなんだけど、フローレ皇子が ”私が泣いて助けを呼ぶ” ことを考慮して下さって遠ざけた結果、ここで自分が瀕死。
「ギル。皇子を仰向けにして」
海の男の名はギルバートという。
「ああ」
私は暖炉の傍から手頃な薪を持って近付いた。
「私の部屋に男がいたことを喋られると困るので、喉を潰させてもらいますね。それに、私が返り血を浴びていないとおかしく思われるので、頭部付近も殴らせてもらいますよ」
”まさか!” という表情をしたフローレ皇子の首に容赦なく薪の角を落とす。変な叫び声を上げた。まあ、まだこんな叫び声を上げられるということは、喋れるってことなので声が潰れるまで叩き潰すのに、女の力では苦労するなと思いつつ再び薪を構える。
「しゃ、しゃべらな……ぜったいい……わっ!」
「暴行しようとした男の ”ぜったい” なんて信用するとお思いで?」
何度か殴ったら声が出なくなった。
これで充分かしら? と思った所、ギルバートがフローレ皇子の指を掴み壁を滑らせて爪を剥いだ。突如上がる声。
「こいつ小狡いから、喉がいかれた振りしてるだけだ。もっと叩かないと声は潰れないぞ」
「ふう、大変です」
「や、……やめ……」
私は薪で再びのど仏を突いた。
その後、努力に努力を重ねて喉を潰しきりました。それまでに潰れたフローレ皇子の指は十本。全部潰れた。
このギルバートが爪を剥いだ指だが、女の力では不可能なほど上手に剥げているので、
「拷問は俺の得意だからな」
「変態ですよね」
私が潰したと偽装するために、踏んづけを開始。
すっかりと汗をかいてから、部屋のカーテンを外してシーツも外し、火を付けて窓から庭へと投げ捨てた。私の部屋から別の部屋へと向かうための通路には、フローレ皇子の部下がいる可能性もある。
その場合叫んだところで助けなど来るわけもないし、最悪殺されてしまう可能性もある。だが火事となれば、警備もすぐに気付く。
部屋から炎を大きくする為に、ドレスに香油をしみ込ませてまた庭へと投げる。
炎はかなり大きく燃え上がり、城は大混乱になった。
そして私は大広間にいる。瀕死のフローレ皇子と共に。
「以上です」
医師達が治療している脇で、私はネストール皇子と王妃に、フローレ皇子に襲われかけて撃退したことを告げた。
王妃の顔は真っ青で、中々の見物だ。
「まさかフローレがそのような事をするとは」
うわ、ネストール皇子こんな屑のこと見破れてなかったよ。
「信じないのでしたら信じなくとも結構ですが、私の部屋にいた事は事実です」
「信じないとは言っていない」
「言ってるんです。どうしてこういう人って、信じていないとは言っていないとか、言葉を濁すんでしょう。というか、貴方は私の夫だとこの頃言いますが、真の夫でしたらこの場合は私の心配をするのが筋です。貴方は一切私に対して労る気持ちなど口にしない。所詮貴方の中では、その程度なのですよ」
「今はそんな話をしている場合ではない」
「じゃあ、どういう話をするべきですか? 部屋にいた賊を必死に撃退した私を労りもせずに、ここから尋問ですか? これが貴方の愛しい、体の弱いアレナ嬢だったら同じ事をするのかどうか? 胸に手を当てて聞いてみたら?」
「お前は愛妾ではなく、皇太子妃だ」
「皇太子妃だと本当に思っていらっしゃるのでしたら、愛妾よりも私を丁重に扱うべきでは? 違います?」
感情論で大切にしたい女と、政治的な配慮で大切にしなければならない女の線引きくらい確りとして欲しい。
「……一言だけ教えてくれ。そしたら後は、ゆっくりと休むが良い」
また爺やの顔になったネストール皇子。
本当にこんな男のどこが良くて、姫達や貴族令嬢が騒ぐのやら。やっぱり皇太子だからだよね。
「何を教えろと?」
「フローレは、なにか言っていなかったか?」
私は王妃を見つめながら、笑って言ってやった。
「誰かに言われて来たようですが。殴っているときに、自分の身が危ないと、首謀者というか依頼者の名を言っていたような気もしますが、殴ることに必死で聞き取れませんでした。喉を潰してしまいましたが、治療すると喋れるようになるかも知れませんね。その時にフローレ皇子自身からお聞きになれば?」
王妃から視線を移し、まだ意識だけはあるフローレ皇子を見下ろす。
私と視線があったフローレ皇子は震えだした。全く、人を暴行しようとしておきながら反撃を食らって瀕死になって震えるとは情けない。
「そうか。今日は私の部屋で休むが良い」
「真っ平ごめんです。ネストール皇子の部屋で休むくらいでしたら、このフローレ皇子が治療している部屋で休んだ方がまだ良いと言うものです」
フローレ皇子が益々震えだした。殴りどころが悪くて死ぬのかな? 血涙まで出してるような感じ。
「おま……」
「それは言い過ぎでしたね。これっぽちも、そう貴方が私に向ける感情よりも僅かなくらいですが、言い過ぎたようですね。私は自分の部屋に戻ります。貴方の部屋で休むくらいなら、血だらけの部屋で休んだ方が良い。それでは」
「待て」
「なんですか?」
「邸に戻れ」
「は?」
「トレミーの邸へと一時避難しろと」
「馬鹿なんですね、ネストール皇子は」
この男は、本当に馬鹿だ。
「私はお前のことを心配して」
大体私は皇子に心配などしてもらう必要は無いし、心配にすらなっていない。
「馬鹿は一から十まで教えてやらないと解らないんでしょう。私はマデリン姫の代わりに貴方の妃となるために養女にされただけの女。貴方と結婚したらトレミーの邸に戻れる筈ないでしょう。私には戻る家などありません、娼館に売られた女と同じです。この城を出る時は、修道女になるか死ぬ時だけです。っとに、これだから好きな女が出来たら、前の女は実家に返したら大丈夫とか考える甘い男は」
「……」
「絶対に戻りませんから。貴方と私とでは覚悟ってものが違うんですよ。ここで血流して倒れている男も、陵辱程度で私が泣いて苦しむと思ったようですが、その程度の覚悟は出来ておりますし、その程度で引き下がる女だと誰かは勘違いしたようですが。元々好きでもない男に抱かれるために結婚した私は陵辱されに来たようなものです。それくらい理解していて欲しい物ですね、王妃」
ネストール皇子は両手で顔を覆って、頭を下げて小さな声で ”好きにしろ” と言った。やっと解放された私は部屋に戻って、血で汚れていない毛布を引っ張りソファーで体を伸ばし眠りに落ちた。
ギルバートは既に部屋にはいなかった。ちなみにギルバートとは……眠い……
†**********†
「どういう事?」
「言葉通りだ。何回も……で解らなくなってしまった」
「だって、ルイは先代メイヨー伯の祖父に似てるって」
「俺は先代メイヨー伯の叔父に似てるの」
†**********†
目を覚まし身支度を調えて、朝食の前に散歩をする。部屋から燃料を投げ捨てた庭の一角は、煤で黒くなっていた。
一人朝食の席につくと、ロイズスが青い顔で走り近付いてきた。
「バネッサ! 無事でよかった」
「朝ご飯食べてこなかったの? 顔青いよ」
性格の悪いトレミーの息子にも、優しいが芯のあるマデリン姫の兄にもみえない、気の弱そうな……いや気の弱いロイズス。
「君が心配だったんだよ」
芯は強くはないが、優しいのは確かだ。
「無事だったわよ。で、朝ご飯食べる?」
ネストール皇子と食事をするのは御免だけど、ロイズスとなら食事くらいはしてやってもいい。
「一緒に食べてもいいの?」
「構わないわよ」
ロイズスの語る所によると、フローレ皇子は今朝ベッドから落ちて冷たくなっているところを発見されたそうだ。
打ち所が悪くて、亡くなられたとのこと。
首謀者が殺すように指示を出したのは明白だったが、そこら辺に関しては私は首を突っ込まない。
ギルバートの事がばれなくて良かったという安堵だけ。
「それで、父上があの騎士をメイヨー伯の養子にして……」
「あの騎士って?」
「ジョシュ? とかいう、君の故郷の……」
トレミーのヤツ、ジョシュをルイの養子にしてマデリン姫を嫁がせてメイヨー伯を継がせてやる気だと聞かされた。
なかなかやるじゃない、トレミー。さすが年の功っていうべきか?
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