週刊雑誌なんていらない
光田寿
週刊雑誌なんていらない
* *
「私は、骨の髄まで、文学少女なのです。先生」
――
* *
嫌、止めて! あたしはその男を拒絶する。でもその男は力で手足を抑え、あたしのあそこに尖った肉芯を
* *
1
何かを忘れている気がする。あ、でも「お客様は神様です」って言ったのは、「こんにちは~」で有名な
お客様が神様だってのなら、あたしはそんな妄言を吐いた人に、
とくにこの夜勤のコンビニアルバイトでは。
まず
次に
あとはたまにご来店なされるバッカス
そんな邪神様たちがご来店するコンビニエンスストア、『フェアリーププラ』
うーん、自分で自分を誉めてあげたくなる。二十分も前に着くなんて、素晴らしき模範的な店員。
バックルームに入ると、店長の
「おはようございます」
「おぉふん……。あー、おはよう~~、やすみちゃん」
馴れ馴れしい! 下の名前で呼ぶな! あたしには
鏡の前で、Yシャツの
レジの中に入り、POS《ぽす》レジのセンサーで、自分の名札の裏についてあるバーコードを通す。画面に『勤務開始』という表示が出されるので、『確認』ボタンからの『OK』。レジの上の時間帯責任者の蘭に表示されている名前を確認。うんうん。
「おはようございます」
夜だろうと、
「おはよう、佐藤さん。今日の夜勤の
「え? ほんなん全然聞いてないですよ……。シフト表見る限り、
「なにがやかねぇ、
ゲッ!
「いやぁ、すんませんねぇーー! 本業の方で、仕様書変更が出たけん、遅れてしまいましたわ。おっと、勤務開始勤務開始っと……」
制服を鞄から出し、名札裏のバーコードだけ通す。
「おっ、今日はやすみんとやん。どうせ、夜勤は暇やきに、ミステリの話いっぱいしよね!」
こちらをニヤニヤ顔で見つめながら呟く。前言撤回、超小男で、気持ち悪くて、エラが張っているソフトモヒカンで、野球のホームベースみたいな顔の
2
「セッタちょうだい」「はい、セブンスターですね! ソフトの方でよろしいでしょうか?」「
……疲れる。いくら地方都市とはいえ、駅前高架下なので、大体、二十二時から終電が終わる、零時まではこんな感じだ。その間にお弁当、おにぎり、パン類、お菓子の検品を終わらせ、土曜日だと更にフライヤー、揚げ物の掃除や油を変える作業まである。女子大学生のあたしにやらせる業務じゃないわよ! なんて泣き
「やすみんってさぁー、ミステリ読みとして、
「い、いえ、あたしはどちらかというと、もっとマイルドなのが……」
「
「そ、それは、東野先生も読みますけど……ちょっと難しいがやないですかね」
「いやいやいやいや、いいよね! 東野圭吾! まず、俺が思うにあの先生の転換期は『名探偵の掟』やと思うがよ。あの中で科学捜査批判に対し、古典的探偵役は読者共に、意味不明な科学知識を披露したらいかん言う
あぁ、妥当なところをついたと思ったら、やぶ蛇……どころか何匹も
しかし、かくいうあたしも、なんだかんだでミステリは読んだりする、大衆文学、純文学も
3
光田の気持ち悪い喋りを聞かされつつ、こちらはこちらの作業をやる。発注業務は深夜の仕事。タッチパネルで操作する。フライヤーに水も入れた。完璧だ! お菓子類とカップ麺類があたしの担当だが、駅の改札構内に出来たライバル店の事も考え、少しだけ発注を少なくする。
地方といっても、市内中央の駅前で、かつ夜中でも人通りがあるし、二人の店員がいれば強盗の心配はあまりない。だが、別の心配事、それが中高生の子供たち、あるいは二十歳全般の大人に成りきれていない子供たちの騒音問題だ。午前一時ともなると、駐車場でバイクを吹かし、そこいら
「なんや、こらぁ! こっちは客やぞ! おどれ、この店の店員やろが。なんやねん、その口の利き方はよぉ! おら!?」
「そっちこそなんだこのヤロー! ダンカンこのヤロー!
「あ? お客様は神様です
えっ!? 何々? 急に店の前で喧嘩が始まった。あたしは発注業務を止めてレジ中に戻り、そっと外を覗く。自動ドアの前に、人が立っているため、ドアは開いたままで、外の大声が中にまで聞こえてくる。
あたしの嫌な奴パート2が仁王立ちになって、叫ぶ。
「おぉう、ほうやほうや、神様やのぉ。
み・つ・だぁ~~ッ! ビートたけしのものまねをして相手を挑発している。馬鹿じゃないの!? こういう時は、すぐさま警察やセコムに連絡しなければならないのに! あくまで店側として呼んだのではなく、近くの交番から巡回と
「おぅ、おどれ名前なんちゅぅんじゃ、こらぁ……。俺らぁ、言イちょくけんども、彫りもん入れた知り合いもおるがやきになぁ。ほんなに店の外で騒がれるん嫌ながやったら、ほの友達連れてきて、店ん中ん方で暴れちゃるぞ? おぉ?」
「ほぉーー
何を意味分からない事言っているの、あの馬鹿は!
「あぁ? 意味分からん事言うなや!」
ここはあちらに完全同意でございます。輩がまくしたてる。
「のぉ、わかっちょるんやろ? おどれ、店員やろ。バイトか? おどれ何歳や?
ブォンブォンブォーーンッ。
あーもう、低俗だけど、あぁいう輩はこういうの時に限って頭が回る。『誠意』ってのは要するに『お金』のことだ。金銭をそのまま要求すると、それは完全なる脅迫になってしまう。そこで『誠意』なんて言葉を持ち出せばこちら側には何もできる手立てが無いのを知っているのだ。脅迫罪では無く、強要罪と言うのを知らない
「おっしゃ、これで強要、脅迫罪成立やな」
ソフトモヒカンの頭をボリボリ掻きながら、光田が言う。
「あぁ?」
「
そう言うと光田は制服のポケットから何かを取り出した。遠めにそれがICレコーダーだと分かった。わざと相手を挑発させ録音していたのだ。監視カメラも入り口についているが、音は録音出来ない。光田に絡んでいた男の顔がサッと青くなるのが分かった。取り上げようとすると、光田は更にICレコーダーに取り付いたコードを取り出す。その先には携帯電話が付いていた。
「あぁ~、あと最近の機器は便利やからなぁ、携帯電話一つで全世界に向けて、音を配信できるきにね。最初から最後の脅迫まで、おどれの声がUstream(ユーストリーム)で配信されちょるから。YouTube(ユーチューブ)、ニコニコ動画、mixi(ミクシィ)にFacebook(フェイスブック)、後、Twitter(ツイッター)……。まぁ、体は新しくても頭がアウストラロピテクス並の疫病神様方は、電子機器に
光田に絡んでいた男の顔は完全に青くなっている。
「……お、おンしゃぁ、覚えちょけよ」
「悪いなぁ、覚えるんは得意ちゃうんよ。物忘れ激しいきに。まぁ、このICレコーダー君が全部覚えてくれちゅぅやろうけどね。特定の作家の馬鹿評論録音しちゅぅより、全然ええやろが」
そんな言葉を聞いた男は、青くなった顔でも、
「ちょぉ、光田さん、何をしてるんですか? ほんなことしたらこの店、いいえ、全フェアリーププラ、そのチェーン店の信用まで失ってしまうんですよ! コンビニのソーシャルネットマニュアルにも反しちゅぅのに! 確かにあっちが悪いかもしれませんよ。でも、一店員がネット配信なんて! 本部にクレーム入ったらどうするんですか!」
「お~ぅ、やすみぃん」
急にねっとりとした声に変わる。気持ち悪い。
「いやぁーバイトの鑑やけんどもね、俺がほんな危ない橋を渡る人間に見えるが? 見てみぃよ、これ」
先ほどのICレコーダーだ。が、レコーダーの後ろにはセロハンテープが巻かれ、携帯電話の……充電コードが貼ってあるだけだった。
「もちろん、アイツらの声は録音したけんども配信なんかしちょらんわ。大体、iPhone(アイフォン)ならまだしも、俺のこの古臭い
げらげら笑った。あたしはハァ……とため息をつくしかなかった。
4
先の騒動から、一時間半後の午前三時半。この時間帯になると、辺りは静まる。夜の帳が建物、いいえ、東平市全体を覆う。ここで行うのがフライヤーの油を変える仕事だ。汚い先週末の油を洗い流し、新しい油を注ぐ。
あたしは油の代わりに水をやってんだけどー。それが完了した時点で、書籍類が到着する。あたしと光田が本棚に並べる。週間の漫画雑誌は売れ行きが良いので、全面展開でいいのだ。
さて、ここで登場するのが、謎の男である。彼は本当に謎なのだ。漫画雑誌、コンビニ本、週刊誌、その他もろもろを並べ終えてレジに戻った瞬間、毎週、この土曜日、この時間にご来店されるお客様なのだが、まずその異様な格好に目を見張る。ロングコートを着ているのは、今が十一月だから分かるとして、ハンチング帽を目深に被り、口元はマスクをしている。ご来店し始めたのは先々週のこの土曜日からだ。あたしは最初見た時、強盗だと勘違いし、思わずレジ下のセコム緊急通報のボタンを押してしまいそうになった。だが、おかしなのは格好だけでは無い。その行為にある。
彼は来店と同時に、ある漫画雑誌を取りレジに持ってくる。あたしが清算を済ませ、隣で光田が袋に入れる。「ありがとうございましたー、またお越しくださいませー!」ここまでは良い。
だが、店を出た瞬間、漫画を袋から出し、手に持ってゴミ箱の前まで移動する。何をしているのだろう、と最初は興味本位で見ていると、なんと『もえるゴミ』と書かれたゴミ箱の中に速攻で捨てちゃったのだ。
先週も全く同じで、おそらく今週も――――彼が外に出た瞬間、ゴミ箱に速攻で捨てた。やっぱり! 三週連続で同じ曜日に週間漫画雑誌を捨てる男。気持ち悪いパート3――。その男はそのまま駐車場を歩き、深夜の闇に消えていった。
「来たな……来たで、来たでこれぇ!」
光田がはしゃいでいる。
「日常の謎やな。あの風変わりな男は、なんで買ったばかりの漫画雑誌を捨てていくがか? やすみん、一緒に考えてみぃひんか?」
え? 何、何? 急に真剣な顔になっている。張ったエラの辺りを右手で触りながら、じぃっと考えている。そんな顔も気持ち悪いけど。
「確かに日常の謎かもしれませんけど、ほういうの、やっぱりあきません。だって、お客様のプライバシーですよ」
「ふーん、要するにあれやながやな。俺ややすみん、一店員目線で考えるから謎になっちゅぅんよなぁ……。謎の全体を見下ろしながら考えれりゃぁいいと思うわ」
聞いてないのかよ! しかし気になるので一ミステリ読みの
「謎の全体というのはどういう事ながですか?」
「例えば、あの客がここ数週間同じ日に買いよる雑誌。週間少年雑誌やろ。こういうのは大概、読者アンケートっちゅぅもんがついちょる。分かりやすい例で言うちょくと、アンケートが高い順に掲載順も決まって低い奴から切り落とされる、つまり打ち切りちゅぅやつやね。『バクマン』読んでのぉてもそれくらいは知っちゅぅやろ」
「まぁ、読者アンケートが悪かったら打ち切りって言う出版業界のドロドロ事情は知っていますけど」
「昔は『アウターゾーン』以降やったけんども、今の指針は『こち亀』より後ろかどうかが危ないラインやな。『ジャガーさん』は別としてやで。あぁーそれよりもミザリー可愛えかったわー」
「光田さん、話が脱線していますよ」
「脱線が本線やから。まぁ、ほいでや、あの客の知り合い、あるいはあの客自身が新人の漫画家で、やっとその週間雑誌に連載が決まったとするわな。と、なるとやっぱり気になるんは読者アンケートっちゅぅこって、自身が漫画雑誌を購入してアンケートハガキだけ破いて、今週から始まった○○っていう漫画面白かったですぅ~なんて備考欄に書いて出版社に送りつけよるという寸法や」
……意外だ。さすがにミステリ読みだけあって、結構、論理的な帰結ではある。だが、それだとすると腑に落ちない点が一つだけあるのも事実なのだ。あたしはそれを光田に糾弾する。
「でもたった一冊ですよ。雑誌にはたった一枚のアンケートハガキしか付いてません。それやったら、同じ週刊誌を何冊もまとめ買って、言うならば大人買いですけど……そうした方が
「だから、やすみんは一店員目線として見すぎなんやって。ほんなん何冊も同じ雑誌をレジに持っていっきょったら作者としては恥ずかしいやん。どれだけ顔隠しちょっても、いつかは店員側に気づかれるがかも知れんがやんか? 今の俺らみたいに。ほやから、この東平市内中心部のコンビニや本屋全店を周って
「え? この近くのコンビニ全部であんな怪しいことしてるわけですかぁ?」
狂気だ。
「そうそう、だからほかのコンビニでも噂になっちゅぅはずやで。同じように」
うーん、中々説得力のある想像かもしれない。あ、駄目だ駄目だ、この気持ち悪い男の口車に乗せられるところだった。新人漫画家が読者アンケートのためだけに何店舗も周り、同じ雑誌を一冊買っては、アンケートハガキだけを取りそのままゴミ箱行き……となれば物的証拠が重要になってくる。
あたしはレジから出て、自動ドアの前に立つ。「ウィーン」と開くと、寒気が襲ってくる。肌寒くなっている外へ駆け出し、ゴミ箱の前に立つ。少し悪臭が漂うがゴミ袋交換に比べればなんて事は無い。ゴミ袋の中から、先ほど男が捨てていった週間漫画雑誌を手に取り、ペラペラと捲る。最後のページ。読者アンケートはがきは確かにその部分に糊付けされていた。かくして光田の推理はあっけなくも崩壊したのであった。ざまぁみろ!
5
「よし、リベンジ! じゃぁ、こういうのはどうよ。あの客の狙いは、アンケートハガキでは無かった。漫画の表紙、あるいは目次の作者たちの言葉、あるいは勃たないので、バイアグラな薬の広告をやね……」
あたしは男が捨てていった漫画雑誌のページを全て見せてやる。表紙、目次、作者の一言、最後の怪しげな広告、一ページも切り取られていなければ、何かが抜き取られているわけでも無い。
「大体、その光田さんの推理は穴だらけなんですよ。ある特定のページや表紙を見たいならば、別に買う必要無く、立ち読みでも充分やないですか。あたしは本では無く、捨てるという行為自体に目的があるがやないかと思うんですけど」
「俺もやすみんに好意はあるし、行為はしたいがよ」
くだらないセクハラ駄洒落を無視して、話を先に進める。今度はあたしの番だ。
「まず、あの男の人が犯罪を企んでいたとするでしょう。犯罪の種類は何でも良いんです。詐欺でも……あるいは殺人でも」
「やすみん、中々良いミステリ読みになってきたね。いきなり出る犯罪が詐欺、殺人て」
「あくまで計画です。そこで本を捨てるというのは一種のアリバイ工作なんじゃないかなぁ……とも考えられるんです。ほら、ミステリでよくあるがやないですか。目立った行動を取って、後で警察の調査が入った時、あの時間帯は、あの場所で、あぁいう事をしていました~ってやつ! あの男の人にとっては、それが本を買い、すぐ捨てるという目立つ行為やったわけです!」
「アリバイ工作説は面白いけんども、やすみんの推理にも穴がある。まず、俺が犯人で、アリバイ工作をするとしても、わざわざ毎週毎週来て、あんな回りくどい事はせん。なんでか言うたら、コンビニには一番の必需品とも言われる監視カメラがあるやん。あいつが警察に疑われ、その時間帯は毎週、駅前のコンビニに行き、これこれこういう行動を取っていましたと証言する。その後の警察関係者は裏取りが必須になるがやん。――警察が正しいと判断できる証拠を集めること。ほいたら、一番最初に店長にカメラの映像の提出を要求するやろね。店員のあやふやな証言よりも、れっきとした映像が残っちょるんやからね」
ぐぬぬ。光田の言う事は、確かに正論だ。アリバイ工作が必要なら、怪しい行動自体をアリバイに利用するのはあまりにも綱渡りだからだ。だが、まだあたしは諦めない。何とかもう少し……。
「で、でも、映像証拠はもちろんですが、あたしたち店員の証言で証拠をいくつも補強するとか……」
「ほれやったら、毎週ご来店なされて、本を捨てていくなんて怪しい行動をするかねぇ? 俺が警察やったら、そいつのアリバイを確認した時、本を捨てておりましたなんて証言する奴は、真っ先に疑うな。行為自体が怪しすぎる。ミステリ脳かもしれへんけんどもさ、一般人からしても、そんなもん何かあると思うで。現に今こうやって、謎として提出されちゅぅんが事実なんやからな」
かくしてあたしが考えた推理も、根本部分から破壊されたのであった。アリバイ工作説、中々良い線をいっていたが、まさか目の前の気持ち悪い男に否定されるとは、正直悔しかったりするのだ。そんな気持ち悪い男が後を続ける。
「アリバイやのぉて……物理トリックがやないかな。ほいて、あの男は犯人では無く、被害者。正確にはこれから殺される予定の人物……。ゴミ箱の中に小さい
光田が言いたい事が大体分かった。分かりたくも無いが分かってしまった。
「ほいで、本を捨てる。ほいたら、本の重みで梃子が傾きビヨーンとナイフが飛び出し、あの男は死ぬ! どや!」
「特定の雑誌を買う意味がありません。普通の重しで充分です。ナイフがゴミ箱の穴から飛び出すなんて何万、いえ、何億分の確立です。プロバビリティーの犯罪に
速攻で多重否定。あぁ、なんて素晴らしき頭脳の回転率。目の前の馬鹿とは違うのだ。しかし、行き詰った。ん? プロバビリティーの犯罪? 何か思ったかしら。
いや、今まではあの男の行動自体に意味を見出してきた。では、行動が別の部分にあると考えればどうだろう? もっと単純に……例えばレジの会計だ。動機は……考えたくは無いが、あたしが美しく惚れているので毎週レジに持ってくるとか? 駄目だ。毎週、同じ雑誌という部分に意味がいき
結局そんな推理合戦をしているうちに、東の空が微妙にだが明るくなってきた。早朝五時半、そろそろ始発が動きだす時間だ。東平市から高知市内へ行く客、逆に夜の仕事のために駅で降りる客でごった返す時間帯が近づく。なんだか今日の夜勤は色々ありすぎどっと疲れた。あとやっぱり何か忘れている気がする。
6
女子大生でも少女を名乗ってよいのか? コンビニ夜勤上がりの、あたしは、歩きながらそんな事を考えていた。世間一般が言う、少女なんてものは精々、高校生までだろうと考えたところで、ふと気付く。昔読んだ、モンゴメリの『赤毛のアン』はどうだっただろう? アン・シャーリーは孤児院から出て、大学に行き、結婚までする。『アンの娘リラ』では、娘まで生まれその娘が主人公となっていた。あのねのね、あのねのねをあんねに変えたらアンネになる。アンネがなければできちゃった。
しかし、あたしの目に映った彼女はどこまでも少女だった。少し前に見た『アメリ』という映画でも大人の少女が描かれていた。現実のアメリ・プーランは既に喫茶店で働いている。演じていた女優の名前は忘れたが、公開当時、二十五歳だったとメイキングで語っていた。
週間漫画雑誌を捨ていく人の謎は今でも分からない。考えているうちに――いきなり後ろから押さえつけられた。口を塞がれる。
――――誰!
あたしの目に映ったのは、空だった。冬の早朝六時過ぎの暗い空。力づくで抵抗する。足と手は数人の男によって、押さえられていた。連れ込まれる。目に金網が映った。人気の無い駐車場だ。力づくでは勝てない。えっえっ、夜中に来たの輩共?
――――やめて!
やがて抵抗する気力も失った。
――――やめて! やめてよぉ!
「大人しぃしとおせ、こんガキゃぁ」
耳元で呟いた男の声。聞きなれた声。フゥっと耳元に息がかかる。臭い。
「まぁまぁ、これから
――――やめて! お願い!
目の前の男は見覚えのある顔だ。嗚呼。
「分かっちょるやろが? おんシゃぁ、これからされることをバラしたりしたがぁしたら、今から
男は指を舐める。チュブチュブという嫌な音が、あたしの耳に残る。
「へっへっへ、これで
指が――あたしの秘所に入るのが分かった。挿入されているという感覚だけを理解する。周囲の男共が、自身の体をその手で触り、その指で揉まれる。
なんでこんな時間に。冬の空は
――――普通こんなのは夜中なんじゃないのかなー。
自分でもつくづく間抜けだと思う感情だ。アゴを上に向けられる。何か、熱い物が自分の下半身を突いている。
――――臭い。
――――痛い。
――――熱い。
「次は後ろやわぇえ! 尻穴も責めちょかんとなぁ!」
――――。
おぞましい男根が既にそそり立っていた。上下の歯がカチカチと音を立てている。胃の中身が逆流しそうになる。そしてあたしは――。
* *
「ほんでね、俺が考えてきたんがわよ! あの男はきっと気まぐれで捨てていっきょったんやないがかとねぇ!」
やっぱりうっざい今日も光田が捲し立てている。アレ? 私なんか忘れる? 昨日の記憶が無かった。まるでお酒でも飲んだみたいに、記憶がプッツンと飛んでいる。
「はぁ、気まぐれで済むなら毎週、同じ週刊誌を買いませんよ。それに本が到着する時間覚えてて一番最初に買っていくお客様ながですよ。もぉ、頭が痛くなるので黙っててください」
「酷いなぁ、やすみ~ん」
「そうそう、やすみちゃん」
嫌な奴パート2の隣には嫌な奴パート1がいた。そう村下重雄、店長だ。今日は本部からの通達があるらしいので深夜まで残っているらしい。あーやだやだ。でもなんだろうこの記憶。
「光田くーん、フライヤーの油変えておいてー」
「えー、たまには店長が変えてくださいよー」
そうだ、お前が返るべきだ。二度と社会復帰できない顔にしてやる。記憶が無い。あたしは、気持ち悪い奴パート1にそう願う。
いつもの時間がやってきた。光田と一緒に、週刊雑誌を並べていると、その男があたしの前にやってきたのだ。そして、ハンチング帽とマスクを取り、コートを脱いだ。少し背丈が長いのはシークレットブーツを履いているからだとすぐに分かった。男ではなく少女!?
「私は
と目の前の紺色のブレザーの彼女は言った。姫カットで、前髪は整えられている。髪の毛は腰まで有り、顔は化粧をしていないが白い肌だ。一体何なのよ。訳が分からない。光田と私は二人で目を見合わせた。
「え、ちょぉ待って。君ぃ、歳、いくつなん?」
「十六歳です」
「いかんよいかんよ、十六歳の女の子がこんな夜中に歩いちょったら」
「女の子ではありません、ブンガク少女です、光田様」
「えっ、なんで俺の名前を!」
「胸のプレートを見たからです」
さすがの光田も困惑している。ざまぁみろ! しかし怪しい。紺色のブレザーのせいか、冬の闇に馴染んでいる。ちょっと怖い。
「私がこれから話すことは、想像です。私はミス・マープルでも
え……。目の前の少女の言っている意味が分からなかった。でも脳のどこかで危険信号が鳴っている。
横を見ると重浦店長がガクガクと震えていた。
「一から説明しましょう、というか空想ですが。貴方は強姦をされたのです。でもそれが段々と快楽に繋がっていった。レイプこそが気持ち良いんだと。そして、それを成し遂げた人物、一人います」
何を言っているの? この
「そう、やすみ様を強姦したのは暴走族の輩でも誰でもありません。黒幕、いえ、犯人は店長の重浦様貴方です」
あたしは何を聞いているのか分からなくなった。店長の重浦が犯人? 意味分かんない。重浦は指さされたのか今度は膝から崩れ落ちている。
「貴方は無意識のうちに、強姦された事を忘却してしまい、また無意識のうちに重浦店長を殺す犯罪計画を立てていたのです」
あたしが無意識? 何、この記憶は。犯される記憶。臭い、熱い、痛い。何これ。アイツを殺してやる。何、これ? この感情は何なの?
「全てはあの重浦が暴走族の輩たちを集めて練った計画でした。でもやすみ様、貴方はその記憶を封印してしまった。でも心の奥底で重浦を殺そうと考えた。そう、フライヤーの油を水に変えて、火傷をするように」
何を言っているの? 目の前のこの少女は何を言っているのだろうか? 嫌な思い出が蘇らされる。脳の片隅から何かがドボドボと落ちる音がする。
「ちょちょちょちょ、ちょぉ待ちぃな、ブンガク少女ちゃん。フライヤーの油を変える確率は確かに店長が高いけんども、俺が返るときもあるがよ?」
「フライヤーの油を変えるのは誰でも良かったのです。光田様でも誰も。ただその装置が発動するのが重浦の時がやすみ様には一番都合が良かった。そう、週刊雑誌が発売される土曜日のこの時間帯、店長がいるこの時間帯が一番良かった。いつもは土曜日、私はここにいますからね。週刊雑誌を買い、そして捨てに……」
あたしの記憶はどこだろう。あたしはどこにいるのだろう。重浦は「ひぃぃぃ」といって頭を抱えていた。あの薄い頭を。
「フライヤーの油は高温です。それを変えるとき、水が一滴でも入ったら……もしそれが顔にあたったら一生の傷物ですし、目に当ったら失明も免れません」
この少女は全てを知っているんだ。それであたしを壊そうとしている。
「その
あたしの中の何かが崩れていく。この少女の推理はあたしを壊そうとしているの? そう、あたしは高校の時、
「でも貴方は違いましたよね。ここからは推理では無く想像であり、空想です。貴方は顔に何か傷を残したいと思っていた」
そうだ。
「顔に傷を残す事で将来、その傷を見た時に過去の過ちを思い出すのでは無いかと言う歪んだ感情を持っていた」
そうだ。目の前のブンガク少女の想像は当たっている。あたしは、今レジの横で震えている重浦に仕返ししてやろうと思っていた。二度と世に出れない顔として、二度と社会復帰出来ない体にして仕返しをしてやろうと。記憶がよみがえってくる。
「私は、やすみ様が事件を起こす前に止めるべき処置を取りました。それがあの変装して、週刊雑誌を捨てるという行為でした。忘却の彼方にある貴方の記憶、そして、雑誌を捨てた事を忘れるという私の行為。これらを照らし合わせて、貴方の犯罪を止められると思っていました」
周囲の景色がぐにゃりと曲がる。目の前の少女が恐ろしい化物に見えてきた。
「先にも言いましたが私は、名探偵ではありません。むしろ事件を未然に防ぐために
ここに現れていたのです。ロシアの哲学者、プッフェ・ルンダー曰く、本を捨てるという行為は、誰かを止めるという行為……。あれこそが、自分を捨てるという行動を抑える抑止力になるのでは無いかと思い行動をとったのですが、どうやら無理だったようですね。ご愁傷様」
そういうと、少し憐みの目をした、ブンガク少女は本棚の前から消え、自動ドアを開け出ていった。そのまま夜の帳に消えていった。やっぱり暗号物は苦手だ。
あたしは喉から乾いた笑いしか出なかった。アハハハハハ。
<了>
週刊雑誌なんていらない 光田寿 @mitsuda
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