第五話、京都旅行
お盆の時期になり、父もしばらく休みとなった。それぞれの祖父母のもとへ帰省し、お墓参りに行ったり、
『お盆の翌週、京都旅行の二日前。
久しぶりに梔子の花畑のところに行こうと誘われた。』
夜遅くの時間。窓の外は真っ暗。ただ、月が出ていて明るかった。くっちゃんは、窓を開け、夜空に向かって両手をまっすぐ広げた。
すると、梔子の匂いがやってきた。初めてあの場所に行った時みたいに。突然、くっちゃんが僕をやさしく抱きしめた。前から、僕をやさしさで、あたたかさで、
「?」
時間は思っていたよりもずいぶんと短かった。
「さあ、行こう」
くっちゃんは、僕の手を取り、窓から飛び出した。
「うわぁ」
飛んでいる。僕は今、宙に浮いて、飛んでいる。彼女が僕を抱いたのは、そういうことだったのか。なんだか、ピーターパンみたいだ。ピーターパンのように、空を飛んでいるのだ。
「アイ・キャン・フライ! ……あ」
そうだ、窓を閉めなきゃ。
「ねえ、窓閉めてきていい? 開けっぱなしだと虫が入ってきちゃう」
くっちゃんに言い、窓を閉めに行った。
「……せっかくの良い雰囲気が」
くっちゃんは、しょんぼりと言った。
気を取り直して、森の方へ向かった。匂いがみちびいてくれるので、問題はなかった。今夜は月がきれいに輝いていた。満月ではないが、十分にきれいな光を放っている。こんな遅い時間にも、走る車がけっこうあっておどろいた。みんな、寝てないのかな。それと、自分たちのことを見られていないか心配だった。空を飛ぶ人間なんて、
花畑に到着した。そこだけ木々がないので見つけやすい。
ひさしぶりの花畑。夜に来たのは初めて。真ん中の木からは、ほのかに光が放たれていた。
「なんか明るい」
「わたしの母体の木は、ほのかに光ってるの。これは特別な木だからね」
今日もきれいな花が咲いている。だが、前よりも、どこか変わっていた。
「……花が、黄ばんでる」
一部、
あの真ん中の木───くっちゃんの母体の木も、まだほとんどが白さを保っているが、永遠にはもたないだろう。……でことは? あの母体の木の花が、すべて枯れてしまったら?
くっちゃんは。どうなるの? 僕の頭の中には、最悪な言葉が浮かび上がった。い、い、イヤだ! そんなの、絶対にイヤ。
彼女を見た。彼女はかすかに笑顔だった。僕はそれが、悲しい笑顔に見えた。僕は聞きたくなかったことを聞いた。
「くっちゃんは、あの母体の木の花が、全て枯れてしまったらどうなるの?」
予想づいていた。でも、僕はそれを信じたくなかった。この問いを言っていて、悲しくなった。泣きたくなった。
くっちゃんも、それを察したらしい。
「
知っていた。もうなにも思わなくなった。直前までは悲しかったり、泣きたくなったりしたが、いざその時を迎えると、何も思わなくなる。不思議なことだ。しかし、今の僕にはどうでもいいこと。
「でもね。わたしはまだ生きてる。重く受け止めないで。まだ時間はある」
「うん」
そうだ。くっちゃんはまだ生きてる。生きているのだ。それだけを考えればいい。
今日は待ちに待った二泊三日の京都旅行。京都へは、新幹線で行く。父、母、子供たち用の三つのキャリーケースを父と母とろうが引いていく。僕はついとつねの
移動中の新幹線の中で、ついとつねがどこに座るかで
二人とも僕がいいと言って揉めていた。ジャンケンをして勝ったのはつい。つねはろうの上に座った。もちろん、不満そうだったが、しぶしぶ、ろうのところに行ってくれた。
そんなトラブルがあったが、無事に京都に到着した。京都は都会だった。
まず最初に、
次に岩清水八幡宮。そこは山の中にあり、そこには専用の鉄道に乗っていく。仁和寺ではずっと立ちっぱなしで、歩きっぱなしで、足はパンパンになっていた。家族と離れたところに座り、くっちゃんと外の景色を見ていた。
「わぁ、すごい」
青々とした木々の中を走るこの鉄道。見えるのは木々の緑のみ。だが、それもまたいい。落ち着く感じだ。
「でも、昔はすべて歩いたんでしょ? すごいな」
もちろん、鉄道などなかった時代は、八幡宮のある山の頂上まで、徒歩で登っていた。今の僕の足では考えられないことだが、岩清水八幡宮は、人気のお寺だったので、たくさんの人が来ていた。その中には歳を取った
頂上へ到着。
「よっしゃー、岩清水八幡宮だー」
僕のこの気持ちは、現代の子供には珍しいものだろう。それは、大変な道のりを歩いた当時の人たちの気持ちのようだった。
徒然草の和尚さんが果たせなかった目的を僕は果たすことができた。生で見た岩清水八幡宮は、とても派手なところだった。鮮やかな赤が目立つ。とても
お寺や神社をめぐるのは、とても体力のいることだと実感した。
その夜。翌日行く清水寺に近いホテルに泊まった。家族のみんなが眠ったのを確認して、僕は起き上がる。カバンから、くっちゃん日記を取り出した。そして、今日の出来事を書きとめた。……ダメだ。どうしても、思い出してしまう。くっちゃんとのことを思い出して書いていると、彼女と一緒にいられる時間はもう、そんなに長くはない。そういうことが、頭の中に出てきて悲しい。
「ゆうくん」
ハッとした。あわててこぼれる涙をふいて、彼女の方を見た。
「何、書いてるの?」
「日記だよ。夏休みの」
最後の丸を書き終えると、すぐにノートを閉じてカバンに入れる。
「さ、早く寝よ。おやすみー」
と言って、ベットにつく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。