第四話、家族の日常

 『……この日は、ろうの野球の試合。』


僕たち家族も送迎アンド応援で一緒に行く。今回は特に重要な試合でもないが、我が弟ががんばる姿を応援するのが、兄弟、家族というものだ。全力で応援する。

「よーし、がんばるぞー!」

「なんか、まるで、ゆうくんが試合に出るみたいね」

 いつの間にか肩の上にのっていたくっちゃんが、言った。彼女は、前に初めて僕の家に来たとき以来、ずっといる。家族にバレてはいけないから、小さい姿でいてもらっている。小さい姿もかわいいが、もともとの姿の方が好きだった。まあ、しょうがない。

「そりゃあ、だって、弟の貴重きちょう舞台ぶたいを応援しに行かない兄がどこにいるのさ」

「ゆうくんは、弟思いの素敵なお兄ちゃんだね」

「えへへ、ありがとう」

 強烈きょうれつな気合をこめて、お気に入りのキャップをかぶった。よし。


 試合会場に到着。ろうはすぐにチームメイトたちのところに戻った。それほど大規模だいきぼなところではなく、公園の中にある野球場。観客はそれなりにきていた。選手の家族とかだろう。

「けっこう、人がいるわね」

 くっちゃんは、想定外の人の多さだったようで、驚いていた。

「家族とかじゃないの。我が子のがんばる姿を応援するのが家族の役目だからね」

 さあ、がんばれ、ろう。


 試合が始まった。ろうはショート。チームのキャプテン。僕やつい、つねは、全力で応援の大合唱。それに応えたかは知らないが、守備、攻撃と絶好調ぜっこうちょうで、見事チームに勝利をみちびいた。僕らは、大熱狂だいねっきょう。のどがぶっこわれそうになるくらい叫んだ。そのあと、声がひんし状態になり、悪い魔女のようなガラガラ声で、ろうやくっちゃんに大爆笑された。


その午後。僕とくっちゃんで、近くの河川敷かせんじきに行った。人の姿はなく、僕とくっちゃんだけだった。

「くっちゃん、もとの大きさに戻ってよ」

「え、いいの」

「うん。ここは人いないから大丈夫。たまにはあの姿のくっちゃんもみたいし」

「わあ、うれしい。わかったわ」

 そう言うと、くっちゃんは、まばたきをする間に通常の大きさに戻った。僕よりもうんと背が高く、すらっとしていて、きれい。いくつか歳上のお姉さんだ。梔子を思わず純白じゅんぱくの肌や髪、ひよこのような無邪気むじゃきな黄色い瞳。その美しさに見とれてしまう。彼女はきれいだ。やっぱり、このくっちゃんの方が好き。

「さ、行こ」

「あ、うん。向こうの方にシロツメグサがあるから、そこに行こう。ステキなかんむり作ってあげる」

「え、冠!?  やったー」

 僕は、花をでるだけでなく、花を使って工作するのも好き。シロツメグサの冠は、何度も作ったことがある。今回もそのようにシロツメグサをんで冠をつくる。

ただ、くっちゃんは白いので、白いシロツメグサだけでは、あまりえない。だから、そこら辺に咲いていた、赤、青、黄など、さまざまな花を加えた。それによってより鮮やかな冠ができた。できた冠をくっちゃんの頭にのせた。

「どう? 似合う?」

「うん。完璧だよ」

 と言うと、彼女は「ホント!」と、はじけた笑顔をみせた。

サイズもぴったりで、鮮やかな花たちが見事に映えている。彼女のはじけた笑顔を、僕は持ってきたカメラで彼女の姿をおさめた。

 ばっちり!

「すっごい、かわいいよ」

「えー! わあ、ありがとう!!」

 かわいいと褒められたくっちゃんはとてもうれしそうだ。そんな彼女を見ている僕もうれしかった。


 この写真は、この出来事を書いたとなりのページにった。


「ゆうくんのお父さんとお母さんは、普段何してるの?」

 くっちゃんがこんなことを聞いてきた。

「お父さんは、いつもは会社で働いてるよ。休みの日は、僕や弟たちの相手をしてくれるよ」

「なんか、趣味とかあるの?」

「写真かな」

「写真?」

「日本の観光地とか絶景の写真を撮って、それを見せるの」

「へー、いろんなところにいくんだ」

「そうだよ。たまに会社を休んで行ったり、正月やお盆とかの休みのときに行ったりするよ」

「へー、すごい。いいな」

「今度のお盆も行くよ。京都の方」

「ゆうくんも行くの?」

「もちろん。家族みんなで行くよ」

「それ、私も行っていい?」

「まぁ、いいよ」

「やったあ! あ、そうだ。お母さんは?」

「お母さんは、漫画家だよ」

「へぇー、どんな漫画を描いてるの?」

「僕ら兄弟をモデルにした漫画を描いてるんだよ」

「へえー、人気なの」

「うん。けっこう人気あるらしいよ。僕は読んだことないけど」

「そうなんだ。私、読んでみたいな。ゆうくんのお母さんの描いた漫画」

「家にあるのかな? 聞いてみよ」


 僕らは、母が作業している部屋に行った。

 ドアを優しくノックする。

「お母さん。入っていい?」

 と、声をかける。

「いいよ」

 返事か返ってきた。そっとドアを開け、中に入った。

 母は、作業を一旦止めて、僕の方を向いた。

「どうしたの」

「ふと気になってさ、お母さんの描いた漫画って、うちに置いてあるの?」

「あるよ。この本棚に置いてあるでしょ」

 母が指した本棚には、母が描いた漫画が並んでいた。現在、母が描いているのが、僕らを題材にした作品。

「これ、読んでもいい?」

「いいよ」

 許可がおりたので、一話を取り出して、持っていく。すると、くっちゃんが何か気になった様子。

「……どうしたの?」

 母にバレないように、小さな声で聞く。

「え、板に漫画描いてる?」

 どうやら、紙にではなく、タブレットに描いているのが不思議に思ったのだ。

「あの板はタブレットっていって、絵を描くことができる機能があるの。それを使って、漫画を描いてるんだよ」

「へー、紙じゃないんだね」

「タブレットの方がラクだからね」

 それを言ったのは母だ。一瞬、気にならなかったが、しばらくして、その状況を理解した。

「……えぇ」

 困った。あっさり気づかれてしまった。母は何事もなかったかのように話していたが、ものすごく不思議な子だなって、驚いたりしないのだろうか。そんな様子はすこしも見えない。

 戸惑う僕にくっちゃんはこう言った。

「バレちゃったし、あきらめるしかないね」

 と。誰にもバレないようにしたかったんだけど。

 くっちゃんは、僕の肩から降りて、もとの大きさになった。

「うわぁ、すっごいきれいね。かわいい」

 大きさが変わったくっちゃんを見ても、おどろいたりしなかった。

「おどろかないんだね」

「私、こういうの大好きだから。山ほどみてる」

 なるほど。母は超人ちょうじんが出てくるような漫画が大好きだから、くっちゃんみたいなのを見ても特におどろいたりしないんだ。母の作品が置かれている本棚の向かい側にある本棚には、大人気コミック社の漫画がシリーズごとにまとまって、ずらっと置かれていた。

「君の絵を描きたいから、漫画読み終わったら来てくれない?」

 母が右手の人差し指をピンと立てて言う。この仕草は、母のくせだ。

「うん、いいよ」

「ありがとう」

 このあと、僕の部屋に行き、くっちゃんと一緒に母の作品を読んだ。母の描いた漫画は面白かった。作品として、ギャグシーンとしても。

 

『ついにくっちゃんのことがバレてしまった。これ以上はバレないようにしたい。』


 母には彼女のことを他の家族には言わないようにと言った。そして帰ってきた言葉が

「別にいいけど、どうせすぐにバレるんじゃない? 旅行に一緒に行くのなら尚更なおさら。それにアンタ、ウソつくの下手ヘタだし」

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