第二話、くっちゃん日記

 森の奥にある、梔子畑にいたくっちゃんという女の子。好奇心が旺盛おうせいで、人懐ひとなつっこい。初めて会う僕にも、すぐに寄ってきて、すぐに友達になった。僕の場合は、そんなことにはならない。生まれたときから人見知りで、初対面の人とは必ず距離をとる。すぐに友達になんてなれない。好奇心よりも、不安と恐怖の方がより強い。彼女の好奇心は、すごいと思う。

 

 僕は、とても不思議な体験をした。だから、それを記録しておきたい。この日、家に帰ってすぐに、新しいノートを取り出した。リングがついた、青色のノート。その表紙

には『くっちゃん日記』と書いた。その下に、彼女の絵を描いた。僕は、絵を描くのは得意だった。

 一ページ目。今日の出来事をしるした。

『……くっちゃんとともだちになったあと、梔子の花畑にまねいてくれた。』


「さあ、どうぞ。いくらでも見てみて」

 特に梔子の花が好きな僕にはたまらなかった。しかも、この梔子の花は、八重やえ咲き。バラのようで、とってもきれい。白くバラのような形のこの花は、清楚で上品。高貴な家に住む女性のよう。その女性は、家の広くエレガントな庭で、パラソルつきのテーブルで、優雅に紅茶でも飲んでいるのだろう。そんな情景をも浮かばせる、そんな美しい花。匂いも上品。心をときめかせる僕を、すぐとなりにいるくっちゃんが、うれしそうな目で見ていた。

「ゆうくんて、お花とか好きなの?」

「うん。花じゃなくても、植物を見ているのも好き。特に好きなのが梔子だよ」

「わあ、梔子が好きって言われるのってうれしい」

彼女は梔子の妖精だからか。

「ついでに言っておくと、あの真ん中の大きな梔子の木から生まれたの。あれがわたしの母体。わたしとあの木は繋がってるの」

 そうか。だから、彼女はここに住んでいるのか。じゃあ、彼女は完全に妖精だ。梔子の妖精。

 彼女は、僕の頭をなでてきた。優しい手。イヤな気にはならなかった。ここは、夢の世界のようだ。ずっとこうしていたいと思った。

 しかし、そういうわけにもいかない。僕の体内時計が、時の終わりを告げた。驚いたのだが、今はお昼時。僕はここまで、かなりの道のりを歩いてきたはず。そして、ここに来てからもかなりの時間が経ったように思えた。

でも、実際には、二、三時間程度だった。不思議な感覚があった。くっちゃんの魔法か何かなのか。

「くっちゃんて、魔法とか使えるの?」

「そうね。君を連れてくるのに特殊な力を使ったわ。ひとりぼっちで寂しかったから、花の匂いを遠くの方まで放ったの。そしたら、君が来るのを感じて、うれしかった。君のいたところは、かなり遠い場所だったから、早く会いたくて、君が早く来るようにした。匂いのあの中で、君のスピードを速くしたの。もちろん、君には気づかれないようにね」

 そういうことか。これは、本当に魔法ってやつだ。いつのまにか、僕は魔法にかかっていた。そして、彼女の話を聞いて思ったのが、僕は花の匂いに引き寄せられた虫ではないか。ハナムグリとか、ハエだとか、そういう系統の。

 

 そして、僕は、家に戻った。彼女に帰ると言うと、彼女の魔法で、一瞬で家に着いた。

 気がつくと玄関の前に立っていた。

 一時の間を置いてから、中に入った。


「ただいまー」

「あ、兄ちゃんが帰ってきた」

「にいちゃん!」

「にいちゃん!」

 家の中に入ると、弟たちが騒ぐ声が聞こえた。そしてすぐに、七つ離れた双子の弟たちが走って僕のところへきた。僕は、二人の頭をなでた。

「つい、つね。ただいま」

「おかえりー」

 双子の弟のついとつね。ついが上、つねが下。二人は、僕のことが大好きで、僕になでられた二人は笑顔になった。

 二人に遅れて、一つ下のろうがやってきた。

「お帰り、兄ちゃん」

 落ち着いた声で、迎えてくれたろうは、僕よりも体が大きい。加えて、声も落ち着いていて、大人っぽい感じ。でも、僕はあまり気にしない。

「ただいま。ろう」

「もうすぐ、ご飯だよ」


 今日の昼ごはんは、冷やし中華だった。夏は大体、いつもそうだ。

「ごめんねー。これしかなくて」

 母が申し訳なさそうに言う。

「大丈夫だよ。いつもありがとう」

 夏休みで、朝、昼、晩とご飯を作らないといけない。自分の時間をけずって作ってくれるので、とてもありがたい。

 ついとつねの分は、より小さい器に移している。まだ幼い二人は、食べれる量は少ない。ちなみに、僕も少食だ。

 みんなでラーメンを食べている途中、僕の頭の中では今朝けさのくっちゃんとの出来事が

パッと浮かんでいた。彼女のことが漠然ばくぜんと思い出されていた。くっちゃんは、とてもきれいな子だった。おまけに、しゅわっとはじけるような笑顔がかわいい。あのきれいな笑顔から出てくる言動なども、はじけていて、見ていて楽しくなる。彼女といた時、とても楽しかった。心がおどるようなそんなわくわく感がした。このわくわく感は今まで感じたことのあるわくわく感とは少し違っていた。別のものだった。初めて感じるものだった。不思議だ。

「兄ちゃん、どうしたの? 急ににやにやして」

 ろうに言われて、我に返った。知らないうちに顔がほころんでいた。

「何考えてるの?」

「何でもないよ」

 僕は、なんとかごまかそうとする。

「えー、うそだー」

「にいちゃん、なんか、へんなことかんがえてるでしょ」

 ついもつねもろうに加勢する。

「全然、何も考えてないよ!」

 僕は、全力で否定し、ラーメンをすする。くっちゃんのことは、誰にも話さないようにしよう。


『──これが、記念の第一日目。くっちゃんとの出会いは僕に今まで体験したことのないような、特別なものになるだろう』

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