第二話、くっちゃん日記
森の奥にある、梔子畑にいたくっちゃんという女の子。好奇心が
僕は、とても不思議な体験をした。だから、それを記録しておきたい。この日、家に帰ってすぐに、新しいノートを取り出した。リングがついた、青色のノート。その表紙
には『くっちゃん日記』と書いた。その下に、彼女の絵を描いた。僕は、絵を描くのは得意だった。
一ページ目。今日の出来事を
『……くっちゃんとともだちになったあと、梔子の花畑にまねいてくれた。』
「さあ、どうぞ。いくらでも見てみて」
特に梔子の花が好きな僕にはたまらなかった。しかも、この梔子の花は、
「ゆうくんて、お花とか好きなの?」
「うん。花じゃなくても、植物を見ているのも好き。特に好きなのが梔子だよ」
「わあ、梔子が好きって言われるのってうれしい」
彼女は梔子の妖精だからか。
「ついでに言っておくと、あの真ん中の大きな梔子の木から生まれたの。あれがわたしの母体。わたしとあの木は繋がってるの」
そうか。だから、彼女はここに住んでいるのか。じゃあ、彼女は完全に妖精だ。梔子の妖精。
彼女は、僕の頭をなでてきた。優しい手。イヤな気にはならなかった。ここは、夢の世界のようだ。ずっとこうしていたいと思った。
しかし、そういうわけにもいかない。僕の体内時計が、時の終わりを告げた。驚いたのだが、今はお昼時。僕はここまで、かなりの道のりを歩いてきたはず。そして、ここに来てからもかなりの時間が経ったように思えた。
でも、実際には、二、三時間程度だった。不思議な感覚があった。くっちゃんの魔法か何かなのか。
「くっちゃんて、魔法とか使えるの?」
「そうね。君を連れてくるのに特殊な力を使ったわ。ひとりぼっちで寂しかったから、花の匂いを遠くの方まで放ったの。そしたら、君が来るのを感じて、うれしかった。君のいたところは、かなり遠い場所だったから、早く会いたくて、君が早く来るようにした。匂いのあの中で、君のスピードを速くしたの。もちろん、君には気づかれないようにね」
そういうことか。これは、本当に魔法ってやつだ。いつのまにか、僕は魔法にかかっていた。そして、彼女の話を聞いて思ったのが、僕は花の匂いに引き寄せられた虫ではないか。ハナムグリとか、ハエだとか、そういう系統の。
そして、僕は、家に戻った。彼女に帰ると言うと、彼女の魔法で、一瞬で家に着いた。
気がつくと玄関の前に立っていた。
一時の間を置いてから、中に入った。
「ただいまー」
「あ、兄ちゃんが帰ってきた」
「にいちゃん!」
「にいちゃん!」
家の中に入ると、弟たちが騒ぐ声が聞こえた。そしてすぐに、七つ離れた双子の弟たちが走って僕のところへきた。僕は、二人の頭をなでた。
「つい、つね。ただいま」
「おかえりー」
双子の弟のついとつね。ついが上、つねが下。二人は、僕のことが大好きで、僕になでられた二人は笑顔になった。
二人に遅れて、一つ下のろうがやってきた。
「お帰り、兄ちゃん」
落ち着いた声で、迎えてくれたろうは、僕よりも体が大きい。加えて、声も落ち着いていて、大人っぽい感じ。でも、僕はあまり気にしない。
「ただいま。ろう」
「もうすぐ、ご飯だよ」
今日の昼ごはんは、冷やし中華だった。夏は大体、いつもそうだ。
「ごめんねー。これしかなくて」
母が申し訳なさそうに言う。
「大丈夫だよ。いつもありがとう」
夏休みで、朝、昼、晩とご飯を作らないといけない。自分の時間を
ついとつねの分は、より小さい器に移している。まだ幼い二人は、食べれる量は少ない。ちなみに、僕も少食だ。
みんなでラーメンを食べている途中、僕の頭の中では
パッと浮かんでいた。彼女のことが
「兄ちゃん、どうしたの? 急ににやにやして」
ろうに言われて、我に返った。知らないうちに顔がほころんでいた。
「何考えてるの?」
「何でもないよ」
僕は、なんとかごまかそうとする。
「えー、うそだー」
「にいちゃん、なんか、へんなことかんがえてるでしょ」
ついもつねもろうに加勢する。
「全然、何も考えてないよ!」
僕は、全力で否定し、ラーメンをすする。くっちゃんのことは、誰にも話さないようにしよう。
『──これが、記念の第一日目。くっちゃんとの出会いは僕に今まで体験したことのないような、特別なものになるだろう』
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