梔子のくっちゃん
桜野 叶う
第一話、梔子のくっちゃん
早朝の森。
太陽が姿を現し、完全に明るくなった。強い日光に照らされ、地上は暑くなっていた。朝からゆらゆらと
僕の心は弾んでいた。わくわくして、止まらない。好奇心にあふれていた。僕が好きなのは花。きれいな花が好き。これから、花を見に行く。この時期に咲く花。すてきな匂いがする、特に好きな花。
この場所。立派な庭の立派な家。この家の庭に、その花が咲いている。毎年、この時期になると必ず見に行く。わあ、きれい。今年も立派に咲いていた。ほんのりすてきな匂いがする。きれい。一生、見ていられる。この花に囲まれてみたいなと、そんなことも考えた。どんなにすてきなことなんだろう。
すると、この家のドアが開いた。中から人が出てきた。幼稚園で、花に興味を持ったころから、この家に見に来ていて、この家に住むおばさんとは、毎回話している。向こうからきて、軽くあいさつをする。毎年ずっとそうだ。おばさんは、もちろん僕のところに来て、あいさつをくれた。僕も返した。
「今年もきれいに咲いてますね」
僕は、この花を褒めた。
「ありがとう。ゆうちゃんのために、私は毎年がんばっているんだから」
おばさんはとってもうれしそうだ。この立派に咲いた花をわざわざ見にくるのは、僕ぐらいだろう。そのためにがんばってくれているのだと思うと、この花が好きな僕にとってらとてもありがたいことだった。
おばさんががんばって育てたこの花を見ていると、どこからかすてきな匂いがした。この匂い、今見ているこの花の匂いだ。でも、さらに強く、べつのところからきている。
どこからきた匂いなんだろう。
ものすごく気になった。おばさんに別れのあいさつを言い、その匂いをたどっていった。不思議なことに、この匂いは、まとまったものだった。本来、匂いというものは、そこら中に広まっていくものだ。しかし、この匂いはまとまっている。それはまるで、道。誰かが、僕を呼んでいるのか。一体誰が。そんな疑問をのこしたまま、僕は匂いをたどって歩いていく。
やがて、町をこえて森の中へと入った。体力のない僕だが、少しも疲れていなかった。足もパンパンになっていない。この匂いのせいかもしれない。疲れないので、どんどん奥へと進んでいった。森の中はたくさんの木が生えていて、鳥の鳴き声も聞こえる。草もたくさん生えていた。道のない、複雑なところを歩いていた。木の根っこをまたいで、またいで。それでも疲れなかった。不思議だ。
そして、たどり着いたのは、白い梔子の花畑だった。梔子の低い木が、いくつも輪になっていた。その真ん中には、花だらけの高い木。そこは、梔子の王国のようだった。その真ん中の高い木に、女の子が座っていた。僕よりも背の高い、お姉さんが。女の子は、僕に気づくと、目を大きく開いて、僕のところに飛んできた。彼女は背中に羽が生えているかのように飛んでいた。でも羽は生えていなかった。僕はこの目を疑った。信じられなかった。これは、夢なのか。とても現実に起こっているものだと思えなかった。女の子は、僕のすぐ目の前で、華やかに降りてきた。
とても近かった。あと数ミリ動けば触れてしまいそうな距離。
僕よりも背の高い、中学生や高校生くらいのお姉さんは、僕の目と目を合わせた。彼女目は黄色。鮮やかな黄色だ。それ以外は白かった。来ている服も肌の色も白かった。それは梔子の色だとわかった。彼女は妖精だ。梔子の妖精。それにしても、彼女はきれいだった。初めて人をきれいだと思った。心臓がどきどき鳴っていた。彼女の顔ははじけていた。お菓子のラムネのようにはじけていた。
見ているこっちもうれしくなるような、そんな笑顔だった。
「わぁ、きてくれたー。かわいいね君」
「え、あ、ありがとうございます」
いきなり全力でかわいいといわれて、うれしくなった。ほっぺに手を当てて、照れていた。それを見ていた彼女はより笑顔になった。
「かわいい!」
より強く言われて、うれしさが倍増した。
彼女は、僕の手をどけて、ほっぺを触った。彼女の手はすこしひんやりしていて、やわらかい。心臓のどきどきは、さらに強くなった。恥ずかしさが限界の門を突き破った。
やがて、手を離した。その手をパンと合わせた。
「そうだ、わたしはくっちゃん。よろしくね」
彼女は名乗った。
「ゆうです。よろしく」
「ゆうくん。よろしく。君はかわいいから、気軽に話してくれていいよ。ともだちみたいに」
「うん、いいよ」
そして、僕とくっちゃんはともだちになった。もちろん、秘密のね。くっちゃんのことは誰にも言わない方がいい気がする。
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