第1話「告白」

 高校一年生最終日。

 みんなにとってはしゆうりよう式に出て通知表をもらうだけの日なのかもしれない。

 でも、私にとっては違う。

 今日は、十六年の人生のなかで最も勇気をりしぼる日。

 生まれてはじめて好きになった人に……おもいを伝えると決めた日なんだ。

 昨日、片想いの相手である、同じクラスの西にしうちれんくんに【話したいことがあるので、放課後屋上に来てください】とメッセージを送った。

 西内くんからはすぐに【わかった】と短い返信が届いた。

 スマホでれんらくを取ったのは昨日が初めて。

 ただでさえきんちようするのに、内容が内容なだけに送信するまで何時間もかかった。

 すぐに連絡がきてうれしかったけど、一言だけのメッセージに胸がチクリと痛んだ。

「めんどくさいと思ってるのかなぁ。いや、でももともとそういう人かもしれないし……」

 屋上で西内くんを待っている時間は落ち着かなくて、独り言をつぶやいたり、うろうろ歩き回ったりしていた。

 女子から〝クールな王子様〟と呼ばれている西内くん、本当に来てくれるのかな。

 来てくれなかったらどうしよう。

 いっそ、ドタキャンされたほうが楽なのかもしれない。

 ふられたらもう生きていけないかも。

 自分で告白すると決めたくせに、いざこの日をむかえるとこわくてかくがゆらいでしまう。

 進級して違うクラスになって、接点がなくなってしまうことがいやだった。

 西内くんに新しい出会いがあって、彼女ができるかもしれないと思うと怖かった。

 何も行動できないまましつれんするよりも、きちんと自分の気持ちを伝えて失恋したほうがずっといい。

 なやんで悩んで、そう決意したはずなのに。

「やっぱ無理だよぉ。げ出したいよぉ……」

 半泣きになりながら、カーディガンのポケットからスマホを取り出してアプリを開く。

 昨日メッセージを送ったのはぜんぶ夢でした、なんてバカな期待をしたけれど、西内くんとのトークれきはばっちり残ってた。

 深いため息をつきながら未読のメッセージをかくにんする。

はるがんって! 気合だよ、気合! あたしは教室で待ってるからね】

 同じクラスで一番の友達、がみあきちゃんからのエールを見て少し元気になった。

 千秋ちゃんは最初のせきえで前後の席だったというえんで仲良くなった。

 性格やしゆはあまり似ていないのになぜか気が合っていつしよにいる。

 西内くんのことも親身になって話を聞いてくれたな。

〝持つべきものは友〟って言葉が身にしみるよ。

【ありがとう、気持ち伝えてくるね!】

 千秋ちゃんに返事を送ったタイミングでよろけてしまうほどの風がいた。

 もう三月なのに、まだまだ風は冬仕様。

 ブレザーの下にセーターを着て正解だった。

 ……って、今はそんなことどうでもいい。

 強い風のせいで背中まであるかみはぐっちゃぐっちゃだよ。

「もう、せっかく朝から頑張ったのに、これじゃ台無し……」

 スマホの内カメラを起動させて髪を直していたとき、ギギギ、と鉄のとびらの開く音がした。

 屋上にやってきたのは、ほかだれでもない西内くんだった。

 彼は一歩一歩、私のところへと近づいてくる。

 まだ髪を整えている最中だったけどあわててスマホをしまう。

 どうしよう。

 身だしなみも心の準備もできてないよ!

「悪い。……待たせた?」

「う、ううん。私もいま来たところだよ」

 ありがちなセリフを口にしながら、なんとか落ち着いているフリをする。

「それならよかった。……屋上ってけっこう寒いんだな。もう春なのに」

「高いところにいると、余計に寒く感じるのかな」

「そうかもしれない」

「……かもしれないね」

 あたりさわりのない天気のお話。

 いきなり呼び出されて気まずいと思っているのかな。

 どことなく顔がこわばっているようにもみえる。

 ふたりきりで話すなんてあの時以来だし、当たり前か。

 呼び出した私でさえ、どこを見てどんな態度で接したらいいかわからないのだから。

 西内くんはすっきりとした目鼻立ちがとくちよう的なイケメンで、かみがたはゆるふわショートマッシュヘアとオシャレで背も高い。

 今日も制服、とくにネクタイがよく似合っている。

 だれかとつるむタイプではなく、不思議と近寄れないオーラがある。

 そんな彼が目の前にいるっていうだけでテンパって、どうやって話を切り出せばいいのかもわからない。

 あんなに頭の中で練習したっていうのに……。

「それで……話っていうのは?」

「あ、そうそう! あのね……ええと……」

 まさか彼から切り出してくるとは思わなくて、うまく言葉がでてこなかった。

 どうしよう、早く本題にいかない私にあきれているのかもしれない。

 西内くんのかたい表情をみて、いじいじした態度をとるのは失礼かもしれないと思った。

 わざわざ時間をさいて、屋上まできてくれたっていうのに。

 早くちゃんと用件を伝えなくちゃ。

 そのために、昨日時間かけて文章を作って、勇気を出して連絡したんだもの。

 静かに深呼吸をして、ぎゅっと目をつむる。

 セーターのすそをにぎりしめ、心のなかでこう唱えた。

 ……告白しようと決めたときの気持ちを思い出して、私!

「わ、私……西内くんのことが好きです! つ、つ、つきあってください!」

 口ごもった。声がふるえた。

 でも、言いきった!

 私、ちゃんと伝えられたんだ……。

 無事に告白することができてほっとする。達成感もおぼえた。

 ……でも、それと同時に生まれたのは、返事を待つという怖さだった。

 西内くんがどんな反応をしているのかさえ、たしかめることができない。

 ふたりの間にはしばらくちんもくが続いた。

 計ってみたらほんの数十秒かもしれない。

 けれど、私にとってはまるで時間が止まったかのように重く感じられた。

 どうしてだまっているの?

 いきなり告白されて困っているのかな。

 どうしよう、怖い。

 セーターのすそを握る手がふるえる。

 目を閉じているせいか、やたらいろんな音が気になり始める。

 ひゅうひゅうと冷たい風の音、ドクンドクンとうるさい心臓の音。

 そして、西内くんが大きく息を吸う音。

 彼が何かを言おうとしてるんだってわかった。

 同時に、覚悟も決めた。

 ふられてもがおで『話を聞いてくれてありがとう』って言う。

 教室にもどるまで泣くのはガマン。

 千秋ちゃんになぐさめてもらうんだ、って。

「──さくらにそんな風におもってもらえて、すごくうれしいよ」

「……え?」

 まるで予想していなかった言葉を聞いて、思わず目を開けた。

 ゆっくりと顔を上げると……真っ赤な顔をした西内くんと目が合った。

 彼はすぐに私から顔をそらす。

 キレイなひとみはゆらゆらとれている。

 ……これって、もしかして、期待しちゃってもいいのかな?

 私の告白を、西内くんが喜んでくれている。

 受け入れてくれるかもしれないって。

「でも」

 あわい期待をもったしゆんかん、彼はふたたび口を開いた。

〝でも〟という接続詞から、私にとってよくない内容であることは予想がつく。

 そう言ったっきり黙りこくってしまった西内くん。

 すぐに続きを話そうとしないのはきっと……私を傷つけないように言葉を選んでいるからだ。

 いったい何を話そうとしているの?

 私の気持ちはうれしいのに、こたえられないのはなぜ?

 まだ続きを聞いていないのに、なみだが込みあげてくる。

 一瞬にして天国からごくにつき落とされた気分だ。

 泣いているところを見られたくないと思ってうつむこうとした、その時だった。


「俺と付き合ったらつうれんあいできねーよ?」


 ……どういう、意味?

 西内くんは少し間を置いて、話を続けた。

「放課後や休日はいそがしくて、デートする時間もないと思う。さびしくさせると思うけど……それでもいいの?」

 西内くんの表情はくもっていた。

 彼の申し訳ないという気持ちが伝わってくる。

 私は正直理由を聞いてもピンとこなかったけど、西内くんが私をづかってくれていると知ってうれしかった。

 やっぱり西内くんはやさしいな。

 改めて彼のことが好きだって思った。

 なかなかデートできないってわかっていても、私は……。

「私は西内くんのことが好きだから……忙しくても平気だよ」

「桜井……」

 どうしてだろう。

 二度目の〝好き〟は、彼の瞳をまっすぐに見つめて伝えられた。

 今が一番の勝負所だって直感したのかもしれない。

〝私の気持ちがうれしい〟というあの言葉が本当なら、こたえてほしい。

 そんな簡単にあきらめられるような想いじゃないって、西内くんに伝わってほしい。

 心の中で何度もいのりながら、彼の返事を待った。

「ありがとう。俺も桜井のことずっと気になってたんだ。今日からよろしくな」

「……うん!」

 西内くんが優しく微笑ほほえんでくれたので、私もにっこり笑い返した。

 やった。私の気持ち、受け入れてもらえたんだ。

 そして、まさか西内くんも私を気にかけてくれていたなんて……こんなことってある?

 飛びはねて喜びたいくらいにうれしいよ……。

 西内くんのはにかんだ顔を見つめながら、これからおとずれるであろうバラ色の日々に心おどらせていた。


 ──このときの私は、はつこいかなってかれすぎていたのかもしれない。

〝普通の恋愛できない〟ことがどういうことなのか、理解できていなかったのだ。

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