第2話「強烈な転校生」①

 人生初の告白が成功して、私は西内くんと付き合うことになった。

 春休み中にデートができるかなって期待していたけど、結局一日も会うことはできなかった。その理由は、西内くんが実家に帰っていたからだ。

 今まで知らなかったけど、西内くんは高校からおじさんの家にそうろうしているらしい。

 何か事情があるのかなと思って、特に理由は聞かなかった。

 会えない間はメッセージアプリでれんらくを取り合った。

 といっても、家でもいろいろと忙しいみたいで、朝と夜の二回しかやりとりできなかったけど。

 それでも、時間を作って連絡してくれることがうれしかった。

 メッセージを受信するたびにドキドキして、文章を作るのに何分もかかるから、このくらいのひんでよかったかもしれない。

 メッセージでは、おたがいの好きなもの、しゆ、よく見るテレビ番組などの話をした。

 今まであまり話したことがなかったから、話題がきなくて楽しかった。

 西内くんはオムライスやハンバーグなどの洋食が好きらしい。クールな印象が強いけど、子供みたいに可愛かわいいところもあるんだなあ。

 趣味は読書で、空いている時間はいろんなジャンルの本を読んでいるらしい。私も読書は好きなほうだから、いつか本を貸し合えたらいいなと思った。

 よく見るテレビ番組はスポーツ関連で、特におうしゆうサッカーが好きらしい。

 私はあまりくわしくないから、勉強してサッカーの話で盛り上がれたら楽しいかもしれない。

 何回かやり取りして分かったことは、西内くんのメッセージは短いということ。

 初めて連絡をしたときはそっけない文章に思いなやんだりもしたけど、もともとそういう人だったみたい。

 趣味や文面のとくちようって、告白が成功したから知ることができたんだよね。

 改めて考えてみると、何気ないメッセージのやりとりも幸せに感じた。

 でも、できることなら早く西内くんの顔が見たかった。

 次に会えるのは始業式の日。

 いつもだったら『もっと休みが続けばいいのに』って思うのに、今回は『早く学校が始まらないかな』ってずっと考えていた。

 ──そして、とうとう待ち望んでいた日がやってくる。


「心春ー、また同じクラスだよ、やったね!」

 新しいクラスの教室に入るやいなや、千秋ちゃんがけよってきてくれた。

「千秋ちゃんといつしよでうれしいよ! しかも、出席番号も並びだよね」

「そそ、だから席も近いよー。こっちこっち」

 ゴキゲンな千秋ちゃんの後に続いて移動する。

 席順はまず男子が窓側から出席番号順に座り、その後に女子が続く。

 私の席はろう側から二列目の前から三番目、千秋ちゃんはその一つ前だった。

 ふたり一緒に席につくと、千秋ちゃんはすぐに後ろを向いた。

「黒板見えにくいかもしれないね。先に謝っとくわ」

だいじよう、ちゃんと見えそうだよ」

 謝ると言いつつも、千秋ちゃんは明るく笑っていた。

 千秋ちゃんは百七十センチ以上の長身で、本人によると〝まだび続けている〟らしい。その長身をかして、学校ではバレー部に入っている。

 ウワサによると、次期エースと期待されているらしい。

 一年の時からレギュラー入りしていて、何度もチームを勝利にみちびいているんだとか。

 春休みに何回かおうえんに行ったけど、どの試合でもかつやくしていたなぁ。

 短いかみに引きまった身体からだが特徴的な千秋ちゃんは、さっぱりした性格でリーダーシップのある女の子。

 まさに体育会系女子って感じだ。

 ……そんな彼女が『実はあたし、オタクなんだ』って告白してきたときはおどろいた。

 小さいころからマンガやアニメ、ゲームが大好きらしいんだけど、みんなにはヒミツにしているみたい。

 大事なヒミツを打ち明けてくれた時はすごくうれしかったな。

「よかった。ジャマだったらちゃんと言ってね? すぐに身体かたむけるからさ」

「いきなりそんなことしたら変な子だと思われるんじゃない?」

「あはは、たしかに! じゃあかがむことにするよ。そのままちゃうかもしれないけど」

「実際、千秋ちゃん、たまに寝てたもんね」

 とりとめのない話をしながらけらけらと笑い合う。

 しばらく雑談しているうちに、ふとあるかんをおぼえた。

 今までだったら周りにかき消されていたはずの笑い声が、教室にひびいてしまっていたのだ。

 教室をわたして、話をしている人が少ないことに気づいた。

 当たり前だけど見なれない顔も多い。

 かんきようが変わってきんちようしている人が多いのかもしれない。

 千秋ちゃんがいたからリラックスして過ごしていたけれど、改めてここは慣れ親しんだ一年の教室とはちがうと感じた。

「ちょっと窓側のほうに移動しようか」

 千秋ちゃんも同じように思ったのかもしれない。

 私はこくりとうなずいて席を立ち、教室奥の窓ぎわまで移動した。

 窓を開けると暖かい春風が教室に入ってきた。

 やさしくほおをでられるようで気持ちいい。

 一年の時の教室は一階でいまは二階だから、去年よりもながめがいい。

 運動場をかこむ満開の桜はとてもきれいで、少しでも長くいていてほしい、なんて思った。

「……同じクラスでよかったね」

 千秋ちゃんは顔を近づけると、さっきよりも小声で話しかけてきた。

「うん、また千秋ちゃんと一緒でほっとしたよ」

「違う違う、私が言ってるのは西内のことだよ」

 とつぜん西内くんの名前が出て、かたねそうになった。

 顔も熱くなってしまう。

「うん、うれしい」

「顔赤くして、照れちゃって。かわいいねえ」

「もう、からかわないで」

 ほおをぷくっとふくらませてみせると、千秋ちゃんは困ったように笑って「ごめんごめん」とつぶやいた。

 けいばんにはりだされたクラスめい簿を見て、一番に探したのは西内くんの名前だった。

 そのあとで、私も彼と同じクラスだと知ってすごくビックリした。

 もう一年同じ教室で過ごせるなんてうれしいけれど、それ以上に、もししつれんしていたらどうなっていたんだろうとこわくなった。

 そこまで考えていなかった自分の無計画さにあきれてしまう。

 ちなみに西内くんはまだ登校していない。

 一年の時はいつもれいギリギリだったから、今日もそうかもしれない。

 早く顔が見たいんだけどな。

「あの日、あたしのことは気にせずに一緒に帰ればよかったのに」

「ううん、あの時待っていてくれて心強かったし、一番に報告したかったもん。それに、いきなり一緒に帰るなんてハードルが高すぎるよ……」

 告白が成功したあとのこと。

 それまでつうに話していたのがウソのように、まともに彼の顔が見られなくなった。

 西内くんは首に手をあてながら顔だけ横を向いていた。

 多分だけど、彼も照れていたんだと思う。

 あまずっぱいふんに慣れていない私は、最終的に『友達を待たせているんだ』と切り出した。

 別れぎわに西内くんから『帰ったられんらくするから』って言ってくれて、飛び上がるほどうれしかったな。

 あの時は告白以外のことを考えるゆうはなかったけど、これから一緒に帰れたらいいな。

 春休み中、メッセージアプリでそういう約束をすることは一度もなかったけど……。


 ──しばらく窓ぎわで千秋ちゃんとおしゃべりしていると、教室の前方から、

「体育館シューズにはきかえて、出席番号順に廊下に並んでください」

 とすずしい声で呼びかけられた。

 り向くと、きようたくの前には英語のいずみ先生が立っていた。

 先生は二十代前半くらいの若い先生で、がらで童顔のせいかいまだに未成年と間違えられるらしい。

 優しくて話しやすいから、生徒に大人気である。

 先生はおこるけど、みんなは彼女を〝アコちゃん先生〟と呼んでいる。

「あたしたちも並ぼうか」

「そうだね」

 体育館シューズにはきかえて廊下に出ようとしたとき、ようやく登校してきた西内くんとはち合わせした。

「あっ……」

 ふいに会ったものだから、心の準備ができていなくて〝おはよう〟すら言えなかった。

 ずっと会いたいと思っていたのに、いざ本人を目の前にするとどうしたらいいかわからなくなる。

 そんな私をフォローするように、千秋ちゃんが西内くんに話しかけた。

「おっ西内じゃん、おはよ!」

「おはよう。朝から元気だな……」

 西内くんはねむそうにあくびをしている。

 朝が苦手なのだろうか。

「また同じクラスだね。一年間よろしくー」

「ああ、よろしく。……桜井も」

 西内くんは、ずっとモジモジしている私に笑いかけてくれた。

 約二週間ぶりに間近でみる、西内くんのがお

 ふだんあまり笑わないから、かい力がハンパない……!

 キラキラまぶしすぎて、思わずたおれてしまいそうだったけど、ぐっとこらえた。

「うん、よろしくね」

 ちょっとした短い会話だったけど、それだけでもう胸がいっぱいになった。

 心臓がずっとバクバクしてる。

 告白してますます気持ちが高まっているみたい。

 こんなんで、これからうまく付き合っていけるのだろうか。

 今だって、千秋ちゃんがいたからなんとか話すことができたのに。

「普通に話せてうらやましいなぁ」

 ろうを歩きながら独り言のようにつぶやくと、千秋ちゃんは私の背中をぽんとたたいた。

「あたしはただ、三次元に興味ないだけだよ。なぜか、みんなアイツの前ではちぢこまっちゃうんだよねー」

 千秋ちゃんの言う通り、西内くんと緊張せずに話せる女子はあまりいない。それこそ、一年のときは千秋ちゃんくらいしかいなかった。

 西内くんが女子にあまり話しかけないのもあるけど、理由は別にある。

 彼はイケメンというだけでなく、文武両道の完ぺきな男の子だ。

 テストではいつも学年トップクラスだし、スポーツは何をやらせてもかつやくする。クラスの中心にいるようなタイプじゃないけど、西内くんにはあつとう的な存在感があった。

 特に女子はアイドルのようにあがめている人が多かった。

 私は口数が少ないところ、どこか大人びた雰囲気が少し怖いなって思ってた。

 そんな彼が優しい人だと知ったあの日、こいに落ちて……。

 それからは意識してますます話しかけられなくなった。

 自分でもよく告白できたなと思う。

 みんな、西内くんと私が付き合っていると知ったらどんな反応するだろう。へいぼんでこれといった長所もない私なんかが彼女で、なつとくいかないって文句言われるのかな。

 彼女になれたし、たまには二人でお弁当を食べたりいつしよに帰ったりしたいけど、あまり目立たないほうがいいのかな。

 ──お付き合いの仕方をもんもんと考えているうちに始業式が終わり、体育館から教室へともどった。


 体育館シューズからうわばきにきかえて席に着くと、すぐにアコちゃん先生がやってきた。今日は始業式だからかグレーのスーツを着ている。

「みなさん席に着いたようなので、さっそく最初のホームルームを始めますね」

 先生の号令にしたがって立ちあがり、一礼してから座った。

 前を向いたときに、ふと窓側から二列目の一番前が空席であることに気がついた。

 先生は「みなさん席に着いた」って言ってたし、今日お休みの人がいるのかな?

 ちなみに西内くんは、その列の一番後ろに座っている。

「まずはご進級おめでとうございます。私は担任の小泉です。担当科目は英語で、女子バレー部のもんをしています。一年間よろしくお願いします。まずはみなさんに自己しようかいをしてもらいますね」

 一人ずつ教卓の前に出て、みんなの顔を見ながら話をしないといけないらしい。

 毎年やることだけどなれないなあ。

 今からきんちようしちゃうけど、ちゃんとみんなの自己紹介も聞かないとね。

 自己紹介は男子から順番にすることとなった。

 一年間同じ学校に通っていたのに、名前も顔も知らない人がけっこういた。

 一学年十クラスもあるから、それも当然かな。

 改めて、西内くんと二年間も同じクラスになれたのはキセキだと思った。

 西内くんの順番になると、ところどころで黄色い声が上がった。

 女の子に人気があるんだと改めて実感する。

「西内蓮です。……好きな食べ物はオムライスです。よろしくお願いします」

 自己紹介はとてもシンプルだった。

 話すことがなくて困ったのかな。それとも、わざわざ自己紹介で言うほどオムライスが好きなのかな?

 メッセージでも言っていたもんね。

 お母さんに作り方を教えてもらって、いつか手作りのオムライスを食べてもらいたいなと思った。

 男子の自己紹介が終わり、順番が女子に回ってきた。


 みんなの前で話すのは得意じゃないし、西内くんが聞いていると思うとよけい緊張してしまう。

 彼みたいに簡単な自己紹介にしちゃおうかな、と考えているうちに、千秋ちゃんの番が回ってきた。

「賀上千秋です! 中学の時からバレーやってます。目標はインターハイ出場です! おうえんよろしくお願いしまーす」

 千秋ちゃんは、ふだん私と接しているときと同じように堂々と話していた。

 うらやましいなぁ。

 私もあんな風にできたらいいのに。

「じゃあ次は、桜井さんお願いしますね」

「は、はい」

 先生に名前を呼ばれて立ちあがり、きようたくの前まで移動する。

 みんなに動作ひとつひとつを見られていると思うだけでドキドキした。

「桜井心春です。えっと、名前は春っぽいですが夏生まれです。甘いものが大好きです、よろしくお願いします」

 話し終えたあと、ペコリと頭を下げてから席に戻った。

 みんなの顔をまともに見られなかったけど、うまく話せたほうかな?

 緊張の糸がほどけて、ほかの子の話はリラックスして聞くことができた。

 全員の自己紹介が終わると、先生が教卓の前に立った。

「自己紹介ありがとうございました。最後になりますが、転校生がいるので呼んできますね」

 みんなおどろいたのか、教室が少しだけざわついた。

 あの空席に転校生が座るのかな?

 だとしたら、転校生は男の子ということになる。

 いったいどんな人が来るんだろうと、期待に胸をふくらませた。

しらとりくん、入ってきていいわよ」

 もどってきた先生が引き戸の向こうにいる転校生に声をかけると、すぐにがらりと戸の開く音がした。

「ふっ、とうとうこの時が来たか……」

 低い声でつぶやきながら入ってきた彼は、うでを組みながら一歩一歩かみしめるように歩く。先生のとなりまで来たところで正面を向くと、かわぶくろをした右手で顔をおおうようなポーズをとる。

「我が名はシュヴァ……」と言いかけたけど、すぐにせきばらいをした。

「すまない、ついを口走ってしまった。今のは忘れてくれ。我が名は白鳥そうだ。一応ほう使つかいだと伝えておく」

 ……なんだろう、この置いてきぼり感。

 名前以外よくわからなかった。

 ゆいいつ、魔法使いっていうワードは気になったけど。

 自己紹介が終わったというのにだれはくしゆをしない。きっと、みんな頭をなぐられたみたいなショックを受けてるんだと思う。

 驚くのは話し方だけじゃない。見た目もかなり個性的だ。

 ツーブロックのかみはいいとして、なぜか右目に黒の眼帯をしている。

 上着はそでを通さずにかたにかけているし、右手首からひじまでは包帯を巻いている。

 まるで、マンガやアニメの世界から飛び出てきたみたいだ。

 髪の毛はとってもサラサラではだもツヤツヤだ。

 顔もかっこいいのに、眼帯でかくしちゃうなんてもったいないなあ。

「白鳥くん、職員室でも注意したけど、制服はちゃんと着てくださいね。あと、眼帯と包帯は外してってお願いしたでしょう?」

つうの人間に理解するのは難しい、か。先刻説明した通り、俺様の右半身にはぼうだいな魔力が流れているのだ。せいぎよしなければ取り返しのつかないことになる」

「……では、そのままでお願いします。じゃあ白鳥くんは、この席に座って下さい」

 先生は説得をあきらめた様子で、白鳥くんを一番前の席に案内していた。

 白鳥くんは、なぜかいったん席の前で立ち止まった。

 いつしゆん目が合ったような気がしたけど、気のせいだよね……?

「フッ……やはり運命には逆らえぬ、か。まさか現世でもう一度えるとはな」

と独り言をつぶやいたあと、ようやく席についた。


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