第2話「強烈な転校生」②

 白鳥くんの自己紹介が終わったあとは、先生の事務れんらくを聞いて解散となった。

 みんなは近くの人と話をしながら帰りの準備をしている。朝よりも緊張がとけているみたいだった。

 千秋ちゃんは部活の相談があるからと、先生といつしよに教室を出て行った。

 ちらりと西内くんのほうを見ると、ひとりでスマホをいじっているようだった。

 いつ帰るんだろう?

 一緒に帰れたりするのかな……?

 とりあえず、西内くんが行動開始するのを待つことにした。

「魔法使いだなんて、絶対ウソだよね」

「あれはただの中二病だよ」

 何もせず座っていると、白鳥くんのウワサ話が耳に入った。

 一部の女子たちが話しているみたい。

 たしかに、中二病という表現がぴったりかもしれない。

 でも、本人に聞こえるかもしれないのにひそひそ話をするのはよくないと思う。

 どんな内容でも、いい気持ちはしないだろう。転校するってだけでも大変だろうに、周りからかべを作られたらもっとつらいはずだ。

 白鳥くんのほうを見ると、彼はまだ座ったままだった。

 彼に話しかけている人はひとりもいない。白鳥くんが個性的すぎて、どう接していいかわからないのかもしれない。

 気のせいかもしれないけど、うしろ姿がさびしそうにみえた。

 私にできることがあれば何かしてあげたい、と思ったときには立ちあがっていた。

 白鳥くんの席まで移動して、彼と向かい合うように立つ。

「あの、白鳥くん……」

 いきなり話しかけられて驚いたのか、左目を大きく見開いている。

 くっきりふたでまつ毛が長く、うす茶色のひとみはとてもきれいだ。

 近くで見て、改めて眼帯をしているのがもったいないと思った。

「私、桜井心春っていうんだ、よろしくね。わからないことがあったら何でも聞いて?」

 話しかけても白鳥くんの反応はなかった。

 それどころか、ピクリとも動かない。

 どうしたんだろう、そんなにビックリすること?

 それとも、話しかけてほしくなかったのかな。

 もしそうだとしたら、私ってただのおせっかい……?

「ということで、じゃあ、また明日あしたね!」

 ちんもくが気まずくなって、適当に場を切り上げようとした、その時だった。

「永年の時が過ぎようとも、天使であることは変わらないのだな」

「……えっ?」

「ただし一つ忠告しておく。そのやさしさ、悪魔につけこまれないことだな。てん使に落ちることになるぞ!」

「だ、堕天使……?」

 自己しようかいの時と同じようなポーズをとり、意味不明なことを話す白鳥くん。

 やっぱり、話しかけるのはちがいだったかな?

 なんて答えたらいいかわからず困っていたとき、ふとから立ち上がった西内くんと目が合った。

 スクールバッグを肩にかけている。

 もう帰ろうとしているのかな、と寂しく思ったのもつかの間。

 西内くんはなぜかこっちに近づいてきて、私の隣に立った。

「桜井、なにしてるの」

「西内くん……! あのね、白鳥くんに『わからないことがあったら何でも聞いて』って話しかけていたの」

「たしかにな。白鳥、俺は西内蓮だ。えんりよせずなんでも聞いてくれていいから」

「……かたじけない」

 西内くんも、転校生の白鳥くんが気になって話しかけにきたのかな。

 優しいもんね。

 でも、その割にはちょっとあいそうな気もするけど。白鳥くんも一言つぶやいたっきりだまっているし。

 まぁでも、男同士の会話ってこんな感じなのかもしれない。

「じゃあ、そろそろ帰ろうか」

 西内くんは視線を白鳥くんから私へと移した。

 これって、どう考えても、私に言ってるよね?

 やばい、すごくうれしい……!

「う、うん! じゃあカバン取ってくるね」

「俺はろうで待ってるから」

「わかった。……白鳥くん、またね」

 西内くんが教室を出ていき、私は席に置きっぱなしだったブラウンのスクールバッグを持って廊下に出た。

 そのちゆう、女子の視線が私に集中していたのは気のせいじゃない、と思う。

 今度は、白鳥くんじゃなくて私と西内くんのウワサをしているかもしれない。

 小声だったけど、「うそでしょ」「ショック」って話し声も耳に入ってきたし。

 考えると心が重くなる。

 でも、廊下で私を待ってくれている彼の姿を見たとき、幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。

 私ってなんて単純なんだろう。


「……お待たせ」

「ああ」

 一緒に帰れることがうれしくてニヤニヤしてる私とは対照的に、西内くんは無表情だった。げんが悪そうに見えなくもない。

 どうしたんだろう、私、何かしたのかな。

 でも、さそってくれたのは西内くんだし……。

 何を考えているのかわからないよ。

 かたを並べて歩いているのに、二人とも口を開かなかった。

 久しぶりに会って、話したいことはたくさんあるはずなのに、どうして言葉が出てこないんだろう。

 そのまま階段を下りてげた箱まで向かう。

 もう下校のピークが過ぎているのか、ほぼだれもいなかった。

 うわばきからかわぐつきかえてかがめていた身体からだもどすと、すでに準備を終えていた彼と目が合った。

 告白したときにも見たような、照れた表情。

「ごめん、ちょっときんちようしてる」

 その一言で、彼は機嫌が悪いわけじゃないと気づいた。

 ドキドキしているのは私だけじゃない、西内くんもなんだ。

 同じ気持ちだと分かり、ぐっと親近感がわいた。

「私もだよ、西内くん」

 にっこりと笑いかけると、彼はほっとしたように笑った。

 いつしよに昇降口を出る。

 さっきよりも、ふたりのきよが近くなっている気がした。

「桜井は優しいな」

 歩き始めると、西内くんのほうから話しかけてきた。

「えっ?」

「転校生、しかもあんな個性的な人に話しかけるなんて、誰にでもできることじゃない」

「そんな、たいしたことじゃないよ」

「たいしたことだよ」

「……ありがとう、西内くん」

 西内くんは私をほめたけど、白鳥くんに『なんでも聞いて』と言った彼も優しいと思う。

 ふたりで白鳥くんに話しかけたから、こうやって一緒に帰ることができたのかもしれない。きっかけをくれた白鳥くんには感謝しなきゃな、と思った。


 ──次の日。

 西内くんに会えるのが楽しみで、ウキウキして学校へと向かった。

 昨日は途中まで一緒に電車に乗って帰った。

 同じ学校の人達にちらちら見られて少し気まずかったな。

 またウワサされてるのかなって思うと落ち着かなくて、西内くんともうまく話せなかった。

 でも、私が先に電車を降りるとき、西内くんから「これからも一緒に帰ろうな」と言われて、もやもやした気持ちがっ飛んだ。

 今日も明日もずーっと一緒に帰れるなんて、うれしすぎる。

 席についてアコちゃん先生を待っている間、ニヤニヤが止まらなかった。

 れいが鳴ると先生がやってきて、朝のあいさつのあとに簡単な事務れんらくをきいた。

 午前中はずっとホームルームで、まずは学級委員などの委員決めを行うらしい。

 今年はどの委員にしようかな。

 去年は美化委員でこれといって大きな仕事がなかったから、今年は遠足委員に立候補してみようかな。

 なんだか楽しそうだし。

 千秋ちゃんと一緒にできたらいいけど、彼女は多分……。

「じゃあまず、学級委員に立候補する人はいませんか?」

「はい!」

 アコちゃん先生の声かけにすぐ反応したのは、目の前に座っている千秋ちゃんだった。

 やっぱそうだよね。

 一年の時も学級委員をしていたもの。

 しっかり者の彼女は適役だと思う。

「ほかに立候補もいないようなので、賀上さんにお願いしたいと思いますがよろしいですか?」

 どこからともなくはくしゆが起こる。

 まんじよういつで女子の学級委員は千秋ちゃんに決まった。

「続いて男子の学級委員ですが、立候補はいませんか?」

「フッ……ついにこの時が来たか」

 男子の学級委員に名乗り出たのは、転校生の白鳥くんだった。

 立ち上がってきようたくの前まで出ると、りよううでを胸の前で組んで、アコちゃん先生の横に立った。

「俺様は幼少期からていおう学を学んでいる。安心してついてくるがいい」と得意げにつぶやく。

 白鳥くんのとつな行動に教室がどよめいた。

 先生もぼう然としている。

「えーっと、つまり学級委員に立候補するってことでいいのかな?」

 白鳥くんは大きくゆっくりとうなずく。

「でも、白鳥くんは転校生だし、学級委員は難しいと思うのだけど……」

 私も同じことを思っていた。

 転校生っていうのもあるけど、きようれつに個性的な彼は、みんなをまとめるタイプではなさそうにみえるけど……。

「先生、慣れないかんきようでも堂々としている白鳥くんならだいじようだと思います。なんてったって、ほう使つかいだし! わからないことはあたしが教えます」

 千秋ちゃんは白鳥くんの立候補を後押ししている。

 彼女は人をからかうようなタイプじゃない。

 ……ってことは、本気で白鳥くんが魔法使いだって信じてるんだ。


〝この世界には、魔法というふしぎな力を使える人間がいる〟


 いつか子供のとき、お母さんに教えてもらったことがある。

 でも、魔法が使えるかは血筋によって決まっていて、ほとんどの魔法使いはそのことをかくしているらしい。

 子供のころはアニメのえいきようで魔法少女にあこがれていたから、現実を知ったときはショックだったな。

 また、魔法使いの人数は年々減っているとも聞いた。

 実際、十六年生きてきて今まで出会ったこともないし、都市伝説じゃないかとすら考えていた。

 魔法なんてみたこともないし、みんなも同じだと思う。

 だから、白鳥くんが魔法使いだと信じているのは千秋ちゃんくらいじゃないかな。


「賀上さんがそういうなら大丈夫でしょう。では、男子の学級委員は白鳥くんにお願いします」

 アコちゃん先生は困ったように笑いながらも拍手をしてこたえた。

 みんなも先生に合わせて、パチパチと手をたたいた。

 白鳥くんは、先生のとなりで満足そうに笑っていた。

「──では、賀上さんも前に出てきてください。これからは学級委員のふたりに進めてもらいます」

「はい!」

 ほかの委員決めは、千秋ちゃんと白鳥くんが取りしきって行うことになった。

 千秋ちゃんがみんなに声をかけて、白鳥くんは黒板に名前を書いていく。

 白鳥くんの字はとてもきれいで、まるで国語の先生みたいだと思った。

「次は遠足委員です。定員は四名で、うち二名は学級委員がやります。立候補はいませんかー?」

 そっか、遠足委員は千秋ちゃんもなるんだ。

 一緒にできたら楽しそうと思って、私は迷わず手をあげた。

 ほかにはどんな子が立候補しているのかな?

 私より前に座っている人たちはだれも手をあげていない。

 後ろも気になるけど、わざわざり向くのもどうかと思ってかくにんしなかった。

 千秋ちゃんは私と後ろのほうをこうに見て、意味深に笑った。

「残りの二名は桜井さんと西内くんに決まりました!」

 えっ……ウソでしょ?

 西内くんも遠足委員に手をあげたの?

 最初は聞きまちがいかと思った。

 でも、白鳥くんがふたりの名前を書いたのを見て、そうじゃないと知る。

 ちょっと照れちゃうけど、うれしいな……。

 いつしよに遠足の準備をしたり、しおりを作ったり、いろんなことができるんだ。

 千秋ちゃんと白鳥くんもいて、楽しくなりそうだし。

 五月の遠足のことを考えるだけでウキウキした。


 すべての委員決めが終わり、休み時間となった。

 すぐに教室の前にいる千秋ちゃんのところへ行く。

「千秋ちゃん、一緒の委員になれたね!」

「うん、あたしもうれしいよ。……白鳥くん、学級委員も遠足委員もがんばろうね」

 千秋ちゃんは、すでに席についている彼に声をかけた。

「うむ。全身ぜんれいをかけて職務をまつとうするとちかおう」

「うわー、さすが魔法使い。言うことがちがうなあ!」

 こんなに目をキラキラさせる千秋ちゃんは初めて見た。

 白鳥くんのこと気に入っているのかな?

 見た目も中身も個性的で、物語に出てきそうなキャラクターだもんね。

 好きなアニメやマンガの話をしているときよりも楽しそうだ。

「ねえねえ、魔法使えるんでしょ? なにか見せてほしいな」

「見せてやりたいのは山々だが、あいにく今は魔力がきている。回復するまでに三週間はかかるだろう」

「どうして魔力が尽きているの?」

「フ……話せば長いが、ちょっとドラゴンとやり合ってな……」

「ドラゴンと!? うそ、すごいじゃん。くわしく教えて教えて」

 それからしばらく、千秋ちゃんは白鳥くんの話を興奮ぎみに聞いていた。

 私はまったく話に入れていない。

 千秋ちゃん、ファンタジー設定のお話が好きだからなぁ。

 ドラゴンっていうワードが心にひびいちゃってるのかもしれない。

 先に席にもどると、また白鳥くんのウワサ話が聞こえた。

 昨日と同じ女子たちが話している。

 よっぽどウワサが好きなのかな……?

「ドラゴンなんているわけないのにね」とか「魔力が尽きたとか、魔法が使えない言い訳だよね。やっぱ中二病だ」とまったく信じていないようだった。

 白鳥くんを信じる千秋ちゃんのことも「本当に信じてるのかな、ありえない」とあきれていた。

 中二病なのかもしれないけど、白鳥くんの話をウソって決めつけるのも、かげでウワサ話をするのもよくないと思う。

 私も西内くんとのウワサが広まっていると知って、複雑な気持ちになったもの。

 彼女たちよりも、白鳥くんの話を信じる千秋ちゃんのほうがよっぽど好感持てるし、千秋ちゃんと友達でよかったと思った。

「いやー、まさか魔法使いと話せる日が来るなんて思わなかったよ」

 席に戻ってきた千秋ちゃんはとても満足そうだった。

「本当に魔法使いだったらかっこいいよね」

「うん!」

 千秋ちゃんに同調してみると、彼女はすごくうれしそうだった。

 今の言葉には〝千秋ちゃんは間違ってないよ〟っていう意味も込めている。

 私のことも「ありえない」ってウワサされるかもしれないけど、別にいい。

 私は、どんな時も千秋ちゃんの味方でいたいと思った。


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