第2話「強烈な転校生」③

 午後からは久しぶりの授業を受けた。

 少しねむくなったけど、がんって先生の話を聞いた。

 放課後はそう当番で残ることになった。他のメンバーは白鳥くんや千秋ちゃんだ。

 西内くんは『図書室に寄ってくる』と教室を後にした。

 一緒に帰るために待っててくれるんだ。

 ありがたいけどちょっと申し訳ないな。

 彼のためにも、てきぱき終わらせてしまおうと思った。

「私、ゴミ捨てに行ってくるね」

 燃えるゴミをふくろにまとめ、千秋ちゃんに声をかけて教室を出た。

 ろうを歩いている時も、げた箱でくつきかえている間も、ずっと西内くんのことを考えてた。

 頭がお花畑になっていたのかな。

 ……昨日感じていた心配ごとが、するりと頭からぬけおちていたみたい。

「ねえ、桜井さん」

 ゴミ置き場にゴミぶくろを捨てていたとき、後ろから声をかけられた。

 り向くと、同じクラスの女子がふたりいた。

 よくウワサ話をしている子たちだ。

 白鳥くんのこともそうだし、昨日私と西内くんが一緒に教室を出るときも話していた。

 掃除をしているときは教室にいなかったのに、わざわざ何の用だろう。

 ……いやな予感がする。

「えっと、私に何か用かな?」

「単刀直入に聞くけど、西内くんと付き合ってるの?」

 質問してきた子はこわい顔をしていて、もうひとりの子の表情は暗い。

「つ、付き合ってるよ、西内くんと……」

「ホントに? それって、どっちからコクったの? まさか、彼のほうから告白してきたなんて言わないよね!?」

 彼女のはくりよくがすごくてたじろいでしまう。

 なんで、こんなことを聞かれてるんだろう……?

 私みたいなつうの女子が、カッコいい西内くんと付き合っているから?

 あんまり答えたくないけど、だまっていてもじようきようは変わらない。

「私のほうから告白したよ」

「それってけがけじゃん! 桜井さんズルいよ。西内くんは〝みんなの王子様〟なんだよ? それくらいわかるでしょ?」

「西内くんが女子に人気っていうのはもちろん知ってるけど……」

「それにさ、西内くんにはこの子のほうが似合うと思うの。かわいいってよく男子に言われてるし。この子、西内くんのこと本気で好きだったんだよ?」

 ああ、そっか。

 だから黙ってる子は悲しそうにしているんだ。

 私にだって彼女のつらい気持ちはわかる。

 でも、責められるのはちょっと理解できない。

 それに、西内くんにだれがふさわしいかなんて、彼本人が決めることなのに。

「気持ちはわかるけど、でも……」

「っていうか、ホントに西内くんにオッケーしてもらったの? 桜井さんがかんちがいしてるってことはないの?」

「それはないと思うよ」

「じゃあ聞くけど、西内くんは桜井さんのことをいつから好きだったの? どういうところが好きだって言ってた?」

 質問に答えることができずに、きゅっとくちびるをむすぶ。

 たしかにそういうことは何も聞いていない。

 でも、ちゃんと返事はもらってる。

 私のことを気になっていたって言ってたし、彼女だって思ってくれてるはずだ。

 西内くんの彼女だって胸を張りたいのに、なぜかうまく言い返すことができない。

 くやしいのか悲しいのか自分でもわからないけど、胸が痛くてうつむいた。

 ──その時だった。


「そなたらに文句を言う資格はないと思うが?」


 はきはきとした話し方、遠くまで届く低い声。

 昨日出会ったばかりだけど、変わった言い回しで白鳥くんだとすぐにわかった。

 彼は片手にゴミ袋を持っている。

「はあ? 何それ、どういう意味よ」

 私にしつもんめをしてきた子は、ほこさきを白鳥くんに向けた。

「〝西内はみんなのもの〟と徒党を組んでいるのは、告白する勇気がないからだろう? 桜井にはその勇気も、傷つくかくもあった。そなたらより一歩先を進んでいただけのことだ」

 白鳥くんはりよううでをクロスさせ、なぞのポーズを決めている。

 女子たちはとつぜん現れた転校生にたじろいでいるようだ。

「あ、あんたに何がわかるの? 私たちのこと何も知らないくせに」

「貴様らは人のウワサ話ばかりする人間。桜井は転校生をづかえる人間。どちらがきれいな心を持っているか、なんて考えるまでもない。西内が彼女を選んだ理由、この俺様にはわかるぞ」

「な、なによ……」

 女子はぐうの音もでないようで、苦いお薬を飲んだ時のような顔をしていた。

 ずっと黙っていた、西内くんにかたおもいをしていた女子が「もう行こう」と小声でつぶやいた。

 ふたりの背中が小さくなったのをかくにんして、白鳥くんに話しかけた。

「どうもありがとう。白鳥くんの言葉、うれしかったよ」

「……それは、どういたしまして」

 あれ? 思ってた反応と違う。

 また難しい言葉を使ってくるかと思ったのに。

 私と目を合わせようとしないし、心なしかほおがほんのり赤い。

 もしかして、お礼を言われて照れているのかな?

「そういえば、教室にまだゴミあったの? 気づかなくてごめんね」

「いや、これは見知らぬ初老の男性にたのまれたのだ。断る理由もないので引き受けたが、迷ってしまってな」

 先生が転校生と知らずに頼んだのかな?

 転校生だってちゃんと言えばよかったのにね。

 なおに引き受けたり、困っている私を助けたり、お礼をしたら照れたりする。

 白鳥くんは見た目と言動がハデなだけで、本当は普通の男の子なのかもしれない。

「そうなんだ。燃えるゴミはこの場所で、燃えないゴミはあっちにあるよ」

「ほう。インプットかんりようだ」

 ゴミを捨てた白鳥くんといつしよに教室までもどる。

 特に話がはずんだわけでもないけど、ふしぎと落ち着くというか、なつかしい感じがした。

 まだ出会ったばかりなのに、どうしてだろう。

 彼がいい人かもしれないって思ってるからかな。


 教室に戻ると西内くんが待ってくれていた。

 当たり前のように「帰ろうか」って声をかけてくれて、なぜかほっとした。

 あんなことがあったからかもしれないね。

 心配をかけたくないから、西内くんには言わないでおこうと思った。

 帰っているときは、主に委員会のことを話した。

 二回目だからか、昨日よりも自然に会話できているような気がする。

「西内くんも遠足委員になりたかったんだね」って何気なく聞くと、少し間を置いて、「興味あったし……桜井も手をあげてたから」と照れくさそうにつぶやいた。

 まさか、西内くんがそんな風に思ってくれていたなんて!

 サプライズな告白に胸がドキドキする。

 ゴミ捨て場で感じた嫌な気持ちをいつしゆんにしてぬりえてくれた。

 幸せになるほうをかけてくれたのかなって思っちゃう。

 彼と付き合ってから、うれしいことやドキドキすることがたくさんあるなぁ。

 まるで毎日プレゼントをもらっているみたい。

 その一つ一つをしっかり胸にとどめておけば、どんなことでも乗りえられる気がする。

 西内くんとの思い出をひとつも忘れたくないから、日記をつけてみようかな。

 きっと未来の私に元気をくれるような気もするし。

 思い立ったがきちじつ、さっそく週末に日記帳を買いに行こうと決めた。


■□■



 そして、二年生になって初めての週末がやってきた。私は日記帳を買うためにひとりでショッピングモールにきていた。

 ピンクと白のドットがかわいい日記帳を買ったあと、モール内のドーナツ店できゆうけいすることにした。

 生クリーム入りのドーナツとカフェオレを注文して、カウンター席に座る。

 カフェオレをひとくち飲みながら何気なくスマホを手にとると、西内くんからメッセージが届いていることに気づいた。

【来週の土曜日、予定が空いていたら会わないか? 用事が一区切りついたんだ】

 まさかの内容にスマホを落としそうになった。

 これってつまり、初デートのおさそいだよね?

 体がふわふわする。こんなにはやくデートができるなんて思わなかった。

【会いたい!】

 すぐに返事を送ると、西内くんから【ありがとう、楽しみにしてる】とれんらくがきた。

 楽しみにしているのは私のほうだよー、と心の中でさけぶ。

 今からワクワクしちゃう。どこに遊びに行くのかな。

 やっぱ定番の映画かな。いまどんな作品が公開されているのか確認しなくちゃ。

 水族館か動物園にいくのもいいかもしれない。

 それぞれのレジャースポットの近くにどんなお店があるかも確認しておこう。少なくともランチかお茶はするだろうし。

 なにより、一番準備しないといけないのは洋服だよね。

 ドーナツを食べたら家に帰ろうと思ってたけど、ショップをのぞいてみよう。手持ちは多くないけど、買えるものがあるかもしれない。

 うれしいなやみがいっぱいで、ニヤニヤが止まらない。近くに座っている人には変に思われてるだろうけど、気にしない。

 今日はなんてらしい日なんだろう。

 さっそく日記帳にも書くことができた。

 このうれしくてたまらない気持ち、全部書きとめておきたいな。

 ドーナツをひとくちかじる。いつもよりもうんと甘い気がした。


■□■


 翌週の金曜日、デート前日。

 昼休み前の授業はホームルームで、五月にある遠足の班決めをすることになった。

 遠足はハイキングとバーベキューで、バーベキューはグループごとに調理をするみたい。

 私は同じ遠足委員の西内くん、白鳥くん、千秋ちゃんと組むことになった。

 楽しそうなグループだなぁ。

「では、グループごとにリーダーを決めてください。決まったところから昼休みに入ってね」

 アコちゃん先生の指示のもと、グループに分かれて集まることになった。

「とりあえず、西内の席にでもいこっか」

「うん」

 私と千秋ちゃんは、一番後ろの西内くんの席まで移動した。西内くんのりようどなりに白鳥くんと千秋ちゃん、千秋ちゃんの横に私が立つ。

 ふと、座っていた彼と目が合った。

 やさしく笑いかけてくれたので、ドギマギしながら笑い返した。

「リーダーやりたい人いる? いなければあたしが──」

「俺がやるよ」

 名乗りをあげたのは西内くんだった。

 一年のときはクラスをまとめるような役はしていなかったのに、どうしたんだろう?

「西内が? こういうの得意だっけ?」

 千秋ちゃんも首をかしげている。

「別に得意ではないけど、学級委員に遠足のリーダーまで任せたら負担だろ」

「西内……あんためっちゃいいヤツじゃん! ありがとう」

 千秋ちゃんは西内くんのかたをバンバンたたいた。

 西内くんは「痛いから」と表情をゆがめている。

「じゃあ、リーダーも決まったことだし、お昼休みに入ろー」

と千秋ちゃんが言って、私たちはそれぞれの席へと戻った。

 自分の席でバッグからお弁当を出していると、近くの席の女子ふたりが話しかけてきた。

 名前はたしかれいちゃんとおりちゃんで、ふたりとも明るいタイプの子だ。

「ねえねえ、さっき西内くんとアイコンタクトとってたでしょ。私、西内くんが笑ったところ初めて見たかもー」

「アイコンタクトだなんて……たまたまだよ」

 たしかに、西内くんは学校では無表情のときが多いかもしれない。

 でも、ふたりでいるときは、よく笑っている気がする。

「いいなぁ、イケメンな彼氏がいて。私たちもいるけどさ、ぜんぜんかっこよくないよ」

いつしよに帰ってるんでしょー? どっかに寄り道した?」

「ううん、まだなんだ」

「だったら、学校近くに美味おいしいクレープ屋さんがあるよ、穴場のカフェもあるし教えるね」

 ふたりはおすすめの寄り道スポットを教えてくれた。

 そっか、そういうデートの仕方もあるんだ。

 西内くんはいつも用事があってまっすぐおうちに帰るから、寄り道したことはなかった。

 いつか私も西内くんといろんな場所に行ってみたいな。

「デートはどんなところに行ってるの?」

「ええと、じつは明日あしたが初デートなんだ」

 じらいながら答えると、ふたりはキャーキャーさわぎはじめた。

 あまりにも声が大きくて、周りに注目されないか、特に西内くんに聞かれていないかひやひやする。

「初デートとかドキドキするね。西内くんならぜったいてきなところに連れていってくれるよ」

「来週、話聞かせてね。楽しみに待ってるから!」

「う、うん。ありがとう」

 自分がこいバナの中心になるのは初めてで、なんだかくすぐったかった。

 でも、この前みたいに文句を言われなくてホッとした。みんながみんな、私にフマンを持っているわけじゃないのかな……?

 明日の場所は西内くんが決めてくれるらしい。

 どんなところに行くのか楽しみだなぁ。

 素敵なデートをして、ふたりに報告できたらいいなと思った。


<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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