第4章 チャンスはつかむもの
RAISEのキョウに手を引かれているなんて……とても信じられなかった。
キョウはエレベーターではなく、階段を選んだ。ゆっくりと下りて行ってもらっているのに私は、今にも足がふらつきもつれて転びそうになる。
階段を下りた先にはドアがあった。キョウはつかんでいた私の手を
ぱちんと音がしたあと、暗かった部屋がパッと明るくなった。
「入って」
「……お
そろりと、部屋の中へと足を
すぐ目に飛びこんできたのは、大きなドラムセットや何種類ものギターだった。
「あの。ここって……?」
(もしかして、RAISEの練習場所?)
キョウと二人っきりに緊張しつつも、胸は
「適当に座って」
楽器だけじゃなく、手前にはイスやソファ、ローテーブル、
「君、翔と幼なじみって本当?」
「本当です。翔とは小学校に上がる前から友達です」
「君の名前は?」
「
キョウはしばらく考えこんだあと、口を開いた。
「……翔と会わなくなって三ヶ月になる。長く
「連絡が取れない? どうしてですか?」
首を
「理由はわからない。翔は、すぐに
「そんなに長く会っていないと心配だし、色々困りますよね……。具体的にいつからですか?」
「イブのライブの数日後が最後」
つまりクリスマス以降……。そう聞いて胸にずきんと
「……あの、翔の学校には?」
「入学した高校? 放課後に何度か行ったよ。でも
(あ、そっか……。翔の学校へ行くにはここから二時間以上かかる。学校が終わって向かっていたんじゃ、ちょっと難しいかも)
「どうしようか次の手を考えている時に、翔と幼なじみの君が現れた」
まっすぐみつめながらキョウは、少し
急にここへ招き入れてくれた理由がわかって、協力をしてあげたいと思った。けれど……。
私は
「……ライブがあった次の日、クリスマスパーティーを友達としました。その場には翔もいて実は、……その時に私たち、ケンカしちゃったんです」
「ケンカ?」
「翔と絶交状態です……。仲直りをせずにそのまま中学校を卒業しちゃって……」
理由は、私の受験する学校についてだった。
■□■
『今から志望校を蒼学に
『やってみないとわからないじゃない。蒼学にキョウがいるなら私
さっきまで楽しそうにしていた翔は、
『RAISEファンの子がいきなりキョウの前に現れたら
『翔は普通に受験して蒼学受けるんじゃなくて、
『おまえなあ……。
あきれ顔で翔は言ったけれど、私の意志は固かった。
『翔に何を言われても私は蒼学を受ける。もう決めたの!』
『決めたって、お前今思いつきで言ってるだろ。受験まで日がないし、絶対無理だって!』
『もう、翔のバカ! 無理無理言わないでよ!』
『バカ?……じゃあ勝手にしろ。花音が泣いたって俺は助けてやらないからな!』
『翔の助けなんていりませんよーだ!』
思いっきりあっかんべーをして、それ以降、翔とは目も合わせなかった。
きっかけはどうあれ、子供みたいなケンカの延長で、その時はまさか卒業したあとも翔とケンカ別れしたままになるなんて、思いもしなかった。
■□■
「……そうか、翔とケンカしているなら連絡は無……」
「いえ、やってみます!」
私はキョウの言葉にかぶせるように強く言った。
「キョウさんが、連絡を取りたくて困っているなら……私にできることがあるならします」
「でも……」
「翔と仲直りするきっかけにもなりますし、だから、
キョウに向かってニコッと笑ってから、翔の番号を押した。
「……あれ? ……ごめんなさい。私も、ダメみたいです……」
何度かけても、『お留守番サービスに接続します』というアナウンスが流れるだけだった。
「幸崎さんでもダメか。ごめんありがとう。……あとはやっぱり行くしかない。自宅の電話番号か住所、教えてもらってもいい? 直接俺が行くから」
電話がつながらなくてへこみ、頭を下げていた私はパッと顔をあげた。
「それが……翔の家には固定電話がないんです。それに、家は私の家の隣なんですけど、翔は高校から
「いない? そうなんだ……」
顔色をくもらせ本当に困った様子のキョウを見て、何とかしてあげたいと本気で思った。
「キョウさん。私、翔のお母さんとは仲がいいんです。だから、寮の電話番号とか聞いてみましょうか?」
私の提案にキョウは驚いたらしく目を見開いた。
「いや、俺が母親に会……」
「翔のお母さんはいつも夜が
キョウはしばらく考えた後、申し訳なさそうに言った。
「……そうだね。とりあえず、連絡先聞いてきてもらってもいい?」
「はい! 帰ったら早速聞いてみます!」
「……お願いします」
ぺこりと頭を下げられて私はあわてた。
「こんなことくらいしかできなくて、すみません!」
「ううん。すごく助かる。ありがとう。引き受けてくれて」
「できることがあるなら、喜んでお手伝いします!」
明るく
「俺と幸崎さんは今日会ったばかりでしょ。しかも
「お礼!?」
キョウの言葉に目をまん丸くさせた。胸がバクつきはじめる。
「お、お礼だなんて。そんなのいい……あ。でも……」
見返りが欲しくて協力しようと思ったわけじゃない。けれど、欲しいものが一つ、ぱっと頭に
「なに?」
キョウに
「……ここって、キョウさんたちRAISEの練習場所ですよね?」
「うん。
「……RAISEの曲を
「出入りしたいってこと?」
「はい……!」
ドキドキドキ。
(
翔と連絡を取る。それは、RAISEのため、キョウや翔のためだ。
音楽なんてド
一瞬で心をつかむRAISEの音が生まれる
「……私、最初に聴いたライブがRAISEでよかったです。
あふれる
思いっきり頭を下げると、一瞬シーンと静まり返った。
「バンド内のルールなんだけど、ファンはここの出入り禁止なんだ」
(……残念。断られちゃった……)
キョウの返事に心がしゅんと
「……けど、一つだけ方法がある」
下げていた頭をぱっと上げて、期待しながらキョウを見た。
「手伝い。俺たちの協力をしてくれる? そしたら関係者として出入りできる。あと、ここを秘密にしてくれるなら」
「もちろんです!
勢いよく返事をすると、くすっと笑われてしまって、ちょっと
「何をお手伝いしたらいいんですか?」
「実は、ちょうどいい人いないか探してたんだ」
キョウは私に視線を合わせると、はっきりとした口調で言った。
「翔と
「え……ミュージック、ビデオ……?」
「幸崎さん、出演してくれない? 俺の〝彼女役〟として」
頭が真っ白になった。口をぱっくりと開けて私は固まった。
「か……彼女」
(として出演……!?)
キョウはにこりと微笑むと続けた。
「幸崎さんがここへ来る口実にどうかな?」
すぐには信じられなくて心の中で、『キョウの彼女役!?』と、何度も
「ひらめいたというか、
胸はバクバクと
「……大事なMVなのに、私でもいいんですか?」
思考力ほぼゼロ状態から何とか
「幸崎さんがいい。かな」
パッと顔を両手で押さえた。『幸崎さんがいい』が、今度は頭の中でリフレインを始める。
「でも心配しないで。出演といっても顔は出さない。変装してもらうから」
「……変装、ですか?」
「うん。MVの彼女役が幸崎さんだってバレて、
説明をうけても、いまいちぴんと来ない。
(何か理由があるのかな? というか、これ以上深く考えられない……!)
パニックになりながらもMV制作に
「やります。やらせてください! 手伝います!」
前のめりに、全力で引き受けていた。
「ありがとう。……ごめん。飲み物も出さずに。ちょっと待ってて」
話が一段落したところでキョウはソファの横にある冷蔵庫のドアを開けた。
私はずっとバクついている胸にそっと手を当てる。
(キョウを近い
ステージの下からだと見ることができなかったキョウの細かなパーツを、間近で見られて嬉しかった。
「幸崎さん」
「は、はいいっ!」
突然話しかけられて、裏声気味に返事をした。
「飲み物、りんごジュースしか今ないけど、飲める?」
「りんごジュース? 大好きです!」
「そう、よかった。ちょっと待ってて」
ふわりと微笑むとキョウは再び背を向けた。
(……キョウってなんかライブの時と
大人っぽくて落ち着いた雰囲気のキョウを見て、こっちはこっちで素敵だなとか、彼女役って何をすればいいの? とか、頭の中は
「……キョウ、さんって
受け取ったジュースを飲んでから、思ったことをそのままに聞いた。
「メガネは、変装なんだ」
「え? あ……、そっか。RAISEの正体は秘密。
キョウは静かにうなずいた。
「本名や学校、活動場所を知られたくないんだ。音楽に、集中したいから。だから、この場所はメンバーや俺たちの気持ちを理解してくれる人だけが出入りできる。
キョウはまっすぐ私の目を見て言った。力強い言葉と、
(そっか。なぜRAISEの
「……キョウさんは、音楽に本気なんですね」
アーティストとしてのキョウの音楽へのこだわりを感じた。
「うん。何よりも音楽が好き」
(……しゃべってる時のキョウって、とっても
ステージで歌っている時とのギャップに
そう思っていたら、キョウが急にくすりと笑った。
「ねぇ。幸崎さんの顔、りんごみたいに赤い」
「……え?」
「まさか、りんごジュースっで
「
キョウは急に私の顔に手を
「熱……。
たしかに顔が熱かった。
(うわぁ……! りんごみたいに赤いって、どんだけ赤いの!?)
微笑まれ、触れられたところからさらに熱くなる。思わず持っていたグラスでばっと顔を
「キョウさん。あまり見ないでください!」
「なんで?」
「は、恥ずかしいからです……!」
キョウは私の発言に
「……実は、まともにしゃべれる男の子は幼なじみの翔くらいなんです」
「え? そうなの?」
「……はい。でもキョウさんは優しいし、しゃべりやすいですけど……。彼女役、
「不安か……。ちょっとごめん」
「わあッ!」
再びキョウの手が私の顔に伸びてきて、
「ごめん。本当に苦手そうだね」
固まり、声にならない
「す、すみません! ごめんなさい。男の子苦手だと彼女役、く、クビですか?」
オロオロしながら聞いたらキョウはくすっと笑った。
「クビとかそんなのないよ。でも、もう少し慣れてはほしいかな」
驚きのあまり、目を大きく見開いた。
「……っ、な、慣れ……る」
(この
「まぁ、翔はまだ見つかっていないし、時間はある。ゆっくりでいいよ」
優しい言葉をかけられて嬉しかった。でも時間があるとはいえ、このままではダメだという自覚はあった。どうしよう? と頭をフル回転で働かせる。
しばらく考えてから私は、一つ提案をした。
「あの、もしキョウさんが
「……俺慣れ?」
キョウは再びきょとんとしながら不思議そうに首を
「彼女役、引き受けるからにはちゃんとやりたいし、……頑張りたいです」
(キョウの役に立ちたい。そのためなら、どんなシーンでも堂々と彼女っぽく、はたから見て
「……特訓って、具体的に何をすればいいの?」
「……さ、さぁ??」
そこはノープランだった。
キョウは視線を外すと、あごに手を置いて
「わかった。いいよ特訓。内容についてはこれからゆっくり考える。で、どう?」
「……はい!」
満面の
「じゃあとりあえず、形から入ろうか」
「形から、ですか?」
キョウは「うん」とうなずいた。
「花音。今から幸崎さんのこと、花音って呼び捨てにする」
「え!?」
「あと、俺の本当の名前は、ひびき。佐鳥響。これからはそっちで呼んで」
「ひ、びきさん?」
「メンバーはみんなプライベートでは俺を響って呼ぶんだ。俺も花音って呼び捨てにする。敬語もいらない、いい?」
「……よ、呼び捨てに、あと、敬語も!? 急には無理です!」
顔を横にふるふる振った。
(お
「じゃあ、ちょっとずつ。花音の名前ってさ、いいよね。
再び声にならない喜びの声をあげた。
(まさかあのRAISEのボーカルに、『花音』って、素敵な声で呼ばれる日が来るなんて!)
喜びにひたっていると、私の視界に伸ばされた響の手が映った。
「今日からよろしく、花音」
胸がトクトクと高鳴る。
(──
私の胸は
<続きは本編でぜひお楽しみください。>
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