第3章 運命の再会

 ──四月。クリスマスイブから数ヶ月がたち、高校生になった。

 私は広い校舎を移動するたびに在校生の姿をくまなくチェック。それなのに……

「……みつからない……」

(RAISEのボーカル『キョウ』。彼は、本当にこの学校にいるのかな……?)

 実は、RAISEのじようは関係者以外知られていない、なぞのバンドらしい。

 私が知っているのはただ一つ、キョウがここ『あおやまがくいん』の生徒だということ。

 この貴重な情報はライブ翌日、クラスメイトとクリスマスパーティーをした時、翔にたのみこんで特別に教えてもらったものだった。

「……まさか、翔ったら、うそを教えた?」

 蒼学はいわゆる名門高校で、そこへ私が入学できたのはまさにせきだった。

 志望校を蒼学にした理由は、あのイブの夜にライブで見たキョウにあこがれて。

 三学期に入ってからの突然の進路へんこう、しかも最初の志望校より数段レベルを上げてのちようせんに、周りのみんなは大反対だった。

 けれど、無我夢中でもうべんきようした私は奇跡を起こし、見事に受かった。

 私にこんなこんじようがあるなんて、自分にビックリ! それなのに入学してから数日たつけれど、お目当ての彼の姿をまったく見かけなかった。

「はあ……」とため息をきながら、のろのろと机の引き出しから音楽の教科書を取り出し席を立った。

 教室移動は、私にとってキョウがいないかアンテナを張りめぐらせる時間。

(……この人は、ちがう。背はもっとキョウの方が高い。この人も違う。もっと細いはず。……この人も、顔が全然似てすらいない。この人も全然……違う。違う。ちがーう。……いない!)

「……あれ? ここどこ?」

 気がつくと、キョウ探しに夢中になっていた私は迷子になった。

(……このろう、上級生がいっぱい。ということは、階をちがえた!?)

 音楽室は四階なのにどうやら三階までしか上がらず、廊下を進んでいたらしい。三年生のクラスが並ぶ廊下に一年生は私くらいで、階を間違えたことがずかしくなった。

 あわててくるりと半回転。頭を低くして速足で来た道を引き返す。ノンストップできゅっと右に曲がった。

「きゃあ!」

 次の瞬間、視界に映ったのは階段ではなく、人だった。

「いたッ! あ、ごめんなさい!」

 急には止まれず、メガネをかけた男子生徒に私はぶつかってしまった。

 かかえていた教科書とノートは派手に散乱してしまったけれど、その人はすでにしゃがみこみ、私のペンケースを拾いはじめている。

「すみませんっ!」

 私も急いで近くに落ちていた上級生のノートに手をばした。

(……え? とり……ひびき?)

 ノートの表紙に書かれている名前を見た瞬間、胸がどきんとね上がった。

(響……て、もしかして、キョウって読むのかな?)

 思わず顔を上げて、男子生徒を至近きよでみつめた。

 RAISEのボーカル、キョウは、メガネをかけていなかった。

 かみはゆるふわパーマで、まえがみはふわりと上げておでこが見えていたのをしっかりと覚えている。今、目の前にいる人はサラサラヘアーで前髪がメガネと同化するくらい長い。

 制服のネクタイもきちっとしているせいか、まじめで優等生に見え、キョウとはかけはなれている。

(だけど、前髪からのぞく切れ長の目が、似ているような……?)

「……君、ケガはなかった?」

 心配そうに聞かれ、キョウと目の前の人を照合していた私はハッと我に返った。

「だ、だいじようです!」

 差し出されているペンケースを受け取る。男の人なのに細くて長い、綺麗な指だった。

 そばに落ちていた自分の教科書も拾うと、すくっと立ち上がった。

「あの、そちらは大丈夫でしたか?」

 拾った相手のノートを差し出しながら聞いた。

「俺も大丈夫」

「……よかった……」

 派手にぶつかってしまったけれど、相手にケガをさせていなくて、ほっとした。

「……廊下を走ってすみませんでした!」

「君にケガがなくてよかった」

 頭を下げもう一度謝ると、彼は安心した様子で、ふわりと微笑ほほえんでくれた。

(……やさしい。私が一方的に悪いのに、おこらないで心配してくれた。それにしても、落ち着いたよく通る独特の声も、ちょっとキョウに似ている……? でもやっぱり違うかな……)

 確信が持てなくて、ただドキドキしていると、れいのチャイムが鳴った。

 彼は「じゃあ」と言って背を向けると、その場から去って行った。

「……私も行かなくちゃ」

 少し気になったけれどゆっくりしている時間はなく、目の前の階段を急いでけあがった。




 その日の放課後、乗りつぎのために私は駅のホームのベンチに座っていた。

「どうしよう……」

 深くため息をきながら、手元に視線を落とす。ひざの上に広げた見覚えのないめんをみつめ、もう一度ため息をこぼした。

(……これ、きっと上級生のだよね……)

 ノートのすきに一枚だけ、見覚えのない譜面が交ざっているのを見つけたのは、音楽の授業が始まってからだった。

(教科書を拾った時に交じっちゃったんだろうな。綺麗な字で、メモまでしてある……)

 顔をあげて電光けいばんのデジタル時計に目をやる。あと三分だとかくにんしてから再び手元の譜面に視線をもどした。

(……明日あした、この譜面を届けに行ってみようかな)

 上級生の階に行くのにはとても勇気がいる。しかも自分からせんぱいに話しかけるなんて、想像しただけでも足がふるえる。けど、

「きっと、今ごろなくして困ってるよね……」

 とりあえず明日、昼間に同じ場所へ行ってみようと決めた時、ゴオという音のあとに風が通過した。あわてて譜面が飛ばないように上から手で押さえる。顔をあげて、ホームに入ってきた電車に目を向けた。

「……あれ?」

 思わず声が出た。それと同時に胸が、とくんと跳ね上がった。目を大きく見開く。

 昼間の上級生が、とうちやくしたばかりの電車から降りてきた。

 改札口に一番近い車両にいた彼は、そのまま私に気づかずホームから立ち去ろうとした。

(わ。行ってしまう。この譜面、届けなくちゃ……!)

 なやむひまはなかった。立ち上がると、乗るべき電車に背を向けて私は駆けだした。ひとみをぬうように進み駅をけ出す。

「あれ? 雨……」

 駅前のロータリーに、ぽつぽつと色とりどりのかさく。彼の背は目の前の横断歩道をわたった道の向こうにあった。

 信号は赤で、私は傘をさし、びして見失わないように目で追ったけれど、人混みがその背をかくしてしまう。

 やっと信号が青になると私はもうダッシュで追いかけた。東西にまっすぐ延びるみち沿いの歩道をっ走る。見失った付近まで来ると、きょろきょろと辺りを見回した。

 ふとそばに建つ、古びたビルが目に留まった。ゆっくり近づき、五、六階建てのビルを見上げた。フロア案内板を見つけ、傘をたたみながら覗きこんだ。

 上から順に見ていく。六階は美容系のクリニック。次が英会話と法律事務所、ダンススタジオ。そして地下一階はスタジオ『SOUサウNDンド』。

(……このビル、いろんなお店が入っているみたい)

 エントランスはそんなに広くはなく、奥にエレベーターとそばには地下と二階へとつながる階段が見えた。

「君……昼間の子だよね」

 とつぜん後ろから声をかけられて、かたが跳ね上がった。ぱっとり返る。

 そこには探していた彼がメガネを外し、無表情のまま私を見下ろしていた。

「俺のあとをつけてきたの?」

 ドクンときんちようが走った。

「……えっと、ごめんなさい。つけたのは……その、これを!」

 私は急いでバッグから譜面を取り出すと、差し出した。

「昼間はすみませんでした。たぶんその時に間違えて持って帰ったみたいで……お返ししたかったんです!」

 彼はいつしゆんきょとんとしたあと、私から譜面に視線を移し、ゆっくりと手を伸ばした。

「これ、君が持ってたんだ。ありがとう、届けてくれて」

 お礼を言われ、心の中で花がパッと咲いた。

「……あの。もしかして……」

 体が心臓になったみたいにバクンバクンとれる。おそるおそる、聞いた。

「RAISEのボーカル、キョウさん……ですか?」

 彼はまっすぐみつめてきた。

「……ひとちがいじゃない?」

 きっぱりと言われ、胸にどうようが走る。でも……

「目が……いつしよです。キョウの目と同じ」

「目?」

「メガネを外しているのを見て、そうかなって……」

 彼はおもむろに、胸ポケットに入っているメガネに手を当てた。

 数秒間のちんもく後、静かな声で言った。

「雨にれるとメガネがくもって不便だから外したんだ。そうか、それでバレたのか……」

 冷静にぶんせきしている様子だった。

(……やっと会えた。やっぱり、キョウだったんだ……!?)

 じわじわと実感が追いついてくる。

 もう一度会いたかった人がすぐ目の前にいると思うとうれしくて、それと同時に緊張が胸の中を走った。

「私、去年のライブを観に行きました! とてもよかったです」

「どうも」

「本当に感動しました! 幼なじみの翔にさそわれてバンドのライブ初めてだったんですけど、とにかくすべてがビックリで……」

「……翔の、幼なじみ?」

 キョウは急に、私の言葉をさえぎった。

「はい。私、翔と幼なじみです。家もとなり……」

「君、ちょっと今時間ある?」

 さっきまでつうだったのに、少し、様子がちがう。

「時間はありますが……」

「じゃあこっち来て。……話がある」

「え、ええ!?」

 言い終わるなりキョウは私の手首をがしっとつかんだ。そしてそのままビルの中へと進んだ。

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