第2章 一瞬で恋をした

のん、私こんな大きいライブハウスだと思ってなかった。すごいね……」

「本当だね。まさかしようがこんな場所でライブをするなんて……」

 今日は土曜日。そして、クリスマスイブ!

 私とクラスメイトであり親友のがさわらひとみは、歩道より少ししきに入った場所からライブハウス全体をながめた。

 駅から歩いて七分の、中心市街地にあるライブハウス『CRAクレイDLEドル』は、大物アーティストも好んで選ぶ、人気会場。広い敷地内は、たくさんの人でごった返していた。

 よく見るとひときわ人が集まっている場所があった。あれが入り口かもしれない。私と瞳はかたを寄せ合い、そこに向かってゆっくりとした足取りで近づいていく。

 私たちは会場一帯を包む独特のふんに少しきおくれしていた。

「花音! やっと来た……。おそいから迷子になったかと思った!」

「わッ!」

 急に後ろから名前を呼ばれ、心臓がねあがった。

「翔!」

 勢いよくり向くと、そこには幼なじみのまつばら翔が、ライブを観に来たほかのお客さんをけながら、あきれた顔ですぐそばまで近づいてきていた。

(ん? 翔、なんかいつもとちがう……。よく見たら、まえがみ少し上げてセットしてる?)

「翔、こんなところで何してるの? いていいの?」

「チケットあげたはいいけど……二人とも、ライブ初めてだろ? なかなか来ないからだいじようかなって心配で」

「……それでわざわざ? 準備もあるのに、ありがとう翔君」

 瞳は翔に向かってにこりと微笑ほほえむと、軽く頭を下げた。

「あ……。今日はありがとう。瞳さん。花音に付き合ってここまで来てくれて」

「ううん。私も興味あったから。翔君がギターやってるって花音から聞いて、絶対に行きたいって思ってたの!」

「そうなんだ。来てくれてうれしいよ。とりあえず中まで案内する。二人ともおいで」

 入ってすぐの受付でチケットを渡し、奥に進む。通路のかべには有名アーティストのサイン色紙や、今後の公演を知らせる告知ポスターがいくつもってあった。

 奥はロビーで、ここもたくさんの人でめつくされていた。グッズも売っている。

「ね、今日のライブって何時まで? 帰りが遅いとちょっと……」

 私はマフラーを小さくたたみ、バッグにっ込みながら翔に話しかけた。

「俺ら『RAIレイSE』はスペシャルゲストとして前座で演奏するよ」

「つまりトップバッター?」

「そういうこと。だから俺らのだけ聴くなら、花音の門限までには帰れるんじゃない?……どうした?」

「……終わったら、そつこう帰って勉強したくて」

「勉強?」

 信じられない! と言いたげに、翔は目をまん丸くした。

「……だって。受験もあるし、成績が……めいてきなぐらいやばいんだもん」

「あ。そういえば花音は今日、じゆくテストがあったんだっけ」

 瞳の言葉に私がこくりとうなずくと、翔がしれっとした顔で言った。

「テスト明けくらい別にいいだろ」

「よくない! 二人は頭いいけど私は……。今日のテスト、半分以上わからなかった……」

 瞳は成績がよくいつも学年でトップテン入りだから問題なし。翔も何事も器用で優等生。学校のすいせんをもらい、どこの高校に行くのかもう決まっている。

(……いいなぁ。私も『テスト明けくらい別にいい』とか言えるゆうしゆうな頭が欲しい……!)

「うちのボーカル、めっちゃかっこいいんだ」

「ん? ボーカル?」

 受験のあせりから、ついうつむいていた私は翔の言葉に反応して、パッと顔をあげた。

「『キョウ』って名前なんだけど、歌がずば抜けてうまい。だからま、こうかいしないと思うよ。……と、そろそろ俺、もどんないとだから行くわ。楽しんでいって。花音と瞳さん!」

「ありがとう。楽しみにしてる。翔君がんってね!!」

『STAFF ONLY』と書かれた通路に翔は入って行くと、あっという間に姿を消した。

「楽しみだね。花音」

「そうだね」

 二人そろって、中へとつながる重そうなとびらに視線を向ける。

 これから『初めて』を体験するという実感がいてきて、胸がわくわくしてきた。

「……ねぇ、中、入ろっか!」

「うん……!」

 がおでうなずきあうと、扉を瞳といつしよに体重をかけて押し開けた。

(わッ! なにこの人の多さ。ぎゅうぎゅうめ!!)

 中は外以上に人で埋めつくされていた。なのに、ステージ上にはだれもいない。

 少し音量を落としたBGMと、笑顔でおしゃべりをする人たちのざわめきが聞こえてくる。

(人がいっぱいで近づけないけど、意外とステージまではそんなに遠くないかも!?)

 ドキドキする胸を押さえ、しばらく待っていたら、とつぜんステージの左そでから翔とバンドメンバーらしい人が現れた。

「瞳、出てきた!」

「シッ。もう始まるよ!」

 グワアン! と、大きな音が鳴ってビクッと肩が跳ねた。思わず耳を手でふさぐ。

「わ、うるさッ……」

 ステージみぎはしにいる翔が、ライブハウス中にエレキギターのひずんだ音を響かせた。

(……ボーカルって、どんな人なのかな?)

 曲が始まっているのに、まだマイクスタンドの前には誰もいない。

 私の周りには、勉強ばかりの日常を忘れさせてくれるばくおん。人のかきと……熱気。

『何かが始まる』という期待で胸の高鳴りが最高潮に達したその時、急に音がぴたりとんだ。そして……

「「キャ──ッ!! キョウ──ッ!」」

 うすぐらいままのステージ袖から、男の人が一人、ギターを持って現れた。

『キョウ』と呼ばれたその人は、手を振る観客には見向きもせず、まっすぐ進んでいく。

 ステージ中央、マイクスタンドの前で立ち止まると、正面を向いた。

 真上からコバルトブルーの間接照明がその人を照らす。かんせいも止み、会場はしんと静まり返っていた。

 みつめていると、彼はギターのげんの部分に手を置いたまま、マイクにくちびるを近づけた。

 すう……と、大きく一つ、息を吸ったのがわかった。

 次のしゆんかん、 白い光が彼を強く照らし、あつとう的な存在感をともなって浮かび上がらせる。

 同時にまるでかみなりに打たれたみたいなすごいしようげきが、私の全身を一瞬で走りけた。

(……なにこれ……!?)

 やくどう的でしつそう感あふれる『サウンド』だった。

 そこにあるすべての音が巻きこまれていく。黄色い歓声すら、曲の一部のように感じた。

 ギター、ドラム、ベース。それぞれが持つこうげき的なノイズに歌声が合わさって、ばくはつ的な化学変化が起きていく。

 もんが広がるように、次々と押し寄せる音の波に、立っている感覚がない。

 観客みんなが大きくジャンプしてリズムを刻んでいた。一つのかたまりになってうねるようにれて、まるで身体からだいているみたいだった。

 その中で私は一人、足をんばって立とうとした。

 頭に焼きつくメロディーとフレーズ。激しい楽器の音をすり抜け届く、シャウトが混ざった印象的な歌声に、心が……ふるえる。

 彼は、今まで感じたことのない、見たことのない空気をまとっていた。

 ……せられて、目が、はなせない。

 印象的な切れ長で意志の強そうな目。男の人なのに、れいだと思った。

「……かっこいい……」

 今まで体験したことのない感覚だった。すっかり音の世界に包まれて抜け出せない。

 ずっと、歌っていて欲しい。もっといていたい。

 この瞬間ときが永遠に続けばいいのにと、本気で思った。

(お願い。終わらないで……)

 り返されるサビのメロディー。歌が最高潮に盛り上がる。


 ……すべてをちようえつした『音』

 気がつくとなみだほおをつたって、そっと、こぼれ落ちていた。

 それが彼、RAISEのボーカル、『キョウ』との出会い。

 すべてが彼に染まった瞬間だった。

 私は、いつしゆんで……


 こいをした。

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