第1章「信じたくて信じられなくて」③
放課後、疾斗はいつも通りさっさと帰ろうと思ったが、数学Ⅱの課題が出ていることを思い出す。今日のことで目をつけられただろうし、
とはいえ、まだ教室には人が集まっている。昼休みに大声を出したこともあって、いつもよりさらに
(あ、そうだ)
ふと思い立って、教室を出て階段を上る。周りに人がいないことを
(実はドアノブ
ふと思い返して、何かが欠けてしまったようなさみしさを感じる。そのさみしさを打ち消すように首を振り、疾斗はドアノブを
「よ……っと」
ガコッという音と共に扉を持ち上げ、開く。
座りこんで
ガコッ。
扉を持ち上げて開く時の音が聞こえて、ふと目が覚める。一瞬ここがどこだかわからなかった。
「え……。嬉野くん……?」
その声で一気に意識が
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
疾斗が驚いた声に相手も驚いたようだった。
顔を上げた先には、日廻つかさがいた。長い
「ご、ごめんなさい……」
「いや、その、びっくりしただけ……悪い、でかい声出して」
「ううん、こっちこそ、びっくりさせちゃってごめんなさい。嬉野くんも知ってたんだね、ここの扉の開け方。私だけかと思ってた」
真面目なつかさが、ここのドアの開け方を知っているなんて意外だった。
「えっと……座っても、いい?」
「え……別に、いいけど」
(何でっ!?)
その疑問をつかさにぶつけたかったが、顔には出さずにうなずく。つかさは
「ありがとう。勉強、してたの?」
疾斗のそばにある、広げただけの教科書とプリントを
「いや……。あんたこそ、何でこんなとこに? ここ、いちおう立ち入り禁止だけど」
立ち入り禁止、という言葉に、つかさは
「えっと……べ、勉強してる嬉野くんにこんなこと言うの、
いや、してない。
つかさは
「ゲームが、したくて……っ! 一人で時々、ここに来るの。友達はゲームとか興味なさそうで、その、家でもあんまりできないから……っ!」
「あ、そう……」
(そんな顔して言うことか?)
疾斗の
「嬉野くんも、いつも教室でやってるよね?」
「……何で、知ってるんだ」
知られていたことが少し
「ごっ、ごめんなさい! 勝手に見て……! でもあの、私の席から、嬉野くんのスマホ見えちゃうから、その、私も『Lv99』やってて、だから気になっちゃって……!」
(あ、もしかしてそれで、今日こっち見たのか)
きっとストラップのモンスターも知っていると思って、つい疾斗を──というより、疾斗のスマホを見てしまったのだろう。
黙って
「ご、ごめんなさい、しゃべりすぎだよね。でもゲームしてるってこと言えて
焦ってまくし立てるつかさは、教室では見たことがない姿だった。ひかえめで大人しい
「いや……いいけど。別に俺、怒ってないし」
怒ってないという疾斗の言葉に、つかさはホッと胸を
「ゲームぐらい、
「そう、かな? 友達は、あんまりしないみたいだから……」
身近に女子があまりいなかった疾斗には、女子の感覚はわからない。だが、今やゲームをする女子など
「……強いの?」
ちょっとした
「その……ひ、引かないで、ね……?」
つかさはスマホを出し、ためらいがちに疾斗に『Lv99』のステータス画面を見せた。
『
「レベル……きゅ、きゅうじゅうはち……? もうすぐ99……。課金した?」
「ううん。うち、そんなにお金ないし……課金の仕方も、正直よくわからなくて」
(じゃあスキル重視のガチ勢じゃん……)
「すげえ。課金なしでここまでって、めちゃくちゃ強いんじゃん」
思わず
(まずった……!?)
「……ごめ、ん。何か、悪いこと言ったなら……」
「ううん、
傷つけたわけではないらしい。ホッとして、つい疾斗もうなずいた。
「それは、わからなくもない」
「だよねっ! 嬉野くんは、もうカンストしてるの?」
ほんわかした高嶺の花から『カンスト』なんて言葉が出てくるのが意外で、ちょっと
「いや、俺もレベル98で止まってる」
疾斗がそう言うと、つかさは少し小首を
「カンストするのってちょっとさみしくて、ためらっちゃわない……? これ以上レベル上がらないって思うと、さみしいし、経験値
「それも、わかる……」
「だ、だよね! よかった、私だけじゃなくて!」
(もしかしてこの人、めちゃくちゃゲーマーなんじゃ……?)
これは
思わずつかさを見ていると、つかさが大きな目で見つめ返してきた。
(やべ……っ、こんなに見てたら、
「あの……嬉野くん」
(ほら来たよ……ごめんなさいすいませんでした)
つかさが何か言う前に、内心で謝り
「よ、よかったら、
「…………………………えっ?」
予想外の言葉に、脳の処理が
「──あっ!
「別に、嫌じゃない、けど……」
「ホント!? よかった! じゃあ、ID教えてもらっていい?」
決して、嫌ではないのだが──
(だから何でっ!? 何で俺なんかと高嶺の花が!?)
その疑問で疾斗の頭はいっぱいになる。自分の今の
しかし顔には出さないよう、疾斗はつかさに『Lv99』のIDを教える。
(
教室とは違う彼女の
IDを教え合い、相手をフォロー。これでマルチプレイができるようになる。
「この『ハヤト』だよね?」
「う、うん。そっちは……この『*ハナ*』? 何でハナ?」
何気なく訊いただけだったのが、つかさはひどく恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせた。
「その、私、チョコチョコ動画で音楽
「あ……その曲知ってる。中毒性高いやつ」
「ホント!?」
疾斗の言葉に、つかさは目を
「……俺も、よくチョコ動で音楽聴くから」
「そうなんだ! その楽曲が小説になっててね、その主人公の名前なの。すごく強くて、かっこよくて可愛い女の子だから……オ、オタク、だよね、私……」
「別に、そんな恥ずかしい理由じゃないと思うけど……」
というか、理由としてはメジャー。疾斗はただ何も思いつかなくて『ハヤト』にしただけ。今さら
つかさはうつむきがちだった顔を上げて、ホッとしたように笑った。
「……ありがとう」
周りにはゲームをする友人も、音楽の
自分の好きなことを一緒に楽しむまでとはいかなくとも、それを認めてくれる人さえいないなら、毎日
<続きは本編でぜひお楽しみください。>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます