視えるふたりの恋愛相談室/おみの維音

第1話「それは幼なじみの恋のゆくえ」①


 世の中にはごくまれに、人ならざるモノがえる人がいる。

 私──ゆいたばねも、その〝ごくまれに〟に当てはまるうちのひとりだ。

 視えるものはゆうれい。いわゆる、霊視や霊感といったもの。

 幽霊といってもピンからキリまであって、うっすらとけていて足がないものもいれば、りんかくがくっきりしていて生きている人たちと変わらないもの。さらには意思があってはっきりとしやべるものまで。本当にさまざまな幽霊が存在する。

 どうしてちがいがあるのか。それは私にもわからない。でも、未練が強いとか、そういったなにかしらの理由があるのだろうと自分なりに結論づけていた。

 もちろん、私が通う高校にも幽霊は存在する。


ねこちゃん、今日のお弁当はなんだい?』

『ミィー』

『あ、今日はエビフライが入ってる』

 中庭のベンチでお弁当箱を広げているところにやってきたのは、幽霊のなかでも積極的にからんでくるひとりといつぴきだった。

 自分が食べるわけでもないのに、お弁当箱をのぞきこみながらうれしそうに話すのは人型幽霊のセイゴだ。イケメンと断言できる容姿を持っているのに中身がなんとも残念というチャラ男である。写真でしか見たことがない旧型の制服をゆるく着こなしたこの学園の元生徒で、受験のせまった最終学年の十二月に交通事故に巻き込まれてくなったらしい。だけど、あまりに軽い口調で言われたためにそれが事実かどうか少し疑っていたりする。

 ベンチにあがって私のとなりでクワァっと口を開けてから丸くなったのは黒色の猫幽霊、ミィちゃんだ。セイゴいわく、めんどうくさがりの彼の親友が鳴き声をそのまま名前にしてしまったらしい。身体からだが子猫並みに小さいのは、幼いころにすいじやくしてしまったせいだそうだ。セイゴが死因を知っているのなら、ミィちゃんは彼の時代になにかあった猫なのかもしれない。

 ちなみに、セイゴが子猫ちゃんと呼ぶのはミィちゃんのことではなく私のことである。

 どうしてそう呼ぶのかはわからないけど態度を見るかぎり、からかいの一種だろうと思っている。

 高校に入学してから早一年ちょっと。幼なじみに彼氏ができたり、少しだけかんきようの変化があっても、視える幽霊たちとの関係もそこまで変わることなく日々過ごしていた。

 ──卒業までそう大きくこの日常が変わるわけがない。

 心の奥底では、そんな風に思っていたのだけど。


「束ちゃん……」

 セイゴの言葉を無視してもくもくとお弁当を食べていたらとつぜん、聞き慣れた声がした。

 声にひかれるようにり向くと、視線の先には幼なじみであり親友のはなかわがいた。

 今日の昼は彼氏のみどりれんくんといつしよに食べると言っていたはずだ。

 それなのにどうしてここに?

 よく見れば、彼女のひとみはいまにもなみだあふれそうなくらいにうるんでいた。

 いったいなにがあったというのだろうか。

「ちょ、寧々、どうしたの?」

「束ちゃんっ……!」

 じやにならないよう軽くふたをしてお弁当箱をベンチの上に置いて立ち上がると、寧々は真っ先に私にきついてきた。

「廉くんが……別れようって……」

 彼女がなんて言ったのか、すぐには理解できなかった。

 ──寧々と緑間くんが別れる?

 かたぐちに顔をうずめた寧々が声にならない声をあげて泣き出した。ハッとして、私はなだめるためにゆっくりと彼女の背にうでを回した。

 なんで──その言葉しか、頭にはかばなかった。

 別れる気配なんて全然しなかった。いつもなかむつまじくて、おたがいに好きなんだなっていうのが見て取れるぐらいだった。

 それなのにどうして急に……?

 寧々になんて声をかけたらいいのかわからず、私はただただ彼女の背をさすることしかできなかった。


 授業に出ると言ってきかなかった寧々をどうにか説得して保健室に送り届けた私は、午後の授業に出るために教室へと向かっていた。

 寧々はだいじようと何度も言っていたけれど、涙でれてしまったまぶたや精神じようたいを考えると、さすがにそのまま授業というわけにはいかないだろう。

『子猫ちゃん、けんにしわが寄ってる』

 ひっそりとついてきていたセイゴにてきされたけれど、私は気にすることなく歩みを進める。

 教室まであと少し。というところで、ふとだれかとすれ違ったような気がして私は勢いよく振り返った。視界に入ったうしろ姿に私はあわてて声をあげる。

「緑間くん!」

 呼び声に反応して足を止めて振り返った緑間くんの表情に私はぎょっとする。

「ああ、結野か……」

 緑間くんはひどくつらそうな表情をしていた。それは、どう見ても自分から別れを切り出したとは思えない感じだった。

 かける言葉が見つからないでいると、緑間くんはうつろに私を見て口を開く。

「結野、悪い。あとはたのむ……」

 そう言って声をかけるまえに行ってしまった緑間くんの背を、私はぜんと見つめた。

「なにあれ」

『うーん、ちょっと前からどこか思いなやんでる感じはあったけど』

 首をかしげながらそう言ったセイゴに思わずキッと目線を送った。

 ──なにか察してたのになんでいまのいままで言わなかったの!?

 はっきりとそう言いたくても、人が多く往来するこんな場所じゃ声にすら出せない。

 でも、セイゴは私が言いたいことを察したらしい。

『だって、ふたりでいるときはいつもどおりだったし、てっきり部活のことで悩んでるんだと思ってたんだよね』

 たしかにふたりのときの様子がつうならこうなることは予測できないかもしれない。

 だけど、あまりにもとうとつな出来事になにか裏があるのではとかんぐってしまう。

『そうだ。彼に頼めばいいんじゃないかな?』

 突然、思い出したように言ったセイゴに私は首をかしげた。

 ──彼? いったい誰のことだろうか?

 その答えはすぐにセイゴから返ってきた。

れんあい相談のスペシャリストにね』

 いつも浮かべているみを深めたセイゴに、私は眉間にしわを寄せた。


 五限目の授業に入ってからも一方的に説明を続けたセイゴの言葉を要約すると、学園にいるふたりのスクールカウンセラーのうちのひとり、ひとひな先生が恋愛相談のスペシャリストだというのだ。

 しかも、先生に相談すると一〇〇パーセントうまくいくらしい。

 ただ、うまくいくというのは必ずじようじゆする、ということではなく、本人にとってよい結果が出る、という意味だそうだ。

 先生のことは入学式のときに一度だけ見たけれど、遠目でもはっきりとわかるぐらいすごく顔が整った人だなという印象だった。

 イケメンというよりは美人。中性的な顔立ちだと思う。それ以降は視界に入ったことはなかったし、訪ねたこともないので実際にどんな人なのか私は知らない。

 ただ、セイゴが言うには、性格は難ありらしい。

 どう難ありなのか。

 気になったので授業が終わってすぐ、クラスメイトの女子に声をかけてみると。

「人見先生? 見た目と中身のギャップがすごい」

「言葉に少しトゲがあるけど、親身に聞いてくれるよ」

 と言われた。なるほど。これは少し身構えて訪ねたほうがいいかもしれない。

 ついでに、

「結野さんも恋愛相談? がんってね」

 と、にこやかにおうえんまでされた。

 あきらかにかんちがいされてるけれど、まあいいかと私は笑ってした。


 そんなわけで放課後。セイゴにゆうどうされるままに学園内にある大きい建物のひとつ、管理とうの二階に向かったわけだけど。

 ──ないわー、まじでないわー……。

 私は遠い目をしながらも、ろうの角から顔を出してその場所をのぞきこむ。

 ──なんでカウンセラー室のまえに、大量にゆうれいがいるわけ……。

 そもそも、かくれる必要はまったくないんだけれども。反射的に身体からだが動いてしまった。

 入学してこれまで来たことがなかった場所なだけにもうてんだった。油断していたのもある。なにせ、学園内に幽霊がいると言っても、そのほとんどがたまに彷徨さまよっている程度なのだ。ここまで密集度が高い場所は私もいままでに見たことがない。

 どうりでセイゴがちゆうまでしかついてこなかったわけだ。なにが『用事があるから』だ。私だって、この状況を知ってたらここに来るのはきっとけていた。

 私は指をみながらどうするかを考える。

 ……るかぎり、悪い気配はしない。

 問題があるとすれば、ここにいる幽霊がほぼ人と変わらない、セイゴたちのようにはっきりとした幽霊だということ。そういった幽霊はだいたいが意思を持っていてしやべるのだ。めんどうにもほどがある。

 意思持ちで喋る幽霊というのはうつとうしい上に非常にしつこい。セイゴがいい例だ。

 幽霊たちは散ることなく、まるで野次馬のようにカウンセラー室の前をじんどっている。通りけられるとはいっても量が量なだけにどうしてもしり込みしてしまう。

 いくら幽霊を見慣れてるとはいえ、正直これはかんべんしてほしかった。

 この、やつかいとしか言えない状況に頭をかかえたくなるのは仕方がないと思う。うらめしくその場所を見ながら、私はしたくちびるんだ。

 出来ることならこのまま帰りたい。激しく帰りたい。

 でも、ここまで来たからには意地でも行く。動くなら、なるべく早いほうがいいのだ。

 すべては可愛かわいい幼なじみのために。

「そんなところでなにをしている」

「っ!」

 予期していなかった背後からの呼びかけにおどろいて思わず前のめりになる。

 どうにか体勢を立て直して私は勢いよくり返った。同時に「あ」と間抜けな声を出してしまったのはこうりよくだと思う。

 なにせ、うしろにいたのが目的の人物だったのだから。

「ひ、人見先生……」

 先生は片手に書類を持っていぶかしげに私を見ていた。さすがに廊下の角から覗きこむようにしていればあやしいと思われても仕方がないかもしれない。

 こうして先生を間近で見るのははじめてだけど、目測で一七〇センチちょっとの身長にさらさらで少し長めのくろかみと色白で中性的なおもちは物語に出てくるどこかの王子様のようだ。身につけている白衣とくろかわぶくろも先生によく似合っていた。

「二年の結野束だな。なにかあったのか?」

「ぇ、あ……」

 顔を見ただけで学年どころか名前すらちがえることなく言われて私はまどった。先生とはこれまで直接顔を合わせたことはなかったはずだ。

「なんで名前……」

「全生徒の名前と顔は大まかだがあくしている」

 どうとでもないとばかりに言いきった先生だけど、この学園の生徒と言ったら八〇〇人ぐらいはいる。それを覚えられるというのは頭がいいどころの話ではない。

「それで、君はここでなにをしている」

 啞然としていたら先生にうながされてしまい、私は慌てて言葉を探す。

「あ、えっと。人見先生に用があったんですけど……」

 まさか幽霊のせいでカウンセラー室に行けませんでしたとは言えない。

 先生はじっと私の姿を見たかと思うと、軽く首をかしげた。

「君も恋愛相談か? 必要そうには見えないが」

 言葉にトゲがあるどころかしんらつすぎた。

 たしかにこいはしてないけど、必要そうに見えないとか。面と向かって言わなくても。

 でも、気にしたところで先には進まない。ばっさりと言い切られたことにムッとしながらも、私はそれらの言葉を飲み込んだ。

「……相談したいのは私のことじゃなくて、幼なじみのことです」

 いつもより少し低めのこわいろではっきりと告げると、さっきとは違うしんけんまなしで私を見てきた。

 少しの間のあと、先生はなぜかなつとくしたようにうなずいた。

「ふむ……確かにそのようだな」

「?」

 ──いったいなにをもって確信したのだろう?

 先生のつぶやきに疑問を感じる。だけど、それを口にするまえに先生が言葉を続けた。

「しかし、それがここで立ち止まっていた理由にはならないが……まあいい。ついてきなさい」

 先生は私を追いすとまっすぐカウンセラー室に向かってしまった。

 私も先生を追おうとしたけれど、カウンセラー室のまえにいる幽霊たちが再び視界に入って思わず足がすくむ。

 だけど、次のしゆんかん。私は目のまえで起こった光景に大きく目を見開いた。

 先生が幽霊に近づいたたん、まるで蜘蛛くもの子を散らすように幽霊たちがいつせいにどいた。基本的に幽霊が人をけることはしない。その必要がないからだ。

 ぽかんと口を開いてその光景を見ていたけれど、先生がかぎを開ける音でハッとする。

 行くならいましかない。

 ──女は度胸!

 そう自分に言い聞かせて、私は先生のあとを追った。

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