第1話「それは幼なじみの恋のゆくえ」②

 ……あれ?

 幽霊たちを通り抜けて入った部屋はいたってまともで、どこか不可思議なところだった。

 さっきの光景がまるでうそのように、部屋にはまったく幽霊がいない。

 幽霊たちが先生を避けたことといい、なぜだろうと疑問ばかりが増える。

とびらを閉めて空いてるところに座りなさい」

「あ、はいっ」

 先生の言葉に、私はあわてて扉を閉める。そのとき、足元にある盛り塩とおふだみたいなものが視界に入った。

 ──なるほど。どうりで部屋のなかに幽霊がいないはずだ。おふだみたいなのはきっとだろう。

 出入り口に置いてある盛り塩も、扉のふちの下のほうにり付けられた護符も、幽霊を寄せ付けないためのものだ。護符は私もまえに持っていたので形状は知っている。

 私が買ったやつはまったく役に立たなかったけれど、この護符は効果があるらしい。

 というか、これ、私も欲しい。

 ただ、盛り塩は湿しめり気を帯びて山が少しくずれているし、護符もはしばしかすかに切れていた。しようもうしている感じがありありと出ている。いちまつの不安がよぎった。

 ここはけがあからさまに消耗するほど、幽霊が集まるような場所なのだろうか?

 だけど、これでさっきの信じられないような光景も納得できた。幽霊たちが避けたのは、先生自身が魔除けになるようなものを常に持ち歩いていたからかもしれない。

 でも、わざわざ対策するということは先生も幽霊がいると思っているのだろうか?

 それとも私と同じように幽霊が視えるのだろうか?

 気になるけど、ほかにも気になることはある。幽霊のことは一度、頭のすみに追いやる。

 私はソファに座ってから室内をまわした。

 無機質な造りの教室とはちがい、どこか高級感があふれるアンティーク調のこの部屋は学校の一室とは思えないほど見事な部屋だった。あまりにも違いすぎて入った瞬間は少しだけおくれしたけれど、こうしてソファで一息つけば学校特有の無機質な部屋よりは温かみがあって安心感があるのは間違いない。

 しばらく待っていると、先生はお茶らしきものが入った紙コップを持ってもどってきた。

「ありがとうございます」

 私はお礼を言ってから、わたされた紙コップをじっと見た。

 なんというか、紙コップというのがこの部屋にすごく合っていない気が。

「まず、こちらから聞いてもいいか? 気になったことがある」

「え、っと、なんでしょう?」

 いきなりのことに戸惑いながらも、私は先生の言葉に頷く。

しつけに聞くのもなんだが、君はゆうれいえるんじゃないのか?」

「っ!」

 あまりにもとつぜんてきに、私は大きく息をんだ。

 はじめて顔を合わせた相手にこうもあっさりバレるとは思ってもいなかった。

「なかなか噓がつけないタイプだな」

 先生の言葉にすべて表情に出てしまっていたことに気づく。

「ど、どうして……わかったんですか?」

「あんなところで挙動しんになっているのを見てもしやとは思ったが、決定打はあれだな」

 そう言って指したのは、さっきまで私が見ていた護符と盛り塩だった。

「ここを訪ねる者はたいていあれがなにかを聞いてくる。しかし君は聞くことなく興味深そうに見てはどこか納得しているようだった。しかも護符や盛り塩はそろそろこうかん時期になる。効力が弱くなって外に幽霊がいたと言われてもおかしくはない」

 どうやら私はあからさますぎたうえにタイミングまで悪かったようだ。がっくりとかたを落としてから、気を取り直して私も聞いてみたかったことを口にした。

「先生も視えたりするんですか?」

「いや、私には幽霊は視えない。好かれやすい体質ではあるらしいが」

 それであの量なのか。私は納得すると同時にやつかいな体質だなと同情するしかなかった。

「いっそのこと、視えたほうがいいと思うこともあるがな」

 たしかに幽霊に好かれやすいという体質ならば、視えない不安より視える不安のほうがまだ対策はしやすい気がする。

 幽霊が視えることがバレてしまったのは予想外だけれど、ここに来たのはそのことではない。このままでは幽霊の話がメインになってしまう。

 私はこわごわと口を開いた。

「せ、先生。あの、本題に入っても……」

「ああ。そうだな」

 先生は一度コップに口をつけてから言葉を続ける。

「君がここに来ているということは、その幼なじみにでもたのまれたのか?」

「……いえ、自分の意志で来ました」

 私はそう言って目を少しせた。はじめは寧々を連れて来ることも考えた。でも、昼の様子を考えると彼女に付き合わせるのはこくなんじゃないかと勝手に判断して、結局なにも言わずに来てしまった。

 先生は私の答えを聞くと、あごに手をやりスッと目を細めた。

「はじめに言っておくが、必ずしも君が求めている答えが返ってくるとは思わないでほしい」

「はい」

 それはもちろんわかっている。私はただ、寧々が元気になってくれればそれでいい。

「では、続けてくれ」

「幼なじみが突然、理由もわからないまま彼氏に別れを切り出されました。そのあとすぐ、その彼氏にも会ったんですが、どうにも自分からフったと思えない様子で……」

「だが、彼らの間ですでに話が終わっているんだろう? 君がかかわる必要はないはずだ」

 少しきつい口調ではっきりとそう告げられて、私はうっとひるんだ。

「そ、それはそうですけど……」

 どうしてもあのふたりが別れるというのが私には考えられなかった。

「数日前までこっちがずかしくなるほどなかむつまじかったのに……それに」

 私はそこまでで一度、言葉をつぐんだ。これ以上、先生に言うべきか少しだけなやむ。

 ここから話す内容は人から聞いたことではない。幽霊であるセイゴから聞いたことだ。信じてもらえるかどうか。でも、すでに幽霊が視えることはバレてしまっているわけで。

 いまさらだ──と、私は意を決して口を開く。

ただよっている幽霊が言うには、彼のほうは少し前からなにかを悩んでいる感じだったそうです」

 先生は私の言葉を聞くと目をつむった。私はじっとその顔を見ながら次の言葉を待つ。

「──前提として、君が首をっ込むことが余計なお世話になる可能性があるとしても関わるつもりか?」

 そう言われて心がれる。寧々のためにどうにかしたい。そのおもいだけでここまで来たけれど、先生の言うとおり私の行動は余計なことかもしれない。

 不安を感じはじめた私の心を、先生はようしやなく突いた。

「君の行動がただのぜんごうまんだとしてもか?」

「そんなつもりは……っ」

 言いかけたけれど、そのあとは言葉にならなかった。そんなつもりはないとはっきり言える。でも、他人が私の行動を見てどう思うかまではわからない。ないと言いたくても言い切れない自分がひどくくやしかった。

いろこいは非常に厄介だ。親切心から軽い気持ちで首を突っ込んでいいものではない。最悪、親友をなくす」

 まさにそれは忠告だった。

 先生がねんしていることがわかるだけに私はそれ以上なにも言うことができない。

 あれだけ意気込んで来たのに。自分のかくがなかったことが情けない。にぎる手に力が入ってつめが食い込む。

「──今日はそれを飲んだら帰りなさい」

 だけど、先生は私を見捨てなかった。

「覚悟が決まったならもう一度来るといい。ただし、私に協力をあおぎたいなら動くためのこんきよをはっきりと示すことだ。いまのままでは弱い。だが君には行動力がある。自分なりに少し調べてみなさい」

「……わかりました」

 ローテーブルに置かれていた紙コップを手に取って一気に中身を飲み干すと、私は先生にお礼を言ってカウンセラー室をあとにした。


 ゆっくりとした足取りでろうを歩く。カウンセラー室から少しきよを置いたところまでくると私は立ち止まった。そして大きく息をき出す。

 きんちようか、それとも興奮からなのか。心臓がバクバクと音を立てているような気がした。

ねこちゃん、どうだった?』

 声が聞こえると同時に姿を見せたセイゴになにも返さずにいると再びセイゴが口を開く。

『やっぱり追い出されちゃった?』

 その言葉にイラッとして私もつい言い返す。

「セイゴうっさい」

『心配してるのに。子猫ちゃんは手厳しいねぇ』

 と言うわりには、くつくつと心底楽しいと言わんばかりにみをかべているのだからたちが悪い。

「心配してる感じにはまったく聞こえないんだけど? それと、子猫ちゃんって呼ぶのはいい加減にやめてって言ってるじゃない」

『それは聞けない話だって何度も言っているじゃないか。子猫ちゃんったらひどいなぁ』

 ああ言えばこう言う。これだからしやべる幽霊は厄介でめんどうなのだ。早くじようぶつしてほしい。

『彼女のことはあきらめるのかい?』

「諦めるわけないじゃない。ただこれ以上、私がなにを言っても先生は聞いてくれない」

 私はセイゴの言葉を否定するために大きく首を横にった。

 大好きな寧々のためにどうにかしてあげたい。

 そう思っていたはずなのに。私は先生に指摘されたぐらいで怯んでしまった。

 それに、いまのままではなのだ。

 だからもう一度、じようきようをちゃんと見つめ直して、先生にリベンジするしかない。

 しかし、どうにもセイゴはこうなることをわかっていたような気がしてならない。さっきも〝やっぱり〟と言っていた。だけど、それを聞くとなんだか面倒になりそうな気がする。ひとまずは置いておいたほうがよさそうだ。

『ふふっ、思ったより元気そうで安心したよ』

 言葉とは裏腹に、やっぱりセイゴはさっきと変わらず楽しそうに笑みを浮かべるだけだ。なのに安心したとか、まったくもって失礼だと思う。

 というか、なぜカウンセラー室のまえにいるゆうれいについてはなにも言わなかったのか。

「心配とか安心しただとか言うぐらいなら、なんであそこに幽霊がいることを話さなかったのよ」

『そんなの決まってるじゃないか。子猫ちゃんがどんな反応をするか見たかったのさ』

 案の定、ろくでもない理由だった。

「最悪。変態。さっさと成仏すればいい」

 少し低い声で強く言うと、セイゴは声に出して笑った。

『──というのは半分だけうそで、僕も現状を知らなかったんだよねぇ』

「知らなかった?」

だんあの場所は、近づきたくてもほとんど近づけないから』

 その言葉に私はなおなつとくした。セイゴが近づけないのはきっとあのと盛り塩が原因だろう。

 ──まったく。じようだんなんて言わないではじめからそう言えばいいのに。幽霊じゃなかったらすかさず張りたおしていた。でも、物理こうげきが効かないのだからどうしようもない。

「除霊師にでも頼めばセイゴも少しはおとなしくなるかな?」

『そんなひどいこと言わないでよ、子猫ちゃん。僕なりに愛をもって話してるんだから』

「え、いらないんだけど」

『ふふっ、子猫ちゃんは素直じゃないね。じゃあ僕は退散するよ』

「ちょっ」

 私が声を発するよりまえに、セイゴはぐるりと身体からだを回転させて目のまえから姿を消した。

 相変わらずしんしゆつぼつな上にげ足も速い。

 まったく。本当にセイゴはめんどくさい。何が素直じゃない、だ。

 はぁ、とふたたび大きくため息をつく。

 いくら人の気配がしないとはいえ、セイゴと話しすぎたかもしれない。せるように早くこの場をはなれたほうがいい。

 私は気を取り直すと、さっきとはちがう足取りで歩みはじめた。


 しようこう口に近づくにつれてガヤガヤと声が聞こえてくる。今日は各委員会の集まりがあると担任の先生が言っていたから時間的にそれが終わったのだろう。

「あれ? 寧々?」

 昇降口で親友の姿を見つけて、私はあわててけ寄った。

「束ちゃん」

 ぎこちなく笑みを浮かべた寧々に心が痛む。

 今日は部活も休んで帰ったほうがとすすめていたのに、まだ帰ってなかったようだ。

「どうしたの、こんなところで?」

「顔色が悪いから部長ともんに帰りなさいって言われちゃって……」

 やっぱり寧々は私の言葉を聞かずに部活のほうに顔を出していたらしい。彼女が所属する家庭科部の人たちの気持ちはすごくわかる。いまの寧々は見るからに顔色が悪すぎる。

くつばこ見たら束ちゃんがまだ居たから、ちゆうまでいつしよに帰りたいなって。いま、れんらくしようとしてたんだ」

「そっか。じゃあ一緒に帰ろ?」

「うん」

 私から改めてさそうと、寧々は少しだけぎこちなさがけた笑みを浮かべてうなずいてくれた。

 笑顔がトレードマークの彼女が、弱々しい笑みしか浮かべられない現状が私もつらかった。彼女の砂糖のようなふわふわとしたふんはいまではすっかりなりをひそめてしまった。でも、そこまで落ち込むということはそれだけ彼のことが好きだったということなんだと私は思う。

 だけど、寧々のこんな状況が続くと周りでうわさになるのは時間の問題かもしれない。

 なにせ、ふたりは学年内ではカップルとして有名だったから。

 そうなるとさらに寧々の心に負担がかかる。

「束ちゃんが残ってるのってめずらしいね?」

「そう?」

「いつもはすぐに帰っちゃうから……一緒に帰れるのうれしい」

 ここ最近はたしかに寧々と帰ることはなかった。寧々は彼氏と一緒だったし、私は私で部活も委員会も無所属なうえに、幽霊たちと可能なかぎりかかわらないようにするために早く帰っていたから。

「寧々、あのさ」

「どうしたの、束ちゃん?」

「おなかいちゃった。せっかくだし、寄り道してクレープ食べに行かない?」

「いいけど、いま食べちゃうと束ちゃん夕ごはん食べられなくなっちゃうんじゃない?」

「だってクレープ食べたいし」

「束ちゃん、おばさんにおこられても知らないよ?」

「だいじょうぶだいじょうぶ」

 少し前まで定番だったこのやり取りも、いまではなんだかなつかしく感じる。

 ──そう、私はいつもどおりにするだけ。

 願わくは、彼女が早く元気になってくれればいい。

 寧々のことも先生のこともあるけれど、いまは目先の楽しいこと、美味おいしいことに全力投球しよう。それがきっと寧々に気をつかわせない、いまできることだ。

 私はさっそく寧々のうでを取って校舎を出ると、駅への道を急いだ。

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