第1話「それは幼なじみの恋のゆくえ」②
……あれ?
幽霊たちを通り抜けて入った部屋はいたってまともで、どこか不可思議なところだった。
さっきの光景がまるで
幽霊たちが先生を避けたことといい、なぜだろうと疑問ばかりが増える。
「
「あ、はいっ」
先生の言葉に、私は
──なるほど。どうりで部屋のなかに幽霊がいないはずだ。おふだみたいなのはきっと
出入り口に置いてある盛り塩も、扉のふちの下のほうに
私が買ったやつはまったく役に立たなかったけれど、この護符は効果があるらしい。
というか、これ、私も欲しい。
ただ、盛り塩は
ここは
だけど、これでさっきの信じられないような光景も納得できた。幽霊たちが避けたのは、先生自身が魔除けになるようなものを常に持ち歩いていたからかもしれない。
でも、わざわざ対策するということは先生も幽霊がいると思っているのだろうか?
それとも私と同じように幽霊が視えるのだろうか?
気になるけど、
私はソファに座ってから室内を
無機質な造りの教室とは
しばらく待っていると、先生はお茶らしきものが入った紙コップを持って
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってから、
なんというか、紙コップというのがこの部屋にすごく合っていない気が。
「まず、こちらから聞いてもいいか? 気になったことがある」
「え、っと、なんでしょう?」
いきなりのことに戸惑いながらも、私は先生の言葉に頷く。
「
「っ!」
あまりにも
はじめて顔を合わせた相手にこうもあっさりバレるとは思ってもいなかった。
「なかなか噓がつけないタイプだな」
先生の言葉にすべて表情に出てしまっていたことに気づく。
「ど、どうして……わかったんですか?」
「あんなところで挙動
そう言って指したのは、さっきまで私が見ていた護符と盛り塩だった。
「ここを訪ねる者は
どうやら私はあからさますぎたうえにタイミングまで悪かったようだ。がっくりと
「先生も視えたりするんですか?」
「いや、私には幽霊は視えない。好かれやすい体質ではあるらしいが」
それであの量なのか。私は納得すると同時に
「いっそのこと、視えたほうがいいと思うこともあるがな」
たしかに幽霊に好かれやすいという体質ならば、視えない不安より視える不安のほうがまだ対策はしやすい気がする。
幽霊が視えることがバレてしまったのは予想外だけれど、ここに来たのはそのことではない。このままでは幽霊の話がメインになってしまう。
私はこわごわと口を開いた。
「せ、先生。あの、本題に入っても……」
「ああ。そうだな」
先生は一度コップに口をつけてから言葉を続ける。
「君がここに来ているということは、その幼なじみにでも
「……いえ、自分の意志で来ました」
私はそう言って目を少し
先生は私の答えを聞くと、あごに手をやりスッと目を細めた。
「はじめに言っておくが、必ずしも君が求めている答えが返ってくるとは思わないでほしい」
「はい」
それはもちろんわかっている。私はただ、寧々が元気になってくれればそれでいい。
「では、続けてくれ」
「幼なじみが突然、理由もわからないまま彼氏に別れを切り出されました。そのあとすぐ、その彼氏にも会ったんですが、どうにも自分からフったと思えない様子で……」
「だが、彼らの間ですでに話が終わっているんだろう? 君が
少しきつい口調ではっきりとそう告げられて、私はうっと
「そ、それはそうですけど……」
どうしてもあのふたりが別れるというのが私には考えられなかった。
「数日前までこっちが
私はそこまでで一度、言葉をつぐんだ。これ以上、先生に言うべきか少しだけ
ここから話す内容は人から聞いたことではない。幽霊であるセイゴから聞いたことだ。信じてもらえるかどうか。でも、すでに幽霊が視えることはバレてしまっているわけで。
いまさらだ──と、私は意を決して口を開く。
「
先生は私の言葉を聞くと目をつむった。私はじっとその顔を見ながら次の言葉を待つ。
「──前提として、君が首を
そう言われて心が
不安を感じはじめた私の心を、先生は
「君の行動がただの
「そんなつもりは……っ」
言いかけたけれど、そのあとは言葉にならなかった。そんなつもりはないとはっきり言える。でも、他人が私の行動を見てどう思うかまではわからない。ないと言いたくても言い切れない自分がひどく
「
まさにそれは忠告だった。
先生が
あれだけ意気込んで来たのに。自分の
「──今日はそれを飲んだら帰りなさい」
だけど、先生は私を見捨てなかった。
「覚悟が決まったならもう一度来るといい。ただし、私に協力を
「……わかりました」
ローテーブルに置かれていた紙コップを手に取って一気に中身を飲み干すと、私は先生にお礼を言ってカウンセラー室をあとにした。
ゆっくりとした足取りで
『
声が聞こえると同時に姿を見せたセイゴになにも返さずにいると再びセイゴが口を開く。
『やっぱり追い出されちゃった?』
その言葉にイラッとして私もつい言い返す。
「セイゴうっさい」
『心配してるのに。子猫ちゃんは手厳しいねぇ』
と言うわりには、くつくつと心底楽しいと言わんばかりに
「心配してる感じにはまったく聞こえないんだけど? それと、子猫ちゃんって呼ぶのはいい加減にやめてって言ってるじゃない」
『それは聞けない話だって何度も言っているじゃないか。子猫ちゃんったら
ああ言えばこう言う。これだから
『彼女のことは
「諦めるわけないじゃない。ただこれ以上、私がなにを言っても先生は聞いてくれない」
私はセイゴの言葉を否定するために大きく首を横に
大好きな寧々のためにどうにかしてあげたい。
そう思っていたはずなのに。私は先生に指摘されたぐらいで怯んでしまった。
それに、いまのままでは
だからもう一度、
しかし、どうにもセイゴはこうなることをわかっていたような気がしてならない。さっきも〝やっぱり〟と言っていた。だけど、それを聞くとなんだか面倒になりそうな気がする。ひとまずは置いておいたほうがよさそうだ。
『ふふっ、思ったより元気そうで安心したよ』
言葉とは裏腹に、やっぱりセイゴはさっきと変わらず楽しそうに笑みを浮かべるだけだ。なのに安心したとか、まったくもって失礼だと思う。
というか、なぜカウンセラー室のまえにいる
「心配とか安心しただとか言うぐらいなら、なんであそこに幽霊がいることを話さなかったのよ」
『そんなの決まってるじゃないか。子猫ちゃんがどんな反応をするか見たかったのさ』
案の定、ろくでもない理由だった。
「最悪。変態。さっさと成仏すればいい」
少し低い声で強く言うと、セイゴは声に出して笑った。
『──というのは半分だけ
「知らなかった?」
『
その言葉に私は
──まったく。
「除霊師にでも頼めばセイゴも少しはおとなしくなるかな?」
『そんなひどいこと言わないでよ、子猫ちゃん。僕なりに愛をもって話してるんだから』
「え、いらないんだけど」
『ふふっ、子猫ちゃんは素直じゃないね。じゃあ僕は退散するよ』
「ちょっ」
私が声を発するよりまえに、セイゴはぐるりと
相変わらず
まったく。本当にセイゴはめんどくさい。何が素直じゃない、だ。
はぁ、とふたたび大きくため息をつく。
いくら人の気配がしないとはいえ、セイゴと話しすぎたかもしれない。
私は気を取り直すと、さっきとは
「あれ? 寧々?」
昇降口で親友の姿を見つけて、私は
「束ちゃん」
ぎこちなく笑みを浮かべた寧々に心が痛む。
今日は部活も休んで帰ったほうがと
「どうしたの、こんなところで?」
「顔色が悪いから部長と
やっぱり寧々は私の言葉を聞かずに部活のほうに顔を出していたらしい。彼女が所属する家庭科部の人たちの気持ちはすごくわかる。いまの寧々は見るからに顔色が悪すぎる。
「
「そっか。じゃあ一緒に帰ろ?」
「うん」
私から改めて
笑顔がトレードマークの彼女が、弱々しい笑みしか浮かべられない現状が私もつらかった。彼女の砂糖
だけど、寧々のこんな状況が続くと周りで
なにせ、ふたりは学年内ではカップルとして有名だったから。
そうなるとさらに寧々の心に負担がかかる。
「束ちゃんが残ってるのって
「そう?」
「いつもはすぐに帰っちゃうから……一緒に帰れるの
ここ最近はたしかに寧々と帰ることはなかった。寧々は彼氏と一緒だったし、私は私で部活も委員会も無所属なうえに、幽霊たちと可能なかぎり
「寧々、あのさ」
「どうしたの、束ちゃん?」
「お
「いいけど、いま食べちゃうと束ちゃん夕ごはん食べられなくなっちゃうんじゃない?」
「だってクレープ食べたいし」
「束ちゃん、おばさんに
「だいじょうぶだいじょうぶ」
少し前まで定番だったこのやり取りも、いまではなんだか
──そう、私はいつもどおりにするだけ。
願わくは、彼女が早く元気になってくれればいい。
寧々のことも先生のこともあるけれど、いまは目先の楽しいこと、
私はさっそく寧々の
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