第1話「それは幼なじみの恋のゆくえ」③
──
そんなことを思いつつ、私は昨日の出来事をひとつずつ振り返りながら授業に耳を
先生が言ったとおり、少しは自分なりに調べるべきだったかもしれない。
それに、いくら先生が
私は指を
そもそも、なぜ緑間くんは別れを切り出したのか。
寧々はその答えを持ち合わせていなかった。
緑間くんに直接、
だけど、昨日の緑間くんの様子からして問い
でも、もう一度会えればなにかしら気づくことがあるかもしれない。
「──ん、結野さん!」
ふと、名前を呼ばれた気がして私は顔をあげた。教室内を見回すとなぜかガランとしていて、ちょうど前方の出入り口から
「次、移動教室だよー」
ドアのまえで待機していた
「ごめっ! いま準備するっ!」
考え込みすぎて、授業が終わってたことにも気づいていなかった。
「まだ時間あるし、そこまで焦らなくても
そう言ってくれてはいるけれど、待たせるわけにはいかない。
急いで準備をして教室を出る。だけどそのまま先に移動するのはなんだか悪い気がして、日直で
彼とは一年のころから同じクラスだけどあまり接点はない。背は低からず高からず。茶色の、耳にかかる長さの
だけど、クラスにムードメーカー的な存在が常にいることもあって、そう表立って目立つような男子ではなかったと思う。
「なにか
「え?」
「悩んでますって感じだったから」
鍵を閉めながら声をかけてくれた初山くんに私は軽く頷いた。
「私のことじゃないんだけど、どうしたらいいかなって」
「俺でよければ相談に乗るけど?」
歩き出す初山くんのあとを私も追うようにして
きっと初山くんは親切心から言ってくれているのだろう。だけど、説明するにも少し困る内容だ。どう返すか言葉に迷っていたけれど、ふとあることを思い出した。
「初山くんって、緑間くんと仲が良くなかったっけ?」
私の
「ん? 悩んでるって廉のことなの?」
そう意外そうに言葉が返ってきたことで、自分の言葉が足らなかったことに気づく。
あきらかに
「えっと……ほら、緑間くん、どこかおかしかったから」
「あー、結野さんも廉がおかしいって思うんだ」
聞くことしか頭になかったせいでしどろもどろになりつつ答えると、初山くんからは同意の声があがった。
「昨日からなんか上の空っていうか、やる気ないっていうか。部活中にそんな姿、一度も見たことなかったから気になってさ。あまりの
──やっぱりなにかが変だ。
できれば初山くんからもう少し話が聞きたい。
そう思った私は、巻き込むことを心のなかで謝りながら口を開いた。
「……あのさ、その緑間くんと彼女のことで相談に乗ってほしいんだけど……今日のお昼、一緒に食べない?」
こうして私は、運よく協力者をひとり確保することに成功した。
四限目が終わると、私は初山くんを中庭へと案内した。初山くんはここに来るのははじめてなのか、
「結野さんっていつもここで食べてるんだ」
「いつもってわけじゃないけど、ひとりになりたいときはよく来るかな」
そんな私の言葉に初山くんは
「たしかにここならゆっくりできそうだよね」
「初山くんは中庭にはあまり来ない?」
「そうだね。用事がなければ通らない場所だし」
初山くんの言葉に私は思わず
お
「というか、急に
「気にしなくていいよ。俺も廉のことは引っかかってたから。あいつに聞いてもぜんぜん答えないし」
やはり緑間くんに直接、話を聞くのはハードルが高いようだ。
「結野さんは廉がああなった理由は知ってるの?」
私は初山くんの問いに、言葉を選びながら彼が知っていることを確認していく。
「緑間くんと寧々──花川さんが付き合ってるのは知ってる?」
「うん。それはもちろん。
その言葉に私は少し
「──じゃあ、緑間くんが寧々のことをフったっていうのは?」
「……え、まじで?
しばらくして
「なんで別れたの?」
「理由は寧々も私も知らない」
「それで、花川さんは? 大丈夫?」
その言葉で私は朝の寧々の様子を思い出す。
今日のお昼はクラスメイトでもある家庭科部の子と
私が首を横に
「でもさ、フった本人が
「だから私も気になって」
「たしかにそれなら結野さんも気になるはずだ。──ごめん。はじめに謝っておくけど俺、てっきり結野さんも廉のことが好きで聞いてきたのかと思ってたんだよね」
「はっ?」
初山くんの意外すぎる一言に
私が緑間くんを好き? そんな
「寧々がいなければ付き合いがないくらいには興味がないけど……」
「いやっ、だから俺の
「──っとりあえず、もう一度、廉に直接聞いてみよう。でもあいつ、
緑間くんに対してはまっすぐで
「あまり目立つようなことはしたくないから自然な形で会えるのが一番いいんだけれど、それって可能かな?」
「うーん、難しいと思う。放課後は部活もあるし。それならいまから呼び出したほうが手っ取り早いよ」
初山くんはスマホをスラックスから取り出して操作すると、少し考える
「こういうのは? 直接聞くのは俺で、結野さんは会話が聞こえるところに
たしかに、男同士のほうが話しやすいこともあるだろうし、私じゃ聞き出せないことも聞けるかもしれない。盗み聞き、というのは少し気がひけるけど、
ただ相談に乗ってもらうだけのはずが
「でも、それだと初山くんの負担が大きくない?」
「これぐらい構わないよ。なんだか
──初山くんの男前な発言にちょっとだけ感動してしまった。
いままでクラスが同じというだけであまり話したことはなかったけれど、彼とはこれからも仲良くできそうな気がした。
「じゃあさっそく呼び出すとして、結野さんが隠れるのにちょうどいい場所って知らない? ここだと隠れづらいよね?」
食事をしながら聞かれたことにいくつか答えて短い時間で話を
場所は移って、特別棟と近くにあるゴミ収集場をつなぐ、簡易な造りの小さな
私は初山くんとの打ち合わせどおり、校舎の
ここを選んだのは昼休みに人が行き来しない場所であることと、教室棟の
私たちがここに移動してから五分足らず。緑間くんはひとりでやってきた。
メッセージを見てくれるか少し不安だったけれど、緑間くんがちゃんと来てくれたことに私はホッと胸を
それにしても、と私は緑間くんを
「橙里、こんなところに呼び出してなにかあったのか?」
「廉に聞きたいことがあってさ。でも、目立つところじゃ聞けないから」
会話がはじまってすぐ、初山くんは早々に話を切り出した。
「花川さんと別れたって本当?」
ここではっきり答えるかどうか。寧々との現状を知っている人はほとんどいないだろう。
それを知っている初山くんに対して緑間くんはどう出るだろうか。
「……ああ」
少しの間のあと、緑間くんは初山くんの言葉を
問いに答えるまで間があったのも気になる。なぜ緑間くんはすぐに返事をしなかったのだろう。
初山くんは違和感を覚えなかったのか、そのまま言葉を続ける。
「お前が昨日から調子悪いのってそのせいなんだろ? なんで別れたんだよ」
「べつに呼び出してまで聞くことじゃないだろう」
「呼び出してまでっていうけど廉、お前がそんな調子じゃこっちが困るんだけど。コーチだって
と、初山くんが言った
「言えないもなにも橙里こそっ──」
強い口調で言い返そうとして、
「っ、悪い。話がそれだけならもう行く」
「おいっ、廉!」
緑間くんは呼び止める初山くんの声を無視して立ち去ってしまった。
私は、足音が聞こえなくなるのを待ってから初山くんに
「ごめん、結野さん。役に立てなかったね」
「ううんっ……こっちこそ巻き込んでごめん」
私が謝ると初山くんは首を左右に振りながらそっと息を
「巻き込まれたとは思ってないよ……。この際だから、結野さんには言うけど……俺、花川さんのこと好きだったんだよね」
「え? そうなの?」
──び、びっくりした。まさか初山くんも寧々が好きだったとは。
友達と同じ相手を好きになるというのは相当つらかったんじゃないだろうか?
でも、初山くんの顔からは悲痛な感じはしない。すでに
「だけどさ、花川さんが好きなのは廉だってわかってたし、廉も彼女のことが好きだったし。さすがに
だけど次の瞬間、初山くんは切なそうに
「でも俺、
「初山くん……」
「いまも花川さんと付き合いたいかっていったらそうじゃない。だけど、こうなるならあのとき振り向いてもらうまで
初山くんにとって、いまの
「緑間くんは知ってるの? 寧々のことが好きだったってこと」
「うーん、どうだろう。話したことはないし、知らないんじゃないかな?」
もし──緑間くんが初山くんの想いを知っていたら。彼はどうするだろう。
そこまで考えてふと、緑間くんがさっき言いかけた言葉が頭をよぎった。
〝言えないもなにも橙里こそっ──〟
「そういえばさっき、緑間くんがなにか言いかけてなかった?」
「ん? ああ、たしかに言いかけてたけど……なにが言いたかったんだ、あいつ」
それに、緑間くんが初山くんの言葉を肯定したときに覚えた違和感も気になる。
別れた原因について語らない緑間くんと、寧々が好きだったことを緑間くんには伝えなかった初山くん。
もし、ここに答えがあるとしたら。
「結野さん、そういえば人見先生には相談したの?
「えっ。あ、先生のところには行ったけど少しは自分で調べてこいって。だから今日の帰りにまた寄るつもり」
考え込んでしまったところに初山くんから先生の話が飛び出して
「じゃあ放課後、俺も
「だけど初山くん部活だよね?」
「どのみち日直で
初山くんのその言葉に張っていた
「ありがとう、初山くん」
「しっかし、廉のやつ、ほんとなに考えてるんだろ……」
緑間くんに対して文句を言う初山くんに
初山くんの日直の作業を手伝い終えてから、私たちふたりは先生がいるカウンセラー室へ向かった。
──そういえばあの大量の
まったく対策を練らずに来てしまったことを不安に思いながらも、管理
「どうかした?」
「ううん、なんでもない」
思わず足を止めてしまった私に、初山くんは不思議そうに声をかけてきた。それを私は
いったいなにが、どうなっているのだろうか。
昨日は
──そういえば
部屋の前にたどり着いた私はふと足元に視線をやる。そこには、昨日は室内にしかなかった盛り塩が新たにきれいな状態で置かれていた。
部屋に入ると先生はなにかの作業をしていたのか立ったまま
「来たか──それに初山か。ここに来るのは随分と久しいな」
「その節はお世話になりました」
私はふたりのやり取りを聞いて目を丸くする。どうやら初山くんはすでにここを利用したことがあるらしい。もしかしなくても、寧々のことを相談したのだろうか?
先生は
「──初山、ここ最近仲が良くない友人はいるか?」
私と初山くんは顔を見合わせた。
まだなにも言っていないというのに、先生はどうしてそう思ったのだろう。
「いや、いまはいないですけど……。ただ、結野さんの件で廉と
「緑間か。なるほど。それで一緒に来たと」
「そういうことになりますね」
「だが君は部活があるだろう? あとは結野に任せておけば問題ない。なにかあれば君にも声をかける」
そう言いながら先生は初山くんに近づいて肩に手を置こうとした瞬間。
はっきりとした光が線を
──なに、いまの。
驚きで
「先生がそう言うなら仕方ないですね」
初山くんには見えなかったのか、特に表情を変えることなく返事をしていた。
「結野さん、こっちから声かけといてあまり役に立てなくてごめんね」
「初山くんのおかげでいろいろわかったから。ありがとう」
そう言って申し訳なさそうに退出していく初山くんを見送ると、私は先生と向き合った。
先生の目を見れば、どこか
「ふむ。しっかり
私は今日、初山くんに聞いたことを順序立てして説明していく。緑間くんが部活中も様子がおかしかったこと。初山くんとは小学校からの仲だということ。そして緑間くんと初山くんは
すべてを聞き終わると先生は納得したように
「よし、いいだろう。私も協力する。それにあまり
「あっ、ありがとうございます!」
「明日の昼休み、初山に言って一緒に緑間を連れて来るように伝えてくれ。もちろん君も来るように」
先生に合格点をもらえたようで私の声も大きくなる。
「はい!」
「ところで」
そう言って先生がいったん言葉を区切った。その様子に少しだけ不安を感じたけれど、続いた言葉はひどく
「君は運命の糸を信じるか?」
ひどく
──先生はいきなりなにを言ってるんだろう。
ただ、
先生の質問を不思議に思いながら、運命の糸について考える。だけど、すぐに
「……運命の糸というのは、よく言われている赤い糸のことですか?」
「半分はあたりで半分はハズレだが、今回に限ってはその赤い糸のことで間違いではない」
前半の意味はよくわからないけれど、先生の言ったことをよく踏まえて考えながら言葉を選んでいく。
「信じるというより、そういうのはあるんじゃないかなとは思います。赤い糸じゃないですけど、切っても切れない
「いい答えだ」
「いまの質問と今回の件はどう関係があるんですか?」
質問の意図が見えずに逆に聞き返したけれど。
「そのうち君にもわかるかもな」
そう言って意味ありげに口角をあげただけだった。
さらに意味がわからない。
私は先生の言葉に大きく首をかしげた。
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