第1章「信じたくて信じられなくて」①

 ピピピピピピピ──


 けたたましい目覚ましアプリのアラーム音で、疾斗は目を覚ます。

 何だかなつかしい夢を見た気がする。一年前──高一の時の、幼なじみとの何気ない会話。

 あの時、護は誰の名前を言ったんだっけ?

(ていうか、あいつ、今彼女いたっけ……?)

 ぼーっとした頭で考えていると、聞き慣れたアラームの音がどんどん大きくなっていく。

「うるっせ……」

 ベッドに置いてあったスマホをり寄せ、目覚ましアプリを停止させる。すると起動したままだったらしいスマホゲーム『Lv99』のスタート画面に切りわった。

 昨日は『Lv99』のマルチプレイで高難易度のアイテム集めに付き合って、新しく始めた人達のレベル上げを手伝って……その後のおくがない。

「俺、またちしたな……」

 疾斗の家──嬉野家は、疾斗が高校生になると放任主義になった。ぼうしても起こしてくれる家族はいないのだ。目覚ましを設定しておいてよかった。

 何となく自分のステータス画面を見つめる。


プレイヤー:ハヤト Lv98』


「もうすぐ、レベル99……」

 一年前、護とどちらが早くレベル99になるか、なんて競争をしていた。

 しかし、もう護はこのゲームをやっていない。マルチプレイの時にパーティーを組めるフレンドのらんから、護の名前はいつの間にか消えていた。


『Lv99』

 ジャンルとしては、アクションRPG。ファンタジー世界でモンスターを倒すのが主な遊び方だ。IDをこうかんすれば、四人までのマルチプレイが可能。

 約一年前にリリースされ、十代の若者を中心に一気に人気になった。高難易度のクエストが増えたためか、その勢いは一時期よりは落ち着いたが、やりこみ要素も多く、いまだ多くのプレイヤーが続けている。

「……これで無課金でできるって、運営どうなってんだ?」

 クエストもおもしろく、また自由度も高いのだが、ほとんど課金の必要がなく、サーバーはどうなっているのか、運営はどう回っているのか、なぞが多いゲームでもある。

 それにともない不気味だという声や、おんなうわさもまことしやかに流れている。

 うわさの中でも一番多いのが──


『最終クエストにいどんだプレイヤーが消えた』


 都市伝説のサイトなどではスクリーンショットもられ、検証までされている。しかし結局このうわさの真相は、最後のクエストをクリアし、満足したプレイヤーがゲームをアンインストールしただけだろうという結論で終わっている。

 その最終クエストというのも、『選ばれたプレイヤーだけが特別ステージで遊べる』といううたい文句だが、その実態は未だよくわからず、うわさがひとり歩きしている。


 ゲーム画面を何気なくながめていた疾斗だったが、大きくため息をつく。

「はああああ……だりぃ……。行きたくねえ……」

 休み明けの月曜日。学校に行くのがひたすらめんどうになる一番の日。でも休むのはもっと面倒なので、疾斗はしぶしぶ顔を洗いに洗面所へ向かう。

 今日は幸いぐせがついていない。まえがみがいい加減うっとうしくなってきたが、童顔なのがいやで切れずにいる。

 制服にえ、通学かばんを背負って疾斗はダイニングに向かった。


 ダイニングテーブルの上には、ふうを切っていない四枚切りの食パンのふくろと、母親の手書きメモがあった。

『お父さんは今日から一週間出張。お母さんも今日はまりです。ゲームばっかりしてないで、ちゃんとご飯食べて、お入って、早く寝ること! 母より』

 元々仕事人間だった両親は、疾斗が高校生になるとさらに仕事にぼつとうしていった。朝は疾斗より早く家を出て、帰りはおそいか、泊まりか出張。それが嬉野家の日常になっている。

 食パンを焼くのも面倒で、そのままかじりつつリビングを通ってげんかんへ。

 リビングにはデジタルのフォトフレームが大して見もしないのに、いつまでもたなかざってあった。

 家族写真がゆっくりとフェードアウトし、次の写真を映す。

 満面のみをかべた疾斗と、少年がかたを組んでいる。

 正道護。

 物心がついたころからいつしよにいた幼なじみ。

 護はれいな顔をくしゃりと笑みでゆがめ、こちらにピースサインを向けていた。

 どうしてった写真だったのかは思い出せない。護と一緒にいれば、何をしていたって楽しかったから。

 今はもう、顔を合わせても護があんな笑顔を疾斗に見せることはない。

 ……写真を撮ったのはたった一年前なのに、ひどく昔のように思える。


 パタン。


 フォトフレームをたおし、疾斗は玄関に向かった。

 今日もつまらない一日が始まる。早く帰って、ゲームの世界に没頭したい。

 ゲームの世界なら、疾斗はだれからもたよられる勇者なのに。



 疾斗の通う高校、私立ゆうじよう高校。

 白を基調としたブレザーの制服は、今日のような晴れた日は目にまぶしい。そくだと目に痛いぐらいだった。

 校門前にもなると顔見知り程度の生徒達があいさつをしてくるが、疾斗は誰ともそれ以上の話をしない。いちおう挨拶だけは返して、その生徒とのかかわりも終わる。それでいい。

 しようこう口でうわきにき替えていると、すぐとなりから声をかけられた。


「おはよう、嬉野くん」


 今までは適当に返していたが、その声だけはみように意識してしまう。

 顔を上げると、同じクラスの女子がいた。

 芸能人にはくわしくない疾斗でも、彼女が美少女だということははっきりわかる。


 まわりつかさ。

 名前まで芸能人顔負けだが、両親がこんして母親のせいになったのだと誰かに聞いた。元の姓までは疾斗も知らない。

 ふわふわのやわらかそうな長いかみに、まつげの長い大きな目。綺麗な顔だが、彼女の表情はいつもひかえめだ。

 彼女の友人達は派手だが、つかさ自身ははなやかとか、そんな表現が似合う気がした。

 学校一の美少女と言っても過言ではない。というか言われている。


 去年も同じクラスだったからか、大して接点もなかったのに彼女は疾斗と顔を合わせれば挨拶をしてくる。

「……お、はよう……」

 歯切れの悪い挨拶しか返せない。なのにつかさはにこっと疾斗に微笑んだ。そして友人達に呼ばれてそちらへ向かっていく。

 ただ挨拶をわしただけなのに、妙にきんちようする。それを周りにさとられないように、疾斗もはばゆるめ、彼女とは一緒にならないよう教室へ向かう。



 朝のHRも終わり、週始め一発目の授業は数学Ⅱ。

 教師は背が高くて強面こわもてで、実際中身もこわい。な態度でいれば、怖いけどいい先生。……だが、もしも授業中にたりなんかしたら。

「じゃあ……嬉野!」

 低いり声でびくっと身体からだねた。昨日寝落ちするまでゲームをしていたのがいけなかった。いつの間にか意識が飛んでいた。

「これ、解いてみろ」

 黒板に書かれた数式をチョークでたたく教師の厳しい視線と、クラス中のなまぬるい視線がさり、疾斗は小さな声でおそる恐る言った。

「……わかり、ません」

「ちゃんと聞いとけ!」

「すみません……」

「先生! 疾斗を責めないでくれ! 疾斗は俺の恩人なんだ!」

 目に痛い水色のパーカーを着た少年が立ち上がって声を上げる。その言葉に、教師は強面の顔をさらにしかめる。

「はあ? どういうことだ?」

「疾斗は昨日、俺のために高難易度クエをほんそうしてくれてたんだ!」

「ゲームしてただけか!」

(余計なこと言うなよ……!)

 声を上げた人物をにらみたくなるのをぐっとこらえる。


 かんざきこう

 学校中で知らないやつはいないのではないかというほど顔が広く、明るい性格と人好きのする笑顔で人気者だ。いつもピアスをいくつも開け、派手なで立ちをしているが、教師やせんぱい達も「あいつなら仕方ない」とそのあいきようで許される存在。

 最近は動画サイト『チョコチョコ動画』に『Lv99』のじつきよう動画を上げ、今や学校どころかネットでも人気の少年だ。


(あの下手なプレイの何がおもしろいんだか。ギャーギャーわめくだけで参考にもならないのに)

 みんなに好かれる人気者だが、疾斗は功樹のことがきらいだった。

 昨日は生放送があるからと、レアアイテムをくれとせがまれた。高難易度のクエストでしか手に入らないので、功樹のうででは手に入れられない。疾斗はていよく使われたというわけだ。これが初めてでもないので、もう慣れてしまった。


「じゃあ観崎、お前も共犯だ。お前答えてみろ。答えられなかったら次のテストの難易度が上がりまーす」

 教師の言葉に、さすがの功樹もあせった顔をする。

「うわっ、ちょっ、そういうのやめてー!」

「功樹てめー!」

「何してくれんのよ!」

「先生! 功樹がバカなの知ってるでしょ!」

「いやさらっと俺ディスらないでよ!」

 クラスの全員がブーイングするが、それも功樹が愛されているがゆえ、というやつだ。

「い、いやわかるから! 今ちょっと思い出せないだけ! アレでしょアレ。あのー、ほら! ……もう! 先生もいつしよに考えてよ!」

「先生は答えわかってんだよ。何キレてんだ」

 怖いと評判の先生の表情も、功樹の言動でいつしかゆるんでいた。

「難易度はじようだんだ。ちゃんと授業聞いてりゃできる内容にしてやる。だから全員、真面目に聞いておけ。いいな?」

「はーい!」

「お前は返事だけはいいんだよなぁ……」

 功樹は真面目な顔と声で返事したが、先生はうなだれた。その様子に、またクラス中が笑いに包まれる。

 たった一人、疾斗だけがその空気になじめずにいる。



 二、三、四限も疾斗はねむたたかうばかりでちっとも勉強は頭に入ってこなかった。そして昼休みにとつにゆうし、ようやくきしはじめる。

 いそいそとスマホにイヤホンをつなぐ。

 やっと『Lv99』ができる。

 ゲームをしながら昼食用のパンを早々に食べてしまい、あとは高難易度クエストでモンスターとうばつぼつとうする。

(うーん、やっぱレベル90をえると、なかなかレベル上がらないな……。アイテムドロップがうまいエリアを周回するしかないか。武器強化したいし……)

「──のくん。うーれーしーのってば!」

 急に声をかけられ、疾斗はあわてて顔を上げた。クラスでも派手な女子達が疾斗の前に立っていた。

「嬉野くん、確かA組の正道くんと仲良いんだよね? 幼なじみでしょ?」

 イヤホンをしていてよく聞こえなかったのもあるが、その言葉にまどう。

「は? え? な、何?」

「正道くんってさ、彼女いるの!?」

 イヤホンを外しても、その問いには答えられない。

「いや……知らねえけど」

「じゃあ聞いといてよ! ね! 家も近いんでしょ? お願いね~」

「はあ? ちょっ……!」

(今は仲良くねえっての……!)

 疾斗がりようしようする前に女子達はきゃあきゃあ笑いながら、疾斗の後ろ、つかさの席へと向かっていった。そういえば、彼女達はつかさと仲がいい。


「あっ、つかさ何それ。可愛かわいいじゃーん!」

 スマホを見ていたつかさが少し慌てた様子で顔を上げる。

「ありがとう。昨日、じゆくの帰りに見かけて、つい買っちゃったの」

 友人たちにあつとうされるようにして、つかさはひかえめに笑う。

 つかさのスマホケースについていたストラップは、『Lv99』のマスコットキャラクター『もにうさぎ』だった。

(あ。経験値にもならないモン……)

 ボールにウサギの耳が生えたようなもにもにしたモンスター。手足はないからバウンドしながら移動する。一見可愛らしいが、だんは見えない口が大きく開くとサメのようなギザギザの歯でみついてくるモンスターだ。その可愛さと不気味さが売りだとかなんとか。

「でもこれさー、ゲームのキャラクターじゃなかった?」

 一人の女子の言葉に、つかさはぴくっとかたふるえさせた。

「えっ!? あ、そ、そうなの、かな……? でも、可愛いから……」

「えー。それじゃつかさがオタクみたいじゃん」

「あ、じゃあ今度みんなで、オソロのチャーム買いに行こうよ! ね、つかさ!」

「う、うん。……うれしい」

 手をにぎられ、つかさはひかえめに微笑ほほえむ。


 その時、つかさが不意に疾斗を見た。

(えっ、何で……!?)

 目が合ったしゆんかん、疾斗は慌てて目をらし、スマホの画面に意識を集中させる。


「おー?」

 そんな声と共に、功樹の顔が疾斗の眼前に現れた。にやりとその顔が笑う。

「今、疾斗とつーちゃん、目、合った!? 何、アイコンタクトってやつ!?」

「は……?」

 功樹のその言葉に、いつしゆん声がまってしまった。アイコンタクトなんてしていないが、目が合ったことは事実だった。

 疾斗が言い返す前に、つかさの周りの女子の声が飛んできた。

「はー? つかさが嬉野なんて見るわけないじゃん?」

「てか、あいつゲームばっかしてて、つかさとしゃべったこともないじゃん」

「あー、私もしゃべったことなーい。ゲーム以外興味あるの、あの人?」

 女子達のあざけりの声。そんな言葉の合間に、つかさが小さな声を発した。

「あの、私……そんなつもりじゃ……!」

 困ったように縮こまるつかさを見て、疾斗の胸がチクリと痛む。その痛みからも目を逸らすように、疾斗はスマホに目を落として言った。

「……見てねえよ」

「えー、でも慌てて逸らしたじゃん? あやしー」

 にまっと笑い、しつこくついきゆうしてくる功樹の顔をなぐり飛ばしたくなる。

 女子の一人が疾斗を冷ややかに見て、つかさを守るように身を寄せて言った。

「ゲームにしか興味ない嬉野くんには、つかさはたかの花だよねえ」

 くすくすと笑う声にも、疾斗はもう反応しないことに決めた。どう思われようと、どうでもいい。これ以上かかわる気もない。

 功樹が手を挙げてバカみたいに明るい声を発する。

「はいはーい! じゃあつーちゃん! 俺ともアイコンタクトしよー!」

「わ、私は……そんな……」

「おめーは画面の向こうのちよう者と仲良くしてろ」

「ふええ、女子がいじめるよぉ……」

 功樹はけいこう色のパーカーのフードをかぶって、情けない泣きをしていたが、がばっと顔を上げて疾斗を見てきた。

「ねー疾斗! 疾斗だってつーちゃんが可愛いから見てただけだよね!?」

 無視しようと思っていたのに、しつこい功樹につい、顔を上げてり向いてしまった。功樹をにらもうとしたが、視線が向かったのはつかさだった。

 つかさは友人に守られるようにきしめられ、うつむいている。

 ずかしがっているのか。おこっているのか。……泣いているのか。

 疾斗との関わりのせいで、つかさが困っている。それが恥ずかしくて情けなくて、どうしようもなくいやになった。


「……っちがうって言ってるだろ! うざいんだよお前っ!」


 疾斗の大声に、クラス中の視線がこちらに向いた。

 集中した視線に、疾斗は大声を出したことが急激に恥ずかしくなった。おどろきとちようしようべつ……そんな視線が集まっている。

 えられなくて、げるように教室の外に出る。

「あっ! 疾斗っ!」

 功樹が引き止めるような声をかけてきたが、当然疾斗は足を止めたりしない。

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