第1章「信じたくて信じられなくて」①
ピピピピピピピ──
けたたましい目覚ましアプリのアラーム音で、疾斗は目を覚ます。
何だか
あの時、護は誰の名前を言ったんだっけ?
(ていうか、あいつ、今彼女いたっけ……?)
ぼーっとした頭で考えていると、聞き慣れたアラームの音がどんどん大きくなっていく。
「うるっせ……」
ベッドに置いてあったスマホを
昨日は『Lv99』のマルチプレイで高難易度のアイテム集めに付き合って、新しく始めた人達のレベル上げを手伝って……その後の
「俺、また
疾斗の家──嬉野家は、疾斗が高校生になると放任主義になった。
何となく自分のステータス画面を見つめる。
『
「もうすぐ、レベル99……」
一年前、護とどちらが早くレベル99になるか、なんて競争をしていた。
しかし、もう護はこのゲームをやっていない。マルチプレイの時にパーティーを組めるフレンドの
『Lv99』
ジャンルとしては、アクションRPG。ファンタジー世界でモンスターを倒すのが主な遊び方だ。IDを
約一年前にリリースされ、十代の若者を中心に一気に人気になった。高難易度のクエストが増えたためか、その勢いは一時期よりは落ち着いたが、やりこみ要素も多く、
「……これで無課金でできるって、運営どうなってんだ?」
クエストも
それに
うわさの中でも一番多いのが──
『最終クエストに
都市伝説のサイトなどではスクリーンショットも
その最終クエストというのも、『選ばれたプレイヤーだけが特別ステージで遊べる』という
ゲーム画面を何気なく
「はああああ……だりぃ……。行きたくねえ……」
休み明けの月曜日。学校に行くのがひたすら
今日は幸い
制服に
ダイニングテーブルの上には、
『お父さんは今日から一週間出張。お母さんも今日は
元々仕事人間だった両親は、疾斗が高校生になるとさらに仕事に
食パンを焼くのも面倒で、そのままかじりつつリビングを通って
リビングにはデジタルのフォトフレームが大して見もしないのに、いつまでも
家族写真がゆっくりとフェードアウトし、次の写真を映す。
満面の
正道護。
物心がついた
護は
どうして
今はもう、顔を合わせても護があんな笑顔を疾斗に見せることはない。
……写真を撮ったのはたった一年前なのに、ひどく昔のように思える。
パタン。
フォトフレームを
今日もつまらない一日が始まる。早く帰って、ゲームの世界に没頭したい。
ゲームの世界なら、疾斗は
疾斗の通う高校、私立
白を基調としたブレザーの制服は、今日のような晴れた日は目に
校門前にもなると顔見知り程度の生徒達が
「おはよう、嬉野くん」
今までは適当に返していたが、その声だけは
顔を上げると、同じクラスの女子がいた。
芸能人には
名前まで芸能人顔負けだが、両親が
ふわふわのやわらかそうな長い
彼女の友人達は派手だが、つかさ自身は
学校一の美少女と言っても過言ではない。というか言われている。
去年も同じクラスだったからか、大して接点もなかったのに彼女は疾斗と顔を合わせれば挨拶をしてくる。
「……お、はよう……」
歯切れの悪い挨拶しか返せない。なのにつかさはにこっと疾斗に微笑んだ。そして友人達に呼ばれてそちらへ向かっていく。
ただ挨拶を
朝のHRも終わり、週始め一発目の授業は数学Ⅱ。
教師は背が高くて
「じゃあ……嬉野!」
低い
「これ、解いてみろ」
黒板に書かれた数式をチョークで
「……わかり、ません」
「ちゃんと聞いとけ!」
「すみません……」
「先生! 疾斗を責めないでくれ! 疾斗は俺の恩人なんだ!」
目に痛い水色のパーカーを着た少年が立ち上がって声を上げる。その言葉に、教師は強面の顔をさらにしかめる。
「はあ? どういうことだ?」
「疾斗は昨日、俺のために高難易度クエを
「ゲームしてただけか!」
(余計なこと言うなよ……!)
声を上げた人物を
学校中で知らない
最近は動画サイト『チョコチョコ動画』に『Lv99』の
(あの下手なプレイの何が
みんなに好かれる人気者だが、疾斗は功樹のことが
昨日は生放送があるからと、レアアイテムをくれとせがまれた。高難易度のクエストでしか手に入らないので、功樹の
「じゃあ観崎、お前も共犯だ。お前答えてみろ。答えられなかったら次のテストの難易度が上がりまーす」
教師の言葉に、さすがの功樹も
「うわっ、ちょっ、そういうのやめてー!」
「功樹てめー!」
「何してくれんのよ!」
「先生! 功樹がバカなの知ってるでしょ!」
「いやさらっと俺ディスらないでよ!」
クラスの全員がブーイングするが、それも功樹が愛されているがゆえ、というやつだ。
「い、いやわかるから! 今ちょっと思い出せないだけ! アレでしょアレ。あのー、ほら! ……もう! 先生も
「先生は答えわかってんだよ。何キレてんだ」
怖いと評判の先生の表情も、功樹の言動でいつしかゆるんでいた。
「難易度は
「はーい!」
「お前は返事だけはいいんだよなぁ……」
功樹は真面目な顔と声で返事したが、先生はうなだれた。その様子に、またクラス中が笑いに包まれる。
たった一人、疾斗だけがその空気になじめずにいる。
二、三、四限も疾斗は
いそいそとスマホにイヤホンを
やっと『Lv99』ができる。
ゲームをしながら昼食用の
(うーん、やっぱレベル90を
「──のくん。うーれーしーのってば!」
急に声をかけられ、疾斗は
「嬉野くん、確かA組の正道くんと仲良いんだよね? 幼なじみでしょ?」
イヤホンをしていてよく聞こえなかったのもあるが、その言葉に
「は? え? な、何?」
「正道くんってさ、彼女いるの!?」
イヤホンを外しても、その問いには答えられない。
「いや……知らねえけど」
「じゃあ聞いといてよ! ね! 家も近いんでしょ? お願いね~」
「はあ? ちょっ……!」
(今は仲良くねえっての……!)
疾斗が
「あっ、つかさ何それ。
スマホを見ていたつかさが少し慌てた様子で顔を上げる。
「ありがとう。昨日、
友人たちに
つかさのスマホケースについていたストラップは、『Lv99』のマスコットキャラクター『もにうさぎ』だった。
(あ。経験値にもならない
ボールにウサギの耳が生えたようなもにもにしたモンスター。手足はないからバウンドしながら移動する。一見可愛らしいが、
「でもこれさー、ゲームのキャラクターじゃなかった?」
一人の女子の言葉に、つかさはぴくっと
「えっ!? あ、そ、そうなの、かな……? でも、可愛いから……」
「えー。それじゃつかさがオタクみたいじゃん」
「あ、じゃあ今度みんなで、オソロのチャーム買いに行こうよ! ね、つかさ!」
「う、うん。……
手を
その時、つかさが不意に疾斗を見た。
(えっ、何で……!?)
目が合った
「おー?」
そんな声と共に、功樹の顔が疾斗の眼前に現れた。にやりとその顔が笑う。
「今、疾斗とつーちゃん、目、合った!? 何、アイコンタクトってやつ!?」
「は……?」
功樹のその言葉に、
疾斗が言い返す前に、つかさの周りの女子の声が飛んできた。
「はー? つかさが嬉野なんて見るわけないじゃん?」
「てか、あいつゲームばっかしてて、つかさとしゃべったこともないじゃん」
「あー、私もしゃべったことなーい。ゲーム以外興味あるの、あの人?」
女子達のあざけりの声。そんな言葉の合間に、つかさが小さな声を発した。
「あの、私……そんなつもりじゃ……!」
困ったように縮こまるつかさを見て、疾斗の胸がチクリと痛む。その痛みからも目を逸らすように、疾斗はスマホに目を落として言った。
「……見てねえよ」
「えー、でも慌てて逸らしたじゃん? あやしー」
にまっと笑い、しつこく
女子の一人が疾斗を冷ややかに見て、つかさを守るように身を寄せて言った。
「ゲームにしか興味ない嬉野くんには、つかさは
くすくすと笑う声にも、疾斗はもう反応しないことに決めた。どう思われようと、どうでもいい。これ以上
功樹が手を挙げてバカみたいに明るい声を発する。
「はいはーい! じゃあつーちゃん! 俺ともアイコンタクトしよー!」
「わ、私は……そんな……」
「おめーは画面の向こうの
「ふええ、女子がいじめるよぉ……」
功樹は
「ねー疾斗! 疾斗だってつーちゃんが可愛いから見てただけだよね!?」
無視しようと思っていたのに、しつこい功樹につい、顔を上げて
つかさは友人に守られるように
疾斗との関わりのせいで、つかさが困っている。それが恥ずかしくて情けなくて、どうしようもなく
「……っ
疾斗の大声に、クラス中の視線がこちらに向いた。
集中した視線に、疾斗は大声を出したことが急激に恥ずかしくなった。
「あっ! 疾斗っ!」
功樹が引き止めるような声をかけてきたが、当然疾斗は足を止めたりしない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます