第1話「さいかい」③

 駅前のファミレスに着くと、駿河がレオに小声で話しかけていた。

 顔色が悪いように見えたけど、体調不良だろうか。こっちとしては帰ってくれたほうがありがたいけど。

「大丈夫、大丈夫。ちょっとだけだって!」

 レオは駿河の背中をポンポンとたたき、駿河のうでをつかんだままお店へと入っていった。

「ちっ」

「えっ? 安原さん何か言った?」

「い、いや、なんでもないの」

 無意識に舌打ちをしていたのを女子たちに聞かれていたようで、あわててごまかした。

 しまった、ちょっと油断していて地が出ちゃったよ。

 そんな私を見て、美鈴は苦笑いをしていた。

 店内に入ると、店員さんはテーブルを二つくっつけて八人席を用意してくれた。

 ソファ席は女子が、通路側は男子が座っている。

 ……何これ、合コンっぽい。

 駿河は私の対角線上に座っていて、前だけ向いていれば彼が視界に入ることはない。

 はぁ、良かった。ヤツの顔を見ただけでいやなことを思い出しちゃうからね。

「みんなドリンクバーにするよね。あとはそれぞれ好きな物をたのもう」

 レオはこういう場でもみんなを取りまとめてくれた。それぞれがドリンクを用意して席につくと、レオはグラスを手に持って、一人一人と目を合わせた。

「俺たちの出会いにカンパーイ!」

 みんなでかんぱいをした後は、席が近いもの同士で他愛たわいもない話をして時間を過ごした。駿河のとなりにはレオがいて、その向かいには美鈴がさそってくれた女子二人がいる。女子とレオの楽しそうな声が聞こえる一方で、駿河の声は全く聞こえなかった。

 私と美鈴は、安部くんと尾川くんと中学のころの話をしていた。

「へぇ、二人は中学がいつしよだったんだ。仲いいなって思ってたんだよね」

「二人のこと可愛いってみんな言ってるよ」

 男子たちは、私たちを恥ずかしくなるくらいにめていた。

〝女子力高い〟とか〝可愛かわいい〟とか、今まで言われたことのないキーワードが飛びって、うまく受け止められない。

 恥ずかしくて、思わず鼻血が出ちゃうんじゃないかと思った。

「そ、そんなことないよぉ」

 と言いながら、ウーロンちやを飲んで身体からだりを落ち着かせる。

 ……ちょっとメイクを覚えて、話し方や仕草を変えるだけで、私を見る目はがらりと変わる。嬉しいけど、少しだけ複雑なのはなぜだろう。

「そういえば、莉緒ちゃんはさー」

 私たちの会話に、とつぜんレオが入り込んできた。

「レオくん、何っ?」

 突然話しかけられたのと、下の名前で呼ばれたことにビックリして声が上ずってしまう。

「えっ、お前らもう下の名前で呼び合う仲なの?」

「まさか、もううちのクラスでカップル誕生!?」

 下の名前で呼び合う私とレオを、周りのメンバーが冷やかし始めた。

 うわぁ、何これ。しんせんすぎる!

 中学の時はこんな風に冷やかされることはなかったもん。

 まるでマンガの世界に入ったみたいで、ちょっと楽しい。

〈ハルカハツコイ〉でもこういうシーンがあった気がするし。

 春花ちゃんは顔を真っ赤にして照れていたけど、そういう気持ちにはならないかな。

「俺たちはもうすでに学級委員というきずなで結ばれているんだよ。……それで話にもどるけどさ、なんで駿河の自己しようかいのとき声を出したの?」

「へっ?」

 思わず、レオの隣にいる駿河に目をやってしまう。

 駿河と一瞬目が合ったけど、一秒もたたないうちにらされた。

 どうしよう、何て言えばいいんだろう。

 隣にいる美鈴も心配そうに私を見つめている。

 ここで間があったり、慌てたりしたら変に思われると考えた私は、とっさに思いついた言葉を出来るだけ冷静に口にした。

「あぁ、あの時ちょうどお母さんからメールで『かぎ忘れてるよ』ってれんらくが来て、ショックで声を出しちゃったんだぁ。たまたま駿河くんの自己紹介とかぶっちゃったの」

「そうそう、莉緒っておっちょこちょいでしょー? 莉緒のお母さんが帰宅するまで一緒に時間つぶしたんだ」

 私のとっさのうそを聞き、美鈴もそつきようで合わせてくれた。

「そうなんだー、大変だったね」

 みんなはとくに疑いもせず、なおに信じてくれたようだ。

 これはきっと、美鈴のおかげでもあるよね。

 今度ドーナツにドリンクもつけてお礼しないと。

 ちなみに、駿河は自分のことが話題になっているのにもかかわらず、無反応でホットコーヒーを飲んでいた。変なヤツ。

「なーんだ。俺は、てっきり莉緒ちゃんが駿河に興味があるんだと思ってさー。だから駿河も誘ったのに」

 昼休みの時の、彼の〝期待を裏切らない〟という言葉の意味が分かった気がする。

 レオは私のために駿河を呼んでくれたようだ。……余計なことをしやがって。

「な、なんだかゴメンね。まぎらわしいことをしちゃって……」

「ううん、俺も勝手にかんちがいしちゃってゴメンね」

 レオもほかの子と同じようになつとくしてくれたみたいで良かった。

 この後は違う話で盛り上がり、もうこのことが話題に出てくることはなかった。

 そして、時間はあっという間に過ぎていき、私たちは解散することになった。

「じゃあ、みんなまた明日あしたねー」

 それぞれ、徒歩あるいは自転車、電車を使って帰っていく。

 私と同じ電車に乗るのは美鈴と……なぜか駿河綾人だった。

 彼は、私たち二人ときよを置いて電車を待っている。気まずいのは気のせいじゃない。

「ねぇ、駿河くんに話しかけたほうがいいんじゃない?」

「それは、いつかんしてきよする」

 づかい上手な美鈴は駿河のことを気にしていたけれど、私がかたくなに嫌がったため、ヤツに声をかけることはなかった。

 無視しているみたいで心地ごこちが悪いけど、昔いじめてきた人をけいかいするのは仕方のないことだよね。駿河とはかかわらないって決めているし。

 気まずいふんまれているせいか、私と美鈴はほとんど話をせずに電車に乗った。


 しばらくして地元の駅にとうちやくし、改札を通って駅の外に出た。

 私と美鈴の家は真逆の方向にあり、いつも駅前で解散している。

「莉緒、じゃあまた明日ね。……駿河くんも、バイバイ!」

 美鈴はすでに歩き始めている駿河に向かって大きく手をり、くるりと背中を向けて帰っていく。

 駿河は、美鈴の背中に向かってぺこりと頭を下げ、彼女とは反対方向に歩いていく。

 ──美鈴とは、反対方向!?

 まさか、帰り道まで同じ方向だとは思わなかった。

 私は駿河から五メートル以上距離を置いて、こっそりと後をつけていく。

 早くはなれたいけど、家がどの辺なのか確かめたい。

 そうすれば、ヤツの家近辺には近寄らないように出来る。

 なんだかストーカーのようで気持ち悪いけど、ちょうど帰り道だし問題はないだろう。そう自分に言い聞かせて歩いていると、駿河はある高層マンションの前で足を止めた。

 それは、コンビニやレストラン、ジムなどのせつが入っている新築マンションで、お母さんが「父さんのかせぎじゃ絶対に住めないところ」だと言っていた。

 ここにはいったいどんなセレブが住んでいるんだろうと思っていたら、お前かよ。

 ヤツはすぐにマンションには入らず、向こうから歩いてくる女性を待っているように見えた。

 ……早く移動してもらわないと、追いついちゃうんですけど。

 何もない一本道で足を止めることは出来ず、少しずつ私は駿河と女性に近づいていった。

 そして、女性と駿河が会話できる距離まで近づいたところで、私は二人のそばを通り過ぎる形となる。

 その女性の顔を横目でかくにんすると、四十代くらいでとてもれいな人だった。

 そして、どこか見覚えのある顔をしている。

 彼女はふいに視線を私に移したため、ばっちりと目が合ってしまった。

 やば、ジロジロ見すぎちゃったかな。何か言われたらいやだし、早くこの場から立ち去ろうっと。

 そう思って、女性から目を逸らして早歩きしようとしたとき──なぜか彼女は私の目の前に出て、りようかたつかんできた。

 とつぜんのことにおどろいた私は、ただその女性の顔を見つめることしか出来ない。

 チラ見したのをにらんだと勘違いされておこられるのかな。……と思いきや、彼女はとってもうれしそうな顔をしている。

「もしかして、莉緒ちゃんよね? 久しぶり! 昔、綾人とようえんいつしよだったわよねぇ。変わらないわね、元気だった?」

「え? ええ、まぁ元気でしたけど……」

「お母さんも元気? なかなか会えなかったけど、ずっとメールでやりとりしていたのよねー、ああ、なつかしいわ」

 どうやらこの方は駿河のお母さんのようだ。私のこと、覚えていたなんてビックリ。

 駿河ママはただひたすらしゃべり続ける一方で、駿河は一言も発していない。

 ヤツの様子を確認すると、何とも言えない表情で駿河ママを見ている。

 同じ親子でもこんなに違うのか。……顔は似ているのに。

「そうだそうだ、ちょうど今、冷蔵庫にたくさんケーキがあるのよ。莉緒ちゃんも食べていくでしょ? ね?」

「いや、さすがにそれは……私も帰らないといけないんで」

「私からお母さんにれんらくしておくからだいじようよ、ねっ。綾人と積もる話もあるでしょう。さあ、行きましょう」

 ……積もる話なんてじんもありませんよ! とはとても言える雰囲気ではなかった。

 私はただただ駿河ママの勢いにあつとうされ、彼らと一緒にマンションの中に入ることになった。

 駿河綾人とは出来るだけかかわりたくなかったのに。

 自分の感情とは裏腹に、彼と過ごす時間が増えていく。

 ──この後、さらに予期せぬ展開が待ち受けているなんて、この時はまだ知らなかった。



<続きは本編でぜひお楽しみください。>

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