第1話「さいかい」②

 ──話をしているうちに駅にとうちやくし、電車に乗った。

 車内にはうちの生徒が何人かいて、美鈴は周囲を気にしながら小声で話しかけてきた。

「そういえばもう一つ聞きたかったんだけど、お菓子作りが趣味なんてうそだよね? 私が声出しそうになっちゃったよ」

「うん。つい春花ちゃんのマネしちゃった」

「春花ちゃんって、もしかして〈ハルカハツコイ〉の? 莉緒、本当にあのマンガにえいきよう受けているのね。あの本がきっかけで、莉緒がこいをしたい、高校デビューしたいって言い出すなんて思わなかったよ」

 美鈴に初めて話をした時、おどろいてはいたけど決して笑ったりしなかった。

 親身に話を聞いてくれて、イメチェンの協力までしてくれて……何回ありがとうって言っても足りない。

 今度、お礼にドーナツでもおごろうかな。

「美鈴のおかげで無事に高校デビューできたかなぁ?」

「まぁ、いろいろあったけど……成功したと思うよ。明日からはもっとがんらないとね。ほかの子たちとも話す機会も増えるだろうし、気を引きめないとが出ちゃうよ」

「うん! 明日からはもっと気合い入れて頑張る。ガッツガッツ!」

「……だから、そういうのはやめなさいって」

 電車の中でガッツポーズをしたら、また美鈴におこられてしまった。


「ただいまー」

「お帰りなさい。高校初日はどうだった? ちゃんとデビューできたの?」

 家に帰るとお母さんがげんかんまでむかえてくれた。

「まぁ成功したかな。明日からが本番って感じ」

 そう答えながら階段を上がり、二階にある自分の部屋へ行く。

 お母さんとは何でも話す仲だけど、この話題に関してはちょっとずかしいな。

 ──部屋に入った私は、あるものを探すために押し入れを開けた。

「確かこの中に入れてあったはず……あった!」

 私が探していたのは、少し古びた卒園アルバムだ。

 これを見ると嫌なことを思い出すから、ダンボールの奥底にふういんしておいたんだけど。

 よりにもよっていじめっ子の顔をかくにんするために、また手に取ることになるとはね。

 自分の組のページを開くと、すぐに〈するがあやと〉の写真が目に飛び込んできた。

 ……やっぱり、同じクラスの駿河綾人は、私をいじめていたあやとくんでちがいない。

 十年くらいってだいぶ成長したけど、昔のおもかげが残っているもん。

 まさか、高校でまた同じクラスになるなんて夢にも思わなかった。

 それにしても、駿河の幼稚園時代の写真を見ると心がゾクッとするな。

 とても可愛かわいらしい顔をしているはずなのに、素直にそう思えない。

 もう何年も経っているのに、アイツにいじめられた経験は傷になって残っているようだ。

 別に高校生の駿河を見てにくたらしいとは思わないけれど、出来るだけ近づきたくないとは思う。

 ……うん、決めた。駿河とは絶対にかかわらないことにしよう。

 さわらぬ神になんとやらっていうしね。

 高校でのもう一つの目標を決めた私は、制服から部屋着にえ、お母さんの待つリビングへともどった。

〝駿河綾人とはかかわらない〟

 この目標があっさり破られたのは、入学してから数日後のことだった。


「今日のホームルームでは、各種委員を決めたいと思います。一人ひとつずつ役割がありますので、何に立候補するか考えておいてくださいね」

 溝川先生は黒板にいろいろな委員を順番に書いていく。学級委員を始め、体育祭委員、文化祭委員、図書委員などたくさんの役割があった。

 中学の私なら学級委員をやっていたところだけど、おしとやかな私(仮)は、図書委員にしようと思っている。

 春花ちゃんがそうだったし、知的な女の子っぽく見えそうだしね。

 本はマンガしか読まないけど。

 どの委員にするか心の中で決めたところで、美鈴に背中をツンツンとつつかれた。

「ねぇ、莉緒は何委員にするの?」

「私は図書委員にするわ。美鈴は何にするのかしら?」

 ……この数日間で、女らしい話し方にも慣れてきた気がする。

「ふふっ」

「ちょ、ちょっと何を笑っているのかしら? 失礼しちゃうわ」

「……ごめんごめん。私はね、文化祭委員にしようかなって思って。おもしろそうじゃない?」

「確かにそうね」

 美鈴は私の話し方が面白いらしく、会話しながら常に笑っている。

 ……もしかして、私の話し方っておかしいのだろうか。

「はーい、それでは、学級委員から決めたいと思います。まずは男子で立候補者はいますか?」

「はい!」

 先生の呼び掛けにかんはつれずに答えたのは〝楽しいことが大好き〟な橋本くんだった。

 まっすぐに手を挙げているその姿はまるで小学生のよう。

「……ほかに立候補者がいないのであれば、橋本くんにお願いしましょう。続いては女子の中で立候補はありませんか?」

 男子の学級委員はすんなりと決まった一方で、女子はだれひとりとして手を挙げようとしない。面白いくらいにみんながうつむいている。

 ……私も、先生と目が合わないように下を向いておこう。

 五分くらい経っても、誰も立候補者はおらず、溝川先生が、

「では、すいせんでも構いませんよ」

 と口にしたたん、橋本くんが勢いよく手を挙げた。

 またもや橋本くんの登場。というか、さっきから彼しか話していない。

 このクラスには彼しかいないのだろうか?

「では橋本くん、どなたを推薦するのですか?」

「僕は、安原さんを推薦したいと思います」

「……ええっ、私ですか!?」

 気が付いた時には、すでにクラス中の視線が私に集中していた。

 また無意識に心のさけびが口に出てたみたい。こんな風に目立ちたくないのに、またやってしまったよ。

「ちなみに、なぜ安原さんを推薦するのですか?」

「初日の自己しようかいの時に、僕の次に目立っていたからです!」

 先生の質問に橋本くんが答えると、クラスのみんなは次々に笑い始めた。自然と笑い声が生まれるのは、みんなそれぞれこの顔ぶれになじんできたという事か。

 ……ってそんなこと考えている場合ではなくて。

「わ、私は人をまとめるのって苦手なんですけど……」

 本当は大の得意だけど、苦手なほうが可愛いと思ってとっさにうそをつく。

だいじよう大丈夫。俺がいるからさ。ねっ! いつしよに学級委員やろうよ」

 橋本くんは自席から私にめがけ親指を立て、まぶしいがおを見せてくる。

 こんな風にさそわれたら……断れるわけがない。

「分かりました、やります」

 こうして、私はなぜか高校でも学級委員をやるはめになった。

「では、橋本くんと安原さんに進行を任せたいと思います。二人は前に出てきてください」

「はーい」

 橋本くんは今にもスキップしそうな勢いで前に出る。

 私は知的女子計画がボツになったえいきようで、重い足取りで前に出る。

「では、次は文化祭委員を決めたいと思いまーす」

 彼はてきぱきと進行し、私は決定こうをひたすら黒板に書いていった。

〝俺に任せて〟って自分で言うだけのことはある。

 美鈴は希望通りの文化祭委員になり、図書委員はまさかの駿河がなっていた。

 良かった、図書委員にならなくて。学級委員にはなりたくなかったけど、駿河と同じ委員になるよりはマシだよね。


 ──各種委員が決まったところで、ホームルームの時間が終わった。

 ホームルームの後はお昼休みで、私は美鈴と一緒にお弁当を広げる。

「莉緒はさ、そういう星のもとに生まれてきたんじゃない?」

「そういう星って?」

いやでも目立ってしまう星の下に」

「もう、変なじようだん言わないでもらえるかしら」

 美鈴はくすくすと笑っていたけれど、ふと私の背後に視線を移した途端、表情がかたくなった。そしてけるように白いはだは、少しだけももいろに染まっている。

「楽しそうだなー」

 気が付くと私たちの近くには溝川先生が立っていた。

 溝川先生はいつもスーツ姿でネクタイをしていて、どこかのサラリーマンみたいだ。

「安原さん、学級委員になって大丈夫だった?」

「えっ? あ、大丈夫です。がんります」

「そっか、良かった。吉木さんも文化祭委員、頑張ってね」

 先生は美鈴に向けてにっこりと笑った。美鈴は「はい」と小さくうなずくだけ。

 溝川先生はそれだけを話して、教室から出て行った。

 先生がいなくなった後、美鈴は次々にお弁当のおかずを口に入れる。

 ……様子がおかしい、と思ったのは気のせいだろうか。


「ふー、満腹満腹!」

 お弁当を食べ終わりおなかをさする私に、美鈴はすかさず「やめなさい」と注意した。

 ……これも女らしくない仕草だったのか。

「ごちそうさまでした。お腹いっぱいだねっ」

 思いっきり可愛かわいらしく言い直したとき、どこかから名前を呼ばれたような気がした。

「安原さーん」

 声のした方向を見ると、橋本くんと目が合った。彼は、満面の笑みをかべてこちらへと近づいてくる。

「えっと……橋本くん、どうしたの?」

 彼は近くのを借り、私たちの横に座った。この人は全く人見知りをしないようだ。

「レオって呼んでよ、気軽にさ」

「えーと、レオ……くん。私たちに何か話があるのかな?」

「うん! 俺たち学級委員になったし、さっそくしんぼくを深めない? 今日ヒマだったら適当に人数集めてお茶でもどうかな。吉木さんも行こうよ」

 レオはきらきらと目をかがやかせて私と美鈴をこうに見る。

 本来なら、楽しい事が大好きだから「もち! 行く行く」と二つ返事で答えるところだ。

 でも、男子ウケする女の子はきっと、こういう時はじらったりするんだろうな。

「ちなみに、男子は誰を呼ぶつもりなの?」

 反応に困っている私に気づいたのか、美鈴が代わりに返事をしてくれた。

「まだ声をかけているちゆうだけど、俺をふくめて三、四人集めるつもり。二人の期待は裏切らない人選だと思うからさ、ね?」

「……私は別に予定はないけど、莉緒はどうする?」

「わ、私も予定はないから大丈夫だよっ」

 いつもより少しだけ声のトーンを上げ、やさしく微笑ほほえんでみた。

 レオは私たちからオッケーをもらうとうれしそうに席へともどっていった。

「私たちも誰かを誘わないといけないってことだよね。莉緒、誰か誘えそう?」

「いや、まだ美鈴以外の子と仲良くなってないからなぁ」

「じゃあ、テニス部の体験入部で一緒だった子に声をかけてみるけど……高校では、ちゃんと女の子の輪にも入っていかないとね。それも〝女らしい〟要素の一つじゃない?」

「言われてみれば、そうかも」

 女子特有の集団行動も〝女らしい〟要素の一つ、かぁ。自分の外見を変えることでせいいつぱいだったから気が付かなかったよ。

 女の子と一緒にキャピキャピするのってガラじゃないんだけどなぁ。そういうのは遠巻きに見ているだけで良かったし。

 でも、自分を変えるって決めた以上、どんなこともちようせんしていかないといけないよね。まずは、毎朝のメイクと女らしい仕草に慣れることを優先にして、その後、少しずつチャレンジしていけばいいだろう。

 それにしても、入学してから数日でクラスの子たちと遊べるなんて思わなかった。

 誘ってくれたレオに感謝しなくちゃね。どんな人たちが集まるのか楽しみだなぁ。

 わくわくしすぎて午後からの授業は全く身が入らず、てはダメだと分かっていながら半分くらい寝てしまった。でもして寝てたわけじゃないから大丈夫かな。


 ──放課後になり、遊びに行くメンバーはばこ前で集合ということになった。

 私と美鈴は教室内のそうを済ませ、みんなより少しおくれて下駄箱に向かう。

「お待たせ」

「掃除おつかれさまー。あのね、二人を待っている間に、近くのファミレスに行こうかっていう話になったんだけど、大丈夫かな?」

「もちろん。あのファミレス、広くて席空いてそうだもんねっ」

 レオにそう答えた後、彼の周りに集まっているメンツをかくにんする。

 美鈴が誘ってくれた女子二人、バンドマンの尾川くん、メガネの安部くんがいる。

 ──そして、みんなから少しはなれた場所で読書をしている、駿河綾人の姿もあった。

 ヤツの姿を確認したしゆんかん、頭上からタライが落ちてきたのかっていうくらいに頭がクラクラした。

 なんで駿河がここにいるんだよって思うけど、それよりも、こういう可能性があるって気付かなかった自分にあきれちゃう。

「じゃあ、そろそろ移動しよーう」

 ようようと歩くレオに続いて、私たちはファミレスへと向かった。男子四人が前を歩き、その後ろを女子四人が歩く。

「駿河くんがいるなんてラッキーじゃない?」

「そうそう、学年で一番カッコいいもんねー」

 美鈴が誘ってくれた女子二人は、お茶するメンバーに満足しているようだった。

 私は彼女たちとは対照的にげんなりしている。ああ、足が重いよ。

 まだファミレスについてもいないのに、早く帰りたいと思ってしまう。

「莉緒、大丈夫? 無理だったら帰ってもいいからね」

「ありがとう……でも、大丈夫。一番遠い席に座るから」

 美鈴のづかいが嬉しくて、少しだけ元気になったような気がする。彼女の半分は優しさで出来ているのかもしれない。


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